お前は俺のヒーロー2













「・・・・・・こんな割に合わない『家業手伝い』もないよ・・・・」

うっかり声にしてから慌てて兄を見れば、幸いにも兄はテレビ画面に夢中で何も耳に入っていないようだった。ホッとため息を吐き、冷めかけたシチューを口に運んだ。
兄は知らない。父が経営するのが、ただの警備会社などではないという事を。そして、赤い薔薇の騎士の正体が、弟の僕であるという事を。

父の会社は、設立当初はビルのメンテナンスも兼ねた普通の大人しい警備会社だった。しかし世の治安が加速度的に悪化していくにつれ、所属する警備員の装備が普通の警棒から高圧電流を装備した特殊警棒に取って代わり、さらにそれが銃へと替わったのは、ほんのわずかな間だった。
一応法律上では民間警備会社の銃の所持は認められていない。が、この乱れ切った世の中で国の力が衰えた今、法の遵守を取り締まる機能は廃れている。つまりは、やり放題という訳だ。もっとも、父の会社はやり過ぎ感が否めないのだが・・・・。

父は凶悪化する犯罪者にとことん対抗する為、違法を承知で民間警備会社に似つかわしくない程の装備を揃えた。それが口伝にじわじわと広まり、顧客はネズミ算式に拡大し、それによって得た資金でまた装備を増強し・・・と繰り返すうち、国相手に戦争ができるんじゃないかという笑えないレベルにまでいってしまった。
そしてある日、父はまたしてもトチ狂ったことを考えた。
『こんな世の中だからこそ、市民に希望を与える一条の光が必要だ。そう・・・・正義のスーパーヒーローの存在が・・・!』
突然そう叫ぶと、あろうことか、僕に白羽の矢を立てた。・・・というか、父の目論見には、僕だけではなく兄も含まれていた。しかし、あんなに小さくて可愛くて大切な兄を危ない目には合わせられないと、僕ひとりが父の思う通りの『正義のスーパーヒーロー』になる代わりに、兄には全てを秘密にするという約束を取り付けたのだった。

腕っ節こそ相当のものだけど身体が小さく単純で天然な純粋培養の兄とは違い、弟の僕は体も大きく早熟で、兄の事以外では熱くならない冷静沈着な可愛げのない子供だった。父はそんな僕を『赤い薔薇の騎士』に仕立て上げる為、武道や格闘技、武器の扱い、特殊大型車両から果ては戦闘機の操縦方法に至るまで叩きこんだ。
トレーニングは夜、兄が寝入った後にこっそり行い、高校生になって『赤い薔薇の騎士』として『デビュー』してからは、身体の不調を理由に学校を抜けだして活動するという、ハードな二重生活を送っている。
でも、そんな僕の心には、お綺麗な正義感なんてこれっぽっちだって存在しない。あるのはただひたすら、兄へのアブノーマルな愛だけだ。
頭が良い癖に時々間抜けで可愛くて天然な兄は、ありえない事にこんな僕を『可愛いくて、弱くて、虐められっ子で、自分が守ってやらなければいけない存在』だと思っている。
そう。兄が求めているのは、心優しく品良く穏やかな、気の弱い虐められっ子気質の頼りなく可愛い弟なのだ。
決して、頭脳明晰で身体能力に優れ、冷徹で腹黒く、小学三年で滞りなく筆おろしを済ませ、巨根で絶倫で、眼力だけで気に入らない相手を恐怖のどん底に突き落とし、兄にちょっかい出そうとする不良どもを体育館の裏に呼びだして半殺しにして遊ぼうとしたら兄に現場を目撃されて、慌ててシチュエーションを偽って兄に助けをもとめてみたり、デカパイのブスに逆ナンかけられたところを丁度頭の悪そうなチンピラに囲まれてどうやって手間をかけずに逃げようかなぁなんてうんざりしたり、夜な夜な実の兄をオカズにして自慰に耽り、想像の中ではもう兄にしていないことは無いんじゃないかと言うくらいオナネタのレパートリーの幅を広げ、昨夜はとうとう騎乗位で突き上げられてアンアン啼きながら放尿する兄なんかを想像して大フィーバーしてしまった(あの兄さんは格別でした)・・・・・・・そんな、弟ではないのだ。

兄は、僕が兄の為にと愛を込めて作ったシチューもそっちのけで、テレビ画面に映るチャラチャラした宝塚みたいな衣装を着た僕に熱い視線を送っている。

・・・ふと、悪い心が頭をもたげる。

もし、赤い薔薇の騎士の正体が自分だという秘密を兄に打ち明けたら・・・・?
そうしたら、あの兄の熱い視線を自分のものにすることができるのだろうか。

左手で握りしめていた麦茶のグラスがピシリと音を立てた。

いや・・・・それはない。僕がこれまで兄に秘密を持ち続けていた事を知り、悪魔のように怒るだろう。もしかしたら、暫く口もきいて貰えなくなるかも知れない。そして、もう自分が守るべき可愛くてか弱い弟が既に居なくなっていた事を知って、僕から離れて行ってしまうかも。そしてなにより確実なのは、幼稚な正義感満々の兄のことだ。自分も僕と同じ『家業の手伝い』をすると言うに決まっている。この僕でさえ何度も命の危機に直面するような場に、兄の身を晒す事になる・・・・・。

「そんな事、絶対にさせない・・・・・!」

ギリリと食いしばりながら言うと同時に、手の中のグラスが粉々に砕け散った。
途端にそれまでテレビに夢中になっていた兄がもの凄い形相になり、ピョコンと僕の手にたかると、砕けたガラスの破片がまだ刺さっている指を口に含んだ。

「にいさ・・・・・ッ!」

「・・・・ん、ッてー・・・・舌切った・・・・」

「当たり前でしょう!?何てことするの」

「だって、細かいのが一杯ささってるから吸い出そうと・・・」

そんな事をしたら口の中ばかりか、万が一飲みこみでもしたら大事になるとは考えない。僕の事になると、それ以外の全てがどうでも良くなるのだ。この人は・・・・・。

「口あけて、舌だして見せて?」

ガラスが刺さっていないか確認する為に言った僕の言葉に素直に従い、薄く開いた唇からピンク色の舌先を覗かせる兄を見て、この僕が何もせずにいられる訳がなかった。

血を滲ませる色っぽい舌先を親指でひと撫でした後、唇ごとパクリと口に含んだ。

「ん!?んな・・・・・アル・・・ッ!?」

驚いて僕を押しのけようとする兄の腰にすかさず腕を回してガッチリ確保し、欲望を悟られないようわざと少し怒ったような声を出した。

「動いちゃ駄目でしょう。ガラスが刺さってないか見てるんだから、じっとして」

「ん・・・・ん・・・・・ん・・・・・」

大人しくなった兄の口の中を、更に深くまでさぐる振りで愛撫をした。そうしながら兄の細腰を抱きとめていた腕が無意識に下へと動き、僕の掌は魅惑の双丘を揉みしだいていた。時折兄が肩をピクンと動かすのは、感じているからだ。
薄く開いた目で見れば、兄は閉じた両目の睫毛を震わせ、頬をピンクに染め上げている。

アッ――――――!!!!
・・・・・駄目だッ、こ・・・っ股間が疼く・・・・・・!!!!
このままでは、兄をひん剥いて舐めて咥えてしゃぶって突っ込んで掻き回してしまう・・・・!!!
『上のお口で牛乳が飲めないなら、下のお口から僕のおちんぽミルクをお腹いっぱい飲ませてあげるね』とか言ってしまう・・・・・!!!!

身体中の理性を総動員して危うく踏みとどまった僕は、ニッコリといつもの笑顔で兄を解放した。

「うん、大丈夫みたいだね。兄さん、悪いけど、僕の左手の手当手伝って貰えるかな?」

兄は数回目をパチパチと瞬いた後、慌てていつもの表情を作ってガクガクと頷いた。鈍いなりに、今の僕の行動に不自然さを感じたようだ。
・・・・不味い。これをきっかけに警戒されて、兄からのあの微笑ましくも猛烈なスキンシップが無くなったらどうしよう。僕の人生の楽しみの半分がついえてしまう・・・・・!
自己中心型の、兄と自分さえ良ければ後はどうでもいいという人間である僕の幸せは、兄によってのみ左右される。
演技ではなくオロオロと冷や汗をかきながら兄を上目遣いで見下ろせば、途端に満面の笑みになり『可愛いなぁ!』なんていつもの調子でデレデレになるのに胸を撫で下ろした。

兄の不器用な手で優しく手当てを受け、至福の境地に居た僕だったが、不意に鳴りだしたケータイがそれを阻んだ。
相手が父だと分かった段階で、電話に出るまでもなく自分にとって良からぬ事態が起きたのだと知れたが、仕方なく兄から離れた場所に行き、通話ボタンを押した。

「父さん、夜は出動しない約束です。こんな時間に呼びだされても応じませんよ」

『何も聞かないうちに決めつけるな、息子よ。ところで、私の可愛いエドは今日もちゃんと一日良い子にしてたかい?ゴハンはちゃんと食べさせたかい?ん?』

父は、綺麗で可愛くて気立てが良くて天然で時々間抜けな兄を阿呆のように溺愛していて、どんな緊急事態であっても僕との電話の始まりはいつもこんな感じだ。

「ええ。今日も僕の可愛い兄さんは、僕の(作ったシチュー)を一生懸命上のお口に頬張って、時々白いのを唇の端から溢したりしながら、最後の一滴まで綺麗に飲みこんでくれましたよ。そんな訳で蛇足ながら、僕の股間に居るアナタの『孫』も、すこぶる元気です」

『アルフォンスお前ッ!まさか私の可愛いエドワードに不埒な事をしたんじゃあるまいな!?お前の気持ちはとりあえず(あんまりにもしつこいし、脅しが容赦なくて怖いから)認めはしたが、肉体関係までは認めておらんぞ!』

そう、僕は自分のこの溢れんばかりの兄への愛と欲望を父には打ち明けて、殺す寸前まで脅した挙げ句しっかりと認めさせていた。だから僕と父は実の親子でありながら、兄を挟んでまるで舅と婿のような関係なのだった。

「・・・・馬鹿じゃないですか?いい歳した大人がこんな他愛ない冗談をいちいち真に受けないでください。それより、緊急事態なんでしょ?まぁ、行きませんけど」

つけつけと言い返す僕の言葉に一瞬怯んだ父だったが、事態は余程ひっ迫しているらしく、『今回だけだから』としつこく説得された結果、僕は仕方なしに出掛ける事にした。
・・・・さて。問題は、兄をどう誤魔化すか・・・・だ。


「兄さん。父さんが会社の大事な書類を急いで持ってきて欲しいって言うんだ。ちょっと行ってくるから、兄さんは戸締りしっかりして先に寝ちゃってて」

夕食の後片付けをしている兄の背中に、さり気なく声をかけつつ様子を見る。
兄はこんな時間に・・・と首をかしげながらも僕の言葉を信じたようで、『ついて来る』なんて言い出さないだろうかという心配もよそに、あっさりと頷いた。

「じゃあ、行って来る。もし何かあったら携帯に電話して?」

「おう。もう遅いから気をつけろよ、アル」

食器を棚に入れながらニッコリするエプロン姿の兄にまたもや股間を疼かせた僕は、爽やかな笑顔で家を出た。






バイクを飛ばしながら、ヘルメットに内蔵されたインカムで父から詳しい状況を聞く。
父の会社で独自に追っていた麻薬の密売組織が、今夜大きな取り引きをするという情報を得たらしく、父は、その場に現れた関係者を一網打尽にしたいと言う。
警察に任せておけばいいこんな事件にまで首を突っ込むのは、ただの正義感からだけではない。この大事件の解決によって、会社の株が跳ね上がるのを期待しての事だ。その辺の事情が分からない程子供ではない僕は、渋々ながら出動要請に応じた。
正義正義と唱えたところで、所詮人はかすみを食って生きている訳ではないのだ。


都内のオフィス街にそびえ立つこの15階建てのビルが、まるごと全部父の会社のものだ。
その最上階へ直通エレベーターで行き、父や社員達への挨拶もそこそこに、用意されていた戦闘服に着替える。

一見してただのシルクに見える黒いブラウスに、黒いズボン、そしてウエストに巻くやはり同色の布・・・・等々。これらは全て特殊な素材でできていて、大抵の弾は弾き返すし、レーザーも熱も通さない。ブラウスの裏側には僕のバイタルサインを測る装置がついていて、常時会社の管制室にデータを送り続ける仕組みだ。

「では、行ってきます。早く帰りたいからサクサク終わらせます」

腰に剣を差してマントを翻した僕に、父が『忘れものだ』と赤い薔薇を投げてよこした。
・・・・全く。黒装束に赤い薔薇だなんて、ベタ過ぎて格好が悪い。しかし、父の思う通りの正義のヒーローを演じる約束は守らねばならない。それをいつも通り胸に挿し、『仕事場』に向かうべく屋上で待機していたヘリに乗り込んだ。

兄がその一部始終を見ていたとも知らずに・・・・・。








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