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説教題:「神に仕える決断」

聖 書:列王記上18章20〜29節

今朝は、列王記から御言葉を聞いて参ります。  ヘブル語で王様のことをメレフと言いますが、メレフの複数形でメレキームといいヘブル語聖書では列王記のことをメレキームとなっています。

 主なる神様選ばれたイスラエル民族は約束の地カナンに定住しましたが、イスラエル民族を束ねる王様はいなかったのです。

 しかし、民族の強い要望により、初代王にサウルという人物が王様になり、二代目はダビデがイスラエルの王様になるまで、サウル王に命を狙われることもあったのです。

 サムエル記下5章4節に「ダビデは王となったとき三十歳で、四十年の間、世を治めた。」と記されていおり、70歳になり肉体的に弱くなり、列王記上1章1節には「ダビデ王は年がすすんで老い、夜着を着せても暖まらなかった」と記されているのです。

人間は寝なければ身体を休ませることができませんが、歳老いたダビデは、夜寝るとき、厚い布団にくるまったが、身体が暖まらなかったので眠る事が出来なかったのです。

 ダビデ王の側近たちは心配し、列王記上1章2節から4節をみると「王わが主のために、ひとりの若いおとめを捜し求めて王にはべらせ、王の付添いとし、あなたのふところに寝て、王わが主を暖めさせましょう」と思い、イスラエルの中で「美しいおとめを捜し求めて、シュナミびとアビシャグを得、王のもとに連れてき」4節「おとめは非常に美しく、王の付添いとなって王に仕えたが、王は彼女を知ることがなかった。」と記されているのです。

 ダビデが眠る事が出来るように、若い女性を添い寝をするために連れてきたのですが、医学的にも、人間が生きている間代謝エネルギー、人間の全ての器官を動かすためにエネルギーが必要ですが、幼児期、子供期、思春期、成人期、中年期、高齢期と徐々に代謝エネルギーが低くなってくることから、70歳になったダビデは夜、寝具をどれだけ掛けても身体が暖まらなかったので、思春期10歳から20歳の女性がダビデに添い寝することで身体が温まり、ダビデ王も眠る事が出来たということなのです。

 ここで興味深いことが記されているのは「王は彼女をしることがなかった」と記述されていることですが、ダビデと若い女性との間には、男女の関係はなかったということだったのです。

 ダビデ王の死期が近くなったことで、ダビデの後継者争いとして5人の息子たちが登場しますが、長男アムノン、次男キルアブ(ダニエル)、三男アブサロム、四男アドニヤ、五男のソロモンです。

 長男と三男は後継者争いの中で死に、次男は陰が薄い存在で後継者争から脱落し、四男のアドニヤは次期イスラエルの王は自分であると宣言しましたが、それを快く思わなかった人々がいたのです。

快く思わなかった人の中に預言者ナタンがおり、バテシバを尋ね、バテシバにダビデ王に進言するよう勧めたのです。

その内容は、列王記上1章13節「王わが主よ、あなたは、はしために誓って、おまえの子ソロモンが、わたしに次いで王となり、わたしの位に座するであろうと言われたではありませんか。そうであるのに、どうしてアドニヤが王となったのですか」と言わせたのです。

 その結果ダビデ王は次期王にソロモンを選ぶことを宣言したので、王位継承戦に敗れたアドニアは、ダビデ王の断罪を恐れましたが、ダビデ王から許されほっとしたのでした。

しかし、アドニヤは王になることを諦めてはおらず、ダビデの側目をもらうことで、イスラエルの王に返り咲くために、ソロモンのお母さんの所へ来て、ダビデ王の側めであったアビシャグを妻にしたいと願いでたのです。

その事を知ったソロモン王は列王記上2章25節「ソロモン王はエホヤダの子ベナヤをつかわしたので、彼はアドニヤを撃って殺した。」と記されいるのです。

 これで、ダビデの5人の子供の内、三人が殺され、ソロモンがイスラエルの第三代の王となり、近隣諸国とうまく付き合い比較的イスラエル国は安定していました。

 ソロモン王が死ぬと、再び後継者争いが勃発し、イスラエルは北イスラエル王国と南ユダ王国に分かれて、北イスラエル王国は19代、南ユダ王国20代の王様により支配されていましたが、北イスラエル王国は紀元前724年にアッシリア帝国により滅ぼされ、南ユダ王国は紀元前587年にバビロニア帝国により滅ぼされてしまったのです。

 列王記は、それらの王様の歴史が記されており、今朝の箇所は北イスラエル王国第7代のアハブ王のことで、列王記上18章1節に主なる神様が預言者エリヤに「行って、あなたの身をアハブに示しなさい。わたしは雨を地に降らせる」と命じられているのです。

 その理由は、18章2節に「サマリヤにききんが激しかった。」地方に3年もの間雨が降らず作物が育たず住民が貧困にあえいでいたことから、主なる神様が預言者エリヤに雨が降ることを告げるようにとアハブ王に言ってくるようにと命じているのです。  所で、アハブ王は列王記上16章33節に「アハブはまたアシラ像を造った。アハブは彼よりも先にいたイスラエルのすべての王にまさってイスラエルの神、主を怒らせることを行った。」と記されているように、アハブ王は主なる神様に忠実ではなく不忠実な僕であったことが分かります。

 預言者エリヤはアハブ王にへつらうことをしなかったので、アハブ王は、預言者エリヤを毛嫌いしなんとかエリヤを殺害しようと企てていたことから、エリヤは命の危険にみまわれていたのです。

 列王記上17章には3節4節で主なる神様がエリヤに対して「ここを去って東におもむき、ヨルダンの東にあるケリテ川のほとりに身を隠しなさい。そしてその川の水を飲みなさい。わたしはからすに命じて、そこであなたを養わせよう」と数年もの間アハブ王から逃れていたのです。

 アハブが王の性格が記されている箇所が、列王記上21章4節に「アハブは床に伏し、顔をそむけて食事をしなかった。」と記述され、妻のイゼベルがその理由を尋ねると21章6節で「わたしはエズレルびとナボテに『あなたのぶどう畑を金で譲ってください。もし望むならば、その代りに、ほかのぶどう畑をあげよう』と言ったが、彼は答えて『わたしはぶどう畑を譲りません』と言ったからだ」と、自分が欲しいものを手に入れることができないことでだだを捏ねていることからも分かります。

どの時代でも、自分の思いどおりのことができないと、だだをこねるものですが、主なる神様は決して自分の思い通りにならないからといって、だだをこねてはならないとおしえてくださっているのです。

列王記上18章17節でアハブ王はエリヤと会った時「おまえか、イスラエルを悩ます者は」と原文に記されており、それに対しエリヤは「わたしではなく、あなたが父の家イスラエルを捨て、主の命令に従わず、バアルに従ったのだ」とアハブに切り返しているのです。

エリヤはアハブ王にバアルの預言者四百五十人、アシラの預言者四百人と、アハブ王の妻イゼベルに協賛している人たちをカルメル山に集めてくるように命じたのです。  イゼベルという女性は、北イスラエル王国に異教を持ち込み、預言者エリヤを敵視し、迫害した人物で、イゼベルは夫アハブに圧力をかけことが、列王記上16章32節33節「彼はサマリヤに建てたバアルの宮に、バアルのために祭壇を築いた。アハブはまたアシラ像を造った。アハブは彼よりも先にいたイスラエルのすべての王にまさってイスラエルの神、主を怒らせることを行った。」と、ユダヤ教の中に偶像を持ち込み、18章4節に「イゼベルが主の預言者を断ち滅ぼした時」と、全能の神様を信じる預言者たちを斬り殺した人だったのです。

 そのような状況のもと、エリヤはアハブ王に対し、バアルの預言者たちを集め、乾いた地に雨を降らせるために、バアルの神と主なる神の何れの神が雨を降らせてくれるかを見てみようと進言したのです。

カルメル山にバアルの預言者450人、アシラの預言者400人、合計850人もの預言者をアハブ王は集めたのです。

それに対ただ一人エリヤが立ち向かい、神に捧げる全焼の生け贄としてエリヤが二頭の雄牛を用意し、それぞれそれらを真ん中から切り裂いて、バアルの預言者用とエリヤ用と用意した薪の上に半分に分けた一頭づつをのせ火をつけず、祈りによってバアルの神がそれを焼き尽くすか、それとも全能の神が焼き尽くすかを見てみようと言ったのです。

 18章26節をみるとバアルの預言者たちは「朝から昼までバアルの名を呼んで『バアルよ、答えてください』と言った。しかしなんの声もなく、また答える者もなかったので、彼らは自分たちの造った祭壇のまわりに踊った。」と屠られた雄牛は薪の上にのせられたままだったのです。

 それからエリヤは四つの瓶に入った水を薪の上にかけさせてから18章36節37節で「アブラハム、イサク、ヤコブの神、主よ、イスラエルでは、あなたが神であること、わたしがあなたのしもべであって、あなたの言葉に従ってこのすべての事を行ったことを、今日知らせてください。主よ、わたしに答えてください、わたしに答えてください。主よ、この民にあなたが神であること、またあなたが彼らの心を翻されたのであることを知らせてください」と祈った所、38節「主の火が下って燔祭と、たきぎと、石と、ちりとを焼きつくし、またみぞの水をなめつくした。」とあり、雄牛はすっかり灰になったのです。

 預言者エリヤは、18章39節で「主が神である。主が神である」と、揺るぐことがない、主なる神様に仕える決断をしていたのです。  

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