芭蕉の心に出逢える浪漫の旅路
 元禄2年(1689)旧暦3月27日、俳人松尾芭蕉は江戸をあとにし、門人曽良とともに東北・北陸地方をめぐる旅に出ました。その旅をもとに書かれた紀行文「おくのほそ道」は、その後、この地方をめぐる旅人のバイブルとして多くの人々に親しまれ続けています。
 芭蕉は白河の関に至って、”心許なき日かず重るままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ。”と記しました。全行程160日にわたる彼の旅の主要部は、ここから始まったのでした。
白河の関跡(白河関の森公園)
 5世紀頃に設置されたとみられる古代大和政権最古の北方軍事基地の跡。後に交通検問所となったあと、やがて歌枕の地として多くの歌人にうたわれ、今日に至っています。

南湖公園
 当時のすぐれた作庭理論家でもあった白河藩主松平定信公が1800年頃、庶民の憩いの場所と付近の水利開発を兼ね造園したもので、わが国最初の公園としても知られます。現在は県立自然公園として市内外の人々の憩いの場となっています。
 公園内には、定信公の庭園思想を受け継いで造園された池泉回遊式日本庭園「翠楽苑」を中心に、定信公愛用の茶室「松風亭蘿月庵」や「共楽亭」、定信公をまつる「南湖神社」などがあります。

小峰城(白河城)跡/白河集古苑
 江戸時代に白河を支配した7家21人の大名の居城跡。その古い石垣の美しさが、復元された三重櫓・前御門の佇まいとあいまって、初代藩主・丹羽長重の築城術の冴えを偲ばせてくれます。
 城跡一帯は城山総合公園として整備が進められていますが、その一画に白河集古苑があり、中世の領主結城家および江戸時代末期の領主安部家にまつわる古文書や名品等を保存・展示しています。

白河だるま市
 白河の物産といえば「白河だるま」。高さ10cmに満たない小だるまから1mほどの大だるままで19種類あり、毎年2月11日には、本町から天神町に至る市街の目抜き通りを中心に、およそ1000店の”白河だるま”などを売る露店が出店し、市内外および、県外からの人出で賑わいます。
白河の味
白河そば、ラーメン、南湖だんご、そばだんご。

白河の祭り
白河だるま市(2月11日)
安珍念仏踊り(3月27日)
天道念仏さんじもさ踊り(7月第1日曜日)
白河関まつり(8月初旬)
嵐まつり(8月第3日曜日)

Copyright (C) 2005 Web Design Studio J. All Rights Reserved.