原作終了後妄想捏造文3

 

 

 











ところが、フーフーと呼吸も荒く真っ赤な頬をした兄を見下ろしながら、今日のところは無理にこれ以上踏み出さない方が良いのでは・・・と、身を引きかけた時だ。
組み合っていた兄の両手が不自然な程ひんやりとしている事に僕は気付いたのだ。それだけじゃない。しっとりと汗ばみ、小刻みに震えている。

「・・・・・兄さん・・・・?」

心配になって覗きこめば、兄は精一杯虚勢を張っていると分かってしまう程わざとらしい怒り顔を作った。

「なんだよ、その顔は!?ああ、悪かったな!どうせ経験皆無の俺は口から心臓はみ出るほど緊張しまくってるよ!笑いたきゃ笑え!!」

破れかぶれの体で怒鳴る兄を、僕はあっけに取られて見下ろした。

そうか。何故気付かなかったのだろう。
先の兄の行動は、場の雰囲気が読めなかった訳ではなく、むしろ・・・・・・・どうにもできない羞恥心と未知の行為に対する恐怖心を紛らわせる為にだったのだ。
それを知った途端、もう押さえることなど到底できそうにない熱い情動が背中を駆け上った。

「兄さん・・・・・・・・・!」

力任せに抱き起こし引き寄せた彼の頭を胸に抱きこみ、汗でしっとりした髪に頬を寄せ、口付ける。

「分かるでしょう、僕の心臓がどんなに忙しなく脈打っているのか・・・・・・ね?僕だって変わらない。兄さんと一緒だ。緊張しすぎて怖いくらいなんだよ。」

「アル・・・・・・・」

「・・・こんな余裕のない男で、格好悪いと思う?だけど兄さん、僕だってそんなに余るほど経験がある訳じゃない。二人でドキドキ緊張しながらさ、手さぐりで愛し合うのも悪くないでしょ?」

腕の中から見上げてくるその額に小さなキスをしてあげれば、驚きの表情が瞬く間に照れくさい笑みへと変わった。これは、僕が良く見知ったいつもの兄の顔だ。

「・・・・ったく。この三年俺の知らないところで、甘ったるい雰囲気に持ってくテクを散々磨きまくったなお前。・・・・コノヤロウ、すっかり完璧なイイ男になりやがって・・・・お前に迫られて落ちない相手なんて、これまで居なかったろ?お前と並んだら兄ちゃんが霞んじまうじゃねぇか。思いやりのない弟だぜ。」

兄というスタンスに逃げ込んでこの場をやり過ごそうとする、恐らく無意識のその反応を僕は許さなかった。今この場面では、兄でもなく父でもなく、母親でもない。恋人の顔をした彼が欲しいのだ。
彼を兄としてではなく、一人の愛する人として組み敷いた時点で、既に僕の中で覚悟はできている。
この先どんなロクでもない結末になろうとも、一度伸ばしてしまったこの手を引いたりするものか。
例え彼が『やはりコレは過ちだった、勘違いだった』と過去のまっさらな関係に立ち戻ることを望んだとしても・・・・・だ。家族としての穏やかな愛だけでは、もう僕が満たされることは生涯ないのだ。

「あなたの為だよ、兄さん。あなたに愛して貰える・・・・愛されて、隣で肩を並べる資格がある自分になる為に、僕はこれまで必死に生きてきたんだ。あなたの今の言葉は、及第点を貰えたって意味にとってもいいんだね?」

再び僕に組み敷かれながら兄が向けてくる視線に、強く、熱い火が灯る。

今、この瞬間。今度こそ本当に。

僕と兄の関係が変わる・・・・・と、そう感じた。

「お前は、俺の自慢の弟だ。及第点なんてな、今更なんだぜ、アル。俺はお前ほど強くて賢くて優しくて男前で気高い魂を持った男を他に知らねぇ。こっちこそ、お前に追い抜かれちまって、兄の威厳を取り戻すのに必死なんだ。お前になら・・・・・・」

一度言葉を区切って再び紡ぎ出す声は、三年前、別れ際に耳にしたあの声と同じものだった。熱を帯び、囁くような言葉尻が切なくかすれて、此方の胸を鷲掴みにする声だ。

無意識のうちに兄と僕の距離は詰まり、今はもう鼻先が触れ合うほどになっていた。唇に直接吐息がかかる近さで、兄が囁く。

「お前となら、俺は・・・・なんだって、出来るし・・・・・・・・・・・・・したい。」

そのセリフが、最後の合図だった。

生まれて初めてする貪り喰らうような激しいキスに、今度は兄も自ら唇を解いてぎこちなくも必死に応えてくれる。愛撫というにはあまりにも荒々しい動きで互いの身体をまさぐり合う内に、兄の手がもどかしそうにパジャマの裾から入り込むのに気付いて、唇を深く交えたまま引き裂くようにパジャマを脱ぎ捨てた。
僕が全ての布を取り去ると、今度は組み敷くように上になった兄は、先ほど僕がしたのを真似ているのか乳首に吸い付いてくる。ちぅ、と音を立てて吸い付く様は、まるで子猫が母猫の乳を飲む様子を連想させ、官能というよりも愛おしさばかりを湧き上がらせた。
時々唇を離しては反対側の乳首に吸い付き、手はぎこちなくも精一杯僕の体のあちこちを撫で擦ってくれる健気な兄だったが、肝心な部分には決して触れてこない。
踏み出すきっかけを作るのは、どうやら僕の役目らしかった。
胸の辺りで頑張っている兄の顎に手をかけ上を向かせ、もう一度。今度はしっとりと唇を合わせ殊更濃厚に、相手の腰を蕩かせるようなキスをしてあげる。
兄の身体は瞬く間に骨抜きになり、僕の上にしな垂れかかってきた。けれどまだ、その唇は捕らえたまま。
兄の小ぶりな双丘を下着の布越しに撫で揉みしだきながら、もう片方の手を互いの身体の隙間に差し入れ、躊躇わずに性器へと伸ばした。

「ア、アル・・・・・・・・やあ・・・・・ッ!」

まるで女の子のような可愛い声を上げた兄は、そんな自分の声に驚き、そして次の瞬間には恥じ入るように唇を噛んだ。

「恥ずかしがらないで、兄さん。今だけ・・・・・僕にだけ・・・・・・誰も知らない・・・・・あなた自身さえ聞いたことのない、可愛い声を聞かせて?」

「あ、あ、あ・・・・・・ヤダ・・・・・・・そんな、動かすな、手・・・・・!んんっ・・・・・・・ア!!」

下着のウエストから侵入し直に熱に触れてあげると、一際高く上がるその声に、僕の熱もまたはち切れんばかりに膨張する。初めてまともに触れる兄の性器の生々しい感触に、目眩がしそうだった。許されるなら手で愛撫するだけではなく、咥え込んで思う様咥内で可愛がって啼かせてあげたいとすら思う。しかし、それをこの初心な兄に求めるのはまだ酷だろう。

兄を上に乗せたままずり上がり重ねた枕を背に上体を起こした僕の肩に額を押し付け、兄はどうにかして声をかみ殺そうと必死だ。前を愛撫する僕の手首を握り締める手がブルブルと震え、限界が近いことを知らせてくる。

「あ・・・・・放・・・・・せ・・・・・・!ア、もう・・・・・・ッ!」

「駄目。我慢して・・・・・・」

「アヒ・・・・・・ッ!」

ほんの悪戯程度の愛撫で、兄は早くも絶頂を迎えそうになっていた。
昔から読書や研究に没頭しては食事や睡眠を疎かにする兄だ。きっと性的な欲さえ忘れて、この三年の間全ての時間をただただ知識を蓄えることだけに費やしたに違いない。
刺激に慣れていないのがあからさまに分かってしまう、その未熟な性器がただひたすら愛おしい。

間もなく気をやろうかというタイミングを見計らい、今度は後ろの下着の隙間から指先をもぐりこませ、あえて躊躇わず中指の先をツプリと挿し入れた。

「アルッ!アル・・・・・・!そっちは・・・・・そっちは駄目だ!今日はまだ・・・・・・・ヤ!うあああ・・・・ッ!」

後ろに気をとられたところで、今度は首筋に吸い付きながら握りこんだ性器を強めに扱いてあげる。同時に後ろの指を更に深く侵入させた。それからいくらもしない内、兄の全身が僕の腕の中でビクリビクリと大きく痙攣した。

熱を握りこんでいた手と、腹に濡れた温かい感触があり、兄が達したことを知る。
もしかしたら、鉄拳をお見舞いされるかもしれないと思い少し身構えたけれど、兄は僕にぐったりと凭れかかったままで、荒い呼吸を繰り返しながらただ身体を震わせていた。

「にいさん・・・・・・大丈夫・・・・?」

「・・・・・・・・・・・・う・・・ぁ・・・・」

自慰もそう頻繁にしていたようではなく、おそらくこうして自分以外の者の手から性的な快感を引き出された経験を持たない兄は、射精に伴う猛烈な性的絶頂に、呆然としているらしかった。
返事すらする余裕のない兄の身体を一度抱きしめ、優しくシーツに横たえる。

「兄さん・・・・・兄さん・・・・・・綺麗だ・・・・・・!」

綺麗に筋肉が付いているものの、この数年でひたすら縦にのみ成長を続けた所為ですらりと華奢な印象を与える身体になった兄。
元々端正であった容貌は、離れて過ごした三年の間にすっかり幼さを削ぎ落とし、しかしそれは男臭さよりもむしろ彼が本来持つ繊細で鋭利な印象を助長させていた。どう見ても男性で、女性と見紛う訳でもない。しかしそれでいながらどちらの性に分類することなどできない、兄ならではの美しさがそこにはあった。


思えば、医学的な見地から人体の生殖器に関する考察などについて意見を交わした事ならいくらでもあるのだ。ところが、それが実際自分達の身体の事となると、僕達は同性かつ同年代の兄弟にしては不自然な程、まともに話した事がないのだった。それは、兄が元来性的な事柄に非常に奥手なタイプであったこと。そして、明らかな性的欲求を芽生えさせる時期に、生ける者としてのあらゆる感覚と欲求を失っていた僕という存在が傍に居た為、僕に遠慮して彼がそういった感情すべてにブレーキをかけてしまったこと。それらが大きく影響していたのだろう。


漸く落ち着いてきた呼吸を漏らす、いつもよりさらに赤みを増した瑞々しい唇。未だ蕩けるように焦点を結ばない濡れた伏し目がちの金の瞳、そして震える睫毛。頬が薄らと上気し、汗ばんだ肌に乱れた金の髪が張り付いている様がなんとも官能的だった。
上下する胸の頂きにある小さな赤色の粒は健気に立ちあがったまま、先ほど僕から受けた愛撫によって赤く、濡れて光っている。その下へと目をやれば、引きしまった腹部に散る欲望の痕跡があり、さらに下方では最初の放出を終えた彼の雄芽が完全に脱力しないまま頼りなげに震えていた。

またしても浅ましく、僕の喉がゴクリと音を立てた。
この光景にそそられない男がいるのなら、是非ともお目にかかりたい。

これまで自分の隣で暮らしてきた、あのガサツで頼りがいのある男前な兄が・・・・・こんな姿で、今僕の目の前にいる・・・・!

兄の全てとは言わずとも、この世で一番兄の事を理解しているのは自分だという自負があった僕は愕然とした。
恋人としての彼は、こんなにも危うげで儚く、そして相手を狂わせるほどの色香を内包していたのだ。
僕の身体中を、音を立てるほど激しく血液が動き回る。気のせいではなく、本当に眩暈を覚えた。僕の中心は既に先程から張り詰め、自分でも驚くほどこれ以上ない角度で反り返っていた。
これを彼の身の内で弾けさせたいと思うのはどうしようもない雄の本能だ。しかし、それはあまりにも危険な行為だった。ひとたび激情に身を委ねてしまえば、自分を抑えられる自信が僕にはないからだ。誰よりも大切なこの人を傷つける訳にはいかない。
・・・・と、逡巡していた僕の下で兄が身じろぎをし、ふと、目線を下へとやった。

「ア・・・・・・・・!」

僕の状態を目の当たりにして瞬く間に頬を赤らめる可愛い様子に、更に煽られた僕は益々抜き差しならない局面へと追い込まれた。

「お・・・まえ・・・・・ソレ、デカ過ぎじゃね・・・・?何?シンで男性器を巨大化する秘術を学んできたとか・・・・?」

「何言ってんの。これは兄さんの所為でしょうが!僕だって自分のがここまで膨張するのなんか、今だかつて見た事無いよ・・・ッ」

流石にこれ以上は辛い。この場は一度熱を放出するしか方法がなさそうだ。そう思うと同時に兄の手が実に遠慮手加減なく僕のソレに触れた。というか、鷲掴んだという表現が適当か。

「ウ・・・・ッ!ちょ・・・にいさ・・・・・ッ!?」

「黙ってろ。俺がやってやる。あ・・・・あんま、上手くねぇかもしんねぇけど、勘弁しろよ?お前だって今ここで俺の目の前で自分で抜くよりも、俺にされた方が幾分かマシだろ?」


マ シ ど こ ろ か ―――――――!!!!!


「ウ・・・・あ・・!ちょ・・・・待って・・・・に・・・・・・・!」

先程まであんなに可愛く恥じらっていた筈の兄は、今度は一転して、まるで何かの作業のように・・・・・そう・・・・まるで実験に使う動物の精子を採取するように、なんの恥じらいもムードも躊躇いもなく、僕の性器を扱き上げた。

嗚呼・・・・・!こんな状況でも絶頂を迎えてしまえる自分の身体が呪わしい。





「・・・・アル・・・・・?え。俺、なんか・・・・やり方ヘンだったか?一応射精したし、性的興奮は得られたんだよな?」

放出してしまえば後から来るのは虚脱感と自己嫌悪だ。やはり、どんなに周到にイニシアチブをとっているつもりでも、この兄に一瞬にして持っていかれるパターンは昔から変わらないのだった。
握った拳を唇の下にあて、小難しい顔で自分の手法の検証を始める兄に、僕は諦めて結果を包み隠さず報告する事にした。

「・・・・・他の人のなんて知るわけがないから比較の対象は僕自身のみだけど、別段変なやり方ではないと思う。それに僕の身体はしっかりオルガズムに至りました。・・・・ただ・・・・・ただね、恥ずかしいだけ・・・・・・・兄さん・・・・もう、あなたって人は・・・・・・分かってたけど・・・・!」

「・・・・・?んだよ?」

グッタリとシーツに脱力する僕の上に覆いかぶさり覗きこんでくる人を、力任せに抱きしめた。

「僕が懸命にコツコツ作り上げたものなんて全部ぶち壊して台無しにした挙句、僕が逆立ちしたって思いつきもしない方向から強引にアプローチして・・・・・・結局まんまと僕を幸せにしちゃうんだ・・・・・それも無自覚で。兄さん・・・・兄さんのそういうところ、僕は本当に大好きだよ」

「・・・・・良く分かんねぇけど。とりあえず出すモン出してスッキリはしたみたいだから良しとするか。」

ああ、本当にもう、ムードがない。

今まで僕は、これまでの数多の相手との行為をどこか念頭に置いていた。愛し合うというよりも、これまでの経験を生かし如何に上手くリードして、兄を蕩けさせるか・・・・。そればかりを考えていた。
しかし、そうではない。本当に愛する人と結ばれる行為というのは、そうではないのだ。

「僕に格好をつけさせてくれないあなたが、大好き。」

大人しく抱きしめられてくれている兄のこめかみにチュっと子供のようなキスをすれば、兄は全開の笑顔で応えてくれた。

「カッコつけなくたってお前は十分カッコイイだろ?ただし、俺の方がちっとだけお前よりもカッコイイけどな。」






それからはもう、こだわりを捨てて開き直った僕と、持ち前の好奇心が羞恥心を上回り吹っ切れてしまった兄は、とても恋人同士の睦み合いとは思えないやり取りをベッドの上で繰り広げた。
なにしろ、過去人体錬成の為に人間の身体の隅々至る所まで満遍なく学んだ僕達だ。

いまさら雰囲気云々ではないが、行為の中断を良しとしなかった僕に、どうしてもとバスルームでシャワーを使って直腸洗浄を手早く終えた兄を改めてベッドへ横たわらせる。腰の下に枕を敷き込んだ状態で横臥し、大きく脚を広げた兄の肛門周辺にシンに滞在していた時から今までずっと携帯している傷薬をたっぷり塗りこめば、兄はシーツの上に転がしていた薬瓶を興味深げに手に取った。

「なんだコレ?ちょっと妙な匂いすんな?」

「馬の油が主原料なんだよ。シンでは切り傷や火傷の薬として一般的に広く使われているんだ。炎症を抑制したり皮膚組織の修復を促したりするから、生傷が絶えない兄さんにうってつけだと思ってね。多めに手に入れておいて良かった。・・・・・どう?痛くない?」

「痛くは・・・・・ねえ・・・・・・・けど、この異物感はどうやっても慣れるとは思えねぇな。それとも、この刺激を繰り返し受けることによって新たに何らかの神経回路が形成されて、この感覚が快感として脳に伝わるようになるとか・・・・・・」

2人ともが淡々と行為のための下準備と検証を進めている様子は、第三者的な目線から見ると奇妙に思えるけれど、僕も兄も真剣だった。・・・・但し、違った意味で。
僕は、兄に苦痛を与えずに出来れば少しでも快感を味あわせてあげながら初めての契りを結べたら・・・・と。ところが兄ときたら、机上の知識でしか知らなかった未知の領域を目の当たりにし体感することに目を輝かせているのだった。

「兄さん・・・・・・念の為言っておくけど、これはれっきとした愛の行為なんだからね?決して、人体を使った医学の実習とは違うんだからね?そのあたり、ちゃんと理解してる?」

「ったりめぇだろ馬鹿アル!誰が興味本位だけで肛門に指とか性器を突っ込ませるかっつーの。相手がお前でなけりゃ、この機械鎧の左脚で蹴り飛ばしてやるトコだ」

「・・・・・・・・じゃあ、キスしよう?」

「・・・・・・バカ・・・・・・い、一々聞くんじゃねぇよ、そんなコト・・・・ッ!」

幼い時分より人体解剖学に慣れ親しんでしまった所為で性行為すら自然に研究対象としての目線から捕らえてしまう兄は、面白い事に『キス』という医学書には記されていない類の行為には過敏に反応するのだった。
そんな兄の唇に、ちゅ、と軽く挨拶をしてからもう一度丹念に深く甘いキスをじっくりと施す。瞬く間に色香に満ちた表情へと変化する様子に、魂ごと持っていかれそうになる僕だ。
挿し入れる指が三本になっても、十分に時間をかけて念入りにほぐしたお陰で、僕の指を押し戻す動きはみせるものの、兄の窄まりはかなり柔らかくなっていた。頃合いを見て、脇に置いていたコンドームのパッケージの端を銜えて破りながら、兄の表情を伺う。

「兄さん・・・・・・・・少しでも痛かったら直ぐに言って?」

「入れんのか?」

またしてもあんまりな聞き方をする兄に、それでも僕はめげなかった。

「アルフォンス、行きます!」

「ブハ・・・ッおま・・・・・・それはねぇだろ、こんな時によ・・・・!」

「よく言うよ、自分は散々雰囲気ぶち壊しの直接的な言葉ばかり使っておいて。・・・・だけど、笑ってくれて丁度いいや。さ、そのまま力抜いて楽にしてて?」

「ん・・・・・・・・・・」

生身の右脚を肩に掛け、その部分に先端をあてがい、傷薬のぬめりを頼りにゆっくりと挿入を始める。瞬間兄は全身をこわばらせて息をつめたが、直ぐに我に返るとフ、フ、と短く息を吐き出しながら強張りを解き、覆いかぶさっている僕の肩に汗ばむ額を押しつけてきた。
まだ年端もいかない子供の頃に右腕と左脚をもぎ取られる壮絶な体験をし、その上機械鎧を装着する為の土台を肉体に埋入する手術の激痛さえも耐え抜いた兄だ。痛みを逃がす方法を、本能レベルで察知しているのだろう。

だからこそ。
そんな兄に、この手で痛みを与えることは、決してしたくないのだ。

「兄さん・・・・・兄さん・・・・兄さん・・・・・・兄さ・・・・・・・・」

つめた呼吸の合間合間に、兄を呼んだ。
今、彼の身体と同化しようとしているのが他の誰でもなく、僕なのだと、彼の魂に刻み込む為に。

「・・・・ア・・・・ル・・・・・ふ・・・・フ・・・・・フゥ・・・ッ・・・・・フ・・・・・、ア、ル・・・・!」

小刻みに吐き出す息の合間に、兄も僕の名を呼んでくれる。
いままで生きてきた中で、幸福だと思う瞬間は人並み以上に多くあると自負する僕だけれど、今、この時ほど満ち足りた気持ちになった事はなかった。




時間をかけ、全てを兄の身の内におさめる頃には、僕も兄もまるでシャワーを浴びた後のように全身を汗で濡らしていた。自分でも身体中の至る所が熱を持っているのが分かる。その僕の下で、兄もまた身体を熱くしていた。
ようやく・・・・・ようやくこれから、恋人としての語り合いができる・・・・・・と、そう思った僕はまだ青かった。



「どう・・・?痛くない?」

「・・・最初は、ちょっとヤバかったけど・・・今は、平気だ・・・・・肛門周辺は神経が集中してる場所だけに、上手いことやれば性感帯になるはずなんだが・・・・」

肛門周辺の性感帯について真剣に考察を始める兄につられ、僕とした事が初めて愛しい人とひとつになれたという感慨に浸るタイミングを逃してしまった。

「気持ち良く・・・・・は、なさそうだね?ぶっちゃけ聞くけど、入口と奥、圧迫感が強いのはどっち?」

「肛門周辺の感覚が一番強いというか・・・・・鋭敏な気がする。感覚点の密度が思っていた以上に高いな。つーか、何か便意をもよおしそうなんだけど。」

「洗浄したばかりできっとそれはない筈。気の所為だから我慢して。」

――――最初から最後まで甘ったるい、思い出に残る初めてにしたいだなんて乙女チックな事は言わない。だけどせめて、もう少し雰囲気のあるやり取りをしたいと思うのは、この兄を愛してしまった時点で贅沢な望みなのだろうか。よりによって初めての性交の最中に『便意』とか・・・・・・普通の相手となら絶対あり得ない単語だ。

「んん・・・今のところ猛烈な腹腔内部の圧迫感と肛門周辺の異物感と残便感つー感想しかねぇけど、とりあえず大丈夫そうだし・・・・あんま無茶しないなら、お前が気持ち良くなれるように好きに動いてみろ。ただし、本当に無茶はやんなよ?腸壁ってのはめちゃめちゃデリケートなんだからな。」

さらに畳みかけるような『残便感』という単語にとうとう心折れそうになった僕だったが、危ういところでどうにか自分を立て直し、再び先に進むべく言葉を繋いだ。我ながら打たれ強い男だと自分を褒め称えてやりたい。

「駄目だよ。ひとりでよくなったって意味ない。ちゃんと一緒に気持ち良くなれる方法を探そう?」

自分の事よりもまず僕の状態を気にしてくれる兄が愛しくて、もう幾度目か分からないキスをその額に落とすと、兄はさらに此方を煽るようなセリフを口にした。

「俺は、その・・・・・・お前のそういう顔見てるだけで、ドキドキしてぐっとキちまうんだって。だからお前は自分の事だけ考えて、頑張って気持ちよくなって俺の上で喘いでみ?」

「うわ・・・・やらしい事言って!初心なんだかスケベなんだか分からない人だな。」

「そりゃあ男なんだから、スケベに決まってんだろ?」

「そう?一緒で安心した。実は僕もこう見えて結構スケベなんだ。意見の一致をみたところで・・・・・・・ちょっと失礼。」

柔軟な身体をしている兄とはいえ、流石に仰向けの状態で長時間片足を腹に付くほど持ちあげられているのは辛いだろうと、彼の身体をやや斜めにして足の位置を変えてあげようと動いた。

「ウアアッ・・・・・・ッ!?」

突然悲鳴を上げて身体を仰け反らせる兄に、結合したまま動いた所為で内部を傷つけてしまったのかと焦った。

「兄さん!?ごめん・・・・痛い?大丈夫?一度・・・・抜こうか?」

上体を倒して顔を寄せると、兄はまたしても全身を震わせ声を上げる。

「ん・・・・ん・・・・・・ハッ・・・・・うあ・・・・・・動・・・・く、な・・・・・・!」

突然目に涙を浮かべ、苦悶の表情で何かに耐えている。僕はそれが何なのか、直ぐに理解した。
何故なら、僕の大腿部に触れている兄の象徴がはっきりと勃ちあがり、先端から体液を滲ませていたからだ。
怖々呼吸をする度に、中にいる僕自身を不規則な動きで締めつけてくる兄の身体は・・・・・・明らかに、性的な愉悦を覚えているのだった。



「あ。そうか・・・・ここが・・・・。」

人体解剖図で記憶していたのと実際の位置にズレがあった所為で見つけられずにいたが、どうやら体位を変える為、身を捩った拍子に偶然僕のものが前立腺に触れたらしい。そしてひとたびその感覚を覚えてしまえば、兄の身体はたちまちにして与えられるあらゆる感覚を快楽として受け止めるものへと変化した。

それまで冷静にどこか他人事のように興味深げでさえあったのが、突然襲ってきた初めて味わうだろう感覚に翻弄され怯え出した兄は、僕が少し身じろぎするだけで、まるで啜り泣くように懇願した。

「あ・・・・・!やだ。動くな・・・・・・フ・・・フ・・・・フゥ・・・・ッ・・・アル・・・・あ・・・・俺・・・・・どうして・・・・何だコレ・・・!?」

そうしている内にも、兄の分身からはトロトロと愛液が溢れだしている。どのみち兄も僕も、このままでは辛いだけだ。キャパシティを遙かに凌ぐ猛烈な快感を受け止め切れずにいる兄には可哀想だけれど、僕はゆっくりと腰を動かした。
今にも死んでしまいそうな悲鳴を上げ、ビクビクと痙攣を繰り返しながら激しくもがく身体を傷つけないように抱きしめる。

「イアアア・・・・ッ!ヤ・・・・・イヤッ・・・マジでそれ、駄目だって!アル!アル・・・ッウアアア―――――ッ!!!」

「兄さん・・・・・ごめんね。辛いよね・・・・・?でも、ゴメン・・・・・させて・・・っ!」

「ンクッ・・・ア!アッ・・・・ヤァ・・・!アアッ・・・・」

こんなにボロボロと涙を流す兄を見たのは初めてかも知れない。
あまりの衝撃に瞬きすることも忘れ、見開いたままの金の瞳からは次から次へと涙が溢れ、頬を伝い、シーツを濡らす。
ほんの数回揺すり上げただけで、前への刺激もなしに兄は瞬く間に達してしまった。







真っ赤に色づいて濡れた唇から、ビロードのように艶やかな舌先を覗かせ、鼻にかかった甘い声を上げる。首を打ち振る度、濡れた金の睫毛から雫が飛び散り、同じ金の髪が乱れてシーツに模様を描いた。既に焦点を結ばない瞳はいつになく色めいた光を宿し、切なく寄せられた眉根が官能の大きさを物語る。綺麗な首の線、浮かび上がる鎖骨の線、しなやかな肩の線・・・・・胸の先端にある実は僕に散々舐めつくされて赤く熟しきっている。突き上げる度に若い魚のように跳ねる肢体。両手で思う様掴めば、壊れてしまいそうな細い腰。僕の兇暴な熱を健気に受け入れている、瑞々しくまだ未成熟な蕾。痙攣を繰り返しながらも必死に快感を逃がそうとシーツを掻き毟る機械鎧の爪先。全て。
目に映る、耳に聞こえる、身体で感じる兄の全てに、僕は夢中にさせられた。

「ンクッ・・・・・アアアアア――――――ッ!」

絶頂を迎えている最中の兄を思いやる余裕もないまま、さらに先を求めて激しく収縮を繰り返す彼の蕩けるように熱い内部を穿った。兄の目からは既に正気の色が消え失せ、強制的に与えられる快感にただ際限なく涙を溢れさせている。
女性のものとは明らかに違う身体。掌で触れる感触が、僕を包み込む肉壁のありようが、そしてなによりも。
こんなにも僕の胸を熱く溶解させる人は、これまで誰ひとりとしていなかった。

如何とも表現しがたい淫猥な水音を立てながら、兄をさらなる窮地へと追い込むべく突き上げる。可哀想だと頭のどこかでは思う自分が居るのに、止める事が出来ない。
兄の指先が僕の肩や腕、背中を彷徨いながら、爪の先で傷跡を描いていく痛みにすら、僕は感じていた。
耳に入る兄の哀願の声も、既に嬌声にしか聞こえない。

「イヤ・・・・ッアアア!?ア・・・・・・ウアア・・・・・ヤ、ダ・・・・!ヤメ・・・・ッ!」

「・・・・兄さ・・・・逃げないで・・・!もっと、・・・頂戴・・・・・もっと・・・・!」

激しくベッドが軋む音の中に、兄の機械鎧から発せられるこれまで聞いた事のないような金属音が混ざっているのを気にかけることすらできなかった。

もっと・・・・・・もっと・・・・・もっとだよ―――――――!

これだけじゃ、足りない。全てを僕に頂戴。二人の間にある境界を、熔かして、熔けて、混ざり合いたい。

絶頂を迎えても間断なく僕に攻め立てられ、ほぼ達した状態を延々と維持し続けていた兄は、とうとう呼吸すらままならなくなった頃、何度目か分からない大きな波にひと際激しく身体を仰け反らせると直後に意識を手放し、無数の刻印が刻まれた身体をシーツに沈めた。











早朝まだ兄が眠っている内に、僕は一人起きだしてこの宿のフロントを兼ねている一階のパブで電話を借りて、ウィンリィに電話をかけた。一通り熱が過ぎ去り冷静になった頭に、昨夜の行為の最中に兄の機械鎧が不自然な音を立てていた記憶が蘇ったからだ。
急な修理が複数入ったとかで、徹夜明けの彼女はややかすれた声で僕に近況を尋ねた。一緒に居る兄の機械鎧の調子が悪いと答えただけで、彼女にはもう全てがお見通しだった。

「さっそくエドに無茶をさせたのね!?馬鹿アル!」というセリフを皮切に、およそ女性が使うべきではない単語を駆使しての罵詈雑言を僕に浴びせてくれた。大人しくそれに耳を傾けていると、やがて彼女は不意に黙り込み、暫く沈黙した後ぽつりと言った。

「・・・・・アルになら分かると思う。家族としての愛情に恋愛感情が入り込んだ時の葛藤っていうのかな?結局私は恋愛感情よりもエドを弟としての位置付けで愛する気持ちが強すぎたんだわ・・・・・でも、あんたはそうじゃないのね?」

幼いころからずっと近くにいた大切な存在に対していつしか芽生えてしまった恋心を、彼女は彼女なりに苦しみながら胸の内で昇華させたようだった。でも、僕にはまだその強さはない。欲しいものは欲しいと、禁忌を犯しても貪欲に求める姿勢は必ずしも正しい事ではないと過去の過ちから学んだ筈なのに、僕は再びこの手を伸ばしてしまうのだ。

「ウィンリィ。人間はもっと欲張りでいいと僕は思う。どっちかが強いとかじゃなく、僕は兄さんの全部が欲しい。だから今、僕達はこうしてる。そしてウィンリィ、今更言う事じゃないけど、君は僕にとっても兄さんにとっても、かけがえのない大事な家族だ。・・・・愛してるよ、ウィンリィ。三年ぶりに会う君がどんなに綺麗になっているか、今から楽しみだよ。」

「馬鹿アル・・・・・・もう、嫌になる。またタラシっぷりに磨きをかけたわね。う〜!耳が痒くなってきたからもう切るわ。気をつけて帰ってきなさいよ、じゃあね!」

いつもと同じく、こちらの返事を待たずに切れる電話に笑みをこぼしながら受話器を置く。

とりあえずこの様子であれば、彼女は並んで帰って来た僕と兄を5年前のようにダイビング・ラリアットで手荒く迎えてくれるだろう。










その後は、ちょっとした修羅場だった。但し、そこここに甘さがちりばめられてはいたが。


「おい野獣。コーヒーが冷めたぞ。淹れ直せ。」

「はい。只今。」

「おいケダモノ。腹減った。食うもん調達して来い。揚げたて熱々のイカのフリッターがいい。エビとオニオンのサラダも食いたい。パンはクロワッサンだ。スモークサーモンとサワークリームを添えたヤツ。」

「兄さん、それじゃ野菜が足りな・・・・・」

「黙れ外道。俺の身体は今、著しく消耗した体力を回復する為に大量のタンパク質を要求しているんだ。しかもこの街はシーフードが旨い。あ、ハマグリが山ほど入ったクラムチャウダーも食いてぇ。」

「・・・かしこまりました、お兄様。」

ベッドに沈み込んだまま、くるまったシーツから三白眼をギラリと覗かせて僕をこき使う兄は、すこぶる不機嫌だ。それもいたしかたない事だった。
昨夜、突然スイッチが切り替わるように快感を捕えてしまった兄のあまりの変貌に、理性を半分ほど崩壊させた僕は、結果的にかなり手加減無しで兄を抱いてしまった。恋人として初めて迎える甘酸っぱい筈の朝なのに、目覚めた兄の第一声は「もうこの先半年くらいはヤリたくねぇ」だった。
また、結合部位を傷つけてしまうと後々兄が可哀想だからと、それだけは注意を払ったものの夢中になる内に無理な体勢を強いたらしく、やはり思った通り兄の機械鎧の膝部分に不具合を生じさせてしまっていた。

「歩くには支障ないが、跳びあがったり高い場所からの着地には耐えられそうにねぇなコレは・・・・・ああ・・・・・」

項垂れる兄が何を考えているのかが分かり、僕も一緒に溜め息を吐いた。けれど、遅かれ早かれ必ずやってくる瞬間が予定より早まっただけの事だ。

「兄さんの専任機械鎧技師はウィンリィなんだし、なによりあそこは僕達二人の故郷だ。ウィンリィに顔を合わせ辛い気持ちは分かるけど、覚悟を決めて帰ろう?」

「馬鹿お前、どんな状況で故障したのかアイツに正直に説明するつもりかよ!?」

「ウィンリィに酷だって思う?でもね、実はさっき兄さんが眠っている間にウィンリィに電話したんだ。」

「何だって!?お前、勝手な事しやがって・・・・!」

兄の顔色が変わるのを、僕はほんの少し嫉妬が入り混じった気持ちで見た。人の気持ちは、そう簡単に切り替わるものではない。かつてウィンリィに恋愛感情を抱いていた兄の中には、今でも少なからずその名残があってもおかしくはないのだ。僕のように、あまりにも兄一辺倒で、他の人間に心が移らない方が異常なのだという自覚はある。
でも、そんな僕だからこそ兄を愛し、兄もそんな僕を愛してくれているのだ。

「兄さん・・・・・・愛しているよ。二人で一緒に、大事な家族が待ってる家に帰ろう?」

「・・・・・・・アル・・・・・」

ベッドの上からまだ立ち上がれずにいる兄を胸に抱きしめ、その髪に顔を埋めた僕の背を、兄も生身の両手で抱きしめてくれる。

「・・・そうだな、飯食ったらウィンリィに何か土産でも見繕って帰るか。」

兄の言葉に笑顔で頷き、ひとまずリクエスト通りのメニューを調達するため部屋を出る僕の中に、ある一つの気がかりがあったが、それは今兄の前では口にしないでおいた。


薄暗い石の階段を降りながら、鼻歌まじりに僕はひとり呟く。

「・・・・・・まだ本人は気付いて無いみたいだけど、兄さんの左の内腿にド派手なキスマークつけちゃったんだよな。あれ、リゼンブールに着く明後日までに消えるかなぁ?」

気がかりではあるが、付いてしまったものはどうしようもない。明後日の心配は明後日すればいいかと、僕は靴音軽やかに潮の香りが立ち込める街へと足を踏み出した。









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