「初・・・・・・な・・・・・・ゴホッ、ゴホッ!突然なに言・・・・ッ!?」
「あーあー汚ねぇなあ、落ち着けよアル。何もお前を無理矢理襲おうってんじゃねぇんだ。ただ、互いに自分の全てを共有していいという意思を確認し合った者同士が、だぞ?夜、ふたりきりでひとつの部屋に居て、風呂にも入った、歯も磨いた、ベッドは二つ。となれば、ここは普通に別々に眠るべきか?それともひとつのベッドで眠るのが自然だろうか?・・・・そういう考えに至るのはごく当然のことだろ?」
ひとしきり咳き込んだ後、僕は溜め息を吐いた。
「・・・・兄さんが率直過ぎて、逆にとてもそんなムードに持ちこめる気がしないよ。」
プロポーズと言ってみたところで、これまで兄弟として生きてきた僕たちだ。どうやったら『そういう雰囲気』に持ちこめるのか、そもそも普通は男女の間で芽生えるものである筈の、あの生々しく切実な欲求が、はたして僕達の間に生まれることはあるのだろうか?それすらもまだ分からないのだ。けれど兄弟ならではの気安さで兄が率直に疑問を口にしてくれたお陰で、僕も自然に問いかけが出来るのはいいことだと思う。
「ぶっちゃけ聞くけど、兄さんさ、男同士でする性行為の方法って知ってる?」
「肛門に陰茎を挿入するんだろ。でも実際するとなったら、挿入される側には事前にそれなりの準備が必要だろうなぁ。グリセリンとか生理食塩水あたりで直腸洗浄しとかないと色々厄介な事になるだろうし、大腸菌で尿道炎を起こす可能性もありうるからコンドームの使用も必須だな。」
僕は青くなった。
・・・・・・・無理だ。兄弟だからとか男同士だからとか以前に、こんな医学的に淡々とセックスを解説する人相手に、とてもじゃないが勃つ自信がない。
「・・・・・あの・・・・それほど切羽詰まった状態じゃないなら、また今度にしない?生憎コンドームもグリセリンも生理食塩水も持ち合わせてないし・・・」
「何本気でビクってんのお前?大体どうしていきなり『じゃあ早速』って感じで一足飛びに挿入行為にいくんだよ?」
「だって、兄さんが最初に言ったんだろ?」
「言ってねえしそんな事!お前が男同士の性行為がどうたらと言ったんだろうがよ?」
「そうじゃなく、初夜とかなんとかだよ!あのね、そんな風に言われたら僕だって男なんだから、イコール行為って考えちゃうんだよ!」
「俺は行為云々じゃなくてただお前と一緒に寝たいと思っただけだ!」
「・・・・・・え?」
「・・・・・・・・・ッ」
僕は唖然と兄の表情を見つめた。
兄は、『言っちまった』という顔で頬を真っ赤に染め、今自分の口から出てしまった台詞をどう誤魔化そうかと口をパクパクさせている。
可愛い・・・・・・・・・!!この人って、こんなに可愛かったっけ?
これまで出会ったどの女性にさえ感じた事のない種類の愛おしさに、胸がキュンと締めつけられた。まさか兄にこんな気持ちにさせられるとは思わなかった。
「ヘンな兄さん。セックスの詳細はそんな直接的な言葉で真顔で説明できるのに。さっきの店でもそうだし、どうしてそんな事で赤くなるかな?」
「笑うな!ええい、やっぱ止めだ止め!今までがっつり兄弟やって来て、いきなりモードを切り替えるなんて無理だ。今言った事は忘れてくれ。とりあえず今日はもう寝ちまおうぜ、お休みアル。」
一方的にそう言うと、兄は勝手に窓に近い方のベッドを選んでカバーを剥がしてすぐさま眠る体勢だ。僕は迷わずその兄の隣に潜り込んだ。
「オイ、なんだよ?狭いだろ、あっちのベッド使・・・・」
「兄さん。」
僕に背を向けようとした兄の肩に手をかけ強引に此方を向かせると、まだ何か言いかけている唇に指を滑らせた。皮の薄い、ふっくらとした綺麗な色の、まるで果物のような唇を、指先で撫でる。
何をするのも一緒だった僕たちは、互いに知らない事は殆どないと思っていた。こんな距離で身体を触れ合わせる事だって日常的に普通にあった。
けれど、こんな風に兄の身体のどこかに触れたのは初めてだった。そう、今の僕の行為には、明らかに性的な意図が含まれている。本来、血の繋がった家族に向けるべきものではない感情が、確かにこの胸の内に存在していた。
兄は、まるで時間を止めてしまったかのように身じろぎひとつせず目を見開いたまま僕を見ていたが、次第にその瞳も熱を帯びてくるのが分かる。
「兄さん・・・・キス、しよう?兄さんにキスしたいよ・・・・兄さんは?」
「・・・・・キ・・・・キスって・・・・・・」
僕から目を逸らすように伏し目がちになった兄の唇に、そっと唇を寄せた。啄ばむようなキスを辛抱強く続けるうちに、兄も躊躇いがちながら控え目に拙いキスを返すような仕草をしてくれる。やがて薄く開いたところに舌先を忍ばせ、見つけた舌を捕え、愛撫し、吸い上げ、じっくりと味わった。
「ア・・・・・・フ・・・・・・・・・ん、ハッ・・・・・・・」
深いキスに慣れていないのか、兄は呼吸が上手く出来ないようで、時折キスの合間に零す吐息まじりの声が僕の脳髄をこれでもかと刺激する。瞬く間に下半身が熱くなる。自分の身体の変化が信じられなかった。
驚くべきことに自分は、兄に欲情しているのだ。家族である兄に・・・・だ!
「も・・・・い、加減やめ・・・・・」
いつしか密着していた二人の身体の間で兄は腕を突っ張り僕を引きはがそうとしたのだが、僕はそのまま兄を組み敷く形で覆いかぶさり、それ以上の唇への侵略を防ぐ為に顔を逸らした為すっかり無防備になっていた首筋に唇を落とした。
ついさっきまで自分が兄相手に性的な欲求を覚えるのかすら分からずにいたというのに、ほんの小さなとっかかりを見つけただけで僕の中に抑えがたい衝動が一瞬にして燃え広がってしまった。
その一方、どうやら兄の方はまだ僕との間に性的な要素を見出すまでには至ってないらしく、ほとんどパニック状態でいるようだ。
――――ところがだ。
「ふごォッ!!」
「・・・・なに。その全てを台無しにする声。」
ようやっと苦労して手に入れた雰囲気を兄の残念な奇声によって根こそぎ壊された僕は些かムッとして兄を見たのだが、次の瞬間無情にもベッドの下へと蹴り落とされてしまった。
「ざけんなウラァ〜〜ッ!!また今度にしないかと言ったその口で即舌突っ込みやがって・・・・・・しかも何だ!?お前の・・・・・ソレ・・・・ソレ・・・・・ガッチガチのが思いっきりあたってんだよ!お前には節操というものがないのか!?ああ!?」
いつもマナー違反だから止めた方が良いと言っているのになおらない、兄の人差し指を突き付けるその癖。下着一枚で雄々しくベッドに立ち上がり、床に転がっている僕を王様のように見下ろしてがなり立てる様子は相変わらずで、僕は懐かしさに一瞬目を細めたものの、直ぐに自分に対する兄の無体な仕打ちに抗議した。
「・・・・・・無茶言わないでよ。男性器が勃起する現象は意思の力ではそう簡単にコントロール出来ないのが普通じゃないの?大体、そっちこそさっきから何だよ?思わせぶりに餌をちらつかせて焚き付けるような真似ばかりしておきながら、いざ僕がその気になったらいきなり放り出す。兄さんこそ、僕を弄んでるんじゃないか!?」
此方も大概切羽詰まっていたらしく、兄に対しての憤りを全く隠さなかったから、その僕の表情で本気で怒らせてしまったと思ったらしい。強気の姿勢は崩さないものの、言い訳じみた事を言い出した。
「し・・・しょうがねぇだろ!俺だって色々勝手が分からなくて試行錯誤中なんだよ!プロポーズだなんてウィンリィとお前は言うけどな、俺はただお前にとって一番近い存在で居たくて・・・・近いどころかいっそ同化したっていいくらいに思ってて・・・でも、それがこういう行為に繋がるものなのかどうかとか、そんな事までまだ考える余裕なんかねぇんだよ!だから・・・・・」
「・・・・『だから』?」
始めは憮然としていた僕も、流石に走り過ぎていた自分を省みるべきかと思いかけたところで、兄は言った。モジモジと、頬を赤くしながら。
「と・・・とりあえず、今日は妙な行為には発展させないで、ただくっついて眠ってみねえ?」
その兄の愛くるしい提案に、僕が否と言えるはずもなかった。
ベッドに直立不動の状態で仰向けになった僕の右肩には、兄の頭が乗せられていた。
兄の吐息や時折兄が身じろぎする度にそのやわらかな髪がパジャマから露出している部分の肌をくすぐっていくむず痒さに、頬を引きつらせながらもどうにか耐える。ひたすら耐える。
耐えながら、嗚呼こんなことならいっそ感覚や三大欲求のない鎧の身体に戻りたい・・・・と、不謹慎ながらもちょっとだけ思う。
「に・・・・兄さん・・・・・くすぐったい・・・・・・ッ」
「耐えろ。試練だ。」
「そんな馬鹿な・・・・・!」
何処までも無体を強いる兄の言うことなど聞き入れなければいいのに、先ほどの頬を染めて『僕とただくっついて眠りたい』と駄々をこねる兄の凶悪なまでに可愛い姿を思い浮かべるだけで『嫌だ』とは言えなくなってしまう僕だ。
兄は押しが強く頭も良い分弁もたつから、自分の要望を通すことが元々得意な人ではあった。だがしかし、こんな風に『おねだり』的に強請って、あろうことかこの僕をメロメロしていいなりにしてしまうとは・・・・兄・・・恐るべし。
僕と離れて一人旅をしていた3年の間、兄は一体どこでどんな学問をどんな方法で学び、このような恐ろしい魔力を会得したのだろうか?考え出すと不安で仕方がない。
とにかく、それでも兄は一応気を使っているのか機械鎧の方の左脚は僕に触れさせないようにしてくれていたのだが、いかんせん右足は遠慮なく僕の体に巻きつけるようにのせ、また右腕も僕の胴へとしっかりまわしていた。だから今の僕は、さながら生身の抱き枕状態といったありさまだ。
・・・そしてまた無情な事に、このクソ可愛い悪魔からさらに無体な注文が飛んできた。
「・・・・オイ、つーかお前のコレ、一体いつになったら静まるんだよ?内股にゴリゴリあたって気持ちワリーんだけど」
「・・・・だったら足乗せなきゃいいでしょうが。僕だって治まらなくて困ってるんだよ!張りつめちゃって痛いくらいなんだよ!兄さんも男だったら分かるでしょこの辛さが!?頼むから一回放してよ。そしたらコレをどうにかしてくるから・・・!」
そうなのだ。兄に散々たきつけられてその気になってしまったのは精神だけではない。僕の若く健康な肉体なぞはむしろ精神よりもすっかりその気になってしまい、目的を果たさないうちはどうにも治まる気がないようなのだ。
今夜は兄の要望どおり健全なスキンシップのみで過ごそうという事になり、ひとまず自分の欲望を鎮めるべくベッドを離れかけた僕を羽交い絞めにして許さなかった兄は、鬼畜だ。もしくはとんでもないサディストだ。
「ふむ・・・・邪念に支配されているんだな弟よ。」
「兄さんがそもそも邪念の元凶だろ!?もう本当にいい加減にしてよ!僕を一体どうしたいの?」
とうとう泣きが入りそうな僕が悲鳴まじりの声を上げたところで、兄が長い溜め息を吐いた。
―――――そして、やがて兄が囁くように言った言葉に、僕は瞠目した。
「・・・・・・・・・兄弟としての触れ合いが、これで最後になっちまうのか・・・・・・・こんなことなら今までもっともっと沢山、俺はお前の兄ちゃんとしてお前を抱き締めておくべきだった・・・・・・・ゴメンな、アル。」
「兄さん・・・・何を言ってるの・・・・・・・?」
思わず頭を上げて兄の顔を覗き見ようとした僕の目には、うつむいた彼の頭部しか映る事はなかったけれど・・・・・・兄が顔を押しつけている僕のパジャマの肩に、濡れている感覚があった。
「俺は、最低だ・・・・・・・そうだよ・・・・分かっちまうんだよ、男だからな。」
それまでとは明らかに違う声のトーンに、心臓がドキリとひと際大きく脈打った。兄は一体、僕に何を告げようとしているのだろう。黙ってその先を待っていると、溜め息のような長い呼吸を何度か繰り返した後、ようやく兄は口を開いた。
「お前と離れてたこの三年の間、俺はずっと考えてた。俺がお前に対して抱く、この感情の正体についてだ。これは、家族として・・・・兄弟として持つ事が許される類のものなんだろうか・・・ってな。少なくとも世間一般の常識から言えば、イイ歳した兄が弟に対して『独占したい』とか『死ぬまで一緒に居たい』とか『もしそんな手だてがあるなら、ひとつに同化しちまうのも良い』とか・・・・・そんな事思うのはありえねぇだろ。確かに、俺達は普通じゃない人生を歩んできた分だけ必要以上に絆が強固になったってのはある。ところがそれを差し引いても、俺のお前に対する執着・・・・妄執とでもいうのか・・・これは明らかに度を超えちまってる。ブラコンだなんて可愛いもんじゃねえ。」
僕と兄が『世界中の知識を収集する作業』の終了をほぼ同時期に迎えた時、今日この日、この街で落ち合う事を言い出したのは兄の方だった。
恐らく兄は、この三年の間自問自答を繰り返した後、彼なりに導きだした答えを、僕に打ち明ける心積りでこの街に来たのだろう。頭の中のレポート用紙に書き綴った文面を、ともすれば走り出してしまいそうな感情を抑え込みつつ読みあげている・・・・・・僕は兄の口調に、そんな印象を受けた。
だから僕からの返事は小さく頷くだけにとどめ、黙って兄の言葉の続きを待った。
「俺はさっきお前に、この想いが・・・・その・・・性的な要素を含むものなのかとか・・・そういう類のものなのか分からないと言ったけど、それが今、見事に分かっちまった。怖ぇな・・・・三年間も認める事を無意識に拒否し続けてきたモンを一瞬で引き摺りだされちまった・・・・ハハ・・・・ッ凄ぇよ。頭でどんなに考えても辿りつけなかった答えを、端から身体は分かってるってこった。・・・・・ほら」
「・・・・・・・・!?」
僕に抱き付いたままの状態で押し付けてきた兄のその部分が、確かな欲望の発露を滲ませているのを悟る。
―――――兄は、涙を流していた。
「兄さん、どうして泣くの?」
互いに抱く想いの質が同じだと知り、僕の胸は溢れんばかりの喜びを享受しているというのに、兄が流すこの涙は悲しみの涙だった。
「・・・今日のは・・・・・賭けだったんだ。お前のことだからきっと、俺が言った時間通りにあの場所に来るはずだ。だから俺は、わざと何処の噴水で待つのかを教えずに10分だけ待つことにした。その間にお前が俺を見つければ、俺は三年前言えなかった気持ちをお前に打ち明ける。見つけられなかったら・・・・」
兄が待ち合わせ場所に指定してきたロータリーの広さはちょっとしたコロシアム並みで、多くの車や人が行き来する中に広く点在する十以上の噴水全てを十分足らずで回るのは到底無理な話だ。僕は運良く三つ目の噴水の前で兄を見つけることが出来た。しかしそれは、時計を気にしていなかったから定かではないけれど、感覚的には約束の時間から丁度十分経過したかしていないかというスレスレのところではなかっただろうか。
もし兄が待っていたのがあの噴水ではなく、または僕が兄の待つあの噴水ではなく先に他の噴水に足を向けてしまっていたら・・・・・・・?
「兄さん・・・・・・どうするつもりだったの?」
僕の声は少し震えてしまった。
「・・・・もう一生、お前には会わないと決めていた。」
案の定、一番聞きたくなかったセリフを耳にして、僕は自分に抱きついてほぼ体重を預けていた兄ごと飛び起きた。
「兄さん!?何てこと考えてたんだ!アナタは本当に本当に馬鹿だ!」
「・・・・ったく。折角三年ぶりに会ったって言うのに、馬鹿だ馬鹿だと何回言えば気が済むんだお前は?」
握った手の甲で涙を拭う兄は、無理におどけたように笑いの表情を作りかけたが、僕はそれを許さなかった。そのまま力加減せずに抱き締めて、かなり手荒いやり方でキスをした。
逃げを打つその身体を腕の中に抑え込み唇で唇を捕えて放すまいとするのに、とうとう笑顔を作る事を諦めた兄は途切れ途切れに言葉を零した。
「ゴメンな・・・ゴメン・・・!アル、ゴメン・・・!!!すまない・・・!お前から、この世に残った唯一の肉親を奪う俺を・・・・・・・お前から『兄』という存在を奪っちまう俺を・・・・・・・・許さないでくれ・・・・・!」
僕の恋人という位置付けになってしまえば、兄という属性が失われてしまう・・・・・・兄はそれを詫びているのだ。
なんて人だろう。
錬金術を失った今でさえ、この人はひとつの物からはひとつの物しか作りだせないというケチな法則に捕らわれている・・・・。
僕が腕の力を緩めてやると、兄は乱れたシーツの上にうずくまった。口では許すなと言いながらも、まるで僕に赦しを乞うように。
食いしばっているだろう歯の隙間から声を絞り出す兄を、僕はともすれば溢れだし暴走してしまいそうな愛おしさを胸に見守った。
「・・・・俺達の関係は、変わっちまう・・・・・この兄弟という関係は、一度失えば二度と取り戻せない。生まれながらにしか得る事の出来ない絆を、俺はお前から奪っちまう。それでも俺は、お前が欲しいんだ・・・・・・こんな最低な兄だが、お前・・・・・・・何か兄としての俺にして欲しい事はないか?」
兄は錬金術においては類を見ない天才だが、こと『人の感情』については時折驚くほど疎いところがあった。また、その情深さ故、人ひとりではとても背負いきれる筈のないものさえも背負ってしまう無鉄砲さが、思いあがりと紙一重なのだと言う事を忘れてしまう時が多々あった。
過去にも、共に禁忌を犯しながらその罪が僕と同等ではなく、自分がより多くの責を負うべきだと思い込んでいた節がある。丸三年離れていた間、彼のその性質は全く変わらなかったようだ。
ひとり勝手に負い目を感じて項垂れる兄の両肩を掴み、抱きしめ、押し倒して服を引き裂き、ありとあらゆる場所を貪って、暴いて、あられもない声を上げながら悶えさせてしまいたい・・・・・!!
兄の所為でそんな兇暴な衝動にとらわれそうになりながらも、僕は理性の力でもってヒトのコトバを口にした。
「・・・あるよ。兄とか、家族とか、そんなしがらみを全部忘れて・・・・・・・・今、僕に・・・・抱かれて。」
それを聞いた兄は、ガバリと身体を起こすとまなじりのつり上がった大きな目を僕に向け、口を開けたまま動きを止めた。
兄のこんな虚を衝かれた表情など、滅多にお目にかかれるものではない。
自分の中にはなかった要望を突き付けられたことに驚きを隠せないでいるらしい兄に、僕は続けて言う。
「セックスしたから、兄じゃなくなるとでも?馬鹿だな、兄さん。違うよ、そうじゃない。兄さんは僕にとって、何があろうとずっと『兄』だよ?そして、これから生れるのは僕の恋人としてのエドワード・エルリックだ。僕の兄さんと恋人エドワード・エルリックの存在はイコールだよ。失うんじゃない。今僕は新しく、恋人としてのあなたも手に入れるんだ。」
「・・・・・アル・・・・・」
「恋人だけじゃ足りない。あなたの中にある、父親の顔も母親の顔も、兄の顔も、親友としての顔も・・・・・全部だよ。全部僕にくれなくちゃ駄目だ。あなたの全部を貰うっていうのは、そういう事でしょう?・・・兄さんこそ、覚悟してね。これからあなたは、僕にとって兄であり、恋人であり、人生における唯一無二の伴侶であると同時に、父でもあり母でもあるんだ・・・・・・・・・・・・・これから忙しくなるよ?なんていっても、僕は人一倍我儘の甘えたがりだからね?」
わざと甘えるような仕草で兄の頬に頬を摺り寄せ、その身体を抱き締めれば、兄の両手が僕の背にまわり、まるで慰めるように動く。
この人は守られる側には決して落ち着けない人だけど、その逆に頼って来られるとこうして自然に受け入れてしまうのだ。もっともそれは僕が弟だからという事もあるだろうが、この際だ。この人の全てを手に入れるためならば、弟としての立場や血の繋がりという特権も全て、使えるものは何でも使う。僕の中に、躊躇いや罪悪感は一切なかった。
兄はやがて小さく長い溜息を吐くと、呆れたようにつぶやいた。
「・・・・・俺一人で、母親も父親も兄も恋人も・・・・全部やれってのか?欲張りで滅茶苦茶な奴だな。しかも我侭だ。」
「当然でしょ?次男だもん。それにね、僕は兄さんと過ごしてきたこれまでの人生と離れて暮らしたこの三年で学んだんだ。欲しいと思って求めれば、手に入れられない物なんてこの世に殆ど存在しない・・・ってね。」
ちゅ、と音を立ててその唇にキスをすれば再び瞬く間に真っ赤になる可愛い兄に、ゲンキンにも僕の若く健康な体が顕著に反応してしまう。
まだ根強く残る戸惑いと羞恥の為に視線を落としていた兄だから、僕のその変化には直ぐに気付いた。
「・・・・おま・・・・・・な・・・・んだよ!?よせよ、こんくらいで・・・・・・!」
離れようとする腕を掴んで逆に引き寄せ、近い場所から目を合わせる。
「兄さん・・・・・・いい?」
あえて『何が』とは言わなくとも、僕の言いたいことは通じたようだ。眉間に皺を寄せ、まだ赤い頬のままで唇を尖らせる兄は可愛かった。
「お前・・・いくらなんでも急すぎだろ。俺達ついさっきまでフツーに兄弟同士だったんだぞ?いきなり『じゃあ』って感じでやっちまうのってどうなんだよ?」
先ほどは自分の身体もしっかり反応していた兄の今更なセリフに、今度はこちらが唇を尖らせる番だ。
「こういうのは気分でしょ?逆に、そういう気分にならなきゃ出来るものじゃないでしょ?だから、今がその時なの、分かった?」
細い顎に手をかけて上を向かせながら、もう片方の腕を腰に回してグイと引き寄せれば、兄は面白いほど分かりやすくうろたえた。
「ア・・・アル・・・・!こんな局面にいながら言うのもなんだが・・・・ただひとつ、重大な問題がある!グリセリンと生理食塩水はこの際置いておくにしても・・・だ。コンドームがねぇ!お前だって持ってねぇだろそんなもん?だから、今日は・・・・」
「あー・・・・・・・・・ええと・・・・・・」
言われてみればと、自分の鞄の中身を頭の中で確認する。兄は、それはもうあからさまにホッとした表情で畳み掛けてきた。
「な?だから挿入はまた日を改めてすることにしてだな、事前にしっかり備品と知識を準備して・・・・」
愛の行為を即物的に『挿入』と言われたぐらいでへこたれる僕ではない。記憶の片隅に目的の物の所在を見つけ出すと、兄の言葉を遮るようにベッドの上から腕だけ伸ばして傍らの鞄の内側にある小さなポケットを探る。
「ごめん、ちょっと待ってて・・・・・・ああ。あった。ここに入れっぱなしになってたのがあった気がしたんだ。良かった。」
そう言って目の前にかざしたそれを見るなり、兄の形相が変わった。
「・・・・・・・なんで持ってんだよンなもん!?」
兄は更に頬を紅潮させ、両目には薄らと涙さえ溜めている。しかし、流石はかつて鋼の錬金術師と名を馳せただけはある。僕を睨みつけてくるその迫力は圧巻で、ありきたりな修羅場をくぐった程度の男ではとても太刀打ちできずに逃げ出してしまうに違いない。
兄がここまで怒っている理由を少々考えあぐねていた僕だが、しかしここは自分なりに出来うる限りの誠意を尽くす事が大事だと考え、全てを包み隠さず話してしまうことにした。
「なんでって・・・・・だって、男として当然の義務だろ?」
「は!?」
兄のアンテナが勢いよく立ちあがる様子に懐かしさを感じつつ、ある確信が胸の中に芽生えた。もしかしたら・・・・いや。この兄だ。当然と言えば当然のことかも知れない。
僕はわざと空っとぼけて聞いてみた。
「え?だって・・・・兄さんこそ、どうして持ってないの?じゃあ、いざって時にどうする気?困らない?」
その切り返しに、兄の鬼のような形相が瞬く間に萎れ、たちまち目線が定まらなくなる。
・・・・・これは、もしかしなくても・・・・・確実に『そう』だろう。
「・・・・・・いざって時って・・・ええと・・・・・・お前、え・・・え・・・・だって・・・・・俺と今こんなアレして・・・・・なのに、じゃあ・・・!付き合ってるオンナがいるってコトかよ・・・・?」
しどろもどろに言葉を繋ぐ兄の様子は、気の毒を通り越して抱き潰してしまいたくなるほど凶悪に可愛かった。不覚にも息が荒くなるのを止められない僕だ。
手分けをして様々な国の様々な知識を学び、そうして二人で得たものが、錬金術によって苦しめられている人々を救う手だてとなれば・・・・と。その大義のもと僕と兄は旅に出たのだが、それはそれ。コレはコレ。何しろ僕はもう、どんな肉体的欲求も感じない無機質な鎧の身体などではなく、健康的な身体と正常な精神を持ち合わせたごく普通の青年なのだ。いやむしろ、それまで長い間あらゆる感覚を失っていた訳だから、その反動で普通の人よりも様々な欲求が強かったとしてもなんら不思議ではない。
そんな訳で、幸いにもそれなりの容貌をしていた為もあってか、この三年の間、僕はいつでも恋愛的なものを楽しむ相手にはこと欠かなかった。また、時々相手は変わるものの、それは別に喧嘩をしてどうこう・・・というわけでは決してない。何故なら相手もまた、僕と似たりよったりの関係性を求めている人達だったからだ。だからベッドを共にしなくなった相手でも、今だに友人としての付き合いが続いているくらいだ。
―――――つまり、端的に言ってしまえば何の事はない。ただ、若さ故どうすることもできない肉体的欲求にともなう衝動を鎮め、ひたすら勉学に集中する為に、僕は擬似的な恋愛を楽しみつつ複数の女性としかるべき関係を持っていたのだ。
僕が男だからなのか、それとも性格によるものなのかは判断しかねるが、これまで複数の女性と程々の距離を保ちつつ身体を重ねてきた事に罪悪感を持った時は殆どなかった。しかし、それを兄に打ち明けようとする段になった途端、自分の中で如何ともしがたい後ろめたさが発生し、際限なく育ち、とうとう我慢できなくなった僕は思わず言い訳じみた事を口にした。
「その『付き合ってる』が、兄さんの中でどう定義されてるのかは分からないけど、恋人かどうかというなら彼女達は違う。でも、それは彼女達も最初から分かってることでね、つまり・・・・」
「『達』だと〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?つーかそん中にはまさかメイとかもいたりするんじゃねぇだろうな!?」
相手が複数人であること。そしてその中に昔馴染みのメイ・チャンが含まれるのかどうか。兄が食い付いたのはソコだった。
再び鬼悪魔のような形相になるも、同時に零れたまるで『実は俺、ずっと豆粒女にヤキモチやいてました』的な発言に、他愛なくも有頂天になってしまうのを止められない。お陰で余計な事まで口走るはめになった。
「え?メイ?やだな兄さん。そんな昔なじみで僕に気があるような子にまで手を出すほど僕は飢えてないよ。僕が付き合ってるのは後々面倒にならずに、お互いの欲求を解消しながらつかず離れずのいい関係を保てる子だけだよ・・・・・あれ。兄さん?何処行くの!?」
この時自覚はなかったが、後にして思えば随分と遊び人風な口ぶりになっていた。
僕がメイとまで関係を持っていなかった事に安堵したからなのか、それとも三年の内に僕がピュアではなくなっていた事に衝撃を受けてしまったのか。兄は大層哀れを誘う様子で項垂れて言った。
「・・・・そうか、お前・・・・モテモテウハウハアルフォンス王国を作るのが夢だったもんな・・・・そうか・・・・。やっぱり俺、もう少し一人で旅してくる・・・・・」
ベッドから降り、肩を落としてトボトボとドアに向かう背中に取りすがった。とりあえず、もう僕には何の精神的余裕も残されてはいない。それだから再び余計な事を口走るはめになった。
「兄さんそれはダメ!もう離れないって決めたんだから!心配しなくて大丈夫。男性相手は僕も初めてだから、そういう意味では兄さんと一緒。童貞でも全然問題ないよ!」
「言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
異国の街の夜空に、潮風に混じって兄の悲痛な叫びが響き渡った。
その後、宥めすかし、取りすがり、少しだけ策略的涙も滲ませつつ懇願し、どうにかこうにか兄をベッドの上に横たえさせ、そこに覆いかぶさる状況にまで持ちこむ事に成功した。
自分でも流石に執拗過ぎはしないかと思える程丹念なキスを根気よく続け、始めのうちこそ羞恥に表情をこわばらせていた兄が次第にぎこちないながらもキスに応えてくる頃、腰に回していた掌をさり気なく滑らせてポイントを探る。
僕よりひとまわりふたまわり華奢とはいえ、程良く筋肉のついた、女性のふんわりと柔らかなものとはまったく違う身体。けれど、こうして改めて触れてみるとギクリとするほど細い腰回りや、信じがたいほど小さな臀部の膨らみに目眩を覚えた。
いかな絆の強固な兄弟とはいえ、こんな風に兄の身体に触れる事は勿論初めてだ。そしてこれまで風呂上がりのほぼ全裸の状態を目にする事も度々あったが、自らの内に欲望の所在を意識した上で見ると、受ける印象も大きく変わる。
女性の乳首は他人の目に触れさせてはいけないものだという観念はあっても、男のそれは存在自体を見落としてしまいがちだ。それだけ意識するものではないから、つい忘れてしまうのだ。
ところが組み敷いた兄の胸の先で健気に立ち上がる小さな果実を目にした僕は、品のない事に思わず生唾を飲み込んだ。
明らかに女性のやわらかで豊かな膨らみとは違う、だがしかし、綺麗に付いた筋肉で緩やかに隆起しなだらかな曲線を描く美しい胸の頂きには、淡い桃色の乳輪とその中心にひっそりとある赤く熟れた小さな果実が・・・・・・。
僕の眼はその部分に釘付けになり、逸らそうと思っても逸らす事など出来なくなっていた。
これまで、この世の誰よりも身近に居て、誰よりも良く知っていた筈の兄が、こんな身体をしていたなんて―――――!
僕は今まで、一体兄の何を見ていたのだろうか?
これまで誰に対しても感じた事のない愛おしさと猛り狂う衝動に押しつぶされそうになりながら、どうにか相手を思いやるだけの理性は確保しつつ、指の腹で優しく右側の乳首に愛撫を加え左側の乳首を唇で挟み込むようにした。
途端、陸に打ち上げられた魚のように全身をビクリとはね上げる兄の様子が初々しく、僕をさらに煽る。
初めてのときだって、こんなに我を失いそうにはならなかったというのに、今の僕は自分の中で暴れ回る兇暴な欲望を抑えるのに必死だった。
「兄さん・・・・・・!」
「ア・・・・・、アルッ!それ、やめ・・・・・」
「好き。大好き・・・・愛してる・・・・・どうしよう、可愛いくて気が狂いそう・・・・!」
「落ち着け・・・・・ふ、ム・・・・ッ!」
走り出す僕を諌めようとする兄の唇を唇で塞ぎ、舌を絡め取り、僕の動きを阻止しようと意味のない動きを繰り返していた両腕を捕えた。それから掌を滑らせ、それぞれの掌に自分の掌を重ね、指を絡める。・・・・・家族ではしない、恋人同士ならではの動作だ。兄は両手をシーツに縫いとめられたような格好で、そのまま絡めた指にぎゅっと力を込めた。
ああ、兄さん。僕たちは今、恋人として確かな時間を紡いでいるんだね・・・・・!
僕の胸に愛しさが溢れ、この先に待つだろう気の遠くなるような甘い時間に想いを馳せていた・・・・――――だがしかし、兄との甘い愛の行為へ至るまでには、まだ複数の隔壁が存在したのだ。
つい我を忘れ貪っていた唇を一度離し、啄ばむように小刻みなキスの繰り返しに変え兄の熱を高めようとしていたのだが、その兄の唇の奥に見え隠れする真珠の光沢を持った白い歯がギリギリと食いしばっている様子にふと気付く。
「・・・・兄さん・・・・・・?」
てっきりがっつきすぎて怯えさせてしまったかと思いきや、少し顔を離して兄の表情を見た瞬間、僕の中にあった甘い期待は綺麗に吹き飛ばされた。
「ふんぬ・・・・・ッ!うがぁ・・・・・ッ!どうだコノ・・・・ッ!」
僕に組み敷かれていた兄は、僕の下で顔を真っ赤にしながら歯を食いしばり鼻の穴を拡げ眼をつり上げ、組み合った僕の手をなんとあろうことかジャッキの如くギリギリと力任せにリフトアップしてくれたのだ。
「兄さん・・・・・レスリングの組み手じゃないんだからさ・・・・・」
「あ。スマン。つい条件反射で・・・・」
確かに。こういった手の組み方は、長年二人で日課としていたトレーニングの仕上げに行っていた組み手の際にも度々あったことだと僕は失念していた。
はたして僕と兄は、人並みの恋人同士のように甘い展開へ辿りつく事が出来るのだろうか・・・・・。
ここに来て、ほんの少しだけ弱気になってしまう僕だった。
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