例1) 街中の雑踏の中で、友達と話をしていても、周りの音は気にならず話の内容が理解できています。また、大きな音でカラオケがわめいていても(失礼)、隣の人と話は何とかできます。―――――頭の中で音が整理されています。
例2) 講演会にテープレコーダーを持っていって録音したのにザワザワしてよく聞き取れない。会場ではちゃんと聞こえていたのに、おかしいなあ・・・・。―――――機械は人の耳のように都合の良いように整理しないのです。物理的に正直に録ってしまいます。
例2) 皆さんがステレオ装置で音楽を聞いたときに、左右2台のスピーカーしかないのにスピーカーの無い中央からも音が聞こえてきます。―――――この場合、左右のスピーカーから同じ大きさの音が同じ位相で出ています。人は右左別々のスピーカーから同じ音が出ているとは感じないのです。少し左に寄った音の場合は左側の音が右側の音よりも大きいバランスで出ているのです。だまされている例です。
例3) 同じ曲を聞いても、違ったように聞こえる事がある。−−−人間には感情があり、同じ曲を聞いても、悲しい事があった時、焦っている時、ゆったりした気分の時、それぞれ微妙に印象が違うはずです。また逆に同じCDを聞いても、辛いときに聞いた曲に勇気付けられることがあったりします。―――――人間の聴覚とはもうひとつ別の問題です。
例4) 演奏をしたAさんは「この録音は変だ。自分の演奏じゃないみたいだ。」と思っていても、録音現場にいなかった友達のBさんは「なかなかいい演奏だ」という。また、ある録音を聞いた録音エンジニアのCさんは「へたくそ録音だな」思っていても、普通のサラリーマンのDさんは「別にこんなもんでしょ」、さらには「よく分からん」という。これが実はほとんどです。しかしどんな人が聞くか分からないので手を抜くわけにはいかないのです。―――――音を聞く能力に違いがあったり、スタンスが違ったりします。
例5) テレビを買いにいらっしゃった人は「こっちのテレビがきれいだ」とか、「こっちのほうは色が濃い」などと、少しの違いでもごく自然に批評するのに、ミニコンポの方は、音そのものが肝心なのに、デザインや機能に批評が集中する。―――――目に見えるもののほうが、違いがわかり易い様である。そう、当たり前ですが、音は目に見えないのです。