北方の鼓動の活動に深いご理解を示され、多岐に渡りご支援くださった作曲家の飯田隆さんがご逝去されました。享年77歳でした。
 この訃報をご遺族から戴いた時、私たちはあまりに突然のことで驚きを禁じえませんでた。訃報を戴くほんの数日前、病気と手術の内容を精しく手紙で戴き、氏の友人達が筑波大学付属病院で、新しい療法に入る折衝をしていると連絡があった直後でした。
 
 飯田さんとの出会いは7年前の2001年に遡ります。北方の鼓動の第2回レクチャー・コンサート(11月16日)の演目の中に歌曲「蛙」(詩:草野心平)があり、それを作曲されたのが飯田さんでした。
 「蛙」が演奏される事をお知りになった飯田さんが、スタートして間もない北海道の地方都市の無名のコンサートに東京からわざわざお越しになった事からお付き合いが始まりました。
 著名な作曲家を迎えることに喜びと緊張を抱いていたスタッフ一同でしたが、コンサート後の会食でその気さくな人柄に触れ一同安堵しました。
 会食で飯田さんが最初に言われたのは、釧路空港に出迎えに行ったスタッフが飯田さんを見つけて声を掛けた際、「先生」ではなく「いいださん」と言ったことでした。「僕は虚礼で先生と呼ばれるよりも、いいださんと呼ばれるほうが良い」と宣言され、以後私たちは年長の友人として敬意を込めて「いいださん」と呼ぶようになりました。
 
 旅行好きの飯田さんは多い時には、年に数回、釧路に立ち寄ってくれました。一人旅をされることもありましたが、時には私たちスタッフと共に、道東(北海道東部)周遊の旅を楽しまれることもありました。釧路に宿泊の際は、スタッフと共に市内の居酒屋をめぐり大いに語り明かしたことも度々ありました。楽しい時間を共有できたことを有り難く思います。
 北方の鼓動の行く末について戴いた多くの示唆に富むご助言は、今後の私たちの活動にとって大きな財産として受け継いでまいります。
また、多くの有形・無形のご支援をしてくださったことは、スタッフ一同今後とも胸に刻み活動してまいります。

         北方の鼓動を温かく見守ってくださった、飯田さん
         私たちは感謝の気持ちでいっぱいです。
         ご冥福をお祈りいたします。

                         平成20年9月
                         北方音楽展委員会 委員一同