頑張れ!グレートあるほんすJr. 2
最近のアルフォンスは相当煮詰まっているようだ。 原因は、言わずと知れている。そう、いわゆる欲求不満ってヤツ?
そもそもこんな事態に陥った発端は、弟の要らぬ提案にある。『OKのサインを決めよう』だなどと余計な事を言い出すから、俺もこの機に乗じて以前から気になっていた小道具を取り入れられないかと考えてしまったのだ。 件の鼻眼鏡には、どういうわけかエンドルフィンの分泌を促進する効力があり、『ヤろーぜ』のサインとしてはおあつらえ向きのアイテムだと俺的には考えていた。ところが如何せん、弟にとってはそうではなかったらしい。そればかりか逆にストッパーの効力の方が絶大過ぎたらしく、あのあるほんすJr.が覇気を失うはめに陥った。その後リベンジと称して果敢にチャレンジしてきた弟とそのJr.だったが、ことごとく鼻眼鏡の前に敗れ去った。ああ、情けない!兄ちゃんは情けないぞアルホンス!!お前のJr.は、多少の趣味の違いごときでそうも簡単に頭を垂れるのか!?
「兄さん。アナタは夜の営みをどう心得ているのかな?」
二人並んで夕食の準備をしている最中、フライパンを片手に持った弟は、まるで「このチキンのソテーにはどんなソースが合うかな?」みたいな口調で場違いな質問をしてきた。俺は手にしていた玉葱をあやうく取り落としそうになった。
「な・・・・・・おま・・・・・・何、急に?」
手を止めて弟を凝視している俺にチラリと涼しげな視線を送ると、実に鮮やかな手さばきで二つの皿に焼きあがったチキンと付け合せの野菜を盛り付けながら、さらに言う。
「僕は思うんだ。もしかして兄さんは、仮装大会と勘違いしてるんじゃないかって。まあね、いつもと違うシチュエーションを演出するというのはとても良い試みだと思う。でもなんだか・・・・・・段々路線が妙な方向に行っている気が・・・ううん!確実に妙な方向に暴走し始めているよね」
俺が口を挟む隙さえ与えずに語り続ける弟はメインの皿を完成させると、今度は俺の手から玉葱を取り上げ、器用な動きで茶色い薄皮をぺりぺりと剥きはじめた。
「どんなに愛し合っている者同士でも別々の人間である以上、お互いの趣味嗜好が完全に一致することはないよ。それは仕方の無いことだ。でも、だからこそ、歩み寄りの姿勢は大切だよね。そうは思わない?」
そう溜息混じりに言いながら、見事な包丁さばきで瞬く間に玉葱を薄くスライスしている弟の横顔はどこか悲しげで、何となく気の毒な気持ちにさせられた俺は、今までのコスプレ歴を振り返ってみた。
「最初は・・・・・・確かお前の誕生日に、メイド服を着たんだっけなぁ」
氷を入れたボウルから冷えたレタスを取り出しながら、俺は記憶を手繰った。
「可愛かったよねぇあれは」
「アレのどこがイイのか、俺は未だにワカランけどな」
「僕が分からないのは、兄さんが僕にまでメイド服を着せるという奇抜な発想にどうやって行き着いたのかという事だよ。・・・・そうそう、それで兄さんがコスプレ好きなのかと思って、軽いノリでタキシードとウエディングドレスを用意したこともあったよね。兄さん、僕のウエディングドレス姿に引いてたケド」
「俺、布が多いとどうも燃えねぇ。やっぱり筋肉がムキッと出てるのがいい・・・・」
言いながらアルフォンスの裸エプロン姿を思い出した俺は、自分の頬が熱くなるのを感じた。ヤベェ、ドキドキしてきちまった。照れ隠しにぞんざいな手つきでレタスを千切って、サラダボウルに放り込み、スライスされた玉葱をバサっと乗せた。料理というよりまるで餌だ。
「また・・・・・そんな色っぽい顔しないでくれない?」
困った表情を作りながらもフッと笑いを零した弟は、カットしたレモンにグラスの縁を押し付けてくるりと回し、そのグラスを皿に広げた塩の上に触れさせてから長い指先でピンと弾いた。 その流れるような優雅な手つきを横目に見ながら、戸棚からウォッカのビンを取り出し弟に手渡してやる。
ソルティードッグは、最近のアルフォンスのお気に入りだ。3日に一度は夕食のテーブルの脇に置き、旨そうに飲んでいる。アルコールが苦手な俺は勿論見ているだけだが、今日はスノースタイルにしたグラスが二つ用意されていた。
「たまにはいいでしょ?兄さんのはアルコール少な目にしとくから」
俺と目を合わせ、ひょいと肩をすくめてウィンクなんか寄越しながら酒を造る様子は、どこから見ても立派なタラシ野郎だ。そのタラシ野郎にうっかり見蕩れてしまった俺は、悔し紛れに弟の耳元に唇を寄せて囁いてやった。
「俺を酔わせて・・・・お前、どうするつもり?」
途端に喉を鳴らす色男から素早く身を離して、出来上がった料理をさっさとテーブルに運んだ。チラリと見るとタラシ野郎は可愛いことに袖口で額の汗を拭ったりなんかしているから、俺は噴出してしまった。とんでもなくイイ男で普段はイヤミなくらい冷静なクセに、時々こんな風にドギマギする姿が堪らなく可愛い弟。してやったりとすっかり上機嫌になり、弟の話が途中でそれてしまった事にも気付かぬまま鼻歌など歌いながら料理の皿を並べていた俺は、迂闊にも油断していた。だからこの後手痛い報復を受ける事など、まったく想像すらしていなかった。
その一時間後。すっかりいい気分になった俺は、ウオッカのビンとグレープフルーツジュースのビンの間に顎を置き、テーブルに体重を預けながらアルフォンスがひとり夕食の後片付けをする姿をぼんやりと眺めていた。
「ああ・・・・・・・・ヤバ・・・・・・・酔った・・・・・・」
酒に酔った俺は、自分で言うのもなんだが、ハッキリ言ってヤバイ。普段抑制しているつもりはないけれど、まるで箍が外れたようになってしまうのだ。つまり・・・・・・アッチの話。
弟は、もう3週間以上禁欲状態の餓えた狼で、このままでは俺は美味しく骨までしゃぶり尽くされる事は必至だ。酔った俺は、きっともう間もなく理性が飛ぶだろう。そうなったら一体誰が俺の身体を守ってくれるのだろうか?こんな餓えた状態のヤツの前に理性をなくした俺なんか転がしてみろ。ヘタすりゃ1週間の自宅療養なんて事になりかねん。つか、確実になる・・・・・・・!!
「だめ・・・・・・だ・・・・・・・・ヤバすぎる・・・・・!」
理性があるうちに安全な場所に逃げなければ、とズルズル椅子から降りた俺は、床に這いつくばりながら階段を目指した。書斎に逃げ込んで鍵をかけてしまえば、きっと弟も無理に手を出すことはしないはずだ。頑張れ俺!
しかし無情にもダイニングから出ることも出来ないまま、腰に手を回されてヒョイと横抱きにされてしまった。
「アル・・・・・・・マジで・・・・・今日は勘弁してくれよ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
無言のまま階段を上っていく弟の腕の中で、俺は逃げようにも逃げられず取り合えず懇願した。しかし弟は階段を登りきると真っ直ぐ俺の部屋へと歩を進め、ひたすらベッドへ一直線だった。
首筋がぞわぞわするくらい優しい仕草でベッドに下ろされ、唇とか瞼とか顎とか・・・・・そこら中にキスを落とされる頃には、俺の意識もぼんやりとしていた。ヤバイ。気持ちよすぎる・・・・・。
「ゴメンね。でも、兄さんもいけないんだよ?『酔わせてどうするつもり?』だなんて・・・そんな挑発するもんじゃない。お陰でいけないと思いつつ、本当に酔わせちゃったでしょ」
きらりと光る目に見下ろされて、俺の背筋にぞくりと何かが走った。よく言うぜ、計画的だったクセに!
「アル・・・・・どうしてもヤんのか?明日じゃダメか?」
「ダメ。今、欲しい」
力の入らない身体に優しく圧し掛かられて、たったそれだけで俺の奥からヤバイ気配がざわざわせり上がってくる。この後与えられるだろう目も眩むような快楽を思い、勝手に温度を上げる俺の身体の変化を敏感に感じ取った弟は、嬉しそうに笑みを零した。
「い・・・・・一回だけで終わりにしてくれ・・・」
「無茶言わないで」
どっちが無茶だ!!てめぇ一体何発ヤるつもりでいやがるコノヤロ〜ッ!!!頭の中でそう叫ぶのに、俺の身体はまったく抵抗せずに弟の手の侵略を赦してしまっている。もはや万事休すか――――――――――――!?
「兄さん・・・・・・・・・ソレは、何?」
「え・・・・・・『ヤろーぜ』のサイン・・・・・・?」
しまい忘れていた俺のラブリーアイテムが、運よく丁度手の届く位置にあり、俺はすかさずソレを装着したのだ。ええ〜い!止まれ止まれ〜い!これが目にはいらぬか!!
やはり流石鼻眼鏡様。弟の動きがぴたりと止まり、俺は気だるい身体を何とか動かし辛くも脱出に成功した。いつの間にか肌蹴られていた上着の前をかき合せながら弟を見やれば、拳を握り何かブツブツと一人呪文のようなものを唱えていた。放出されずに溜まりに溜まったアレが、とうとう脳にまわってしまったのだろうか?
「あ・・・・・・あるほんす君?お〜い、正気を保て?」
恐る恐る近寄り覗きこめば、気迫溢れる男臭い顔をした弟が小声で叱咤激励していた。自分自身を。
「頑張れ!ガッツだ!グレートあるほんすJr.!!お前は出来る!お前はやれる!」
『グレート』って自分で言うかフツー・・・・・・・。しかし、セルフマインドコントロールをする必死な姿を見ているうちに、俺まで一緒になって応援したい気持ちになってしまった。きっと酔いが回った所為だろうが。
「頑張れ!立て!立つんだジュニア!お前はやれば出来る奴だろう?俺は信じてるぞ!ガッツを見せろ!!」
何時しか、弟の上に馬乗りになりジュニアに向かって激をとばす鼻眼鏡の俺がいた。アルフォンス(本体)といえば、その俺の様子を悲愴な面持ちで見下ろしていた。
「何だかさ・・・・・・どうしていつも僕と兄さんって、神聖なはずの愛の営みがコメディチックになっちゃうんだろうね?流石の僕も落ち込んできたよ・・・・」
そう言って項垂れるデカイ肩をよしよしと擦る俺には、もう殆ど理性が残っていなかった。明日になればきっと、前日の自分を呪うだろう事など最早頭には無く、ただただ弟を慰めたいが為にとうとう俺は捨て身の行動に出てしまうのだった。
「仕方ねぇなあ。兄ちゃんがジュニアのスイッチ入れてやるから落ち込むなよ?ほれ」
そう言った俺は、弟の前を寛げてさり気なく取り出したジュニアに、ちゅっとキスをお見舞いしてやった。
――――――――――――――――― 俺は、アホだ。
その後俺がどんな目にあわされたかなんて、とてもじゃないが言いたくないし思い出したくもない・・・・・・・・畜生。
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