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説教題:「主を恐れ悪から離れよ」

聖 書:箴言3章1〜12節

  今朝も9月1日に続いて箴言3章から御言葉を聞いて参ります。

 9月1日の説教題は「主をおそれること」でしたが今朝も「主をおそれ悪から離れよ」という題にしています。

 9月1日は、2章21節で「主をおそれ信仰の道を真っ直ぐに歩んでいる信仰者は、自分に与えられた生涯が主により守られた生活を送る事が出来る」と締めくくられていました。

 信仰の道を真っ直ぐに歩むには、今朝の3章1節の原文を直訳すると「私の息子よ、あなたは私の教えを忘れるな。そして私の戒めをあなたの心が見守るように」と主は言われているのです。

 天のお父様は、主イエス・キリストを信じた者を「私の息子よ」と優しく語りかけて下さっていることを心にとめなければなりません。

 「私の教え」とはトーラー「モーセ五書」のことであり、「私の戒め」とは十戒を細分化した613のミツボット(戒律)のことなのです。

 「あなたの心が見守るように」とは、神様が私たちに与えて下さった神様からのメッセージである聖書に記されている戒めを、常に心に留めておくことなのです。

 そのようにしているならば、2節で「あなたの日々のそして年々の命は長くなり、あなたに平安が増す」と記されているのです。

 私は常々、人間の命は神様により与えられ、神様により取られる(息を引き取る)と言っていますが、この地球上に生まれ出た人間全てが自然に無作為に生まれて来たのではなく、神様のご計画により生まれて来た事を肝にめいじておかなければならないのです。

 だからこそ3節で「慈しみと真実があなたを離れないように、あなたの首にそれらを結びつけよ、あなたの心の板にそれらを書き記せ」と主が言われているのです。

 この3節において、父なる神様が信仰者に対して、主を信じた者は決して主から離れないで、しっかりと誠心誠意真心をもって主にしたがって行かなければならないと言って居られるのです。

 そのような信仰生活を送っているならば4節で「そうすれば、良い眼識と恵みを得、神と人との関係が出来る」と、神様が信仰者に何が善で、何が悪なのかを見分けさせて下さるのです。

 この世は、善と悪が混在し、何が善で何が悪であるかを判断することが出来ないように、悪魔がその人の心に入り込み惑わしているからなのです。

 たとえ信仰者であっても、悪魔がその人の心に入り込み心を乱し、惑わすことをするので、そうならないためには5節で「あなたの心の全てで主に信頼せよ、あなたの悟りに寄り頼むな」と記されているのです。

 主に委ねていない信仰者は、自分の思いを優先し、自分の思いが正しいと過信してしまうものですが、自己中心的な考え、そして思いは実に危ういものなのです。

 創世記4章に、アダムとイヴから生まれた二人の男の子である、カインとアベルのことが記述されていますが、人類史上初めて殺人事件のことです。

どうして殺人事件が起ったということが、創世記4章3節から5節に「カインは地の産物を持ってきて、主に供え物とした。 アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた。主はアベルとその供え物とを顧みられた。しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。」と記されているように、カインの献げ物を神様が顧みられなかったことで大いに憤って、その怒りを弟アベルに向けアベルを殺害してしまったことです。

神様がカインの供え物を顧みなかったかという問題ですが、重要なことは「地の産物を持って来た」と記されている事から、地から最初に収穫した物と記されて居らず、アベルは「初子と肥えたもの」を持って来たとの違いからなのです。

出エジプト記13章2節に「イスラエルの人々のうちで、すべてのういご、すなわちすべて初めに胎を開いたものを、人であれ、獣であれ、みな、わたしのために聖別しなければならない。それはわたしのものである」22章29節で「あなたの豊かな穀物と、あふれる酒とをささげるに、ためらってはならない。あなたのういごを、わたしにささげなければならない。」申命記12章6節「あなたがたの燔祭と、犠牲と、十分の一と、ささげ物と、誓願の供え物と、自発の供え物および牛、羊のういごをそこに携えて行って、」と、私たちに与えられた最初のものは、神様のものだから神様にお返しすることが、神様の戒律なのです。

神様はカインにたいして創世記4章7節で「正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」と言われましたが、カインは悪魔に心を奪われてしまったので、アベルを殺害してしまったのです。

カインがアベルを殺害してから、現在に至るまで数える事は不可能な程の殺害が続いているのです。

 箴言3章6節で「あなたが歩むすべての道で、主を認めよ。そうすれば主があなたの道を真っ直ぐにして下さる。」といっておられるのです。

 7節で「あなたはあなたの目で知恵あるものと思うな。あなたは主をおそれ悪から離れよ」と言っておられ、この御言葉から説教題に取り入れているのです。

 8節の原文では「あなたの身体に癒しがある。あなたの骨に飲み物がある」と記されているのです。

 この御言葉は、私たちの身体が神様により造られているということを言われているとおもうのですが、人間は日々新しい細胞が出来ており、ふるい細胞は体外に流れ出て、常に細胞が癒されており、身体全体が癒されているのです。

そして、人間にはカルシウムで出来た堅い骨があり、その骨により歩いたり、走ったり、力仕事をすることが出来る人間の身体を支える大事な器官であり、骨にも十分は水分が補給されることにより毎日1cのペースで古い骨が新しい骨になっているので、一年で365cが新しい骨になっているのです。

 以前にも話した事がありますが、私たちの血液の量は4〜5gで、約3ヶ月で新しい血液になり、80歳迄に骨髄で作られる血液の量は24万dと言われているので、骨に十分な水が補給されることで健康が保たれるということになるのです。

 24万dタンカーは、長さ330b、幅60bなので、わたしが北海道に行くときに乗る15,000dのサンフラワーの16倍あることを思うと、神様のすごさがわかるのです。

 9節には「あなたの収穫のはつなりと、あなたの資産をもって主を敬え」といわれているのです。

 9節が言っていることは、旧約聖書の最後のマラキ書3章8節から10節において、神のものは神に返せと言われている箇所があります。

 神のものは神に返せと、神様が強い口調で語っている箇所ですが、私が牧師になるまえのこと、ある教会の会計執事をしているときのことです。

一人の信仰歴の長い教会員の方から「はつなりとは、税金やその他天引きされたものの金額のはつなりのことですか」と質問されたことがあります。

 私は、その方に「いいえ、はつなりとは最初に頂いたものの、はつなりのことです」と答えたことがありますが、主に献げる時にカインにならってはならないのです。

 今朝の最後に12節で「なぜなら、父が愛する息子を叱るように、主が愛する者を叱責する。」と記されているのです。

 私たち主イエス・キリストを信じた信仰者は、決して悪魔の甘い囁きに耳を傾けてはなりません。

常に主をおそれ悪から離れていなければ、神様からの恵み祝福を与えないと、主がいっておられるのです。

私たち信仰者が、信仰の道を真っ直ぐに歩む事が出来るように御言葉をとおして示して下さっていることを感謝致しましょう。     

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