略縁起



寺院名 如意山 寶珠院 遍照寺(へんじょうじ) 
所在地 栃木県真岡市中2402
寺社来歴 宗派 真言宗 智積院直末三色談林中本寺

平安中期{約1千年前}現在地より北東に3キロほど離れた茅堤に創建されましたが、暦応年間{1338年}光明天皇の御代、関東公方、足利基氏公によって中興創建され、京都醍醐山三寶院ご門跡菅宮様から菊花ご紋章「天皇家と同じ16枚」と如意山寶珠院遍照寺の寺号を賜り、通称「関北霊場中村大師」と命名され、室町幕府足利尊氏の護守僧三寶院賢俊僧正(当時の日本で一番偉く、仏教界で最も権力のあったお坊さん)によって開山された由緒正しき寺格の高い官寺「国が建てた寺」と言われた寺です。
 往時は、二代将軍足利義詮公寄進の五重塔、総門、大門、山門など七堂伽藍が立ち並ぶ荘厳で立派な寺でしたが、度重なる戦火で焼失した。当寺は平安の昔から、中村家、その後、関東公方足利家、結城家、奥州伊達家の祈願寺となり現在に至っております。伊達家では今も現当主伊達泰宗氏を初めとし、旧藩士の子孫達が時折訪れ、往時を懐かしんでいます。また、南北朝時代に敵、見方となり交戦した、本家中村家{現在は熊本県八代市在住}とも2009年に消息が判明し、中村小太郎神社の神前にて675年ぶりに藩祖中村常陸介藤原朝宗公を参拝し感激を新たにしています。





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