ますますパワーアップ


1歳を過ぎた頃、たけるが「コレ、コレ?」と私の所に何か持ってきてくれた。それは、さっきから探していた音声腕時計だった。「時計がないない!」などと言っていたのが解ったのね。ためしに、「スリッパ持ってきてね。」と言ってみるとちゃんと持ってきてくれた。その時計やスリッパは、いつも決まった所に置いてあるのだけど、たけるがどこかに持って行ってしまったもの。まだ、限られた言葉しかしゃべる事が出来ないのに私や、主人の言う事は何となく解ってきているみたい。いろんなおもちゃがあるのに、スーパーの袋や空き箱、ヒモ、タッパーなどが大好き。大人にとってはゴミになりそうな物でも、子どもにとっては宝物のようだ。
子どもの手に届く所には、危ない物や口に入れたらいけない物、コップなどの水分の入った物などを置かないようにいつも気をつけていた。しかし、歩けるようになると行動範囲も広がって更に活発になっていった。ある日、私が家事をしている際に台所でガサゴソと音がしていたのだけど、また袋でも触っているのかと思っていた。「ガタン!」という普段聞きなれない音がするのでそばに行ってみると、何と包丁を手にしたたけくんの姿が!!流しの下に入って包丁を取り出してしまったのだ。刃の部分がキラッと光ったのですぐ解ったけれど、もしすぐに発見できなかったらと思うと頭が熱くなった。扉にはS字フックを取り付け、とりあえず落ち着いたのだけどよくケガをせずにすんだなぁと今でも思う。予測もしないような事をするのが子どもなんだね。視覚障害者にとって、聴覚はとても重要で自然と敏感になっていたりする。今回も、何だか変わった音がするなぁと思って見に行ったのが幸いした。まだ赤ちゃんの頃は、行動範囲も限られていたからある意味気が楽だったのかも知れない。自由に動き回るようになって、ハラハラドキドキの毎日。
しかし、夜はよく眠ってくれるようになったし、ミルクを卒業して牛乳をよく飲んでくれるようになったし、離乳食も完了してくると私自身体力的にはずいぶんと楽になってきたなぁと思ったりもしていた。最も主人は、この頃の方が大変だったようだ。
ちょっと不思議に思った事は、例えば絵本などを見ていて「これなぁに?」と、たけるが指を指すのだけど私が「どれどれ?」とすぐに答えてあげる事が出来ない時、私の指を目的の所まで手にとって持っていってくれるのだ。「これよ」と言われても、視野が狭かったりするとどれを指差しているのか見当がつかない。目的の物に指を持っていってくれたりするのは、例えば視覚障害者同士だったりヘルパーさんだったりすると当然の事なのだけれど子どもでも自然とそういう行動をとるのかなぁ。
他にも、例えばたけるが自分の頭にシールを貼って遊んでいて、それをママに見てもらおうとする時「これ見て」じゃなく「これ触って」と言ったりするのだ。私が、何でもどれどれと触ったりして確認するのをいつも見ているからなのだろうか?そして、たけるの頭に貼られたシールを触るととっても嬉しそうにニコニコしているのである。これって、スキンシップ?
2歳になると、大きな車のおもちゃに私がつまずいたりしないように、「ここに車置いてあるよー」などと言ったりして私を驚かせている。でも、いつも言ってくれるわけではないので私がたまにつまずいてしまうのは仕方がない事。こんな時、ついイライラして子どもにあたってしまいそうになる事もある。子どもが悪いわけではないのだけれど、自分自身が育児に疲れていたり体調が悪かったりするとつい、子どもを叱ってしまう事もある。こんな事で叱ってしまうなんて、といつも自己嫌悪に陥ってしまう。
見えにくい分イライラしてしまったり、大変な事も確かにあるのだけれど一番大変だと思うのは、1〜2歳位の小さな子どもに偏食をせずにちゃんと食事をさせる事や、トイレトレーニングをはじめとするしつけの難しさだったり、ワーワー泣いてしまって大暴れしている時の対応の大変さだったり、叱り方の難しさなど、視覚に障害のない他の親とほとんど同じような事なのであると初めての育児を経験してみてそう思った。
でも、自分にとって一番大変な事は実家の親が手助けしてくれていた。それは、子どもを連れての外出や買い物だった。子どもが生まれる前は、私達だけでも何とか必要な買い物はできたのだけど、小さい子どもを連れては困難だ。スーパーなどであちこちウロウロして、すぐに見失ってしまうのは目に見えている。子どもを危険から守ってあげなくてはならないのだけど、その親自身が危なかったりする。頼りない親でごめんね、と心の中で謝りながらも、両親にはいつもお世話になってしまっていた。まるで自分達の子どものように、よく面倒を見てくれてかわいがってくれている両親に、いくら感謝しても足りないくらいだ。本当にありがとう。
実家が離れている主人の両親も、年に何度か遊びに来てくれている。主人の母は、育児の大変さを気遣ってこんな事を言ってくれた。「子どもは親を選べないというけれど、本当はちゃんと親を選んで生まれてくるのよ。」育児に疲れた時、気持ちに余裕がもてずいきづまった時、この温かい言葉を思い出す。周囲の人達に支えてもらい、たけるはすくすくと大きく成長している。「たけるは、皆にかわいがってもらえて幸せやねぇ。」子どもをひざに乗せ抱っこしながらしみじみとそうつぶやく主人を見ていると、私自身も幸せを感じる。
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