夜桜の苦悩

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○ 序文

まず、私夜桜こと宿谷麻子(しゅくやあさこ)のこれまでの心の経緯について述べておきたいと思う。

統一協会脱出の為の「保護」と言う名の「監禁」が取り敢えず終了し、一人での生活を始めてから、こうして気持ちを文章に表せるまでに、5年もの歳月を費やした。

これまでの歳月は、多くの人々との関わり合いによって、日々の自分の気持ちを整理し、今までの自分には無かった人格や意思を形成させるという作業を、無意識のうちに行っていたようだ。

本当にこの関わり合いで初めて、自分の人格や意志というものを育ててもらった気がする。
今まで生きてきた中で、それらを形成するような養育を、家庭や社会の生活の中で受けたと感じたことが無く、偽りの無い真っ直ぐな気持ちで、私自身が自身のために生きる事に、深く関わってくれる人には出会ったことが無かったからである。

表面的にみれば、私の『保護』は1996年5月に統一協会からの脱会の声明を発表した時点で終了している。
しかし私自身の精神の解放という、より本質的な観点から考えてみると、本来なされるべきであった『保護』は、保護する側からは受けていない。
いや、未だになされては居ないし、その必要性の重大さに気付いていない。

自分自身で、その精神の開放の叫びに気付き、自分でようやく始めたばかりである。

 

今までの人生の中で、私は私としての人間性が認められていない中で過ごし、自分の人間性を育てる事も、自分で見つめる余裕も無かった。自分でどのように自分らしく生きていけばいいのか分からず、生きていきたいという希望も見つけ出す事が出来なかった。

唯一自分が生きて行ける場所として見出した統一協会も、結局のところ私が理想と考えていた場所ではなく、また本来の自分として生きていける場所ではなかった。
私が唯一選んだ統一教会でさえ違うと知った今、私の生きていきたいという希望を持てる場所は、もうこの世界には無いように感じられた。

特に統一協会を出てから、何がマインドコントロールなのか、何が人を人として扱わない、人の人間性を無視し、踏みにじる事なのかについて感性を鋭くさせてきた。
そのような視点から見てみると、現実のこの世界ほどマインドコントロールにまみれているものはないと感じる。

金銭的に腐敗した政治や官僚・金融業界、人間性を育てる事からかけ離れた教育や社会環境、そしてそれを見て見ない振りをしている一般市民、一般市民も同じように人間性を無くし、何も感じない生活を繰り返している事、それらをこの世界が盲目的に日常生活として許している事、法的に問題無く社会的に認められれば、人間性を無視した事でもそれは良しとされる事。

どこを見ても統一協会のマインドコントロールと大してして変わりはしない。というより、統一協会はこの日本という巨大マインドコントロール組織の縮小体に過ぎないと感じる。

現実の世界がマインドコントロールという深い病に侵されているからこそ、統一協会がその中から生まれてきたとしてもさして不思議ではない。ただ社会的な問題点からマインドコントロールを行っている団体として、やり玉に揚げられているだけである。

ただ人々の心の奥底に無意識のうちに内在している心の闇、自分と異質な者への偏見や支配など、そこから生じる多くの弊害が、人々の生活の上で現実に頻繁に起こっている事に無意識になっているに過ぎない。

本当に重症なマインドコントロールは、私はそんな物にかかっていないと盲目的に信じ、自らの生活に何も感じないために、幸せに生きていると思い込んでいる人々と、そのような膨大な信徒を抱え、統一協会より遥かに長い歴史を持つ巨大組織、日本というこの世界の方であると思う。

そのことが分かって、私はこの世界に居なければならない事、統一協会よりも正しいとして、この日本社会にという世界に、無理やり引きずり出された事を、ことさらに理不尽に思った。

何故こんな希望の無い世界に生きていなければならないのか、何故只の常識的な一般市民であるというだけで正しい者であると言えるのか、そんな怒りから、生きていく希望も理由も何も見えてこなかった。というより、反発する心だけがあった。

しかし現在、長い時間をかけてではあったが、多くの人との数々の関わり合いによって、物事をより客観的に冷静に見る事が出来るようになり、少しずつ心に余裕をもって物事を見られるようになった。また、それによって意識を前向きに変えていけるようになった。

 

確かにこの世界は嫌な部分の多い世界で、とても理想的な満足できる環境とは言えない。しかしそんな環境の中であっても、自分のあるがままに生きようと精一杯努力している人や、自分の小さな可能性を信じて、自分を生かす世界を少しでも広げて行こうとしている人もいる、という事に気がついた。
また、実際にそのような生き様を見せてくれた人に出会う事も出来た。

それらの事によって、嫌なこの世界が問題なのではなく、自分が与えられたこの環境で自分はいかに生きていくのかが問題なのである、という事に気づかされた。

環境によって自分の可能性を諦めてしまうのか、それとも環境がどうであれ、それに屈せず、自分が生きていきたいように生きて行こうとするのか、自分はどのような生き様をもって生きていくのか、という事が今の自分に問われているのだと感じた。

「これからどのように自分は生きていきたいか。」その問いに悩んだ末、私は今まで感じてきた全ての事の答えとして、現時点でではあるが、自分らしく生きたいという希望と方向性を出したいと思う。

確かにこの世界は嫌いである。

しかし、どのような環境にあっても私は私として存在したい。そして、一己の自立した人間としてありたい。人として、自分にも、誰に対してでも、どのような病の人であっても誠実でありたい。虐げられる人の理解者でありたい。

ただ社会に復帰して馴染むのではなく、反発しながらも社会の中に自分の住む世界を作っていきたい。今まで生きてきた時間を無駄にする事なく、生かした形でこれからを進んでいきたい。

そして、このような方向性が明確になった事で、今現在やるべき事もまた見えてきた。それは、今までの自分が何者であったかもう一度見つめ直し、整理することである。

 

それは次のような理由による。

第一に、過去の屈折した多くの思いや苦痛をを整理して、私の『保護』を事実上終了させ、本来の自分自身の為の生活を始めたいと、思ったこと。

第ニに、監禁中、お互いに緊迫した状況の中で、私の気持ちを正確に伝える事が出来なかった為、その当時の長期間にわたる家族の努力と忍耐への感謝も含め、その時の答えを返したいと思った事。

第三に、家族や、周りの方々に、これまでの時間と場所及び金銭的な事も含め、援助してくれた事に対し、感謝も込めて、これまでの経過を報告したいと思った事。

以上のような理由により、私の今まで生きてきた環境、および心の状態を書き残そうと思う。

 

しかしこれはあくまでも、私が感じてきた事を率直に表したものである。これは、自分の過去の行いを正当化し、その当時の辛い気持ちをその当時の人々や環境にぶつけ、私に不当だと思える内容を行ってきた人々を批判するものではない。
当時私の周りの人々が私にどの様に接し、それに対し私がどう感じ、どう行動したかを、私自身が客観的に捉えたものである。

そして、私に関わっていた人々に、当時の私の率直な気持ちを知ってもらう必要があると思ったからである。

私自身はこの時の自分の気持ちを客観的に理解する事により、今までの出来事を「過去」の自分の姿として終わらせ、これからどの様に生きるかに進める事が出来る。

読み手の方々には、今までの私がどのような気持ちで過ごしてきたかを、少しでも当時の私の心境を、「あの時こう思っていたんだな」とそのまま理解してくだされば、それで良いと思う。

私としても、過去の自分とその周りの環境との関係を、現在の状況に当てはめるつもりはない。そのような状況を既に通ってきた者として、現在置かれている状況の中で、今まで感じてきたことを生かす為のものとしたい。

私に関わってきた側にしてみれば、反発する内容も有るかもしれないが、その当時の率直な感情として、その点はご容赦願いたい。これによって、お互いの理解がより深まり、お互いを大切に出来なかった過去の穴を埋める手助けになれば、と心から願うものである。

また、マインドコントロール・人権をないがしろにする問題に、被害者としてまた加害者として関わり、少しでもそれを見極める目を持った者として、共にこれからを生きていくにあたり、どのような人に対しても誠実な者で有りたいと願いうものである。

特に、カルト脱会関係者にも、私のように脱会時に傷を受けた者の心に対して、誠実であって欲しいという事が、私の希望であり、『保護』の責任者としてその義務が有る事を感ずるものである。


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