お前は俺のヒーロー3
俺は、夢を見ているのだろうか。 夜空に飛び立つヘリを、扉の陰からぼんやりと目で追いながら、ずるずるとその場に座りこんだ。 ポヤポヤだとか天然だとか、弟からたまに言われる俺だが、それでもさっきの俺の口に食いついた弟の様子がおかしい事くらいは分かった。 いつでも真っ直ぐに俺を見る目がふらふらと頼りなく彷徨い、俺のケツに伸ばされた弟の手は、まるで縋りつくようにギュンギュン肉を掴み、口はまるでちゅーでもするかのように俺の舌ごと唇をレロレロチュパチュパして・・・・・・・アル。 お前、何か辛い事でもあったのか?優しいお前は、きっと俺に心配をかけまいとして何も言わないのだろうけど、俺はそれが寂しい。 でも、お前がそれを口にするのが辛いのなら、俺もあえて聞かない。 本当は聞きたいけど。詰め寄って抱きついてカニばさみして頬擦りして吸いつきながら歯をたててマグマグして、お前の胸の内を聞きだしたいけど・・・・・! ・・・・聞きたいけど聞けないから、突然出掛けると言いだした挙動不審な弟の後を、俺はコッソリ追いかけた。 弟は、あんなにぼんやりおっとりしてるくせして、実はめちゃくちゃ使える奴だ。その所為か、これまでも何度かオヤジの会社の事務仕事なんかの手伝いに呼ばれて出掛ける事があった。だがしかし、行く先は本当にオヤジの会社なのだろうか? バイクで先に行ってしまった弟をチャリしかない俺が尾行するのは無理な話で、一か八かでタクシーを使ってオヤジの会社に行き、昔からの顔見知りの警備員のおっちゃんに『オヤジにサプライズの差し入れしに来たから、俺が来た事は誰にも内緒だぜ』と言ってこっそり社屋に入り込み、上手い事誰にも見つからずに最上階へと行った。 そこで見たものは、今思い出しても信じられない事ばかりだ。 アルが・・・・・あの気が弱く、優しくて繊細で身体が弱くて虐められっ子の、俺の可愛い弟が・・・・赤い薔薇の騎士―――!? そして、俺の顔を見る度にデレデレして鬱陶しく頬擦りしては、迷惑にも頬に歯を立ててマグマグしてくる困ったオヤジでさえ、アルの『正義の野望』に手を貸していた。 「・・・・ずるい。ずるいぞ、二人とも。俺に黙ってそんな事をしてたなんて・・・・・!」 俺は拳を握って立ち上がると、目をキラッキラさせながら、オヤジがいるだろう管制室へと駆け出した。 「オヤジッ!アルだけ正義のヒーローだなんてずるいぞ!俺にもやらせろ!」 開くのを待ち切れずに蹴りを入れ、ドバーンと観音開きにしてやった自動ドアからいきなり俺が現れた事に、オヤジも社員達も皆大慌てで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ? 「エ~~~~ド~~~~~ッ!どうした?んん~?どうした~?一人ぼっちで寂ちかったのか~?それでこんな時間なのに頑張ってパパンに会いに来ちゃったのか~~~~?ううう~ん、可愛い子でちゅねぇぇぇぇぇ~~~」 「ちょ・・・・オヤジ、やめ・・・・・うああああ・・・・ッ!」 馬鹿丸出しでデレデレになって、デカい身体で俺をぎゅうぎゅう抱きしめて頬擦りして頬に歯を立てながらちゅぱちゅぱマグマグかましてくるオヤジから、逃げる術は無い。ひとたび捕まれば最後、オヤジが落ちつくまでに10分程待たねばならないのだ。 急いでいるのに・・・・!アルは今頃たった一人で正義の為の闘いに身を投じているのに・・・・!! 一刻でも早くオヤジが落ちつくように余計な刺激を与えてはイカンと、敢えて何のリアクションもせずにされるがままにしていると、社員たちが手に手にポテトチップやらドーナツやらチョコレートやらコーラやら赤い水玉模様のリボンやらを持ってわらわら群がってくる。 「よしよし、エド~!ひとりでよく来たなぁ!おやつ食べるかい?ねぇ、社長。エドにお菓子あげていいでしょう?」 「俺も夜食用にドーナツ沢山買ってきてんだ!エドちゃんドーナツ好きだもんなぁ?ちょっと食べにくいけど上手に食べれるかな~?」 「私のスカーフとおそろいのリボン、可愛いでしょ?エドちゃんの髪に結んであげる~」 ・・・・・誰も俺が秘密を知ってしまった事に衝撃を受けてくれない。それどころか、いつものことながら完璧幼児扱いだ。 「ああ、イカンイカン。ドルチェット、エドに駄菓子なんぞ食わせてはイカンぞ!ロアも、そんな質の悪い油で揚げたドーナツなんぞ持ってくるんじゃない!あ、マーテル!気安くエドワードの髪に触れるんじゃない!」 俺をぎゅうぎゅうしながらも社員達から差し出される貢物の数々を撥ね退ける。オヤジ、いいから早く落ち着いてくれ。 「コーラもあるぜ。ダイエットの奴じゃなく、ちゃんと普通のコーラ。エド、喉乾いたろ?社長、帰ってから歯を磨けばいいんだから、ちょっとだけ飲ませてもいいッスよね?」 「あ、グリードさん悪ぃ!丁度喉乾いてたんだ。いただきます」 と、コーラに伸ばした俺の手を、オヤジの毛むくじゃらのデカイ手が掴んで邪魔をした。 「イカン。こんな時間に余計な水分をとったら、エドがおねしょしてしまうではないか。そう・・・・忘れもしない、アレは二年前。ある春の日の出来事だった・・・・・私が早朝帰宅すると、エドワードが涙目で顔を赤くしながら下着を洗っているではないか・・・!?可哀想に・・・・こんな年になって粗相をしてしまった自分を恥じて・・・・」 とんでもないコトを言い出すオヤジにリアクション不能に陥った俺の横から、グリードがこれまたとんでもないツッコミを入れた。 「それ、寝ションベンじゃなくて夢精じゃないスか?」 「ッッッッギャ―――――――ッ!!!てめぇ何てこと言いやがる!?」 真っ赤になって手足をジタバタさせる俺に、オヤジもちょっとは父親らしく加勢した。 「そうだ!私の可愛いエドワードになんて事を言うんだ!?この天使のように清らかなエドワードのおちんちんから出る液体は、今までもこれからも、未来永劫小便だけだ!まかり間違っても精子なんぞ出る訳なかろうが!!このバカたれが!」 「・・・・・・・・・てめぇオヤジ、ふざけんなよオラ・・・・!」 それから暫しの間、管制室には俺と言う名の嵐が吹き荒れ、オヤジの血しぶきで室内は真っ赤に染まった。 ひとしきりの騒ぎのあと、オヤジの会社と赤い薔薇の騎士に関する全ての顛末を聞いた俺は、腕組をしてオヤジの前に仁王立ちしていた。 「・・・・・それで俺だけ蚊帳の外って訳か?よくもこの俺をのけ者にしてくれやがったなオヤジ!許さねぇぞ・・・!大体、アルがあんなに強いなんて・・・・あんなに・・・・あんなに・・・・・アル・・・・ああ・・・・俺のアル・・・・かっけーなぁ!いいなぁ!あ~んなに可愛いのに、あ~んなにかっこいいなんて・・・・!マジで、俺の嫁さんになってくんねぇかなぁ・・・・・そしたら朝から晩までちゅーちゅーマグマグして、俺とアルの子供をヒッヒッフーっていっぱい産んでもらうんだ・・・・」 「エドワード・・・・突っ込みどころがあり過ぎて突っ込めないから、メルヘンチックなのに妙に生々しい妄想はその辺でやめておきなさい。で、お前は具体的にどうしたいんだね?」 その問いに返す答えなど、最初から決まっている。 「俺もアルと一緒に闘うぜ!正義の為、この世の平和を守る為に・・・・・!!!」 拳を振り上げ、腹の底からこみあげてくる熱い想いに、俺は陶然と酔いしれ・・・・・・ている場合ではなかった。アルは俺がこうしている間にも、たった一人で危険の渦中にいるのだ。 「オヤジ・・・・・!」 目を閉じて何やら思案しているらしいオヤジに焦れて俺が声を上げるのと、オヤジが目を開けるのはほぼ同時だった。 「よし、分かった。・・・・エド、何よりも大切なたった一人の息子であるお前を危険な目に合わせるのは辛いが、私も正義の為に全てを捨て去り、この世の平和の為に身をささげた人間だ・・・・・お前のその熱意、嬉しく思うぞ」 「つーかオヤジ。息子は俺一人じゃねぇだろ?アル忘れてるだろ?」 俺のツッコミを楽々簡単にスルーしたオヤジは、演技がかった仕草で腕を振り上げると、室内にいた全社員に向かって宣言した。 「諸君、長年に及ぶ我々の計画が、ついに日の目を見る時が来た!今こそ、例のアレをやるぞ!アレをソレして、アッチをコレにガーッとするんだ!」 ・・・・・アレがソレでアッチがコレでガーッて・・・・・意味分かんねえんだけどオヤジ・・・・。 しかし何故か社員達には通じたようで、皆一斉にガッツポーズを作ると、次の瞬間には各々の仕事をこなすべくガーッと動き出した。 オヤジの指示で社員の一人がキャスター付きの大きな衣装ケースを転がしてきた。 「エド、これをご覧」 その中には、赤い薔薇の騎士のものとまったく同じデザインの衣装がひと揃いあった。マスクオブゾロが着ているのにそっくりな上下に、マント、羽のついたつば広帽子、そして肘までありそうな長い手袋に、踵が高いスパーの付いたブーツ。ただ、赤い薔薇の騎士と違うのは、色とそして、武器だった。 「オヤジ・・・・なんかコレ、パッケージに『SM初心者でも安心・ソフト六条鞭』とか書いてある。百均で買ってきたのか?こんなんじゃ、悪い奴らと戦えねェよ・・・・」 口を尖らせた俺に、オヤジはまたしても意味不明な説明をした。 「いいのだ。お前の最大の武器は『萌え』なのだから。振り回して万が一自分に当たっても、派手な音がするだけで痛みが殆どないソフトSMプレイ初心者用の鞭で十分だ。いいかいエド、戦いというものは、やみくもに力で攻めればいいというものでもないのだよ」 まったく理解不能のオヤジの言葉を無視して、次の不満をぶつけた。この先もずっとオヤジと一緒にこの世の平和を守っていくのなら、自分の主義主張は最初に言っておくことが重要だ。 「オヤジ・・・・白って汚れが目立つから、俺、他の色がいいかも・・・・」 家事の分担で洗濯を担当している俺は、すぐに汚れが目立つ上、洗濯するにも色ものと分けねばならないなど面倒が多い白い衣装を身にまとう事に抵抗があった。しかし、これもまた却下された。 「イカン!イカンぞ!何者にも染められていない純白、これはお前が着るにもっとも相応しい色なのだ・・・・!汚してしまいたくなる欲望と、汚してしまう事を恐れる理性が胸の中で激しくせめぎ合い・・・・・嗚呼・・・・ッ!この狂おしくも甘い痛みの中に、人はやがて快感を見出し・・・・・」 ・・・・また何か始めたオヤジを放置して、隣に居たグリードに『俺にも分かる様に説明してくれ』と頼んだ。 グリードによれば、今夜の麻薬取引は今までにない規模で、集まる人間の数もさることながら、これまで決して尻尾を掴ませなかった大物まで姿を現すらしい。アルの任務は、そこに居合わせた全員を一人残らず、しかもたった一人で拘束するという無茶なものだった。俺の初任務は、そのアルのサポートだ。 まだ一人で『嗚呼嗚呼』言ってるオヤジを脇によけ、グリードの指示のもと、作戦は開始された。 「エド、お前には専用の大型コンテナ付きのトラックがあるんだ。もう時間がないから、この『エドたんスーツ』一式を持ってそれに乗れ。現場に着くまでに着替えておくんだぞ?」 「おうっ、分かった!」 『エドたんスーツ』という締まらないネーミングに引っかかりを感じつつ、俺は衣装一式をわさわさ抱えて外で待機していたトラックの後ろのコンテナに乗り込んだ。 トラックを運転するのはドルチェットだ。その隣にはマーテルも乗り込んでいて、この二人が現場で俺とアルのバックアップをしてくれる。 現場に着くまでの間、密閉されたコンテナ内でひとり衣装を身につけながら、つば広帽に仕込まれているイヤホンとマイクで、運転席に居るふたりから現場での詳細な手順を聞かされた。 「なあ、まだ着かないのか?今頃アルが大変な事になってねぇかな・・・・現場の状況はわかんねぇのか?」 『もうすぐよ、エドたん。それよりちゃんとスーツは着れた?ブーツは?』 「履いた」 『マスクは?』 「大丈夫」 『手袋は?』 「着けてる」 『鞭は?』 「持った」 『マントは?』 「バッチリ・・・・・なあ、それよりなんでさっきから皆して俺の事を『エドたん』って呼ぶんだ?」 質問を投げかけたところで、トラックが大きく揺れ、その直後に停車した。 『エドたん、着いたぜ!デビュー戦だ。さぁ、エドたんの勇姿を悪人どもに見せつけてやれ!』 そのセリフと同時に、ガコンとコンテナの両サイドの壁が持ち上がり、夜のひんやりした外気が流れ込んでくる。 手にしたSM初心者用ソフト六条鞭を今一度握りなおし、俺は正面を見据えた。 アル・・・・待ってろよ・・・・!今、兄ちゃんが加勢に行くからな・・・・・! 目の前に広がるのは港脇にある倉庫群だ。 おびただしい数の黒塗りの車が並び、このトラックの存在に気付いたらしく、そのヘッドライトが一斉に俺に向けられた。 眩しい光に照らされた俺の耳に、管制室にいるオヤジの声が響く。 『最終兵器エドたん計画・・・・発動!!さあエドたん、今こそつかみのセリフを宣するのだ!』 俺はにわかに血が滾るような感覚に包まれた。今までにない高揚を覚えつつ、トラックから宙返りして飛び降りると、打ち合わせ通りのポーズを決め、打ち合わせ通りに意味も分からず丸覚えしたセリフを言った。 「おうおう野郎ども!おめぇらの悪事はすべてこのキューティエドたんが見届けたぜ!一人残らずお仕置きしてやるから、希望者は一列に並び、四つん這いになってその薄汚ぇケツまんこを俺に晒しやがってください・・・・・・・・って、なんだ、このセリフ???おかしくね??俺、もしかして覚え間違えた???」 しかし、前方には尋常でない人数の悪者がいて、俺の愛しいアルはたったひとりでそれを相手に闘っているのだ。 俺はすぐさま気持ちを切り替え、悪者を拘束する為に走り出した。 「に・・・・兄さん・・・・ッ!?」 どこからか、耳慣れた俺の大好きな声がした。アル・・・・・いや、赤い薔薇の騎士が、倉庫の上から三日月をバックにして現れ、俺に向かって何事か叫んでいる。 「あれ・・・・・マスクしてんのに、なんで俺だってバレちゃったんだろ?」 立ち止まって首を傾げる俺の周りに、いつしか大勢の黒スーツの男どもが群がって、どういう訳か涙を流しながら身をよじらせていた。 「キモッ!・・・・しかし、これなら楽勝で全員捕獲できるな」 赤い薔薇の騎士が妙な薬でも散布したのか、どいつもこいつもロクな抵抗もしないまま、むしろ嬉々として俺に捕まえられにやって来るのを次々ふん縛っていく。縛り方は、料理の得意なアルが焼き豚を縛る方法として、以前教えてくれたヤツだ。 ご機嫌な俺の前に、スタンと赤い薔薇の騎士が舞い降りた。 気品あふれる仕草で風をはらむマントを手でさばき、背中を向けたまま俺を振り返ると、つば広帽の下から金色の鋭い目を向けてくる。 ・・・・やっぱり、無茶苦茶カッコイイ・・・・!サイン貰いてぇ・・・!!!できれば、あ、あ、握手なんかも・・・ッ! 思わずじーんとなっていると、そのまま姫抱きにされてひとっ飛びでさっきのトラックまで運ばれた。 トラックのコンテナの上に降ろされ、アルと向かい合う。 月明かりの下で、あこがれの赤い薔薇の騎士が俺を見つめている・・・・・・・その夢のようなシチュエーションにひたすら心拍数を上げていると、耳になじんだ俺の大好きな弟の声が言った。 「どうして来たの、こんな危険な場所に・・・・!それも・・・・・それも・・・・そんな格好で・・・・・・・兄さん!また忘れてるよ!頭は良いのに、どうしていつも肝心な事忘れちゃうの!?」 珍しく泣き叫ぶような愛しい弟の声が、逆に俺を現実へと立ち戻らせた。 そうだ。俺は今、大事な任務の最中だったのだ。赤い薔薇の騎士を前に、目をハートにしてる場合じゃねぇ! 「なんだよアル!せっかく順調に行ってたのに邪魔すんなよ!」 地団太踏んで文句を言う俺だったが、しかし。 その俺の足元に、突然黒装束のアルが呻きながら膝をついた。 「ぐ・・・・フ・・・・ッ!」 「アル!?どうした!?」 口元を抑えている黒い手袋の隙間からぽたりと落ちたのは・・・・・赤い薔薇の騎士が去り際にいつも残していく薔薇の花よりももっと赤い・・・・・それは、血だった。 「アル・・・・ッ?アルッ!アル――――ッ!!」 三日月が不吉に光る夜空に、俺の叫び声が響き渡った。 |
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