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説教題:「狭い門から入れ」

聖 書:マタイによる福音書7章13〜23節

今朝の御言葉は、イエス様が「狭い門から入れ」と言われた箇所から聞いて参ります。

 イエス様のが「門」という言葉を使われているのは、5回ですが、その4回はマタイによる福音書であり、7章では13節で2回14節で1回の3回使っておられます。

 イエス様が言わんとされていることは、7章13節でフランシスコ訳聖書をみると「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は広く、その道は広々としていて、そこから入る人は多い。しかし、命に至る門は何と狭く、その道は細いことか。そして、それを見出す人は少ない」と言われていることなのです。

 つまり、ヨハネによる福音書3章15節に「彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るためである」つまり、主イエス・キリストを神の御子と信じた者が、御国において永遠の命を得ることができるが、主イエス・キリストを信じるということは、自分という世界は自分が中心で回っていると思い込んでいる人にとっては、大変難しいことであり、マタイによる福音書19章24節で「あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」とイエス様のが言っておられるとおりなのです。

 らくだが針の穴を通ことは、不可能なことは誰が考えても分かることなので、主イエス・キリストを神の御子と信じる事は狭い門を入ることだと言っているのです。

 茶人で千利休という人は有名な人ですが、茶室に入るのににじり口を考案し、茶室にはいるには、腰につけた刀を置いて身一つで入らなければならない狭い入口なのです。

 茶の湯においては、さまざまな作法があり、先ずお菓子を食べ、次にお茶をのみ、自己の内面を見つめ直す機会とされていますが、これはキリスト教においてイエス様の身体を記念してパンを食べ、イエス様の血を記念してぶどう酒を飲むという晩餐式と同じであり、晩餐式を通して「おのおのの罪を深く悔い改めなければならない」と同じなのです。

 千利休は、キリスト者であったと言われていますが、そうであればイエス様の言われた狭い門をイメージしてにじり口を作り、晩餐式と同じ方法にしたと考えられるのです。

 千利休は、63歳で正親町天皇(おおぎまちてんのう)から「利休」の名を頂きましたが、7年後の70歳のとき秀吉から切腹を命じられ命を絶ったのです。

 千利休が切腹をする前の日に読んだ詩がありますが、その内容は「自分は70歳まで生き、どんなに力をつくしても自分の希望通りにはいかないものであり、自分の能力をもったとしても、現在ある権威などにたいしての執着をすて、完全な悟りや真理を得、今このとき、全て天に委ね、身を捧げる」と言うのです。

なにか、パウロ先生がコリント人への第一の手紙15章54節で「この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。」と言われたことと類似しており、実際パウロ先生は紀元67年にローマ皇帝ネロによって斬首刑になったのです。

13節に「滅びにいたる門は大きく、その道は広い」と記されているのです。

「滅び」というギリシァ語は「破滅、滅亡、消失、滅び、没落」意味があり、それは悪魔が用意するところの門、つまり悪魔の懐と解釈できるのです。

そうです、悪魔が用意する門は多岐に渡って広いので、その門から入ることはいとも簡単に出来てしまうので「そこからはいって行く者が多い。」と記されているのです。

けれども、入りやすい門から入ったものは、必ず悪魔により、破滅させられ、滅亡させられ、、消失され、滅び、没落してしまいますが、それが悪魔の策略によるものなのです。

昨今「闇バイト」とかいうものが流行っているようですが、簡単にお金を稼げると持ちかけられて、いとも簡単にバイトに応募してしまい、結局は警察に逮捕されてしまう結果に終り、その人の人生が破滅させられてしまうのです。

けれども、その闇バイトすらも、違法ではなくバイトをするにはリスクは低いと思い込ませることも、悪魔の手段なのです。

ルカによる福音書8章12節で「道ばたに落ちたのは、聞いたのち、信じることも救われることもないように、悪魔によってその心から御言が奪い取られる人たちのことである。」と記されているように、悪魔は人の心から神様のみ教えを奪ってしまう存在であることをしっかりと肝に銘じておかなければならないのです。

エペソ人への手紙4章27節「悪魔に機会を与えてはいけない。」6章11節「悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。」と記されているのです。

7章15節をフランシスコ訳聖書で見ると「偽預言者に警戒しなさい。彼らは羊の衣をまとってあなた方の所に来るが、その正体は強欲な狼である。」と記されているのです。

ここで「偽預言者」という人物が登場しますが、ギリシァ語では「嘘の預言者、偽預言者、神から召されていない自称預言者」という意味であり、黙示録20章10節に「彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄との池に投げ込まれた。そこには、獣もにせ預言者もいて、彼らは世々限りなく日夜、苦しめられるのである。」と記されているように、偽預言者は悪魔により、主なる神様の御言葉を曲解し人々の不安をあおるようなことを言っているのです。

最近、わたしの元へ「ある預言者がイメージを見た」というパンフレットが届きました。

パンフレットの内容は、「間もなく日本経済が崩壊し、巨大地震が日本を襲い、大混乱になり、日本は人の住めない国土になる」と言い、「日本人はユダヤ民族なので、日本が沈没する前にイスラエルへ移住すべきだ」と書いてありました。

 このパンフレットを書いた預言者を私は知りませんが、イエス様の時代においても大きな地震、火山等で一瞬にして大きな町が消失しまったことがあり、エベレストは以前は海底にあったと言われているのです。

 全能の神様が創造された地球という球体は、直径は12,714キロメートルあり、溶岩の上に堅い部分は30〜50`しかないので、地表は絶えず動いているので、地震が起るのは当然なのです。

 記憶に新しい地震は、2011年3月11日に発生したマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震で、今でも復興に人々は奮闘しているのです。

マタイによる福音書4章で悪魔がイエス様に6節で「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」と詩篇91篇11節「主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩むすべての道で、あなたを守らせられるからである。」という聖書箇所を引用し12節で「彼らはその手で、あなたをささえ、石に足を打ちつけることのないようにする。」とイエス様を挑発しているのです。

悪魔は、主なる神様の御言葉を都合良く解釈し、それがさも正しいことだと思わせることを画策してくることから私たちも気を付けなければならないのです。

16節には「あなた方はその結ぶ実によって彼らを見分けることができる。茨からぶどうを、薊からいちじくを取ることができるだろうか。」と記されているのです。

先ほどの、日本民族はイスラエルへ移住すべきだと断定していることに対して、四国ほどの大きさの土地に、1億人以上の人間が移住したら、人口密度は平方キロに9千人以上になり、すし詰め状態になるので不可能なことを言っており、それを預言と称していることに違和感を覚えるでしょう。

17節で「すべて善い木は善い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。」と記されており、狭い門から入った者は、道は狭いけれども信仰者としての道を、主なる神様が遣わして下さっている天使たちにより守られて、与えられた生涯を全うすることができるのです。

しかし、悪魔のそそのきにより日々の生活を送っている者は、その人の生涯は決して良いものではなく、悪いものだと言われているのです。

そして、19節に「善い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ入れられる。」と、主なる神様により、マタイによる福音書5章22節で「兄弟に対して怒る者は、だれでも裁判を受けねばならない。兄弟にむかって愚か者と言う者は、議会に引きわたされるであろう。また、ばか者と言う者は、地獄の火に投げ込まれるであろう。」と、御国への凱旋ではなく地獄つまりゲヘナに投げ込まれてしまうと記されているのです。

キリスト教の教えは理屈ではありません、主イエス・キリストを信じるということは頭で理解できたから信じることではなく、全ての思いを捨てて信じる事からそれがどれほど難しいことから狭い門から入れとイエス様のが言っておられるのです。  

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