ドリル 3

 












 

人生、一寸先は闇である。

いつでも先人達の言葉は含蓄が深く、そして正しいものだ。
そんなことをしみじみ思いながら俺は今、胸くそ悪くなるほどにサスペンションの効いた乗り心地の車の振動に身を委ね、流れゆく車窓の風景をうっそりと眺めていた。

「ねぇ、さっきから黙りこくってるけど、エドってもしかして、もの凄く無口なタイプ?」

「・・・・・・・・・・・」

さっきからどころじゃない。俺は数時間前に札幌のホテルの部屋を一歩出た瞬間から、何故だかしつこく纏わり付いて来るこのむやみやたらと見てくれだけは極上の強姦魔の存在を一貫して無視し続けていた。
それなのにこいつときたら飛行機に乗れば俺の隣の席をちゃっかりキープしやがり、茶だの何時の間に買い込んでいたのか朝食のサンドイッチだのを俺にニコニコと差し出し、俺の曲がったネクタイを勝手に直し、携帯用のエチケットブラシで俺のスーツの糸くずを取り、櫛を取り出しては俺の髪を梳かし結い上げ・・・・・・腹立たしいことに、すっかり新妻気分でいるようだった。
それでも根気強く無視を続け、やがて降り立った空港のターミナルからさてタクシーでも拾って会社に直行するかと背後に纏わりつく男を振り切るべく足を速めた時だった。
それまで只々温和だった男の目がギラリと獲物を狙うハゲ鷹のように輝いたかと思うと、息つく間もなく俺の体と俺の荷物はこの男の車の中に押し込められてしまった・・・・という次第。



腕時計を見れば、あらかじめ上司に告げておいた出社時刻まであと30分を切っている。普段殆ど電車以外の交通手段を使わないため、この車が一体どのあたりを走っているのか皆目見当もつかない俺は内心焦った。しかしこの男に借りを作るのも嫌で、急いで欲しいとも言えないままジリジリと腕時計を何度も見返していた。

「あ、会社の時間があるんだよね?エドの会社さ、外神田でしょ?さっき鞄のポケットから社員証が見えたよ。一部上場もしてる外資系の商社だよね。僕の会社が入ってるビルと同じ区画にあるなんて、凄い偶然だと思わない?」

「・・・・・・・・・」

確かに、このトンでもないエロ悪魔が俺の生活圏に生息していたとは驚きだ。しかし俺はここでも黙秘を続けた。

「エドの会社のお偉いさんも、何人かウチのお得意様になってくれてるんだよ。昨日電話で依頼をしてきた部下のトリンガム君だっけ?なんだか覚えがある気がして、さっき顧客履歴を洗ってみたんだ。そしたら彼ね、あなたの前にも上司のお供で出張した先から同じように何度かウチに依頼をくれててさ」

何というトンでもないことをしでかしてやがるフレッチャー!・・・・しかし、その後こいつの店の虜になってる上司共も上司共だ。世も末だ。

「え〜っと、例えば第二営業部の部長のハクロさんとか・・・・・・」

「い・・・・・・ッ!?」

それはまさに俺が今日の出社時刻を前もって知らせた直属の上司の名前だった。あまりの衝撃に(だって職場ではとことん偉ぶってるあのツラで、ケツ掘りデリヘルにハマッてるんだぜ)それまでのだんまりも忘れて目を剥いた俺に、そつ無くハンドルをさばく男はニヤリと笑った。

「ビンゴ♪だね・・・・・・・・ッと」

道路交通法で禁止されているというのにこの男、ハンドル片手に携帯のボタンを操りどこかに電話をかけている様子だ。

「あ、どうもおはようございます。こんなお忙しい時間帯に申し訳ありません、ドリルコーポレーションのエルリックです・・・・ええ・・・・・いや〜そんな。忙しいばかりで実はかつかつなんですよ・・・・え?アハハハハ」

「・・・・・・・・・・・・・」

能天気にも営業の電話をかけているらしい。アホらしくなって再び窓の外に目をやった俺だが、耳に飛び込んできた名前にまた運転席の男に目を戻す。

「でね、ハクロ部長。またおたくのトリンガムさんがやってくれたらしくって、実は私、昨夜そちらのエルリックさんのサービスに伺ったんですよ」

「んな・・・・・・っ!?てめ・・・・ゴラ・・・ちょ・・・・マテ・・・・・!!!!!」

まがりなりにも会社の上司に、あんなことやそんなことをされた事実を知られるなんて・・・と慌てふためく俺に、携帯を持つ手の人差し指を口元に立ててウィンクを寄越してくるキザ男がさらに続ける。

「幸いエルリックさんは事前に『間違えた人』だと発覚したので、私としては残念ながら普通の味気ないマッサージだけ提供したんですけどね・・・・・・・で、部長。これがもの凄い偶然でしてね。このエルリックさん、なんと生き別れになっていた私の兄だったんですよ!信じられます?」

ななななななななナニィ〜〜〜〜〜!?

「今までずっと探しても見つからずにいたのに、まさかこんなカタチで再会できるなんて・・・・・・ええ。ええ!そうなんです。ありがとうございます部長。で、無理を承知でお願いするんですが、今日一日兄に休みを頂けませんでしょうか。何しろ20年振りの再会で、昨夜はすっかり話し込んでしまって・・・・殆ど眠っていないんですよ、兄」

どんどん勝手に出来上がっていく設定に唖然とした俺は、この男の行動を止める術も無いまま、やたらと座り心地の良い助手席のシートの上で大汗をかいていた。

「わ、ありがとうございます部長!じゃ、次回は当店の指名ランキング一位のフュリーのサービスを無料でご提供しましょう。いつでもご都合のいい日時をおっしゃってくださいね。あ、勿論部長が当社の上得意様だということは兄には言っておりませんのでご安心を・・・ええ・・・・・はい。では、失礼いたします」

パタン・・・・・

二つ折りの携帯を閉じる音が、不気味に車内に響いた。これは・・・・アレだ。きっと俺の運命を暗示する音だ。そうに違いない。俺の明るい未来への道は、今まさにコイツの手により閉ざされようとしているのだ。

「まぁ、ざっとこんなもんかな。さて、じゃあ早速約束の指輪を作りに行こうね、ダーリン?」

「うるせぇ。ハニーなんて呼ぶと思ったら大間違いだぜこの強姦魔・・・・!!」

出来る限りドスを利かせた声で睨みつけたところで、まったくの逆効果だった。男はそれまでの精悍な相好を見事に崩し、蕩けるような幸せそうな笑みを惜しみなく俺に見せた。

「やっと僕の目を見て声を出してくれたね。嬉しいよ、エド。綺麗だ・・・・・愛してるよ僕だけの天使。昨日と今日は、僕の人生最良の日だ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

この眼つきもガラも言葉使いも悪い、しかもオトコである俺に、言うに事欠いて『天使』だ?コイツ絶対なんか勘違いしてやがる。まぁこんな酷い勘違いも放置しておけばじき正気に戻り現実に気付くだろう。逆に下手に逃げれば雄の本能を刺激してしまうとも限らないから、ここはコイツの好きなようにさせて適当にあしらいつつ、脱出の機会をうかがうのが得策かも知れない。

俺は胸中でそんな作戦を立て、そうと決まれば無駄にじたばたしても始まらないと腹を据え、昨夜の睡眠不足を補うべく助手席のシートを少しだけ倒すと、腕を組み目を閉じた。
この時の自分の判断をまたしても死ぬほど悔やむことになるのだと、とろとろと心地よい眠りに引き込まれていく俺には知る由も無かった。













昨日から僕の最愛の人となったこの人は、現在ちょこっとご機嫌ナナメだ。

社用車とは名ばかりの僕の車のナビゲーションシートに納まっている恋人は、少々行き過ぎた昨夜の初めての営みで疲れている所為か、眉間に皺を寄せ始終無口だった。けれど僕が話しかけるたびに、そのつり上がり気味の大きな目をキョロリと此方に向けてくれる様子が可愛くて堪らない。

早朝、札幌のホテルの部屋から上司に電話をかけていた彼は、これから会社に向かうつもりでいるらしい。しかし僕は何としてでも今日この日に二人が結ばれた証である指輪を作りたかったから、仕事上のデータを私的に流用するのはご法度だと承知しながらもあえてその手を使った。

・・・・だが、しかし。

規則的な呼吸音にふと隣をみればすっかり安心しきった顔で眠る天使の姿があって、それを目にした途端、にわかに僕の中でリビドーが暴れ出す。これから行くはずのショップには既に予約を入れてあったが、時間を逆算してまだ余裕があることを確認すると、急遽行き先を自分のマンションへと変更した。



余程疲れているのか、マンションの地下駐車場に車を停めて声をかけても彼は目を覚まさなかったから、とりあえず持てるだけの荷物を肩にかけると、彼を腕に抱き上げエレベーターに乗った。



都心からやや外れたところに位置する、この40階建ての高層マンションの最上階に、僕の部屋はある。いずれはこんな街中の味気ないコンクリートの建物じゃなく、どこかの片田舎にでも平屋の一戸建てと広大な土地を買い、そこで愛しい人とのんびり暮すのが僕の夢だが、今はまだその時期ではない。

隠居して愛しい人と二人、株の配当と預金の利息だけでのんびり暮らせるようになるには、まだまだこの程度の資産では心もとない。我ながら実年齢にあるまじき年寄り染みた考えの持ち主だという自覚はあるが、元来僕は穏やかで静かな起伏の少ない道を好む堅実で地味なタイプなのだ。





天井高の観音開きという大仰な作りの玄関ドアを開けると、まず目の前に漆塗りの大きな衝立が現れる。この向こう側にはワンフロアぶち抜きのだだっ広い空間が広がっていて、左手のバルコニーに面した窓側にはソファセットがあり、奥の大窓の一角には特注で作らせたキングサイズよりもさらにひと回り大きなサイズのベッドがしつらえてある。向かって右手側は一面鏡張りの壁と扉で、それぞれの扉の向こうはウォークインクロゼットやバス、トイレ、キッチンなどになっている。

玄関からベッドまでを一直線の最短距離で進み、艶やかなシルクのベッドカバーの上に天使をそっと横たえる。これまた絹糸のような金の髪がその布の上にはらりと広がる様が美しい。

しどけなく横たわる美しい人の横に跪き、まずは靴から脱がせ始める。次に靴下、スーツのジャケットを脱がせ、ネクタイを解き、腕時計を外す。折れそうに細い腰からアンバランスなくらいごついデザインのベルトを引き抜きスラックスを脱がせると、女性も羨みそうなすんなりと美しいラインの細い脚が現れる。ワイシャツのボタンを順々に外し袖を抜けば、昨夜僕が散らせた花を鮮やかに咲かせたままの柔肌が目に眩しい。最後に残されたボクサータイプのトランクスの攻撃的な色彩と禍々しいデザインはいささか興を削ぐものだったが、そんなものは脱がせてしまえばいいだけの事。

「ああ・・・・・・綺麗だ・・・・まるでフルーツみたいだ」

その形は違えようもなく男性の持つものであるはずなのに、淡い色をした彼のそれはあまりにも可憐で、男性の象徴でありながら生々しい欲望を微塵も感じさせず、清楚でさえあった。けれど、僕はもう知っているのだ。

ひとたび愛撫を与えればたちまち綻んで咲き乱れる花の如くその様を変え、蜜をしたたらせ、官能の嵐に激しく身を揺らすのだという事を。

「エド・・・・・さあ、早く起きて?もう待ちきれないよ・・・・」

深い場所で眠りを貪る恋人の意識を僕の元へと引き戻すべく、逸る気持ちを抑えながら桜色の唇に口付けた。

















風呂に入っている夢を見ていた。絶妙な湯加減の湯船に首まで浸かり、ゆらゆら揺れる湯に身を任せて微睡む夢だ。これを夢だと認識しているということは、今自分は眠っていて、半分覚醒している状態なのだなとボンヤリ考える。

それにしても気持ちが良い。身体中どこもかしこも暖かく、けれど服を着ている感覚のない開放感・・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・」

「あ、起きた?」

目を開けた瞬間飛び込んできたのは、恐ろしく造作の整った男のありえないどアップだ。近すぎて焦点が結べない程の距離にあるそれは、俺が覚醒したのを知ってもなお離れる気配を見せない。まだキレの悪い睡魔を引きずったままでいた俺は、どこか呆けていたらしい。瞬きをすればまつ毛同士が触れあい、息が絡み合い、唇や舌が触れ合うという状況をまるで当たり前のように赦していた。

「ん・・・・・・・フ・・・・・は、はふ・・・・・ん」

クチュ、と音を立てる唇の隙間から、誰かの鼻にかかった様な甘い声とも吐息ともつかないものが聞こえてくる。そこらのAV女優も裸足で逃げ出しそうな艶かしい声だ。

視界の隅に見えるのは、グレーの色調でシンプルに統一された体育館のように広い部屋の様子だ。裸の肌に直接触れているシーツらしき布はシルクだろうか。肌に当たるその感触だけで、それが俺の身体中の至る所にねっとり絡みつくように繊細なドレープを描いてる様が想像できた。

いつまでも離れていかない唇に酸素を求めて首を捩じらせると、忍び笑いが耳朶を掠め、それがまた別の新しい熱を生む。

「可愛い・・・・キスにも慣れてないんだね・・・・なんて真っ新な身体なんだろう・・・・こんなに何も知らないなんて・・・エド・・・」

乳首に熱を感じて再度身を捩らせると、またあのいやらしい声が室内に反響する。誰なんだ、こんな聞くに堪えない恥ずかしい声を出しているのは・・・・?

「ウア・・・・・イヤぁ・・・・・!あん・・・・・は、ハフ・・・・・・」

「エド・・・・イイ声・・・・堪らない。耳が痺れそう・・・・もっと聞かせて」

ちゅ、ちゅ、と音を立てて身体のあちこちに熱を散らしていく感覚に、俺はその都度過敏に反応しては声を上げた。

「アッ!ンンッ、ア、イア・・・・・ハ・・・・・・・・・・・?」

え・・・・・・・俺?コレ・・・・俺の声・・・・・・?

瞬間、世界がはっきりとした現実味を持って目の前に広がった。


「ッぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!ナニさらしトンじゃボケェェェェェェ!!!」

見慣れない部屋の、これまた初めて見るサイズのだだっ広いベッドの上で、俺は全裸の男に組み敷かれていた。その俺も当然全裸だ。

「その豹変振りって、ちょっと詐欺っぽくない?でも、そんなところがまたステキだ・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」

中途半端に上半身を起こした俺の目は、恍惚とした表情でウットリ笑うその男の股間に釘付けになった。






で・・・・・・で・・・・・・でかい、デカ過ぎる・・・・!ホモサピエンスにあるまじき規格だ。しかもそれはまだ血液の充填を100%完了していない様子だ。コレは性器というよりむしろ凶器だ。
俺は本能的な恐怖を感じ、ガクガクと後ずさった。

「な、な、な・・・・・ここどこだ!?一体全体どうしてこんな展開になってんだよ!?つーかお前、そのデカイの引っ込めろよ!マジ怖ェ!!」

『そのデカイの』を俺が指差すと、男はモジモジと顔を赤らめた。

「そんな面と向かって褒められると、流石の僕も・・・・て、照れるな・・・」

「誰が褒めてるかァァァァ〜〜〜!!!」

何を言ってもどんなリアクションをしても幸せそうな反応しか示さない男に、手近にあったゴブラン織りのずっしりしたクッションを投げつけると、すぐさまベッドから逃げ出そうと腰をあげたのだが・・・・。

「うあ・・・・・ッ!な・・・・・・なんだ・・・・・・クソッ・・・・・・!」

どうしたことか、腰といい膝といい下半身に全く力が入らず、俺は無様にも下半身をベッドに残したまま上半身だけずり落ちるような体勢になり、そこを男のでかい手で救われた。

「ああほら、無茶しないの。あなたのカラダ、すっかり準備が出来ちゃってるんだよ。身体全部の力が抜けて柔らかくなってる感じ、するでしょう?」

「お・・・・俺の身体に何しやがった・・・!?」

「?何も」

「ウソだ!俺が眠ってる間に一服盛っただろう!?」

全身を支配するこの酩酊感はただ事ではない。この男の言うとおり、身体中から力が抜け全ての筋肉が弛緩した俺の身体は、まるで別人のもののように柔らかくなっていた。そのまま男の膝の上に抱き上げられても、まともな抵抗一つ出来ない。

「大事なあなたにそんなことする訳無いでしょう?僕はただキスをしただけだよ」

「ウソ言うな!」

「嘘じゃない。アナタの身体・・・・・昨日初めて抱いた時もだけど、今また改めて驚いてるんだ。プロであるこの僕が・・・ね」

熱っぽい目を俺の目から唇、鎖骨、胸、そして・・・・と、爪先まで全身を舐めるように向けながら、男は続けた。

「キス一つで、ここまで蕩けてしまうなんて・・・・・こんな感じやすい人見たことないよ。それとも、アナタがこんなに感じてしまうのは、僕を愛してくれてるって事なのかな・・・?」

「馬鹿言うな!誰が男になんか・・・・強姦魔になんか・・・・惚れ・・・・・ヒャウ・・・ッ」

「でも、あなたのココは涙を流して喜んでるよ・・・・ほら、ね?」

いきなり中心を温かい掌に包まれ、やわやわと扱かれると、もう言葉を紡ぐなんて事は不可能だった。押し寄せてくる強烈な射精感を堪える為に身体を丸め、歯を食いしばるしかない。



「無理しないで、エド。ここには僕とアナタ、二人だけしかいないんだ。素直に快感に身を委ねて、素敵なあなたを僕に見せて」

耳が痒くなる程甘ったるい声を跳ね除けるように力任せに首を振ると、俺はさらに強く歯を食いしばった。

昨日の今日で、またしても好き勝手されるのは男としてのプライドが許さない。絶対にイッてなんかやるものかと、俺は気を紛らわせる為に円周率を延々と頭の中で唱え始めた。


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「ねぇ・・・・・もうはち切れそうだよ?痛いでしょう、出しちゃいなよ、エド」

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「強情張ってると、虐めちゃうよ?」

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13099605187072113499999983729・・・・!

「フフ・・・・・・腰がゆらゆら動いてる。可愛いね」

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「へぇ・・・・まだ頑張るんだ?じゃあ、ちょっとプロのテクを使っちゃおうかな」

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1686172785588907509・・・!?

「ほ〜ら、前立腺。こうされると堪らないでしょう?コレで我慢できる男なんていないんだよ、エド」

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104・・75・・・・・21620569・・・・!!

「ああ・・・・・・本当に色っぽい・・・・・」

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「・・・ほら・・・・もうイキそう・・・・・・・・イッて・・・・」

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・・・・・昨日に引き続き、俺はこの男に・・・・・・負けた。









ぐちゅぐちゅと、耳にするだけで悶えたくなるような音に合わせて、身体の下半分全てが熱で溶けだして原形を留めていないような不気味なほど甘い感覚を否応なく味あわされている。
その状態から逃れようと無意識に身を捩っても、シーツに顔を埋め高々と上げた腰を後ろから捉えられているから、逃げることもままならない。

「ハァ・・・ハァ・・・・ん、ク・・・・・ウア・・・・アアアッ!」

滑ったものを塗した男の長い指に中を探られ、その数を徐々に増やしながら弄られる感覚に散々泣かされた後、背後の気配でこの男のあり得ないサイズの杭が打ち込まれようとしているのだと悟る。俺は我武者羅に暴れ、懇願した。

「嫌だ・・・・無理だ!そんなデカイの入んねえ・・・・こ・・・・怖い・・・・頼むから、止めてくれ・・・・!!」

「エド・・・・・エド、力を抜いて。大丈夫だよ。昨夜、あなたのココは僕をしっかりと受け入れていたんだよ?だから・・・・・・・ね?」

「あ、あ、あ・・・・・!イヤだ・・・・!止めてくれ・・・・ヤダ・・・!」

恐怖で引き攣れた喉からは、悲鳴じみた掠れ声しか出ない。必死に丸めようとする身体を大きな手で広げられ、いよいよアレで串刺しにされてしまうのだと息を詰めたのだが・・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・」

覚悟していた衝撃が来ることは無く、代わりにため息交じりの囁き声とキスが耳の後ろに落とされた。

「仕方ないか。そんなにガチガチに縮こまった身体でしたら、あなたを傷つけてしまうよね・・・・・分かった。今日はしないよ、だから安心して」

自分のことばかりでいっぱいいっぱいだった俺は、勿論この時には思いもつかなかったが、この状況で自分を抑えることが男の性を持つ者としてどれ程辛いことなのか・・・・・と、後になって思い返すたび、この男の忍耐強さに敬意を表したくなるのだった。
が、あくまでもそれは後になってからのことだ。

この場面で、やはりただそれだけで大人しく引き下がるはずもないサービス精神旺盛な男は、ホッと胸を撫で下ろす俺にこう言った。

「でも、あなたの可愛い蕾、昨日の快感をしっかり覚えこんだみたいだね。美味しい何かを食べたくてヒクヒクおねだりしてる・・・・フフフッ」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

まるで三文エロ小説張りのセリフに言葉を失くしている俺の腰を改めて抱え込むと、器用に片手で尻の肉を押し広げ・・・・・・

「中がジクジク熱を持ってるの・・・・分かるでしょ?後ろで一度イッておかないと収まらないだろうから、今日はこれでしてあげるね」

ブブブブ・・・・という小さな振動音がして、何をされようとしてるのかを悟ったときにはもう手遅れだった。

「あ・・・・・・・・ッ!?」

抵抗する間もなく、昨夜初めて体験させられたあの明らかに血の通わないツルリとした物体にソコを犯された。

「アアアアアッ!?」

「大丈夫だよ。怖がらなくていい。あなたがどんなになっても、ちゃんと僕が全部見ていてあげる・・・だから。素直に感じるままにしていればいい」

そう言ってシーツの上でうつぶせに丸めていた俺の身体をひっくり返して脚を大きく開げてしまうと、上から熱い視線を容赦なく降らせてくる。

「いや、だぁ・・・・・ッ!取って・・・・コレ、取ってくれよ・・・・ア、ア、ア、ア・・・・ッウア・・・・・ん・・・・や・・・・!!」

断続的に身の内で生まれ出た快感が、全身を貫き暴れまわる。俺は狂ったように身を捩りながら泣き喚いた。

「・・・・・・綺麗だね、エド・・・・ほら、もっとイイところに当ててあげようか・・・・・ん?どう?」

「ヒャァアア!!!イヤ・・・・・・アア・・・・・・!!」





男である俺が、男であるコイツに。それも昨日初めて会ったばかりの相手に。

あり得ない場所に玩具を突っ込まれてガン見されながら、死にそうな程の快感を引きずり出されている。

こんな信じられない状況が間もなく自分の身に降りかかるなんて事を、昨日の朝の俺は考えもつかなかったというのに。



それなのに、どうしたことだろう。
この時の俺は、えもいわれぬ安堵を・・・・・・・・・確かに、感じていた。








人生を揺るがすある出来事を経験してから今まで、比喩ではなく、俺は一度たりとも泣いたことが無い。
どんなに悲しい映画を見ても、好きだった女に去られた時も、放ったらかしの親知らずが腫れ上がって一晩中激痛に悶絶した時も。いつだって、精神的な涙も生理的な涙も、俺の頬を濡らす事は決してなかった。
元々簡単に泣くような軟弱な俺ではなかったが、それでも以前は飼っていた犬が死んだ時や、父親に酷く叱られた時等には人並みに泣いていたのだ。

けれど、俺が10歳になった夏の日、それは起きた。

地元のサッカーチームの合宿に参加していた俺以外の家族全員が乗った大型旅客機が、墜落事故を起こしたのだ。乗客乗員共に生存者は皆無という航空機事故としては未曾有の大惨事で、テレビも新聞も随分と長い間その話題で持ちきりだったのを覚えている。

両親は二人ともが天涯孤独の身だったから、その事故で一度に父母姉を亡くした俺は、当然この世に一人の肉親もいない身となった。あまりの事にまだ事態を良く認められないままでいた俺の許に帰ってきたのは、DNA鑑定によって識別され纏められた僅かな肉片のみだった。父母の知人らによって葬儀がとり行われた後、間もなく俺は施設へと引き取られ、そこで高校卒業までの数年間を過ごした。

その数年間・・・・いや、今なお俺を苛み続けるのは、どうやっても埋めようのない残酷なまでの喪失感だった。

大切な物を失いたくない。けれど自分は神ではなく、笑ってしまうほどちっぽけで無力な存在でしかない。失いたくないとどんなに強く望んだからといって、それが叶えられる訳ではないという現実は、嫌と言うほど身に沁みていた。

俺はもう二度と、あんな苦しみを味わいたくなかった。15年以上経った今でさえ、まだどこかではその苦しみに蓋をして逃げ回っている自分がいるというのに、俺の精神はこれ以上の痛手を受け止めるだけの余裕を持っていなかった。


どうすればいい?

・・・・導き出した答えは、あっけ無いほどに簡単なものだった。

失くしたくないものなど、始めから持たなければいい。たった、それだけの事だ。

それからは何に対しても、誰に対しても、いつ失くしても良いようなそんな浅い接し方しかしないよう用心した。

今でも俺は、趣味など持たず、働いて糧を得、食物を摂取し、眠り・・・・そんな人として最低限の営みをただ機械的にこなしている。日々の生活に楽しみを見出すことを極力避け、友人も、女も、仕事も、全てそこそこのエネルギーを等しく配分して、決して全力で心を注がないよう恐る恐る生きている。
俺は・・・・・エドワード=エルリックとは、そんな人間だった。

そうして、心の底から笑うことが無い代わりに深い悲しみに打ちひしがれることもない『平穏』を、俺は生涯手に入れたはずだった。

それなのに。

昨夜も今も、この男の前で俺は驚くほど自然に涙を流していた。
確かにこれまで思いもしなかった非日常的な行為を突然受けたのだから、肉体的・精神的な衝撃は相当のものだ。しかしだからといって、これしきのことでこの俺が涙を流すとは、今までの自分を鑑みると実にありえない事だ。

それだけではない。
今まで頑なに他人との境界に引いてきたそのラインを、何故かこの男だけはあっさりと乗り越えてきてしまった。こんな経験は初めてで、だから俺は自分のとるべき行動を考えあぐねてしまうのだ。



再び眠りに引き込まれていく俺の髪を、大きな掌が慈しむように撫でている感覚に、素直に身を委ねる。


人肌が、こんなに温かいものだったなんて忘れていた。人の手が、あんなに優しいものだということも・・・・。


俺はこれから、一体どうなってしまうのだろう。









「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

どこからか聞こえる、すっかり耳に馴らされてしまった男の声に目を開けると、頭上にあるショーウィンドゥのようにデカい窓のブラインド越しにオレンジ色の光が差し込み、周囲一帯に縞模様を作っていた。
昨日から妙な時間に寝入ったり起きたりを繰り返していた俺は、まるで時差ボケのようにスッキリしない頭をどうにか働かせ、自分がおかれている状況を把握しようと寝返りを打った。

さっき全裸だったはずの俺は、ガーゼのローブを着せられていた。火照った熱がまだ尾を引いて僅かに痺れを残している身体を起こすと、個人の部屋とはとても思えない広さの室内を見渡す。

このだだっ広いフローリング張りの空間で人が身を落ちつける場所は、今俺が居るベッドと、あとは見ただけで何百万は下らないと分かるデカいソファが置かれたコーナーだけだ。今でもどこからか声だけはするあの男は一体どこに隠れているのかと視線を巡らせていると、左側の鏡の一部が四角く切り取られたように開いた。

「・・・・ええ。じゃあ7時にはそちらに着くと思いますから、よろしく・・・・・・あ、エド。起きたね?丁度良かったよ。お腹空いてないかなぁ、あり合わせだけど食べない?」

電話をしながら湯気を立たせるトレイを片手に現れた男は、黒い長袖Tシャツにジーンズというスタイルで、これまでスーツ姿しか見ていなかった俺の目には最初の印象よりも随分と年齢が若く見えた。落ちついた物腰と品を感じさせる淀みのない言葉運びなどからして、少なく見積もっても自分より4,5歳は上だろうと勝手に踏んでいたものの、こうして見ると俺と大して変わらないようにも思える。

キャスター付きのサイドテーブルを俺の近くまで移動させると、そこにトレイを置く。俺はそのトレイに乗ったものをしみじみと眺めた。

キャベツか何かの野菜が沢山入った味噌汁の椀に、炊き込みご飯の握り飯。鯵の干物を焼いたヤツに、完璧な色つや形の出し巻き卵。まるでどこかの旅館の朝食メニューだ。まさかこれを、この一見して生活感の全くない男が作ったのだろうか?
表情で俺の考えていることが分かったのか、「普段は一人だからあまり作らないんだけど、料理結構好きなんだよ」と、少し照れたように笑いながら渡されるお絞りを大人しく受け取る。続いて手に持たされた椀を一口啜ると、俺は久しぶりに味わうその味に目を見開いた。

「・・・・・・・これ・・・・・」

「うん、春キャベツのお味噌汁。甘みがほんのりあって結構美味しいでしょう?」

「・・・バターで野菜炒めてから味噌汁に?」

「良く分かったねぇエド!そうなんだ。仕上げにほんの少し牛乳も入れるんだよ。僕、これが好きでさ。コクが出て美味しいよね」

久しぶりに口にするこの味は、昔母親が良く作っていたものと瓜二つだった。野菜や牛乳嫌いの俺も、このバターで炒めた野菜を入れ牛乳で仕上げる味噌汁だけは喜んで口にしたから、母は殆ど日を空ける事なくこれをこしらえていた。
あの日を境に、もう二度と食べる事はないと思っていた味。

細やかな箸さばきで鯵の骨を処理していた男は顔を上げ俺を見た瞬間、何故だか驚いた顔をした。

「・・・・・・・・・・・・・・・?」

「エド・・・・・・・泣いてる」

「・・・・・・・・あ」

昨日から俺の涙腺はどうかしてしまったらしい。下を向けば、ガーゼのローブの上にパタパタとシミが出来ていく。しかしそれをどうにも止めることができず、仕方がないので俺はそのまま味噌汁を啜り続けた。

余計な質問や下手な慰めの言葉をかける事はせずに、男は黙って俺の手に箸を握らせ、俺用の取り皿の上に骨を取り終えた魚の身を次々乗せた。その心遣いのさりげなさが不覚にも胸に沁みて、たったそんな事だけで、昨日からの理不尽な仕打ちを全て許してもいいような気になっている自分がいた。






バツが悪くもやたらと旨かった食事を終えた俺は、眠っている間に風呂で身体を洗われていた事実を知らされた事で『帰る』『帰さない』と男と一悶着をやった末、結局言葉巧みに言いくるめられ再び車に乗せられていた。

既に予約を入れてあるそうな貴金属店に向かう車中、『ふたりが結ばれた証の指輪』などとほざく男に俺が遠慮手加減なしの拳固をお見舞いしても、この事態の方向が変わる事は一切なかった。
滑るように車を乗り付け連れ込まれた店は外から見るとそうでもないが、一たび店内に入れば相当格が高いと知れる店だった。

静まりかえった臙脂色の絨毯の店内に他の客の姿はなく、どこからともなく現れた黒服の男に奥へと誘われた。これまたうんざりするほど華美で装飾過多な室内に目を回している俺を雲のような座り心地のソファに埋もれさせると、男は次々と黒服が取り出す小さな貴金属を吟味しつつ、時々俺に意見を求めてくる。
この男。柔らかい物腰と穏やかな声にウッカリ騙されてしまい勝ちだが、俺はこれまでこんなにも強引でしかも巧みなやり口で自分の意思を押し通す人間に出会った事はない。だから、これだっていくら俺が『止めろ』と言ったところで結果は同じなのだと知れる。
殆ど投げやりだった俺は返事もそこそこに、またしてもうつらうつらとしていた。

ところが、やがて気に入ったものを見つけた男が財布から取り出したカードを黒服に手渡した時だ。俺はどうしてだか急にそんな気持ちになり、口を開いた。

「待て。じゃあこうしようぜ」

「・・・・・このデザイン、気に入らなかった?」

「そうじゃねぇ・・・・・・ホラ」

俺は黒服が手にしている見本の指輪を並べたトレイに、自分のカードを乗せた。困惑した表情を浮かべる黒服に「支払いはきっかり半分づつにしてくれ」と言えば、今度は男が声を上げる。

「エド、あなたはそんな事しないでいい。これは僕がしたくて勝手にしてるんだから・・・」

まったくもって正論だ。俺がこんな男の為に、欲しくもないバカ高い指輪の代金を半分もってやる義理も道理もない。それなのに、俺の身体は俺の心とまったく連動せず勝手に動いてしまっていて、自分でも止める事ができない。

「指輪はふたつ。一つはお前で一つは俺の。そういう事で間違いねぇな?」

ギロリと睨みつける俺に男が頷くのを確認し、さらに続けた。

「お前の方がサイズがデカイから厳密にいえば値段に差はあるが、そこはまぁ面倒だから綺麗に折半といこう。だから、お前は俺の指輪だけ買えばいい。そしたら俺がお前のを買ってやる。この方がスッキリして気持ち良いだろ?」

「エド・・・・・」

「じゃ、悪いけどそういう事で頼む」

何故か目を潤ませる男を尻目に勝手にそう言うと、それまで無表情で人間味のなかった黒服が目許を緩め、深々と頭を下げるとこう言った。


「かしこまりました。そして、僭越ながら申し上げます・・・・・・どうかお幸せに」







初対面からこれまでの間、殆ど浮かれたように喋りっぱなしだった男は、何故か帰りの車の中では酷く寡黙だった。わざわざ気を使って話題を振ってやるのも面倒だったから、二人して押し黙ったままフロントガラス越しの夜道にただ目を向けていた。

そうして店を出てからどれくらいの時間が経過した頃だろうか。ふと男が、まるで独り言のように呟いた。

「エドは・・・・・どういう意味であんな風にしてくれたのかな」

先程の指輪の支払いの件を言っているらしい。しかし正直なところ、俺自身にも先の自分の行動について明確な理由を見いだせないでいたから、答えるべき言葉もないまま黙っていた。
やがて俺からの返事がないと汲んだ男は、それまでの始終能天気で幸せそうにしていた様子とは一変して、自重気味な表情で語りだした。

「初対面でいきなり強姦紛いな事をして、その後も無理やり付きまとって、強引に自宅に連れ帰って・・・・今夜だってエドを家に帰すつもりなんてないし、明日エドが仕事に出かけても終わる頃には会社までさらいに行くつもりでいる。そして否だと言っても、きっと僕は強引にエドを抱くよ。僕が満足するまで、何度でもね。これから生涯、僕の人生はエドを中心にして回るから、エドは24時間毎日休みなしに僕を意識しなくちゃいけなくなる。だから・・・」

そこで一度言葉を切ると唇を噛み、寂しそうな表情で前を向いたまま男は続けた。

「僕から逃げるなら、今が最後のチャンスなんだよ、エド。きっとあなたは僕の執拗な愛が重くなる。今だってエドは強引な僕に流されているだけだよ。それなのに、なんであんな事をしたの?期待してしまう・・・・あなたの愛を手に入れられたと、あなたが僕だけのものになったんだって・・・僕が勘違いしてもいいの!?」

あれだけ自信満々に強引に事を進め、散々俺を振り回していた男のセリフとはとても思えないものだったが、俺はようやく得心がいった気がした。何故この男がこんなにも強引で相手の意見をはぐらかしたまま事を進めるのか・・・という、その理由を。


この男は、心を傾けた相手には惜しみなく自分の身を削るほどに愛情を注がなければいられない一方で、そんな自分の愛し方が相手にとって重荷になるのでは・・・と、何時でも恐れている。だから精一杯虚勢を張り、罵倒されてもめげずに能天気に振る舞い、相手の一挙手一投足に僅かな幸せを見出だし、それを糧にしてまた相手に尽くす。そこには、相手からのリアクションを期待するという観念は一切存在しない。相手からの愛を失うことを恐れるあまりに、始めから相手の心を求めない。この男の愛は酷く献身的でありながら、自己完結的で独りよがりなのだ。

失くすのが怖いから、始めからそれを望まない。

俺と男は・・・・・アルフォンスは、根っこの部分で酷似していたのだった。

だから俺は、この男を突き放す事がどうしてもできなかったのだろう。




「あのさ、お前・・・・あ〜・・・・・アル、フォンス?」

初めてまともに名前で呼びかけるのは少々気恥ずかしかったが、俺はその名前がとても大事なもののように思えて、そう呼びかけた。

俺の口から自分の名が発せられた事にやはり驚いたらしいアルフォンスは、年相応の(多分俺と同じくらいの歳と見た)顔で俺を見ると、ハザードランプを点滅させて車を路肩に寄せた。

片側三車線のこの環状線は交通量が多く、周囲の車は皆迷惑そうに慌ただしく車線変更をしては俺たちが乗った車を追い越していく。
アルフォンスは黙ったまま此方を見つめ、俺の言葉を待っているようだった。
俺は、これまで誰にも話した事がなかったあの夏の日の出来事を、ぽつりぽつりと話した。そして、自分がどんなつまらない臆病な人間で、アルフォンスの愛に値する値打ちなどないという事も。

「お前こそ、すぐに俺に愛想を尽かすと思うぜ?こんな強がってるだけの臆病者に変な夢を抱くのは人生の無駄遣いも良いトコだ。俺はもう何かと深く関わろうとは思わないし、この先もきっと思えねぇ。でもお前はさ、せっかく良いツラしてるしガタイも良い。その上甲斐性もあるみたいだし優しいし・・・非の打ちどころなんてない一級品じゃねぇか。俺みたいなつまらない野郎に現を抜かしてるヒマがあったら、他に良い女を探すべきだ」

通り過ぎていく車のヘッドライトに照らされ浮かび上がるアルフォンスの表情が、みるみる内に変わっていくのを見ながら、俺は思った。この男の人生を俺が奪ってはいけない・・・・・と。この健気で優しい男には、俺なんかじゃなくもっと似合いの可愛い相手が何処かにいるはずだ、と。男兄弟を持った事などない癖に、俺はまるで弟の幸せを願う兄のような気持にさえなっていた。


「じゃあ、あの指輪はどういう事なのエド?その口で言ったじゃないか、お前が俺の指輪を買えって!そしたらあなたが僕に指輪を買ってくれるって!・・・・・・じゃあ、どうしてあんな事をしたの!?」

涙こそ流していなくても、アルフォンスは泣いていた。俺は堪らなくなったが、せり上がってくる衝動を殺し言葉を紡いだ。

「お前が買う指輪は、俺への慰謝料だ。俺がお前に買うのは・・・・せ・・・・・・せん・・・・」


『餞別』


その言葉を言おうとして、とうとう俺は声を出す事が出来なくなった。

餞別とは、別れに際して贈るものだ。同じ生活圏にいるとはいえ、俺とコイツではこの先互いを強く結びつける程の接点があるとはとても思えない。今この言葉を口にしてしまえば、それが俺とアルフォンスの間に奇跡的に生まれた細い糸を断ち切る事になってしまう。
俺はどうしても、その先を言う事が出来なかった。


「また泣いてる・・・・・・・・・・・・・・・エド、もう認めて。あなたは僕を愛してるんだよ」

またしても自分で気付かずに泣いていた事を指摘されながら抱きしめられる。
自分の中で起こっているらしい劇的な変化に気持ちが全く追いついていないというのに、もう、俺に逃げ道は残されていなかった。

「自惚れんな強姦魔!お前なんか・・・・お前なんか・・・・!俺の知らないところで勝手に幸せになってればいいんだ、アホ!」

「うん。ありがとう、僕はエドに幸せにしてもらうよ」

「お前、正気じゃねぇよ!絶対どうかしてる!悪い事は言わねぇから、考え直せ」

「愛してる・・・・・愛しています。僕はあなただけのものになるよ、だからあなたも僕だけのものになって・・・!」

そうか・・・・・。こいつが強引なのは、何も背負っているらしきトラウマの所為ばかりではなかったのだ。

「お前、本当は結構・・・いや、かなり我儘で末っ子気質なヤツだろう?」

がっちりと抱きこまれている腕の中から見上げて唸る俺に、またしても昨夜と同じ暴力的な頬擦りをごりごりしつつ、アルフォンスは言った。

「だってさ、欲しいものを欲しいと言えない人生なんて終わってると思わない?僕は昨夜、生まれて初めて本当に心の底から欲しいと思う人を見つけたんだ。こんな時ぐらい我儘を通したって、誰にも文句は言えないと思うよ。ねえ、今、あなたの本当の気持ちが聞きたい・・・・・・教えて、エド」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

とうとう俺にも年貢の納め時って奴が来ちまったらしい。あの耐えがたい、『失うこと』への恐怖をまた再びこの手に引き寄せてしまう事になるとは・・・・それも自分の意思で、だ。

でも、まだもう少し。本当の本当に覚悟を決めるまでの猶予くらい確保したって、罰は当たらないはずだ。

期待と怖れに頬を紅潮させ、まるで子供みたいな目で俺を見つめてくる可愛い男に、俺は十何年振りかの心から浮かべる笑顔を向けた。

「返事はさ、指輪が出来た時に言うよ。それまで失恋パーティーの準備、きっちりしておけ?」

「なんて人だろう・・・・!一週間も煩悶してろっていうの?痩せちゃうよ・・・」

本気で項垂れるその様子が可笑しくて、今度は声を上げて笑った。こんな事、本当に久しぶりだ。

「エドが笑った顔、初めて見た。嬉しいな・・・・・・・ねぇ、エドの住んでる場所教えて?」

「お前・・・・脈絡ねえぞ」

「このまま環八を真っ直ぐでいいの?」

さっさと車を走らせ俺からの答えを責っ付く運転手に言ってやった。


「聞いて驚け。俺の住所は何と、お前が住んでるあのマンションの2319号室だ。ただし俺ンとこは2LDKのパンピー仕様だけどな」



そして俺がそのパンピー仕様の部屋を引き払うのは、この時から僅か10日後のことになる。
 






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