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「ZiZiBaBa体験」って?


名前は、おじいさん、おばあさんの愛称である「じいじい」と「疑似」をもじり「ZiZiBaBa体験」と名付けた。

じいじい、ばあばあは差別用語だと抗議した人がいるが、差別とは心理的、社会的な行動をどう具体的に行なったかであって、そのことばを聴いただけで「差別」というのは、常にその人自身が差別的に人を見ているからではないだろうか。

「ZiZiBaBa体験」から何が見えてくるか?


巷に「老人疑似体験(浦島太郎体験)セット」がある。介護保険の認定でいけば「自立」か「要支援」くらいの老人を想定して、不自由感を体験しようとつくられていると思う。しかし実際の老いは、一様に同じような身体的変化を起こすものではない。
障害や老いは生涯背負っていくもの。
特殊な装具を短時間体験することよりも、どこにでもある日常のものを使い、日常の生活を送り、不自由感を長時間体験し、そこから自己に起きてくる変化を感じていく。
介護者として体験するのではない。どうされたら嬉しいか、どうされたら嫌なのか、介護を受ける側として自己を問うていく。
「私は痴呆です」 オムツの中に排尿・・・
障害の模倣ではなく、心の痛みを体験するのである。
「心の痛み」への理解を深めるプロセスであり、プログラムなのです。

 
「ZiZiBaBa体験」プログラム内容は?


老人になり障害をもったり、痴呆になることは、まるでくじに当たるようなもの。プログラム体験者には、容赦なく、くじで選んで(当然、重複障害もありうる。 )、体の不自由、心の不自由を体験してもらう。

   
●内容

◎不自由体験
  ○身体的障害
    ・右片麻痺(失語症)
    ・左肩麻痺
    ・下半身麻痺(車いす使用)
  ○感覚障害
    ・失明
    ・難聴
    ・白内障
  ○関係障害
    ・寝たきり
    ・閉じこもり
  ○記憶障害(高次脳機能障害)
    ・痴呆
    ・徘徊
◎経官栄養(チューブ)体験
◎特別食(きざみ・ミキサー食)体験
◎装具をつけて、立ち上がり・入浴・排泄(オムツ)体験
◎メンタルトレーニング

●時間

3時間体験、6時間体験、一泊二日、二泊三日など

●場所

介護教室、 2級ヘルパー講習、施設研修、施設立ち上げ研修、山中湖研修、専門学校・看護短期大学特別講義など。



「ZiZiBaBa体験」参加者は?


このごろは介護職員だけでなく、公務員や学生、仕事のできる厚生省高官・切れのいい若手医師・先が読める地方議員・やる気のある国会議員・青年弁護士など「先生」と呼ばれなければ振り向かないような人も、自らの意思で参加している。
         
1時間前までは普通の生活をしていた体験者が麻痺した姿を人前にさらしたとたん「もう帰りたい」といい、人目を避けるようになった。
       
寝たきりを経験し、おとなになって始めてオムツの中に排尿した毎日新聞社の山田大輔記者は自己崩壊していく様をこんな文章で表現した。

「・・・失った大事なものとは何か。ほかに侵されることのない自立した人間の誇り、対等な人間関係を支える健康な心身、思った通り行動する自由。そうした自分の最後の所有物をひとつずつはぎとられていくようで、ひどくみじめに思え、激しい疲れを感じた。これを耐えるには耐える必要がないほど意識が低下するしか道はないようだった。とくに虐待されるでもなく、ごく普通の過程で、 急坂を駆け下るようにボケは近づいていた。「ボケるのではない。ボケはつくられる。・・・」

長時間の身体体験をしていると次第に建物の段差などは気にならなくなってくる。その代わり人の視線の冷たさを感じるようになる。われわれは建物のハード面に対するバリア・フリーだけでなく、さらに心のバリア・フリーを問題にしなければならない。山口県のある施設の職員さんはこんなレポートを寄せた。

「自分の中にある強者の論理というものに気づかされた。してあげる、やってあげる、というギマン。利用者は本当にしてもらうことを喜んでいるのだろうか」

介護される側を体験すると、どうされたら嬉しいのか、どうされたら嫌なのか、その感じ方や理解の仕方は、介護者として頭で理解していたこととは違うことを発見していく。 そして介護者のわかろうとする気持ちが、介護される側の”心の痛み”を変えていくのかもしれない。


 

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