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2005年8月1日(月)
はえ

8月に突入。ホームスティも後半分。昨日家に帰る途中、ムカデに足を2ヶ所、刺されてしまった。夜から、ずっとチクチクしていた。今日も赤くはれ上がっている。消毒液を塗って治るのを待つしかない。
 やはり、発展途上国だけにハエが多い。ご飯を食べていると、必ずよってくる。最初のころは気になっていたが、気にしすぎてはらっているとご飯が食べられない。寝ているときや学校でも、ハエがブンブンいってる。雨上がりなど、濡れているスリッパにハエがいっぱいたかっていたりすると、やめてくれーという感じだ。しかし、慣れてくるものである。今は、軽くはらってご飯を食べている。

2005年8月2日(火)
環礁の魚

 授業が終わってから、トゥートゥーヤール(内海で泳ぐ)に行った。珊瑚が広がっている場所で泳いだら、たくさんの種類の魚がいた。
 黒い魚がいて、その魚はじっとこっちを見てくる。にらめっこをしているみたいな感じだ。青い魚が大群で泳いでいると、きらきら光ってとても綺麗に見える。映画のニモに似ている魚も何種類かいて、その魚は、本当に人が泳いでいくと珊瑚の陰に隠れる。サメもいるらしいのだが、まだ会っていない。
 バーバーに、下痢にはなっていないかと聞かれたので、下痢にはなっていないと答えた。ほんとは、便秘気味で苦しいのだが、そんな事は言えず。バーバーの料理がおいしいからです。なんて答えたりしている。でも、とてもうれしそうにしてくれたので良かった。
 夜になって星が良く見えていたので、星を見ていた。

2005年8月3日(水)

 便秘気味だったのが、今度は、下痢気味になった。いつも腹の調子がすっきりしない。
 月が無いので、雲の無い夜になると、すごくたくさんの星が見える。今は、夜中に、真上に天の川が来ている。天の川を見るのは、子供の頃に見た記憶はあるのだけれど、あまり覚えていない。前に見たのは北海道の電気の無い道だった。それ以来で、マーシャルに来たら見る事ができるだろうと思っていたが、やっぱり、すごかった。
 星座を探したが、天の川があるおかげで、さそり座は解ったが、それ以外は、全然解らず。北極星、北斗七星が、まず、解らなかった。星座の本を見ながら、今度は探してみようと思う。

2005年8月4日(木)
天気

 今日も星がすごい。夏の大三角形を見つける事ができた。しかし、北極星は解らなかった。高度が低くて見えないのかもしれない。
 マーシャルでは、今は雨季で、雨が良く降っている。今日も、7時頃から、20分ほど激しい雨が降った。その時以外は、久しぶりのいい天気で、海がとても綺麗だった。

2005年8月5日(金)
砲台

 授業が終わってから、ウォジャ探検に行った。隣に住んでいる子どももついてきて、島の奥にあった砲台を見せてもらった。大きな砲台だが、この島でどれぐらい役に立ったのだろうか。銃痕も残っていた。後は、この前も行った日本人の墓にも行った。前は手を合わせてお祈りできなかったので、今回はお祈りをしてきた。
 今日もパーティーが会った。いとこのお姉ちゃんがアメリカへ行くお別れパーティーだった。パーティーに行くと言われてから待たされる事2時間。始まったのは夜11時。オールナイトで踊って食べ続けるらしい。一緒にはきつかったので12時に帰った。

2005年8月6日(土)
ピクニック

 ボランティアの人たちがお世話になっている両親達と、ウォジャ環礁の中の違う島へピクニックに行った。朝9時ごろに車で迎えに来ると言う事で話を聞いていたので、待っていた。車一台で10人を迎えに行っていた。うちは早く迎えに来たので9時過ぎに来た。そして、3人迎えに行き、船着場に降ろしてから、また迎えに行く。全員がそろったのが11時前。家で待ちぼうけだったり、船着場で待たされたり、朝9時ごろに始まると言う連絡だけで、後は何も聞いてなかったので、遅くなる事は予想しつつも、いつ島に行くのだろうかといる日本人達で話していたが、マーシャル人の時間の感覚は、こんなものなのだろうと納得していた。
 2つのボートに、人と食材を乗せ、11時過ぎに、4ぐらい隣の島に到着。お母さん達は食事の準備をし、お父さん達は魚を採ってきていた。私達日本人と付いてきた子ども達は海で泳いでいた。しかし、今日は日が強く、30分もすれば肌が赤くなってきた。食事の準備を待ちながら、泳いだり休んだりしていて、出来上がったのは2時頃。すごい料理を準備してくれ、すごい量である。もちろん食べきれるわけが無かった。
 途中から空模様が怪しくなり、雨が降ったり晴れたりしていた。4時ごろに島をでて帰って来る途中で土砂降りになり。びしゃびしゃになりながら家に着いた。その後は、寝ていた。

2005年8月7日(日)
教会

 日曜朝10時は、教会に行く。しかし、うちの家族は熱心ではないらしく。一緒に行ったのは、最初の日曜だけで、後は1人で行っていた。今日も1人だったので違う教会に行ってみた。その教会は、歌がにぎやかでバンドを組んで歌っていたので一度行ってみたいと思っていた。歌は上手だと思う。終わったのは12時前で、前に行った教会より規模は小さいが時間は長かった。
 夕食に、スープが出たので、また作り方を聞いた。マジュロに戻った時、作るのかと聞かれたのでそうだと答えると、メーがない場合は、米を入れると教えてくれた。

2005年8月8日(月)

 金曜日に行なう予定のさよならパーティーで、マーシャルの歌を歌う事になった。私がホームスティをしている家の娘と、隣に住んでいるボランティアのしんごとその家の息子と娘2人。計5人。話はどこからでたのか解らないが歌う事になっていた。6時から練習をすると言っていたのが8時始まり、相変わらずマーシャル時間である。
 英語の歌詞とマーシャル語の歌詞のある歌でsing song と言う。練習は、隣のしんご家でやったのだけれど、その家は子どもが多く、10人ぐらい集まってきた。練習をしながら歌ってくれる歌が、とてもうまくびっくりした。練習が一段落すると、マーシャルの歌を次から次へと歌っていた。これが、数人でハモリながら歌っているのですごすぎる。楽器はウクレレである。この家では、毎日、子ども達で歌っていると言っていた。
 ホームスティはつらくて早く終わりたいけれど、こういうことは旅行では体験できない、子ども達の中に入って歌を聴くこともできないだろう。来てよかったと思える事が、こういう体験をして増えていくのだなともう。

2005年8月9日(火)
夜の出来事

 2日目の練習。今日は、途中から周りに住んでいる子ども達も集まってきて、子ども達の気分が乗ってくると、合唱、ダンスなどで盛り上がっていた。歌の練習は、ハモリの仕方を教えてもらったが、3つのパートに分かれていて、その一つ一つを歌う事ができている。教えてもらったわけではなく自分で作っていると言うからすごい。
 もう1つ、今日は少し離れたところに住んでいるおじいさんの誕生日パーティーだった。いつものように集まってから待てと言う指示があり、いつまで待たされるのかと思っていたが、結局、10時過ぎになっても迎えに来るはずの車が来ず行かない事になった。待つ事3時間。さすがマーシャル気が長い。
 家に帰ってから星が綺麗だったので、散歩に出かけた。真っ暗でちょっと怖かったが、広々としたとこで見たかったので空港まで歩いていった。距離は5分ほどである。光が無い所での一面の星空は何とも言いがたいものである。

2005年8月10日(水)
マーマーの誕生日

 今日は、マーマーの誕生日。また、友達や親戚の子どもが集まって、歌にダンス。お祝いの言葉、プレゼント。私は、折り鶴の飾りをプレゼントした。夜には、家の天井からつるして飾られていた。また、バーバーの時と同様、踊らされてしまった。それも、今回は、繰り返し繰り返し何度も、休もうとすると引っ張られ踊らされる。さすがに疲れた。
 4週間お世話になったホームスティの家

2005年8月11日(木)
ウォジェの子ども

 ウォジェでは、何時までに帰ってくるというのが無い。高校生になると、夜どこかに行って、いつの間にか帰ってきている。昼間は暑いから夜に行動をしているのだろう。思い思いのところに行って話をしたり、遊んだりしている。家もどこでも自由に入れる感じである。小学生は家にいるときが多いが、やはり夜遅くまで近所の家にいたりする。こういうところは本当に自由である。
 今日も歌の練習。終わってから、星を見に行く。こういうことも今日が最後になってしまった。
 家の中の写真でした。

2005年8月12日(金)
お別れパーティー

 今日で学校は最後。学校の話は一度もしていなかった。月曜日から金曜日まで、朝9時に始まり15分間質問タイム。その後1時間15分の授業、15分休憩、1時間15分授業で、12時に午前中が終わる。その後、家に帰って食事。1時半から午後の授業。1時間授業、15分休憩、45分授業で。3時半終了。4時間15分、語学の勉強をしていた事になる。終わりの頃には頭痛がしていた。
 今日は、午前中で、授業が終わり、午後、教室の掃除をした。そして、8時からお別れパーティーが始まった。パーティーだから、ちゃんと正装をするようにバーバーに言われた。
 隊員で歌の出し物をし、子ども達と練習した歌を披露し、子ども達が歌い。踊って騒いでではなかった。村の偉い人も来ていて、マーシャルカスタムのしっかりとしたパーティーだったみたいである。
 マーシャルでは食事を取る順番が決まっている。まず、お客さん。今回は、私達がお客なので一番最初。そして、長老から年齢順に男が取っていく。男の子が取ってから、女の人が年齢順にとって行く。女の子が一番最後になる。男尊女卑とまでは行かないが、男性優位の文化みたいである。
 時間も夜遅くまでということはなく、2時間で終了。いつものパーティーと、まったく違っていた。

2005年8月13日(土)
帰る日

いよいよマジュロへ帰る日。4週間のホームスティは、はっきり言って長かった。言葉がうまく伝わらない中での生活は、行動や話し方をすごく気にしてしまう。でも、4週間過ごした家と家族とお別れである。涙々と行かないが、少し感傷的にもなる。最後に家族で記念撮影。もう1人、長男のリキシェンがいるが、出発の時は、まだ、家の中で寝ていた。
 飛行場に行き、飛行機の到着を待つ。まだ来ない、まだ来ない。予定の2時間送れ。マーシャルタイムである。涙のお別れと行きたかった人も、なんだか待ち疲れてあっさりしたお別れになっていた。
マジュロに到着した時は、マジュロの街がなんだかとても都会に感じた。早速、レストランに行きビールで乾杯。4週間ぶりのビール。こんなに飲まない期間があったのは、大学生になって以来だろう。晩御飯は、調整員の家で、おすしと、トン汁、サラダ。サラダを食べられた事が、とても幸せだった。