夕食の後片付けを終えた僕はキッチンの明かりを落とし、シャワーでも浴びようかと2階へと向かった。 すると階段を2,3段上ったあたりで頭上から声を掛けられた。
「アール、アル。アールホンスく〜ん」
間延びした常に無い陽気なその声に、見上げるまでもなく兄が酔っているのだと知る。
「に〜いちゃんと、楽し〜いコトして遊ばねぇ〜?」
階段を上りきった僕は、手すりに体重をかけて上機嫌な笑顔を向けてくる兄の首根っこを引っつかんで寝室へと連行した。
「こんなところでフラフラしない!落ちたらどするの。まったくもう、僕が貰ってきたワインを勝手に飲んだね?上等なものだから特別な日用に取っておこうと、兄さんに飲まれないようにベッドの下に隠しておいたのに、どうして見つけちゃうかな」
「すんげ、ウマかったぜぇ〜。あんまり旨いから、俺、目茶目茶画期的な構築式思いついちまったんだよ、ちょっと見てくれよアル」
「はいはい後でね。とりあえず水飲んで水。楽しい錬成ごっこは、酔いが醒めてからにしようね」
寝室の椅子の上に置きっぱなしになっていた自分の通勤用の鞄からミネラルウォーターの瓶を取り出し手に握らせてあげると、兄はキシュッっと蓋を開けて一気に半分ほどをがぶ飲みしている。ああ、ああ、そんなに派手に零して、床がびしょびしょじゃないか。毎度の如くウチの酔っ払いほど手に負えないものは無い。僕は溜息をつきながらにこにこと笑いかけてくるこのキケンな愛玩小動物に目をやった。
金の目は酔いの為に潤んでいるし、頬はほんのり赤いし、たった今飲み零した水で口元や首筋を濡らして白いシャツが一部透けて肌に張り付いている様子は、目の保養どころか毒にしかならない。
頭が良いクセに、どうしてこう学習能力がないんだこの人は!!いつもいつも酔っ払っては僕に酷い目に合わされているのを忘れちゃったの?
「兄さん、いいからもう寝ちゃって・・・・・・というか、寝ろ!!」
「わ、びっくりした。何怒ってんだよ〜アルゥ〜〜?」
だから、なんでそうやって全身で擦り寄って来るんだよ!?また気絶するまで犯されたいの?
「お願いだから僕がシャワー浴びてる間にサクっと寝ちゃってくださいお互いの為に!」
一息に言いながら逃げようとする僕の前に回り込み、酔っ払いは両手を広げて通せんぼする。あの、兄さん困ります。濡れた布が胸に張り付いて乳首が透けて見えるんですけど・・・・・それ、舐めてもいいってコトですか?
僕は今にも崩壊しそうな理性を叱咤しながら、極力兄の方を見ないように心掛けつつ手探りでその肩を脇に押しのけ、今度こそ寝室を出ようとドアノブに手を掛けた。
悲劇は、その次の瞬間に起きた。
(ここから青井さん)
肩を押し退けた時はそれほど力を込めたつもりはなかった。
なかった…のだが。
アルコールが入って既に振らついていた兄には、それは思った以上の衝撃だったようで。
僕がドアノブに手をかけた瞬間――まさに、後頭部から床に倒れ落ちる兄が視界に入った。
それに続いて、鈍い音が部屋中に響いた。
僕は咄嗟に右腕を差し出して兄を受け止めようとしたが、間に合わなかった。
「兄さんっ!大丈夫…?」
僕は揺らさないように、横になったままの兄へ呼びかけた。
「…ん、っん?…ア、ルッ…だ、大丈夫。ワリィ」
金色の長い睫毛が二、三度まばたきをして、潤んだ黄金色の大きな瞳が僕を見上げた。
僕はホッと息を吐いた。瞳が潤んでいるのは吃驚したのとアルコールの所為だろう。
「ごめんね。痛かったよね?本当にゴメン…」
兄の身体の下に右手を差し入れて、そっと抱き起こしながら謝った。
解けてしまった長い髪が、僕の手を擽るようにサラサラと肩を滑り落ちてゆく。
僕の腕の中にいる時のこの人は、体格差もあって、まるで少女の様に幼げに見える時がある。
今がまさにその時で。
僕は、こんな小さな兄に乱暴な真似をしてしまったのだと申し訳なく思った。
「アルゥ…ベッドまで連れてって?」
まだ潤んだ大きな瞳で懇願されれば、僕に否応はない。
僕はそのままそっと兄を抱き上げてベッドへ向かった。
その時、腕の中の兄がどんな表情をしていたのかを知っていたら――。
(ここまで青井さん)
「あ〜るほんす君。たとえ愛しい兄ちゃんの色仕掛けにあったって、錬金術師たる者、いついかなる時においても油断は禁物なんだぜぇ?」
僕の首に両手を回した兄の笑いを含んだ声が耳朶を掠めたと思ったら、パンッという小気味の良い耳慣れた音が周囲の空気を瞬間にして震わせた。同時にこれまた見覚えのある青白い光が視界いっぱいに広がる。
その時、僕の心の隅では警鐘が鳴っていた。しかし不覚にも、僕は既に自力ではどうする事も出来ない状況へと追いやられていたのだった。
(ここから再び青井さん)
「あの…兄さん…これって?」
僕は一瞬の内にベッドへ大の字の形に貼り付けられていた。
「今日は兄ちゃんがタップリ、サービスしてやるからなっ!」
(なっ!って…)
ニッコリ笑顔が、思いっきり小悪魔めいていて。
とっても可愛い…じゃなくて〜!!!
僕がパニックになっている間にも、兄の手は着々とシャツのボタンを外してゆき、ベルトのバックルへと…。
イッタイナニガハジマルンデショウカ?
(ここまで青井さん)
覚束ない手つきで乱暴に僕の服を脱がしていた兄は、とうとう最後の一枚に辿りつくと悪戯っぽい笑いを浮かべた。
「へへっ・・・・いつもと真逆のシチュエーションってドキドキしねぇ?」
「するね。この可愛い酔っ払いは一体どんな倒錯的なプレイをするつもりなのかな?僕の繊細な心臓は破裂寸前だよ」
「どんなって・・・決まってんだろ。すっげ〜楽しいコトだって!・・・・・・・・・俺がな」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「さぁ〜て、ごーかーいーちょ〜〜〜〜〜〜」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
『俺がな』という言葉に嫌な予感を確信に変えた僕が制止するのもかまわず、兄は色気もへったくれもない動作で僕の最後の一枚を剥ぎ取り、再び両手を打ち鳴らした。
何するの、兄さん・・・・・・・・・・・・・・!!!!!
「・・・・・・・・・・・・・アル・・・・・ッ」
「・・・・・・・ウ・・・・・・・・・?」
「お・・・・・俺ってマジ天才じゃね!?」
「・・・・・・・くぅー・・・・ん????」
「お前、お前、お前ってば、なんっっって可愛いんだ、アルゥ〜〜〜〜ッッ」
「ギャヒーーーン!!!!!!!!」
ええええええええええええええ!?なんでこの僕が豆なハズの兄さんにすっぽり抱きしめられちゃってるの?それに何なの、このケモノのような声!?それに視界が変にぼやけて色もハッキリしないんだけど。
「ア・・・・アウ・・・・・ウ・・・オ・・・・・ウォー・・・ン」
僕は自分の異常を訴えようと必死に言葉を紡ごうとしたのだが、この口から出てくるのは意味不明な動物じみた鳴き声のみだった。ん?動物?
「しゃべってンのか?可愛いなぁ〜イヌほんす君!フッフッフ。さあさあ、今日は兄ちゃんが積年の鬱憤を・・・・じゃなくて日頃の感謝を込めて、頭のてっぺんからケツの穴まで綺麗に洗ってやるかんな!」
空恐ろしいセリフを吐きながら僕を小脇に抱えた兄は、スキップしそうな足取りでバスルームへと向かった。
そのバスルームの姿見で改めて確認した、確認したくもない事実。
僕は、ゴールデンレトリバーの子犬の姿に変えられていたのだった。わふん。
今までそうおおっぴらに口にした事はないが、実は俺はかなりの犬好きだ。
時々まるで何かの発作のように、犬を撫でくり回したくなる事がある。今の俺はまさにソノ状態だった。
夕食を終え、後片付けをしようと腕まくりしたところで先にシャワーを済ませるように言われた俺は、風呂上がりに着替えを取りに入った寝室のベッドの下から見覚えのない紙袋の端が覗いているのに目をとめた。
「なんだ?アルの奴、こんなとこに何隠してんだ?まさかエッチな本とかじゃねえだろうな」
冗談半分に一人つぶやきながら取り出した袋の中身は、瓶に入った葡萄色の液体だ。
「なんでこんなトコでワイン寝かせてんだ、アイツ?・・・・・でも、何かメチャメチャ美味そうだなぁ」
風呂上がりで丁度喉に潤いが欲しい気分だった俺は、机の上から取り上げたペーパーナイフをコルクスクリューに錬成すると、早速それを開けにかかった。
「おお〜〜!中々上物じゃねぇ?」
酒の味わい方なんてサッパリ分からない俺は、芳香を吟味するのもそこそこに瓶の口から直接ワインを呷ったのだが、それは俺の味覚を満足させるに十分なもので、立て続けに二口三口と飲む。アルコールの分解酵素を微量しか持たない体質の俺は、当然の如く瞬く間に夢心地な気分になってくる。
そこで何故かふと、今日の昼間の出来事を思い出した。
昼休み、何気なく目をやった窓の外。研究所の塀の脇に、金色の毛むくじゃらの生き物がいくつも入っている籠を抱えた、恰幅のいい男が立っていた。その周りには子供たちが群がり、丸々と太ったその生き物を代わる代わる抱き上げ、頬を寄せては歓声を上げている。
「ゴールデンレトリバーの子犬ですね。あのおじさん、自分のところで生まれた子犬を時々ああして子供達に上げたりしてるんですよ」
いつの間にか近づいていた同僚が、俺の横から同じように窓の外を覗きこみながらそう言った。
「可愛いよなぁ。いいな、犬飼うのも」
「あれ、エドワードさんて犬好きなんです?」
「まあな。なんだよ?そんな意外そうな顔して。俺が犬好きじゃあおかしいか?」
「いえ。そんな事はないですけど・・・・でも、そうですね。考えてみたら今までエドワードさんと動物って組み合わせを見たことがなかったかも」
おそらくそれは、意識的にそうしていたからだろう。かつて旅から旅の根なし草のような生活をしていた俺と弟にとって、生き物を飼うなどとても望める事ではなく、俺は極力生き物と触れ合う事を避けていたきらいがある。(それでも優しい弟は、度々寒空の下で凍えている子猫を見つけては、俺に隠れてこっそり面倒をみていたようだが)
しかし大人になり、こうして住居を構えた今ならば、猫だろうが犬だろうが飼おうと思えば飼えるのだ。例えば今日弟が猫を拾ってきたとしても、俺は二つ返事で飼う事を承諾するだろう。
そんな気持ちでいた俺の視線の先では、男が一番最後の子犬を子供に手渡しているところだった。
「ああ。みんな貰われてしまいましたね。でもまた次のシーズンにはあそこで子犬を配りにくる筈ですよ。その時を狙ってみたらどうです?」
俺が余程残念な表情を浮かべていたのか、同僚はそうを言い残して仕事へ戻って行った。
「ゴールデンレトリバーかぁ・・・・・・可愛いよなぁ。デカクなるのが難と言えば難だが」
ベッドにドサリと仰向けに倒れ込みながら金色の子犬の姿を思い浮かべ、俺は頬を緩ませた。
金色の手触りのいい毛並み。大きくて力強い前足。丸い大きな愛くるしい目。千切れんばかりに振られる尻尾。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?待てよ。そういう生き物、俺知ってるぞ」
酔いの所為かは分からないが、俺の中でゴールデンレトリバーの姿と弟のアルフォンスのイメージが見事に合致してしまう。
俺を真っ直ぐに見つめてくる目。金色に輝く髪。逞しい腕。俺にじゃれついてくる時には必ず見えるダイナミックに振られる尻尾。暑苦しい吐息。
そうか。だからこれまで動物を飼う事を思いつかなかったのだと得心がいく。アルフォンスの存在そのものが、俺にとっては犬のようなものなのだ。しかし今は無性に、あの丸々と太ったふわふわの毛皮に包まれた体を腕に抱きしめたい欲求に駆られていた俺は、暫し思案した。
そして。
「・・・・・・・・・・すぐに戻すんだから、問題ねぇよな」
そんな言い訳めいたひとりごとを言いながら、俺は計画を実行に移すべくウキウキと部屋を出た。
これまでの人生で兄の身体を洗う事はあっても、洗われる事は一度たりとも無かった僕にとって、この出来事は衝撃的かつ屈辱的だった。
バスルームにあるあれやこれやで錬成した洗い桶に湯を張ると僕をその中へ入れ、兄は鼻歌なんか歌いながら全身余すところなく、丁寧ながらも遠慮ない手つきで洗ってくれる。腹立たしい事に、仔犬の身体では抗う術もなく、ただされるがままなのを歯噛みして耐え忍ぶ僕だったが、次の兄の行動に思わず犬のような悲鳴を上げた。
「ギャヒンッ!?」
「動くな動くな、大丈夫だって!本で読んだことあんだよ、犬のケツの穴の下には肛門腺ってのがあってな?コレを絞ってやんねぇといけないらしい。見よう見まねだが何とか出来ンだろ。痛かったら言えよ?」
そう。兄はあろうことか僕の尻尾を片手で掴みあげると、もう一方の手でその肛門腺があると思しき場所にグリッと指を押し付け、絞るように摘み上げたのだ。有り得ない!!
「クルルルルルルルゥゥゥゥゥ〜〜〜〜!!!!!」
「わっは〜!かっわいいなぁアル!唸ってんのに全然迫力ねぇぞ?よしよし。肛門腺絞りはこれくらいでいいか。次はこのちっこいちこを洗ってやろうな」
小さいのはしょうがないだろ!ていうか、仔犬なんだから逆にソコだけ大きかったら怖いだろ!?
僕は悔しいやら情けないやら悲しいやらで、恥ずかしくも涙目だった。そうか・・・・犬でも感情の振れ幅が大きいと涙が出るんだなどとどうでもいい発見をしたりして、気を紛らわす他なかった。
最初は酔った勢いも手伝っての出来心だった。いつも弟に好き勝手洗われるばかりの自分が悔しくて、風呂でひととおり洗ってやったらすぐに元通りに戻してやるつもりだった。けれど、犬となったアルフォンスは、俺の後ばかりを付いてきた幼い頃の姿を彷彿とさせ、なによりその仔犬特有の愛らしさは、俺の普段満たされる事のなかった庇護欲を甚く刺激した。
つまり、俺はすぐにはアルを人の姿に戻さなかったのだ。
兄の俺が不甲斐ないのか、はたまた弟のアルがしっかりしすぎているのか。兎に角いつもアルに面倒を見て貰うばかりの俺は、『世話をする』ということに大きな喜びを見出してしまい、それにすっかり夢中になっていた。
思えば、アルよりも一歳年上の俺の方が、母の温もりをより多く受けているのだ。まだまだ甘えたい年頃に母を失くしたというのに、母の死後瞬く間に笑顔を取り戻した幼い日のアルの心情を鑑みた俺は、今更ながらアルを目一杯甘やかしてやりたいと強く思った。
風呂場では散々抵抗していたアルも、そこで諦観の域に達したのか、その後はほとんどされるがままだった。水滴を滴らせる身体をストーブの前に座った膝の上に乗せ、柔らかいタオルを何枚も使って乾かして金色の毛並みを整えてやる。
その夜は仔犬特有のふわふわした毛並みを胸に抱いて眠りにつき、翌日俺とアルフォンスは研究所を適当な理由で(半ば無理やり)休んだ。
俺は朝から甲斐甲斐しく仔犬のアルフォンスの面倒をみた。もう、夢中といっても良かった。
消化の良さそうな食事と水を手ずから与え、尖った鋭い爪にはヤスリをかけ、パッドに保湿クリームを擦り込み、自分が本を読む時も食事をする時もずっと膝の上に抱いていた。シャワーを浴びる時も、アルをベッドの上に下ろし、せわしなく済ませると急ぎ足で寝室へと戻った。まるで気分は乳飲み子を持つ母親だ。仔犬の姿だというだけで、中身はあのアルフォンスなのに、俺は俄かに湧きだした母性本能らしきものにすっかり翻弄されていた。
ドアを開けると、二つ並べた枕の間に金色の毛皮を埋めている姿が見えて、俺の頬がまた緩む。
しかし、てっきり仔犬らしく可愛い寝姿を見せてくれるのかとベッドに近づいた俺は、その姿を見てガックリ肩を落とした。
「アル・・・・・・なんで勝手に元に戻ってんだよお前、汚ねぇぞ!?」
枕の間にいつもより少し乱れている金の髪を埋め、俺に背を向ける形で耳のあたりまで引っ張り上げた毛布に包まってるから、アルの表情は見えない。しかしすぐに返事を返さない様子から、相当機嫌を損ねてしまっているのだとうかがい知れた。
「大体お前、どうやって錬金術使ったんだよ?」
仔犬の短い前足では両手を合わせる事は不可能だったはず。しかし、床に直接描かれた錬成陣を見たことで合点がいく。
「チョークを口にくわえてコレを描いたのか?」
惜しい!そんな可愛いシーンを見逃すなんて、なんという勿体ない事を・・・・じゃねえよ俺!今は、静かに怒りを燃やしているらしいアルフォンスの機嫌をどうとるかという問題に直面しているのだ。
まさか自分で元に戻ることを想定していなかった俺は、正直慌てた。仔犬の身体に錬成するなんて、アルにとっては無体な所業以外のなにものでもないだろう。しかし目一杯甘やかして慈しんでやれば、実は甘えたがりな部分を持つヤツの事だ。いずれ機嫌を直して犬の姿でも素直に俺に甘えてくるようになるに違いない。そうなってから元に戻すつもりで俺はいたのだ。ところが、この状況だ。
「アルホンス君?どした〜?寝ちゃったのかな〜?ん〜?」
恐る恐る近づきながら声を掛けても、やはり反応がない。俺は急に別の不安にかられた。
「アル?まさか錬成で何かヘマやったわけじゃねぇだろうな!?」
向こうを向いたままのデカイ背中に飛びつき無理やり向きを変えて顔を覗き込んだ俺は、呆気にとられた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・お前・・・・・・・・何赤くなってんだよ・・・・・」
「僕にだって羞恥心はあるんです。いいから、暫く放っておいてくれないかな」
いつだって余裕綽綽の男が、顔どころか耳まで真っ赤に染めて毛布に包まる姿に罪悪感を覚えつつも、俺の胸は正直にも『きゅん』と音を立てた。
「アル・・・・・・・・・・お前・・・・・・お前・・・・・・・・・・」
俺はふつふつとわき上がる衝動に耐えきれず、知らずの内に握りしめていた拳に力を入れた。
「お前っていう奴は・・・・・っなんて、可愛いんだぁ〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッ」
「・・・・・・・・・・ちょ・・・・・・兄さん・・・・・・・・・・何・・・・・・・・・ッ!?」
毛布を剥ぎ取り無理やり仰向かせると、弟の身体を抱きしめながらその胸に顔をぐりぐりと押し付けてやる。
「アル、アル、アルフォンスっ!スッゲー可愛い!兄ちゃんは幸せモンだ!こんな可愛い生き物、今まで見たことねぇよ俺は!もう喰っちまいてぇ!!」
俺の中で嵐のように吹き荒れる激情。これは母性か?父性か?それとももっと別の属性を持つものだろうか。とにかく抑えがたい衝動に突き動かされるまま、俺はまるで狂ったように弟にしがみつき、頬ずりをし、愛の言葉(?)を惜しみなく与え続けた。
弟と俺の体格差だ。その気になれば俺を引き剥がすことなど簡単に出来たはずだけど、弟は黙って俺からの激しい愛情表現に身を委ねていた。
「兄さんさ」
「ん?」
やがて落ち着きを取り戻した俺が胸の上に頭を乗せて余韻に浸っていると、弟の柔らかく静かな声が囁くように言った。胸に触れている耳から直に伝わる声が、くすぐったくて愛おしい。
「犬、飼いたいんだって?兄さんと同じ部署の人が言ってたよ。仔犬を物欲しそうに眺めてたって」
「別に、そんなんじゃねぇ」
「いいのに。兄さんがそんなに飼いたいのなら、僕も一緒に面倒くらいみるよ?」
アルフォンスを犬の姿に変え、片時も離さず甲斐がいしく世話を焼いていた俺を見て、余程犬を飼いたがっているのだと思ったのだろう。
「俺にはもう、デッカくて賢くて最高に可愛い犬がいるからコレ以上はいらねぇよ」
「・・・・・・『カッコイイ』が入ってない」
子供のように口を尖らせる様子に思わず噴き出した俺は、顎にキスをしてやった。
「はいはい。ちゃんとカッコイイから心配すんな」
穏やかな弟の様子に、俺は先ほどまであった『逆襲』に対する警戒心をすっかり綺麗に忘れてしまっていた。けれど、万事「喉元過ぎれば・・・」の俺と違い、弟は一度抱いた感情を継続させる・・・・・悪くいえば、根に持つタイプの人間なのだった。
その日はいつも通り何事もなく人間の姿に戻ったアルフォンスと同じベッドでぐっすりと眠りについた俺だったが、翌朝目覚めると俺を取り巻く状況は最悪を極めていた。
・・・花の香りで目が覚めるなんて、はっきり云って俺の趣味じゃねえんだ!
その日、大抵兄より先に目を覚ます僕はいつもよりさらに早く起き出し、昨夜眠りに就く前に心の中で練っていた計画を実行に移した。
着替えて簡単に身支度を済ませると、日が昇ったばかりの庭の片隅に立つ。目の前には小さな白い花を沢山つけたユキヤナギが一面に広がって、まるでそこだけ雪景色のようだ。少し調子に乗って株を増やし過ぎた為、半分ほどを減らすつもりでいたからコレを利用しようと昨夜の内に決めていた。両手を合わせ、ユキヤナギを望みのものに変えていく。
兄から猛烈な反発があると思い今までは出来ずにいたけれど、今回の仕返しとすればささやか過ぎるくらいだ。僕はこれから始まるだろう素敵な時間に想いを馳せつつ、ひとり笑みをこぼした。
昔から常々思っていたけれど、この人と赤色の組み合わせはなんてしっくりくるのだろう。溜め息が出る程だ。
まだ何も知らずに眠っている兄の横に腰をおろした僕は、飽きることなくその美しい姿に魅入っていた。
部屋中に漂う濃い薔薇の香り。薔薇の色は勿論深紅だ。ユキヤナギから両手ではとても抱えきれない量の薔薇の花を錬成し、それをベッドに敷き詰めたのだ。そしてその上に一糸纏わぬ姿にした兄を横たえ、その両手をそれぞれ深緑色のベルベットのリボンで拘束した。これは言うまでもなく、錬金術を使えなくするために、だ。僕が側にいると、安心感からか兄は滅多な事では起きないから、作業は何ら滞ることなく進められた。
少しだけ開けたカーテンの隙間から差し込む朝の光に輝く兄の金髪が、真っ赤な花弁の海の上に散らばる様は、この世のものとは思えない美しい光景だ。しどけなく横たわる肢体はまるで陶器で出来ているのかと錯覚させる滑らかさで、この白い肌に赤い印を刻みこむ瞬間を思うだけで鳥肌が立つ。
髪の隙間から覗く耳朶や薄く開いた唇、それに小さな乳首と愛すべき兄の分身・・・・・・全てが甘い蜜を内包する果物の様だ。早く味わいたいけれど、まだもう少し見ていたい。目を覚まして欲しくもあり、まだ眠っていて欲しくもあり・・・・・・なんとも甘く幸せな煩悶の時を僕は楽しんでいたのだが、やがて兄は大きく息を吸い込んで身じろぎを始める。
「・・・・・・・・・・・・・んあ?あれ・・・・・・・・・・手、手が動かねぇ・・・・・アル・・・?」
「おはようダーリン。気分は如何?」
起きぬけにいきなり視界を掠める大量の赤と強烈な薔薇の香り、そして拘束されて動けない状態に驚く兄は、まだ自分が全裸である事には気が付いていないようだった。
頬にかかった一房の髪を払った指先で一度唇をなぞってから、まずは柔らかく唇を重ねた。といっても、「おはよう」のキスみたいに生易しいものではない。そうして両方の手のひらを顎から首筋、肩の線、二の腕、胸、脇腹、腰・・・・・・と下げていく。
「ん、んんんっ・・・・・・アル・・・・・ッ!?・・・ふ、う・・・・・・ッ!?」
僕の手が肌を撫でていく感触で、自分が何も着ていない事にようやく気付いた兄が、頭を振って口付けから逃れようと暴れ出した。
「急に暴れないで。歯であなたの口の中を傷つけちゃうでしょう?」
「アル・・・・?何だ?これは一体どういう事だ!?手ェ解けよ!つか、服!!ぎょええええ!!!パンツまで脱がしやがったのか!?俺のパンツ返せ〜〜〜〜〜!!!ムスコが風邪引いちまうだろうがコン畜生!!!」
目が覚めた途端これだ。分かってはいても、このビジュアルと折角のシチュエーションを台無しにする恋人をちょっと恨めしく思った僕だ。
「色気ないなぁ。やっぱり一服盛っておくんだったか。失敗した」
「怖い事、言ってんじゃねぇ・・・・・ンアッ!ひゃう・・・・・止めッ・・・・・アル!遅刻しちま・・・・・・・アアアッ・・・・」
最初から全力で愛撫を施すと、兄は堪らず仰け反りながら髪を振り乱す。色気のないガサツな口とは釣り合わないこの艶っぽさに、僕はクラクラしながらも『アノ声』でさらに兄を煽り立てた。
「・・・・・ふたりとも風邪でもう一日休むと連絡しておいた・・・・・・だから・・・・・ね?一日たっぷり愛し合おう?」
「あ・・・・・あ・・・・・・・・その声使うなぁ・・・・・・!!つか、ホント・・・・・頼むから・・・・止めてくれ!」
「だぁめ」
僕の必殺技は効き目が絶大過ぎだということで『禁じ手』になっていたけれど、構うものか。昨日一昨日のお返しに、思う存分楽しませて貰う気満々の僕は、白い身体の至る所に手のひらと唇と舌で触れて印を刻んでいく。兄はますます激しく身を捩り、切羽詰まった声を上げた。
「アル!!本気で止めろ!俺は毎朝必ずお通じがある快便派なんだ!この紐を解かねぇなら、俺は男らしくここで用を足してやるぞ!!」
「僕は別にそんな趣味はないけど・・・・・・兄さんとなら、一度くらいはそういうプレイもいいかもね?」
平和な朝の住宅街に、兄の悲痛な叫び声が響き渡った。
後悔とは、後からするものなのだ。
そんな当たり前な事を、俺はバスルームで身体を好き勝手にされながらしみじみ思っていた。
散々我慢させられた挙句どうにかトイレで用を足す事を赦された俺は、『あわやスカ●ロプレイ』の危機を脱したもののトイレからそのままバスルームに連行され、そこでさらに弟の本気を見せられた。
「困ったなぁ。お返しに兄さんの肛門腺を絞ってあげたかったのに、人間にはないんだよね、肛門腺。かわりに何処を絞ろうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺が黙っているのは、怒りや羞恥のせいではない。恐怖心の為だ。
その唇から流れ出る口調や表情はあくまでも穏やかなのに、言っている内容はとんでもなくえげつなく、しかも声音は出力全開のエロボイスなのだ。
そりゃあ俺だって、お前を犬の姿に変えて風呂場で肛門腺絞って悪いとは思ったさ!でも、だからってここまで怒ることか!?こんなに怒ったお前を見るのって・・・・・・・・・・もしかしたら生まれて初めてかも知んねぇ。
後ろ手に縛られている為、錬金術でこのピンチを打開するのが不可能な俺は、何の抵抗もできないまま、それはそれは念入りに体の隅々まで洗われた。そして納得いくまで洗い上げた俺をバスタブに浸からせると、その淵に優雅に頬杖をついた弟が、とうとうサディスティックな本性を現し始めた。
「ねぇ・・・どこを絞って欲しい?あ、それとも僕が見ている前で、好きな場所を自分で絞ってみる?フフフッ」
こ・・・・・・怖え・・・・・・!!!!!!湯に浸かってんのに、この背筋が凍る感覚は何事だ!?それでいて『この声音』は否応無くヤバいとこに官能的な刺激を与えてくるから、俺は益々手に負えない状況になってくる。
やがて、じっと恐怖に耐えている俺に、爽やかな笑みを向けた弟がエロい声で言った。
「ああ、いい事思いついた。それじゃあ『肛門腺絞り』のお返しは、『前立腺絞り』でいこうかな。ココを絞ったら何が出て来るんだろう、楽しみだね?兄さん?」
今日が自分の人生が終わる日なのかも知れないと、俺は覚悟を決めた。
「中指を差し込んで・・・・・と」
「ウウ・・・・・・・ッ」
「腹部側に指を曲げて、第一関節のあたりに・・・・・・・・・・・ハイ、見つけた」
「ヒ・・・・・・・・・・ッ!!あ、く、ヤメ・・・・・・・・・!!」
前立腺の位置なんてわざわざ探らなくたって分かってる癖に、わざとらしく実況中継しやがる意地の悪い男は、肛門腺を絞られて赤面していた可愛い弟とはまるで別人だった。
胸糞が悪くなるほどキツイ薔薇の匂いの中、目覚めた時と同じように両手をベッドの両端に括られ身体を拡げられてる俺は、ねっとりと絡み付くような視線を身体中に受けながらただ喘ぐしなかなった。
中に入っている指の動きが止まった隙に、知らずガチガチになっていた全身から力を抜いて酸欠状態だった肺に息を吸い込んだ。こめかみを伝って落ちた生理的な涙で、頬に触れるシーツが濡れて冷たかった。どんだけ泣かされてんだ俺。
最初は抵抗したけれど、それすらも何の意味もなさないとすぐに悟った俺は、今では半ばヤケッパチな心境でこの屈辱的な体勢を取らされていた。大きく広げられた両足。腰の下から背中にかけては枕だかクッションだかを詰め込まれているから、なんつーかもう、全部モロに見られてる状態だ。兄ちゃんにこんな格好させて嬉しそうに目を細めているなんて、俺の弟はとんでもない変態だ。
と、指を挿しこまれてジクジクするそこに冷たい何かを垂らされ、また更に抜き挿しされる。
「ウアアアッ!?あ・・・・・・・・ア、ル!いいか、げんに・・・・・!」
「いい加減に・・・・何?一本じゃ足りないってこと?」
「バカヤロ・・・・・・っ!」
ゾクゾクするような声が耳を刺激するのと同時に、ぬるりと二本目の指が侵入を始めて、俺は更に仰け反り歯を喰いしばって耐えた。涙が、また俺の意思とは関係なしに流れ出る。
「ところでさ、本当のところ前立腺って腸壁越しに指で挟んで絞る事が可能だと思う?」
無理に決まってんだろ!?兄ちゃんの直腸を破壊する気かこの悪魔!!
罵詈雑言を吐いてやりたいのに、喰いしばったままの口からは呻き声しか出ないのが悔しくて、恨みを込めて睨みつければ「そんな色っぽい目でおねだりなんかして」と、まったく見当違いなことをウキウキした声が言う。怒りや羞恥やいろんなものに身悶えしている内にも、中の指がソノ部分を執拗に刺激して、これまたリアルに悶え苦しんだ。
いつもはここばかり責め立てる様な事はしないのに、今日の弟は違った。意図的に他への愛撫を一切せず、ただひたすらその一点だけを、壊れてしまいそうな勢いで弄ってくる。その所為で俺だけが酷く乱れた状態でいるのを、弟の冷静な目が見下ろしていると思うとたまらなく恥ずかしくて、本気で泣きが入りそうだった。
身の毛がよだつ程の猛烈な射精感に襲われても、弟の手が前を締め付けてそれを赦さない。一体いつまでこの地獄のような責苦が続くのか。躰中を痙攣させながらぼんやりと弟の顔を見上げると、そこには思いがけない表情があった。
「・・・・・・・・・あ、・・・・・・・・・・・・・る・・・・・・・・」
眉根を寄せ、目を眇め、引き結んだ唇の隙間からは喰いしばっている歯が見える。
なんでお前がそんな顔してんだよ!?辛いのはコッチだっつーの!!
「駄目だ・・・・・・・」
その溜め息のような苦しげな声が色っぽくて、俺の背がまたゾクリと泡立った。
「“お仕置き”のつもりだったのに、そんなアナタの表情を見せられたら・・・・もう・・・・ッ!」
弟は俺の中からゆっくりと指を引くと、乱れて瞼にかかっていた自分の前髪を雑な仕草でかきあげ・・・・・・俺を、見た。
長い手が頭上に伸びて、俺を拘束していたリボンがするりと解かれた。
逃げる事も忘れて見上げれば、その唇が、吐息のような声を漏らす。
タ マ ラ ナ イ
次の瞬間には、何の前触れもないまま嵐のような弟の猛攻が始まり、俺はただそれに翻弄され、啼き声を上げながら獣のように俺の肉を貪り食らう男の背に爪を立ててしがみ付くことしか出来なかった。
やがて激しく吹き荒れた嵐が過ぎ去り、ようやく俺の耳が外界の音を拾えるようになった頃。部屋に響くのは布が動いて擦れるやわらかい音と、もう毎度お馴染みになっている、激情に流された自分を悔いる可愛い弟の溜め息だ。
「・・・最初から、分かってたんだ」
「・・・・・・・・・・・・?」
その胸に深く抱きしめられたまま、ぽつりと呟く弟の顔をじっと見上げた。
「兄さんが意地悪であんな事したんじゃないって、僕は分かってた。それに僕は、あんな風に兄さんに面倒を見て貰うのが嬉しかったよ。勿論肛門腺絞りは論外だけどね?・・・・でも、幸せだなって、心の底からそう思った。だけど、いつも兄さんに守って貰うばかりなのはせつないよ。どちらか一方だけが守ったり守られたり、僕はそんな関係は嫌だ・・・・・・・ううん。そうじゃないな・・・・・白状すると」
そこで一度言葉を区切った弟は、思い出したように俺の裸の身体にブランケットを掛け、その俺の胸にまるで甘えるように頭を乗せてきた。
「僕は多分、兄さんを守るだけの存在でいたいんだね。それもきっと、子供っぽい競争意識の延長線上でそう思ってる。兄さんは物心ついた時からずっと僕の目標で、越えたいのに決して越えられない山で、憧れで・・・・・・・それが僕は悔しくて、でも誇らしくて・・・・・・」
いつもはどちらかといえば相手の気持ちを引き出すために言葉を紡ぐ弟が、今日は珍しく饒舌に、一人で話し続けている。俺は未だ身の内をチリチリと焼く残り火を持て余しながら、それに耳を傾けた。
「ただひたすら純粋に互いを慈しんで慈しまれて、守り守られて・・・・・・そんな気持ちだけでいられたらいいのに、ごめんね。あなたとの関係にまで勝ち負けを持ちこんでしまう自分がちっぽけで情けないと思うよ。だからこそ、僕は一生かかってもあなたには敵わないんだろうな。僕がどんなに足掻いたところで、結局兄さんに勝てる部分なんて身体の大きさくらいなもの・・・・」
「だ〜れ〜がアニキのクセに弟のお前よりもちっこくて可愛いマイスウィートエンジェルか!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・それを自分で言っちゃうんだ・・・・・」
「うるせぇ!ごちゃごちゃ御託並べてねぇで、この趣味の悪いリボンと花弁どもをとっとと片づけやがれ!!」
「言っておくけど、僕の趣味は良いんだよ?兄さんの奇天烈な感覚がそうと感じ取れないだけなんだからね」
そんな減らず口をたたきながら、赤く拘束の痕がついた両手首に唇を寄せている馬鹿で可愛い男を、ぎゅっと両腕で抱きしめた。弟は時折鬼畜紛いな行動にでるものの、いつもその行いを反芻しては一人勝手に考え込み、結局はこうして自ら俺に許しを乞うのだ。しかしながら弟は例え理性をなくそうとも、本能的なブレーキがかかるらしく本当に俺の身体に傷をつける事だけはしない。俺は弟のこんな部分も、とても愛しているのだった。
「俺らさ、年子じゃん」
「え?」
「同性で年も境遇も似通った者同士が四六時中ひっついてれば、そりゃ互いを比較しちまう意識が生まれるのは必然じゃね?俺だって事あるごとにお前にだけは負けちゃいけねぇって、これでも結構必死なんだぜ」
「嘘・・・・・」
「ホントだって」
俺のそんな内情を考えてもいなかったのか、目を丸くするその表情がまた可愛くて、俺は仔犬のアルフォンスにしたように頬ずりをして抱きしめながら頭を撫でまわした。
アルフォンスは、俺の事を必要以上に神聖視している節がある。俺にしてみれば、自分よりも腕っ節が強く、思慮深く人望もあり、優しさと忍耐強さを十二分に兼ね揃えたこいつの方が余程良く出来た立派な人間だと思えるくらいだ。それでも幼い頃の力関係をそのまま引きずって、大人になった今でさえ変わることなく羨望の眼差しを注いでくる弟が、俺は可愛くて仕方がなかった。やっぱりお前、犬みたいなやつだよアルフォンス。
「まあ、頑張って兄ちゃんを越えてみな?それに俺だっていつまでもお前の下でヤられるばっかじゃねぇぞ。その内ベッドでお前をアンアン言わせてやるぜ!」
「・・・・・・・僕がアンアン言う前に、兄さんが昇天しちゃうと思うけど」
俺の腕の中で不敵に笑う弟は、いつものペースを取り戻しつつあるようだった。まったく、物事を必要以上に小難しく考え過ぎなんだよ、この男は。俺とお前は兄弟で恋人で、何につけても最高の相棒だろ?愛し愛されて、甘やかしたり時にはその逆だったり。それなのに永遠のライバルだなんて、これ以上の関係なんて他にないと俺は思うのに。
俺はらしくもなく本能に任せて、上に覆いかぶさっていた弟の腰に両足を絡み付けて引き寄せ、腰を摺り寄せてやった。これでうろたえれば俺の勝ち。今度こそ、イニシアチブは頂きだ。
さあ、お前はどう出る?
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