ドリル5

 

 

 

 

 





お祭り騒ぎが大好きな姉さんの店の人達の盛り上がり方は尋常でなく、結局僕達が帰路についたのは、夜も明け始めた午前4時を半分ほど回った頃だった。

 

店にいる間は元気に明るく振舞っていたエドワードだけれど、助手席のシートに身を落ち着けた途端瞬く間に寝入ってしまった。満ち足りた微笑を浮かべている可愛い寝顔を視界の隅に捕らえつつ、僕は安全運転を心がけてのんびりと車を走らせた。

 

 

 

やがて辿りついたマンションの地下駐車場に車を停めた後、眠っている彼を抱き上げて部屋へ連れて行こうと助手席側に回ってドアを開けた。そういえば一週間前、札幌からの帰りの車でも彼はこんな風に眠っていたなとふと思い出し頬を綻ばせつつ、彼を抱き上げる為に近づいたところで、その唇に釘付けになった。

 

キスしたい・・・・・してしまおうか。幸い、この地下駐車場には僕達の他に人の気配はない。少しだけ、啄ばむような軽いキスだけだ・・・・・と、誘惑に負けて彼の唇に触れた。ところが当然のことながら、僕が彼の唇に触れてしまえばそれだけで済む筈もなく、否応なく口付けは深いものへとなっていく。

 

「ん・・・・・・ん、ハッ・・・・・ふ・・・・・・んん・・・・・ッ?」

 

眠りから引き戻された彼が身動ぎをして、顎を捉えている僕の手から逃れようと首を振る。

 

起こす為にしたキスなのに、まだ目を覚まさないで欲しいなどと矛盾した事を願いながら、さらに深く舌を絡め取り、舐り、甘く吸い上げた。

 

 

 

 

 

 

 











 

キスで・・・・それも半端じゃなくディープなヤツで起こされるのは、これで2度目だ。

眠気の為にただでさえぼんやりしているところを、たたみ掛ける様に仕掛けてくるキスでさらに意識が朦朧となる。どうにか首を逸らして逃げる事に成功したものの、その一瞬後にはまたさらに深く捕らわれる。横目で周囲を確認すれば、どうやらここはマンションの地下にある駐車場らしい。

 

「・・・・・ンンッ・・・フハ・・・・ま、待て・・・・・アル・・・・こんな・・・トコで・・・ッ」

 

忙しなくキスの角度を変えるその合間合間、どうにかこうにか紡ぐ制止の言葉に、珍しくアルフォンスは素直に俺の唇を解放した。

 

至近距離には焼かれるように熱い視線があり、互いの熱っぽい吐息が絡まる。アルフォンスは細めていた目を数回瞬きさせると、ゾクリと腰にくるような甘い声で囁いた。

 

「ごめんね・・・・危うく止まれなくなるところだった。早く部屋に行こう?直ぐにあなたを抱きたい」

 

「・・・・・・・・・・・・・ッ!」

 

あまりにもストレートなそのセリフに言葉を失った俺は、気恥ずかしさを振り切るように覆いかぶさっていた男の身体を乱暴に押し戻してシートから腰を上げたのだが・・・・。

 

「うあ・・・・・ッ!」

 

「おっと・・!」

 

先程のキスで文字通り腰砕けの状態にされてしまっていた身体は立ち上がろうとした瞬間無様に崩れ落ち、アルフォンスの逞しい腕に危なげなく救われた。アルフォンスはそのまま流れるような動作で俺の身体を横抱きにしてしまうと、俺の抵抗をものともせずエレベーターに乗った。奴の腕はがっちりと俺の身体を固定していて、緩める様子は一切なかった。だから最上階にたどり着くまでの間、このエレベーターに誰も乗り込んで来ないようにと祈るしかない俺は、まるで漫画のように、笑ってしまうほど汗だくだった。

 

奇蹟的にも誰にも会う事なく最上階へとたどり着けば、もう見慣れた大仰な造りの玄関ドアまで一直線だ。静かな廊下を足早に進むアルフォンスの表情は至極穏やかだったが額に光る汗から気持の高ぶりが見て取れ、おそらくこれから始まるだろう出来事に、俺の中でほんの少しのときめきと喜び、そして不安と恐怖が渦巻いた。

 

 

 

 

 

 

 

扉をくぐり部屋の中に入ったというのにアルフォンスは俺を下ろす気など全く無いらしく、履いた靴もそのままにベッドまで連れて行かれた。慌てたのは俺だ。まさか風呂にも入らせて貰えないままコトが始まるなんて、まっぴら御免だ。

 

「待て待て待て待て!向かう先はそこじゃねぇ!風呂!風呂!風呂だコノ野郎!!!」

 

抱き上げられるとついつい丁度いい位置にあるものだからいつも掴んでしまう前髪を引っ張れば、それまでの色気に満ちた表情を一変させてまるで子供のような表情を見せる男に不本意ながら頬が緩んでしまう。

 

「いい大人がほっぺた膨らませてんじゃねえよ。俺はただ先に風呂に入りたいって言ってるだけだろ?オラ、早く俺を下ろすか風呂に運ぶかしろよ」

 

「あまり長風呂するようなら奇襲をかけるけど・・・・」

 

「真顔で物騒なこと言うな!すぐ出るっつーの!」

 

しぶしぶといった体で俺をバスタブの淵に座らせた男は、神妙な顔でそのすぐ前に跪くと恭しい仕草で俺の靴と靴下を脱がし、その足の甲にキスをする。どうやってもこいつは『そんな雰囲気』に持って行きたいらしいが、俺もそれに流されないよう必死だ。一度引っ込めた足でその胸板を押し返すと、わざと雑な仕草で服を脱ぎながらシャワーのコックを捻り、退出を促した。

 

「悪ィけど、俺のバスローブ出しといてくれねぇか?」

 

背を向けたまま身体を洗い出した俺の言葉に「分かった」とだけ短い返事をしたアルフォンスがバスルームを出て扉を閉めた直後、俺はとうとうその場に座り込んでしまった。

 

ヤバイ。『心臓が口から出る』とはこういう感覚をいうのか。

 

今までは前置きもなく不意打ち的にその行為に雪崩れ込んでいたから、こんなふうに覚悟を決める時間というものが無かった。それが今はそうではなく、『その時』がジワジワと近付いてくるのを実感しながら自分がいよいよのっぴきならない状況へと追い込まれていくのを、ただ耐えるしかないのだ。

 

 

『直ぐにあなたを抱きたい』

 

吐息のように熱く囁かれた言葉が、未だこの耳にじんわりと余韻を残している。俺だって男だ。想いを通わせた相手と、直ぐにでも身体を繋げたいとは普通に思う・・・・・・思うが・・・・・やはり、堪らなく怖い。

 

「ええい!煮え切らねぇな俺!しっかりしやがれ!そうだ・・・、成るようになる!成るようにしかならねぇんだ人生ってのは!」

 

ここにきて二の足を踏んでいる根性なしの自分を叱咤するように両手で頬を張り、俺は一気にシャワーの水温を下げ、勢い良く肌に当たる水の下で我武者羅に身を清めた。

 

 

 

 

 

 

俺と入れ違いにバスルームへと消えたアルフォンスが用意していた冷たいハーブティーを、言われるままベッドの上でもじもじと口に運び、その時を待つ。窓辺のブラインドの隙間からは清潔そうな朝の日差しが差し込んでいるというのに、俺がこれから直面するだろう不健全極まりない状況はどうだろう。

 

「風呂から上がってきたアイツに、やっぱり夜にしねぇか?っていうのは・・・だ・・・・・ダメか・・・・・?」

 

シャワーを浴びながら一度は覚悟を決めたというのに、またしても往生際悪く尻込みをはじめる俺の根性。情けないとは思いつつ、こればかりはどうにもならない。

 

そうこうしている内にも鏡張りの壁の一部が開き、白いパイル地のバスローブをさり気なくまとった男が髪を拭きながら此方に近づいてきた。やがてだだっ広いベッドの横まで来ると、アルフォンスは濡れた前髪の隙間からしげしげと俺を眺め、茶化すようにこう言った。

 

「エド・・・・・・・正座してる。意外に礼儀正しいトコもあったんだねぇ?フフフッ」

 

言われて初めて自分がベッドのど真ん中で背筋を伸ばして正座している事に気がつき、俺の動揺は最高潮に達した。

 

「ア・・・!この・・・・これは、その・・・・・違くて!別に・・・・・ッ!!」

 

言い訳にすらならない、訳の分からない言葉の断片を口に上らせる俺はすっかり我を失って、ほぼ錯乱状態だ。そんな俺をよそに、アルフォンスは手にしていたタオルをサイドボードに放り投げるとベッドに上がり、俺のすぐ目の前まで・・・・・・・・・・・来た。

 

キシ・・・・・と、ベッドのスプリングが軋む音が耳に痛い。アルフォンスは俺と対面するように正座をすると、その膝の前で掌を重ねた指先をシーツに付け、折り目正しくお辞儀をした。

 

「ふつつか者ですが、宜しくお願いいたします」

 

「ブハ・・・・・・ッ!!!てめ・・・・笑わせんな・・・・・ッ」

 

それまでの雰囲気を一掃させるに十分なアルフォンスの行動に、俺はたまらず笑い声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはり、駐車場でのキスがいけなかったらしい。

エドワードは横目で僕の一挙手一投足を盗み見ては、始終ビクビクしている。僕とのキスに弱くすっかり腰が抜けてしまっていた彼を横抱きにして部屋へと上がるその間も、部屋へと辿りついてバスルームに運び込んだ時も、一切僕と目を合わせようとしなかった。まるで目があったら最後、獲って喰われてしまうとでも言わんばかりだ。しかし、それも当然といえば当然のことだろう。

生涯の伴侶と認めてくれはしたけれど、初めての時のあれが強姦だという自覚は僕にも十分ある。二回目にしても身体を繋げていないとはいえ、部屋に連れ込んで寝込みを襲ったようなものだ。それを考えれば、何故彼がそんな僕を愛してくれるようになったのか、今更ながらに不思議に思えてしまう程だ。

シャワーを終えた彼が、さっき交わした誓約を撤回すると言い出したらどうしよう。そんな弱気にさえなる。しかし直ぐに、彼はそんな大事な事を軽はずみな気持ちで決めて口にする人ではないと打ち消し、姉さんの店で彼が僕にくれた言葉の数々を反芻しては幸せに浸った。

 

そんな具合に、シャワーの順番を待つ間、乾燥ハーブでお茶を入れながらエドワードの事ばかりを考えてしまう自分に苦笑を漏らす。

 

これまで数え切れないほどの浮名を流してきた僕だけれど、ここまで身も心もその人だけに強烈に惹きつけられてしまうという経験は実は初めてだった。誰かと愛し合い、想いを通わせることを恐れてしまう自分を変えられずに苦しみ続けてきた僕が、一週間前彼に出会った時はそんな事さえ忘れて、彼を手に入れようと躍起になった。彼と添い遂げられる立場を得る為に自分の全てを賭けたといってもいい程、あの時の僕は捨て身だった。

 

思えばたった一週間・・・・いや、出会ったその僅か一瞬で、彼は僕という人間を根底から変えてしまったのだ。

けれど・・・。

 

彼は、どうなのだろうか?はたして僕は、彼を変えることが出来ているのだろうか?

 

失くすことを恐れ、誰も何も求めず、自分の感情をさらけ出すことも忘れてひとりで生きてきた彼を。

 

そこまで考えたところで、僕の背後から静かな声がした。

 

「アル・・・・シャワー空いたぞ」

 

開けたままにしていたドアの方を見れば、キッチンには足を踏み入れずに顔だけを覗かせた恋人がいた。

解いて濡れた髪に、真っ白なバスローブをまとった彼は、初めて出逢った時と同じ姿だ。その髪のひと房ひと房が。頼りなげな顎のラインが。小さな爪先が。ああ・・・・どこもかしこも愛おしい。

抱きしめたい衝動を堪えてできるだけ穏便な笑顔を取り繕いながらハーブティーの冷たいグラスを手渡し、ベッドで待っていて欲しいとだけ言い置いてバスルームへ行った。

 

 

 

 

 

ほどなくしてシャワーを終えた僕は、ベッドのど真ん中に緊張のあまり悲痛な面持ちで正座をし、まるで叱られている最中の子供のような恋人の姿を見つけた。

 

これはいけない。これではとてもじゃないが、愛を確かめ合うなんて事はまともに出来そうにない。しかしだからといって、最初のように不意を突いての強姦などという卑怯なやり方は二度としないと決めたのだ。

 

僕は髪を拭いていたタオルをサイドボードの上に放ると、静かにできるだけさり気なく彼の前まで進んだ。そして、とりあえず笑うことさえ出来ればいくらか力が抜けるだろうと、古風な、今どき初夜の新妻だって口にしないだろう挨拶を、真面目腐った表情でしてみせた。

 

僕の目論見どおり素直に笑い転げる彼の様子を微笑ましく眺めた後、やがてその笑いの波が納まる頃を見計らい、まだ僅かに笑みを刻む唇に、まずは優しく口付けた。

少しずつ口づけを深くし咥内をくまなく丹念に舐り舌を絡めてやれば、彼の身体からは瞬く間に力が抜け、その手は無意識の動きで僕のバスローブに縋り付いてくる。それだけでもう、愛おしさに目がくらみそうだ。

 

ガツガツと彼を貪ってしまいそうな自分を抑えながら、無垢な彼を怖がらせないように慣らしていくのは、想像を絶する程至難の業だった。これは決して自惚れではなく、自分にしかできない事だと僕は胸を張って言える。

僕がこれまでプライベートで踏んできた場数と、ビジネスとして培ってきた経験と技術。そして何より、彼への深い愛がなければ、とてもではないがこんなに無垢で頑なでありながら此方の欲をダイレクトに刺激する魅力の持ち主を満足させてあげるなんて離れ技は到底不可能だ。

 

すっかり脱力した恋人が僕に体重の全てを委ねてきても、まだ油断して押し倒してはいけない。彼が口づけに気を取られていた間に、僕はこっそり苦心しながら二重の片結びで強固に結ばれていたバスローブの紐を解いていたから、その合わせに目にさり気なく入れた手のひらを素肌に滑らせ、僕の手の感触に彼が慣れてくれるのを辛抱強く待った。

 

 

 

 

 

 

「エド・・・・あなたも、僕の肌に触れて・・・?」

 

頃合いを見て、その人を腕に抱きながら仰向けに倒れ、自然彼が上に乗り上げるような体勢にしてあげる。思った通り、僕を見下ろす事で心の余裕が僅かながら確保できたらしい彼は、ぎこちないながらも掌を僕の肌蹴たローブの隙間に入れて滑らせる。こそばゆくても、ここは我慢所だ。彼がようやくこの行為に能動的に動き始めてくれているのだから。

 

僕は、彼の艶姿を見上げてはうっとりと溜め息を吐いた。

 

僕の上に跨って肩から落ちたローブを細い腰に纏わり付かせた彼の肌に、乾きかけの長い金の糸がはらりと乱れてかかっている。上下する白い胸の先には、淡い桜色の小さな乳首がふたつ、僕を誘うように咲いている。汗ばんだ掌を懸命に動かして僕の肌を愛撫する彼の眼は既に潤み、頬は上気し、唇からは絶え間なく熱い吐息が零れていた。そして、僕の下腹部にあたっている彼の中心が熱を持っているのが何より嬉しい。

 

「ア・・・・・・ル・・・・俺、どうしたら・・・・」

 

これ以上の手管を知らない恋人は、半分泣きそうな表情で首を左右に振って僕に言う。可愛いにも程がある。

 

「じゃあ、ここからは僕が主導権を貰ってもいい?大丈夫、エドがついて来られるようにゆっくりするから」

 

僕の言う意味が分かっているのかいないのか。小さく何度も頷く彼の細い顎を捉えた手の親指で、艶やかに色づいた唇を愛撫しつつ、一方の手で彼の肌を侵し始めた。感じやすい彼は、度々全身をビクリと震わせては小さく声を上げた。

 

「・・・・・ンッ・・・・・ん、は・・・・・・ウア・・・・・ア・・・・・」

 

すっかり勃ち上がって健気に自己主張する彼自身をやんわりと握りこんだ途端、悲鳴のような声を上げて逃れようと動く細い腰を押さえつけ少々手荒に扱いてあげれば、ただそれだけで浮き上がらせた腰を沈めてしまう。後はもう、跨ったままの姿勢で僕の胸についた手を震わせながら、可愛く啼くだけだ。

 

「アアアッ・・・・・・嫌だ・・・・手、離・・・・・ンア・・・・」

 

「綺麗・・・・エド・・・・イク顔を見せて・・・・」

 

「ヤダァァァ!!あ、あ、あ、ア・・・・・・ッ!」

 

羞恥の為か、それとも感じすぎている所為か。彼の上気した頬をいく筋もの涙が伝ってはパタパタと僕の腹や胸に落ち、やがてそこには、彼が弾けさせた白い飛沫も散った。

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・俺・・・・お前の上に・・・・うあ・・・・なんか拭くもん・・・・!」

 

うろたえる彼の腕を引いて倒れこんできた身体を抱きとめ、まだ何か言っている唇を塞いだ。またしても蕩けて大人しくなった彼の下肢に掌を移動させ後ろに触れれば、まだ熟さない蕾がきゅっと絞まって僕の指先を拒絶した。

 

「ひぅッ・・・!あ、る・・・・・やっぱり、ソコで、すんのか・・・・・・?」

 

「ごめんね・・・・・エド。辛くしないようにするから、許して」

 

まるで助けを請うように僕の胸に顔を埋めて不安そうに言う彼の頬やこめかみにチュ、チュ、とキスを贈りながら、彼の視界に入らない位置で取り出したチューブの中身を指先にとった。

 

「ヒャウ・・・・・ッ!?」

 

粘性の高いジェル状のローションを彼の蕾に塗りこみながら周囲を愛撫しつつ、じわじわと中指から侵入を始める。焦らすことはせずに、始めから覚えているポイントをひたすら目指し・・・・・・・やがてソコに辿りつくと、一度指を大きくぐるりと回してやる。

 

「イアッ!?ハ、ハ・・・・ハフッ・・・・・アル・・・あ・・・・」

 

指の動きに逐一素直に反応し、僕の上でビクビクと全身を跳ねるように痙攣させる度、無意識にだろうが徐々に彼の腰が上がり逆に上半身は僕に強く縋りつくような体勢になってくる。こうなればもうしめたもの。彼の蕾を花開かせるべく僕は持てる全てのテクニックを駆使して、彼のソコを解きほぐした。慎重に、しかし手加減せずに。

 

自分の中でマグマのように蠢く衝動を宥めすかしながらじっくりと時間をかけて慣らした結果、最後には僕の指を3本まで咥える事が出来るようになった。しかしその間幾度となく吐精を繰り返した彼は、既に疲労困憊といった様子だ。

その熱い身体に腕を回しながらそっと位置を入替えシーツに仰向けに横たえても、もはや彼からの抵抗はない。ぐったりと弛緩した身体を時々痙攣させては、焦点を結ばない潤んだ瞳をぼんやり僕に向けてくるばかりだ。そんな恋人の姿を改めて見下ろせば、否応無く僕の目は釘付けになり逸らす事などとても出来なくなる。

みっともなく喉を鳴らしながら自分の理性の限界が近いことを悟った僕は、彼の上に覆いかぶさり首筋に顔を埋めると片側の膝裏をすくい上げ肩にかけ、もう一度蕾を周辺の肉ごと指で押し広げる。そして。

 

「愛してるよ、エド」

 

「ンア・・・ッ!アアッアアアーッ!ウアアアア−−−−ッ!」

 

ズブズブと彼の熱い肉壁を押し広げながらも絶対に傷つけはしないという確信を持っていたから、容赦ない動きで最奥まで侵入を果たした。全て納めたところで一度動きを止めたのは、彼の体を慮っての為だけではない。彼の強い締め付けに、僕としたことが情けなくも瞬く間に終わってしまいそうだったからだ。強く喰い締めるように僕を受入れる彼の蕾は、それでいて内部ではまるで奥へ奥へとさらに飲み込むように蠕動を繰り返すのだ。

 

「ク・・・・・ッ・・・・エド・・・・・なんて・・ッ、カラダだ・・・・!」

 

「あ、あ、あ、あ、ああ・・・・・・動いちゃ・・・・・ヤダ・・・・・ウアアアアッ!アルゥ・・・・・ッ!」

 

ごく小さなストロークでゆるゆると腰を揺すれば、まるで今にも死んでしまいそうな悲鳴を上げ、僕の下で体を丸めて口を閉じた貝のようになってしまう。これでは彼と抱き合うことも、その素肌に愛撫を贈ることも、そしてキスすることさえも出来ない。体に引き付けた両腕を胸の前で堅く交差させ、背を丸めて顎を引いている彼の両手首を強引に掴むと、可哀想にも思えたが力任せに左右に開いてシーツに押さえつけた。

すると、彼はそれまで流していた涙をさらに沢山溢れさせては首を激しく振って嫌がった。

 

「イヤだ・・・・!見んな・・・見んなよ・・・・!俺を・・・・見るな・・・・イヤダぁ・・・・!!」

 

これではまるで無理やりに彼を犯しているようだ。僕は直ぐに動きを止め、乱れて頬にかかった髪をかき上げてやりながらその親指で涙を拭った。汗ですっかり濡れてしまった額に心を込めて優しいキスを落しながら、囁く。

 

「どうして?僕に愛されているあなたは、例えようもなく素敵だよ・・・・・それなのに、どうして見てはいけないの?」

 

「嫌だ・・・・だって、こんなの・・・・・・俺・・・・・ちょっと、怖ぇ・・・・・見られんのは・・・・ダメだ・・・」

 

小さな子供のようにしゃくりあげながら零す彼の言葉を拾い上げ繋げていくうちに、僕は何となく分かったような気がした。

 

 

 

彼がこれまで、どのようにして生きてきたのか。

 

そうだ。

 

これまで彼が縋っていた、何事にも誰にも執着せず、また執着される事もなく『平穏な人生』を生きる為の防衛手段。それは、自分が他者へと向ける心を殺すことばかりではないのだ。同時に自らの内面を曝け出さない事で、周囲からの関心を極力集めないようにしていたのだろう。

そうして本当の裸の自分を頑なに隠して過ごす内に、いつしか彼は、自分の真の姿を見られることに恐怖さえ覚えるようになってしまったのではないか。

 

折角僕と彼はめぐり逢い、同じ心で深く結ばれ、今、こうして身体を繋げているというのに・・・・・彼はまだ、本当の自分をさらけ出すことに恐れを抱いている。それはなんて寂しいことだろう。

 

本当の、何も隠さない彼の姿を見たい。彼の全てを今ここで、詳らかにしたい。いや、しなくては。それが出来て初めて、僕と彼が本当に結ばれたことになるのだ。

 

 

このまま激しく楔を打ち込み揺すりあげてしまいたい凶暴な欲望を奥歯でかみ殺した僕は、そろそろと慎重な動きで、一度彼の内から身を引いた。僕が離れた途端、それまで必死に身体を堅く丸めて顔を逸らしていた彼が、酷く傷ついたような悲しげな表情で僕を見上げた。

 

「・・・・・・・・やめんのか・・・?・・・そう・・か・・やっぱり・・嫌がってばっかだし、何もできねぇし・・・・・俺の身体じゃお前、つまんねぇ・・・・よな・・・ごめん」

 

その震える唇から零れ落ちた言葉を耳にした瞬間、僕は自分の身体の中に生まれて初めて芽生えたある種の感情に、酷く心を揺さぶられた。激しく燃え盛る炎のようなそれに、危うく翻弄されそうになった。

 

少々加減の足りない手荒な動きで彼を背後から抱き起こすと、汗ばむ首筋に歯を立てながら吸い付いた。腕の中の恋人は、急な刺激に声を上げ白く美しい背中をしならせた。

 

「アアアッ!?」

 

「馬鹿なこと言わないで・・・・虐めたくなるでしょう?それとも虐めて欲しいのかな。こんなふうに・・・」

 

言いざま彼の両膝裏を掴んで、関節の柔らかな身体をいっぱいに広げながら膝の上に抱き上げる。ベッドの上で重なって座る僕達の目前には、壁面全てを覆う鏡があった。

 

「ほら、前を見てご覧?あんなに美しい人が、あられもない恥ずかしい格好をしてる。濡れた可愛い蕾までが丸見えだね」

 

「イヤだぁ―――――――ッ!!!!」

 

叫び声を上げ身を捩って逃れようとしたが、許さなかった。強く抱きこんだ熱い身体が、またさらに温度を上げる。涙を流してしゃくり上げながら放して欲しいと懇願する彼に、僕の中にある嗜虐心が甘い愉悦を覚えていることは否定できない。しかし僕は、自分の欲を満たすためにこれをしているのではなかった。

 

 

これまでドリルコーポレーションとしてサービスを提供する中で、痴態を晒す事でしか快感を得られない客や、全てを曝け出す事によって抱えていたストレスを全て吐き出し心の平静を保っている客を僕は大勢見てきた。

 

幼いあの日、心に大きな傷を抱えた事で自分を押し隠して生きてきた彼もまた、そういった人たちと同じなのだ。

 

 

本当の幸せは、もうすぐ手の届く目の前にあるというのに、彼はまだ本当には踏み出せないでいる。まだ見えない枷に捕らわれている。

だから、僕がそれを・・・・・壊す。

 

 

 

「あ、あ、あ・・・・・イヤだ・・・・・お願いだから・・・・止めてくれ、アル!アル!アル!」

 

「駄目。今ここで、本当の僕を全て見せるから、だからあなたも全てを見せて・・・・ほら!鏡に映った僕とあなたの姿をちゃんと見るんだ!」

 

「イヤァァァァァァ――――――ッ!!!」

 

後ろから捉えた顎を強引に押さえつけて前を向かせると、殊更弱いと知っている項に甘く歯を立てる。狂ったように泣き叫びながら僕の膝の上で苦しそうにもがく小さな身体。可哀想だとは思ったが、彼と僕の幸せの為に、一切容赦するつもりはなかった。

 

濡れそぼった蕾に再び浅く指を挿し込み、わざとポイントを微妙にずらして彼を責め立てた。

 

「さあ、良くして欲しいでしょ?欲しかったらその目を開けてご覧?ほら・・・・瞼を開けるだけ・・・・たったそれだけ、簡単な事だ。それだけであなたは欲しいものが手に入れられるんだよ。ねぇ・・・・・?」

 

「あ・・・・・あゥ・・・・・・ふ・・・・・あ・・・・・・ああ・・・!」

 

まるで催眠誘導のように、彼の頑なな心を紐解いていく。これは実に根気と理性を必要とする作業だった。何しろ自分の最愛の人が、それもこんなにも美しく魅力的な人が、全てを晒して艶めかしい泣き声をあげては狂おしく身を捩らせているのだから。

 

やがて・・・・・・・・・・薄らと瞼を開いた彼は、熱に浮かされたような表情で鏡に映る僕達ふたりの姿を見た。

鏡越しに僕と目を合わせた彼は、すがるような眼差しを向けてくる。

 

「どうして欲しいか言ってごらん。何でもしてあげる、だから、言って?・・・・・・ん?」

 

思いっきり甘やかすような声を耳元に吹き込んであげると、ゾクリとその身体がわななくのが分かった。既に蕩けた眼は、ただ目の前の鏡に向けられ、唇からは甘く切ない吐息が断続的に零れ落ち・・・・・・。

 

その様子を見た僕の唇は、笑みを刻んだ。そう、ようやく彼は落ちたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア・・・ル・・・・・・・して・・・・・もっと・・・・・!」

 

むずかる子供のように首を左右に振りながら、悩ましい仕草で腰を蠢かせては強請る姿は、先程までの彼とはまるで別人のようだった。

 

「可愛い。それが本当のあなたなんだね・・・?ふふ・・・もっと欲しいの?いいよ。いくらでもあげる」

 

それまでほんの先の方しか挿し込んでいなかった指を、本数を増やして深く突き入れ掻き回せば、狂ったように悶え、喘ぎ、こちらが堪らなくなるような素敵な声を聞かせてくれる恋人。僕もいい加減限界が近かったから、そこから指を引き抜くと、彼の身体を持ち上げて自分の中心で痛い程張りつめていたものを蕾にあてがい・・・・・・・一気に貫いた。

 

「アアアアアアア――――――――――ッ!!!!」

 

瞬間、恋人の雄芽の先端から、まるで後ろからの圧で押し出されたように、すっかり薄くなってしまった白濁が散った。熱い内部は激しく収縮を繰り返し、中の僕を咀嚼するような動きで翻弄する。正直、こんな強烈な快感を覚えたのは生まれて初めてだった。

 

「・・・ッエド・・・・ッ!ごめ・・・・ん、動かすよ・・」

 

「アアアッ!?イヤ・・・・・!駄目・・・・・・ウアアアアアアア―――――――ッ!!!」

 

まだ絶頂を迎えている最中の恋人の細い腰を鷲掴むと、激しく上下に揺さぶった。それに合わせるように内部の肉壁がより一層強く絡みつき、うねるように僕を高みへと押し上げる。これまで数多の相手と経験を積んできたこの僕が、歯を食いしばってそれこそ必死に放出に耐えていた。

彼と身体を重ねたのはまだ今日で二度目だが、もう違え様がなかった。

彼の蕾は紛れもなく、女性でいうならいわゆる『名器』と言われるレベルのものだった。

 

心だけじゃない。この身体までもが、彼の虜になっていく。彼なしではいられない自分に、否応なく変えられていく。

未知なる世界に対する恐れも僅かにありはしたが、自分のパーソナリティが根底からバラバラに分解され、『彼のためだけにこの世に存在する自分』に再構築されていく目まぐるしい感覚は、ほぼ快感に近かった。

そして、こうして繋がりあいながら彼も僕と同じ感覚を共有してくれているのだと分かるのが、例えようも無く幸せだった。

 

鏡越しに見る恋人は、もう目を開けていることすら出来なくなっていた。閉じた目からとめどなく涙を溢れさせ、さらさらした感触の金の髪は汗でしっとりと濡れて肌に張り付き、胸の先のささやかな果実は僕の愛撫で熟れたように色づいている。

激しく上下に揺さぶられる度、彼の中心で一緒になって振られる雄芽の先端からまたしても溢れ出した蜜は、放物線を描いては周囲に無数の染みを作り続けていた。

 

「ア・・・・・・アアッ・・・・!俺・・全部・・・溶けて・・・・・る・・・!アル・・・・俺の、カラダ・・・どうなって・・・・」

 

呂律の回らない口で必死に自分の窮状を訴えてくる様に、またしても僕の中の嗜虐心が暴れだす。堪らず彼の上体をうつ伏せにシーツに押し付けると、腰を抱え上げ後ろからガツガツと貪るように突き上げた。始終痙攣する線の細い体は、いまや何をされても絶頂を迎えている瞬間のような快感を覚えてしまうらしい。肉食獣に生きたまま喰われる瀕死の草食動物のような様子で、もはやその喉からは掠れた悲鳴しか出てこない。

 

「ヒャ・・・・ア、ア、ア、アアッ・・・・・!!」

 

最奥まで味わおうと、思いっきり腰を深く突き出してみれば、信じがたいことに彼はさらに締め付けを強めた。思わず唇を噛んでその衝撃に耐えようとしたのだが・・・・・・まさに、自業自得だった。

 

「エド・・・・・ッ・・・・・・クゥ・・・・・・ッ!そんな・・・・締めないで・・・・ッ!」

 

「アア・・・・・ッイヤ・・・・・・・ソコが、勝手にそう、なっちゃ・・・・・・ヤァァァァァァ!!!」

 

意識的にしている訳ではないらしく彼でも制御が出来ないソコに締め付けられるまま、僕はこれまでの人生で初めて『搾り取られる』という感覚を味わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・ええ、そうなんです・・・・新型ではないという事なんですが、医者からは10日間は外部との接触を避けるようにと言われてまして・・・・・・本来なら本人が直接お話しすべきなのですけど、何しろ熱が高くて・・・・・」

 

まどろみながら、この声を聞くのは好きだ。低すぎもせず、かといって高くもなく、どこか透き通った響きを持つ甘く優しい声。

 

「で、さらに無理を申しあげる様で心苦しいのですけど、この際なのでたまりに貯めた有給をこれにあてて消化させてもらえませんでしょうか?・・・・・・・・わぁ部長!ありがとうございます!!それじゃあ今度は、上得意様限定で提供させて頂いている新サービスを80%オフでさせて頂きますよ!まだ数件しかサービスの実績はないんですけどね、お客様の評判は上々なんですよ。ハクロ部長にもきっとご満足いただけると思いますよ、ソフトSMプレイ付きスペシャルボーリングマッサージ!!」

 

柔らかい口調でよどみなく、いつでも無体で非常識で理不尽な事ばかり言う我儘な声・・・・・・。

 

「・・・・・・ボーリング・・・成程・・・これによってターゲットの地質調査と同時に弱みも掴めるという寸法か・・・」

 

まだ半覚醒状態の俺は、ぼんやりとしたまま呟き・・・・・瞬間跳ね起きた。

 

「待て〜〜〜〜ッ!!テメェなに人の職場に電話かけて上司相手に勝手に有給消化の交渉なんぞしてやがる!?」

 

能天気にひたすら明るい口調で電話を終えた男は俺の声にすぐさま振り向くと満面の笑みを浮かべて見せ、手に持っていた携帯を放り出してベッドに向かってダイビングをかましてきた。寝起きの俺は避ける事も出来ずに全身で自分よりもひと回り以上デカイ男の体重を受け止める嵌めになった。

 

「ウガ・・・・ッ!重・・・・ッ!」

 

「エド〜〜〜ッ!お早うッ!!良く眠ってたね?もう3時過ぎだよ。さあ、ご飯にする?お風呂にする?それとも僕がいい?そう、僕がいいの?じゃあ早速!!」

 

「うひゃぁぁぁぁぁ!!やめ・・・・・ン!お、起きて早々からお前・・・・・・アッ!コラ・・・・!」

 

たとえ起きぬけでなくともとても付いて行く事など不可能かと思われるほどのスペシャルハイパーなテンションの男は、全裸でシーツに包まっていた俺の体のココとかソコとかを嬉しそうに撫で回し始めた。冗談じゃない。『初夜だし、まだ慣れないアナタに負担をかけたくないから今日はこれくらいにしておこうね』と名残惜しげにようやっと開放してもらえたのは、俺の記憶違いでなければ午前9時頃ではなかったか。

 

「アル・・・・マジで、もう無理だって・・・・ア・・・・・・アル・・・・?」

 

やがて悪戯な手は、俺の身体をギュッと強く引き寄せるように動いた。そしてもがく俺をシーツごと、両手両脚を使って抱きかかえるようにしてしまうと首筋に顔を埋め、そのまま動かなくなった。肩に感じる吐息の温かさに体から力を抜いた俺は、シーツの隙間からどうにか腕を出してアルフォンスの身体を抱き締めた。

食事の準備をしていたらしいアルフォンスの身体からほんわりと良い匂いが立ち昇る。それに混ざって香る、もうすっかり覚えこんでしまったアルフォンス自身の持つ匂い。

 

「・・・・・好きだなぁ・・・・・この匂い・・・・」

 

自分の口から出たのかと思ったほど、その時の自分の考えとまったく同じ声が耳元でした。アルフォンスは俺の身体に巻きつかせている腕と足にさらに力を入れると、肩に押し付けていた額を移動させて今度は顎の下辺りにゴリゴリといつものように頬ずりをしてくる。

 

「痛・・・ッ!くすぐってぇ・・・・・ッ!ウハハッ!止せよ、もう!」

 

止せと言いながらも押し返す素振りもしない俺に気を良くしたらしいアルフォンスは、今度は顔といい髪といいあらゆるところにキスの雨を降らせてきた。土砂降り状態といっていい程だ。あまりにも幸せそうな顔でそれをするから、黙って好きなようにさせてやる。

 

思えばほんの10日かそこら前までは、まったく見知らぬ人間だったというのに、今となっては死別した家族と同じかそれ以上に大事なかけがえの無い存在になってしまったアルフォンス。コイツに出会う前までの自分がどれだけ寂しい人生を送っていたのか、うんざりするほど分かってしまうのが、気恥ずかしくも嬉しくもあった。

 

暫く黙って抱き合っていると、やがてしみじみとアルフォンスが呟いた。

 

「ああー・・・・・幸せだなぁ・・・・・・」

 

その言葉は、俺の心にじんわりと沁みた。

 

心に大きな傷を作った出来事を経験した過去を持つ俺と同じように、アルフォンスも幼い頃の辛い体験によるトラウマから抜け出せず長い間苦しみ続けていた。けれど今、俺の胸の上で甘えるようにうっとりと呟く男は、本当に、心底幸せそうにみえた。その幸せを自分が与えているのだと思えば、俺の笑みは一層深くなる。

 

「太陽みたいに笑ってる・・・・・その顔も大好き」

 

「俺だって・・・お前が嬉しそうに笑ってるその顔、すげぇ好きだ」

 

俺の胸に顎を乗せて近距離から見つめてくるアルフォンスの男っぽい綺麗な頬を、まるで猫でも愛でるかのように人差し指で優しく撫でてやりながら、甘い言葉を返した。後でこれを思い返すたび赤面することになるだろうが、構わないと思った。出来あがったばかりのカップルなんて、きっとこんな馬鹿馬鹿しいほど甘くて他愛無いやり取りに始終するものに違いないんだからと、半ば自棄になっていた部分もある。そんな俺に、アルフォンスは早くも我侭で甘ったれな本性を露呈しはじめる。

 

出遭った直後の凛々しさや理知的な印象を台無しにするような、砂糖菓子にさらに蜂蜜をかけたような甘ったるい表情で、俺に無茶苦茶な『おねだり』をしてきたのだ。

 

「あのね、お願いというか・・・・・実はさっきハクロさんと電話で話しがついちゃってるから実質事後承諾なんだけどね。今日からエドはインフルエンザって事になってるから、向こう10日は出勤しなくて良くなったんだ」

 

「なにぃ〜〜〜〜〜〜〜!?」

 

ぎょっとして身を起こそうにも仰向けの状態で額同士をつき合わせていたから、当然起きることなど出来ない。

 

「だから、その間にエドは下の部屋を引き払って僕のところに引越しをして、残った時間で思う存分蜜月を満喫しよう?」

 

「ちょ・・・・待て!お前だって会社・・・・・!!」

 

大声でわめき出した俺の唇にちょいと人差し指をあて黙らせた男は、艶然とした笑みを見せつけながら悪戯っぽく言った。

 

「経理兼電話番の逢樹さんに、『今の社長はてんで役立たずだから、暫く会社に出てこなくていいです』ってさっき電話で怒られちゃったんだ。10日くらいなら十分フュリー君だけで支障なく会社も回せるだろうし・・・・・ってコトで、まずはご飯でも食べようか?あとに控えている激しい運動に備えてね」

 

『ご飯』という言葉をきっかけに、先ほどから漂っていたあの味噌汁の香りに意識を取られた俺は、あまり良く考えもせずに適当に頷いた。・・・・・・・・・しかし、その僅か数時間後には、その自分の浅はかさを又しても呪うことになるのだが。

 

 

 

その日からアルフォンスの予告通りに実行された10日間にも及ぶ蜜月で、俺の身体が一体どんな事になってしまったのかなんて・・・・・・恥ずかしくて、とてもじゃないが言うことは出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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