出産


子どもの心臓の検査が終わって、2、3日たった頃だった。 朝起きるとなんとなくお腹が痛む感じがしていた。その日は主人の仕事が休みだったので、のんびりとしてたら治るかなと思っていた。 しかし、お昼になってもジワジワと痛いので、不安な気持ちで病院に電話をすると「念のため出産の荷物を持って病院に来て下さい。」と言われ、まだ予定日まで2週間あるのになぁと更に不安が込み上げてきた。後で思ったのだけど、この頃から軽い陣痛が始まっていたのだった。
大きな荷物と大きなお腹をかかえ、主人とタクシーに乗り込む。たまたま主人の仕事が休みの日でよかったー。
病院に着いて検査してもらうと、まだ子宮口が1センチちょっとしか開いていないのですぐには生まれないとの事だった。10センチくらい開かないといけないのは、本に書いてあった。しかし、弱い陣痛でも間隔は5から10分程度。先生は、自宅で待機してもこのまま病院で、様子を見てもどちらでもいいと言ってくれた。主人と相談し、病院で様子を見る事になった。後で考えると、そうしていて大正解だったのだ。
陣痛室という部屋で、ベットに横になっていた。やっと落ち着いたところで、主人は外にタバコを吸いに出て行って5分もたたない時だったろうか。ナント、破水してしまったのだ。「すみませーん。誰かいませんかー?」何度かあわててそう叫んだのだけど、誰も来ない。ふと、こういう時枕元に呼び出しのブザーがあるはずと思い手で探した。「あったー」 すぐ看護士さんによって処置され、大丈夫だと言われた。それが夕方の4時すぎだった。それから急に陣痛がひどくなってきたのだ。ヒジあての付いた専用の座るタイプの椅子に座ったりしてみたものの、痛みをこらえるのに必死。この頃になると、実家の両親も来てくれていた。私の母は「そんなに痛い痛いっていわんのよ。」と言いながら笑っていた。3人の子を産んだ母は、さすがに余裕である。「痛い!痛い!」を連発して耐えている私に、主人は「こういう時 男は何にもできんねぇー。」と言いながらも私の腰をさすってくれていた。こんな状態であと、何時間我慢すればいいの?夜中まで?明日の朝まで?気が遠くなりながらそんな事を考えていた。
6時頃になって夕飯が運ばれてきた。母が「何か食べとく?」と言いながらメニューを言う。まさか、こんな状態でいくら私でも何か食べようなんて思わない。昨日たまたま夕飯に、主人とすき焼きたくさん食べたもんね。すき焼きパワーで陣痛と出産を乗り切るぞー!そう言えば、私の友達も以前出産の前日、ご主人と焼肉食べに行ってたんだとか?その後帰りにケーキまで買って食べたんだとか?そして元気な男の子を産んだ。
7時すぎになって、ようやく分娩台へ。助産士さんに診てもらうと、ナントもう赤ちゃんの頭が見えてるとの事。「えーー!」と驚いている間もなく、すぐに分娩の準備が整う。5分くらいだったろうか?女性ばかり5人位のスタッフが、テキパキと準備を進める。「あー、いよいよなんだなぁ。」と私も緊張してくる。
準備も整った後、助産士さんがカルテを見ながらこうつぶやいている。「えーっと男の子、女の子どっちが生まれるんだったっけ?」「えーー今言わないでよぉーー!」と私は心の中でそう叫んでいた。ここまで楽しみにしてきたんだから、お願い!!
それから約30分くらい後だった。何度もいきんで、途中で頭が出たものの肩の辺りでちょっとつかえて、また頑張っていきんでやっと生まれた。 その瞬間、体中の力がどっと抜けた。「オギャー!」すぐさま大きな声で泣いていた。「男の子ですよ」そう告げられ、やっぱりねとなぜかそう予感していたかのように納得した。この時の感覚は、今でも昨日の事のように覚えている。
主人は分娩室の隣の部屋で、産着を着せてもらった我が子をぎこちない手つきで抱っこさせてもらっていた。「たけるーたけるー」嬉しそうな声が聞こえてくる。母は、赤ちゃんの産声を聞いたとたん「あの元気な泣き声は男の子だ!」と直感したそうだ。ス、スゴイ!
しばらく分娩台で横になっている私の体の上に、生まれたばかりの赤ちゃんを乗せてもらって抱っこした。「カンガルー ケア」というのだそうだ。2852グラムの我が子の重みとぬくもりが伝わってきた。さっきまでお腹の中にいたなんて、信じられない。すぐに、おっぱいを吸おうとする吸引反射も始まった。
この日は、無事に生まれた安堵感とこれから始まる育児の不安感とで、あまり眠る事ができないまま夜が明けていった。
数日後、主人はこんなひどい事を言っていた。「犬もうらやむ安産だったね。」陣痛と出産の痛みを理解できるのは、経験者だけであると改めて思った。
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