プレゼント

 

 




 

それはある日の夕方のことだった。研究所から帰宅するなり弟は、一足先に帰ってソファで一息ついていた俺の腕を引っ張りあげると有無を言わせないまま洗面台の前へと連れて行った。

 

「なんだなんだ!?一体どうした何事だ!?」

 

訳も分からず言う俺の目の前に、紺色のリボンが控えめにかけられた、そのリボンと同色の小さな箱がヌッと差し出された。サイズ的に中身は指輪か何かだろうか。しかし洗面台の前で指輪のプレゼントというのも実に妙だと首をかしげていると、弟はじれったそうに「早く開けてごらんよ」と急かす。仕方なしに言われるままにその箱を開けて見れば、中には玩具のような小さなガラス瓶がふたつ入っていた。

 

「????なんだ、コレ?」

 

「ふふ・・・っなんでしょう?」

 

「いや、分かんねぇから聞いてんだろ?」

 

「僕がアナタの為に作ってた、アレだよ。アレ」

 

「・・・・・・・・・・・・・?」

 

俺の為に何かを作っていた?そんな計画があっただろうかと記憶を辿っていくと、ある出来事を思い出した。

 

「少し前、俺の視力を何度も測ったり、目を妙なレンズで念入りに覗き込んだりしてたアレか?」

 

「そう、そのソレだよ。ようやく出来たんだ。つけてみて」

 

そう言って小瓶のひとつを手渡されたものの、俺は途方に暮れた。だってよ・・・。

 

「こ・・・・こんなの、どうやって入れンだよ?痛くね?つか、入れて大丈夫なのか?」

 

「大丈夫。僕がそんな危ないモノをアナタにあげるわけないでしょ。自分で実験済みだから安心して。はい、この『R』って書いてある瓶が右目用だから間違えないようにね」

 

弟が指先でつまんだ小瓶を揺らすと中の液体がちゃぷりと音を立て、ガラスの破片のような透明な円形の物体が揺らめく。

 

威張る事ではないが、俺は痛みには滅法強いと自負している。が・・・・・目の中にモノを入れるという発想には強い抵抗を感じる。『目の中に入れても・・・』などという例えがある程だ。眼球と瞼の間にモノを入れるということがどれ程大ごとなのか、それだけで知れようというものだ。しかし・・・・。

俺の為に多忙を極める仕事の合間を縫って、研究に研究を重ね、自分の体を使ってまで実験を繰り返した弟の優しさを無駄にする訳にもいかない。

 

 

 

幼い頃より本を読むことに異常な執着を持つ俺だったが、それにプラスして研究をする事を余儀なくされた時期が見事に成長期と重なった所為もあってか、もともと良くはない視力は加速度的に下降の一途を辿った。本来ならば眼鏡がなければ日常生活に支障を来たす視力なのだが、俺は眼鏡をかけることを断固拒否し続けている。なぜならば、以前弟の勧めで作った眼鏡をかけて鏡に映した自分の姿が、記憶の中の父親に酷似していたからだ。

骨格などはむしろ俺よりも弟のほうが父の血を受け継いでいるらしいのに、なぜか容姿だけが俺は父親に似てしまっていた。断じて認めたくはないが。

 

持ち前の記憶力と野生的な勘。そして弟のさりげないサポートのお陰で、これまで眼鏡の世話にならずとも何不自由なく日常生活を送ってきた俺だったが、良くないことに、最近さらに視力が低下してきているようなのだ。弟が言うには、『乱視』の程度が強くなってきているとの事だった。しかし依然眼鏡をかけることを拒否し続ける俺に、とうとう弟が打開案を見出した。それが、コレ。コンタクトレンズというわけだ。

 

「他国でガラス製のものを動物に装着する実験までは成功しているらしいけど、人間用にこれを作ったのは多分僕が初めてだと思うよ。これは従来のガラス製じゃなく、プラスチック樹脂を薄く延ばしながら湾曲させたものだから、安全だし装着時の痛みもない。錬金術がなければ、今の時代の科学技術ではとても作れる代物じゃないけどね」

 

などとさらりと言ってのける弟は、なんという天才か。

 

「・・・・・じゃ・・・・い・・・・入れてみる・・・・」

 

ゴクリと喉を鳴らしながら覚悟を決めて頷く俺に、弟は一瞬だけ妙な顔をした。

 

「・・・・ゆっくりでいいから。最初は怖いかも知れないけど、きっとそのうち慣れるからあせらなくても良いよ」

 

「分かった・・・・・」

 

弟は再び頷く俺の背後に回ると、俺の手のひらを上に向かせてその中指の先端に濡れたコンタクトレンズをそっと乗せる。

 

「さ・・・・自分で着けてみて・・」

 

「ん・・・・あ・・・・・・あ・・・・・怖ぇ・・・入っちまうぞ・・」

 

「そう、いいよ・・・・ゆっくりね・・・・」

 

俺の瞼を押し上げるようにして装着を助けている弟の息が、耳の後ろにかかる。少し荒いような気がしたが、俺の注意は完全に右目に集中していた。

 

「あ・・・入る・・・・・・入ッち・・・まう・・・・・ああ・・・・ん!」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「は・・・・・入・・・・・・・・・・った・・・・・」

 

無事装着できたコンタクトレンズは、恐れていた痛みも全くなく、逆にクリアになった視界に俺の気分は晴れやかだった。

 

「すげぇ・・・・・(見えるって)こんなに気持ちイイんだなぁ・・・・」

 

「はい。左目もね」

 

「ん、」

 

うっとり呟いている俺の指先に、再度コンタクトレンズを乗せてくる弟の声がわずかに上ずっていたが、やはり俺の注意はすべて自分の目だけに向いていた。

 

「ア・・・・ああ・・・・あ・・・・入る・・・・今度は、最初からスルっと入りそう・・」

 

「・・・・・・・もう慣れたの?兄さん、コッチの才能あるのかも」

 

なんとなく含みを持たせたその言い回しに引っかかりを感じつつも、俺はコンタクトを着ける事にいっぱいいっぱいだった。

 

「才能って・・・・・あ、は、入ったぁ・・・・・!ふう・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

パチパチと数回瞬きをした後、見渡す視界の鮮明さに、俺は感嘆の声を上げた。全ての物の輪郭がハッキリと浮かび上がり、色さえ鮮やかに見える。

 

「いいなぁ・・・・・うん。コレ、マジでイイよ!アル、お前最高!明日から俺、毎朝コレつけるぜ」

 

「・・・・・コレを毎朝・・・・・?く・・・・・苦行だ・・・・」

 

「は?」

 

肩と握り締めたコブシをワナワナと震わせる弟の尋常ではない様子に、俺は一歩後ずさった・・・・・・が、ソコは壁だった。結果壁際に追い詰められた俺は、ズイとにじり寄った弟から熱い息を吹きかけられて訳も分からず狼狽した。

 

「ど・・・・ど・・・・どうした?まさか・・・そのトロンとした目・・・荒い息・・・お前・・・・ソッチモード入ってンのか!?突然何だよ!?なに考えてんだよ!?マジ怖ェ!!」

 

「・・・・この無自覚の馬鹿兄が・・・!可愛い声で『ああん』とか『入る・・・・入っちまう』とか『気持ちイイ』とか・・・!!!いい加減にしないと犯すよ・・・ていうか、今、これから犯す!!」

 

「ぎゃアアあああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

煌々と明かりが灯った洗面台の前で、いつもよりくっきりハッキリした視界を見せ付けられながら獣化した弟の強烈な愛情表現を全身で受け止めた俺は、いつもの如く途中で意識を飛ばした。しかし薄れゆく意識の中、甘く蕩けるような弟の声が囁くのを確かに聞いた。

 

 

 

兄さん・・・・言い忘れてゴメン・・・・・誕生日、おめでとう。

 

 

 

 


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しおみんさん・・・・言い忘れてゴメン・・・・誕生日、おめでとう!!!!

毎朝コンタクトを入れる時、欠かさずしおみんさんの事を考えてます(←キモッ!)

今でもまだ、悪戦苦闘の日々を送っていらっしゃるのでしょうか。そんな貴女の為に、こんな妄想をプレゼント。
コンタクトを入れる兄さんの無自覚に色っぽい様子に悶え狂うあるほんす。そんな妄想に浸っていれば、長時間に渡るコンタクト装着の苦行も、少しは楽しいものに変わるかも。いや、変わらないかも。

 

 

しおみさんに出会えた自分はなんてラッキーなんだと幸せをかみ締めつつ・・・・3月15日に万歳!!

 






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