ある男の欲望2

 

 

 

 





 アルフォンスのゴリ押しに負けるような形で始まった共同生活は、大袈裟でなく極楽のようだった。居心地が良すぎて逆に不安になる程だ。
 アルフォンスはこんな俺を、くすぐったくなるくらいいつでも全力で大事にしてくれる。今はもう父親の私設秘書のポストから退き、表向きには学生業に専念しているとはいえ、卒論の合間を縫って選挙コンサルティングの会社を立ち上げる準備に奔走しているらしい。それなのに、新社会人として朝から晩までボロボロになるまでしごかれて帰宅する俺を、過剰なまでにバックアップしてくれる。疲労困憊なのはアルフォンスだって同じだろうに、そんな素振りを見せた事なんて一度もない。今日だってそうだ。帰宅すれば、コートを脱ぎ終わる間もなくアルフォンスが駆け寄ってきて、そのまま優しく抱きあげられて風呂場に運ばれ、まるで産まれたての赤ん坊を扱うみたいに大事に洗われた。
 大切にされて嫌な気持ちになる人間なんていない。俺だってそうだ。いや、むしろアルフォンスになら、多少無体な仕打ちをされたって構わないとすら思ってる。それなのに、アルフォンスは俺を国宝級の骨とう品みたいに扱う。
 大切にされる事は、それは嬉しい。でも今の状況は、あまりにも真綿で何重にも包まれ過ぎて、アルフォンスの気持ちが遠いところにあるように思えて、贅沢だと言われてしまえばそれまでなのだが、俺は少しだけ寂しかった。


 俺はちょっと前まで、厄介な心のビョーキってやつに悩まされていた。心療科の医師であるアルフォンスの姉―――俺はオリヴィエ姉さんと呼んでいる――によれば、俺という人間は無自覚ながらかなりの潔癖な気質の持ち主で、そこに幼い頃から異常なほど強烈な性の現実を目の当たりにしてきた為、本来自然に生じる筈の性への興味を逆に抑え込んだままで成長してしまった。それによって嫌悪感だけが増長し、次第に嫌悪感が恐怖心へとすり替わった結果、性的なものを連想させる他者との触れ合いに過剰な反応を示すまでになった・・・・との事らしい。
 この症状は年々悪化するばかりで、俺は将来自分に恋人と呼べる相手が出来る事も、たとえ出来たとしてもその相手と性行為をするなんてとても無理だと思っていた。そして、それを辛いと思う事もなかった。
 そんな人間の出来そこないみたいな俺がアルフォンスと出逢い、アルフォンスは他にいくらでも良い相手が居るに違いないのに、なりふり構わず俺を求めてくれた。

 こんなナリをしている所為か、俺は結構色々な人間から言い寄られるのには慣れっこだった。でも誰も彼もが邪な穢れた心で近づいてくるように感じる事しか出来ない俺だったから、それらを頑なに拒否し続けてきた。それなのに、アルフォンスだけは違った。
 アルフォンスも俺とはまた別に、人としてあるべき感情を持たない自分をどうする事も出来ず、長い間苦しんでいた。だからなのかは分からないが、アルフォンスは、これまで誰も触れる事の無かった俺の心の奥底にある何かに触れ、俺という人間を根底から変化させた。例えるならそれは、誰もが当たり前に持って生まれるべきパーツを母親の胎内に落として不完全なまま生きていた俺を、再び胎内に取り込んで生み直して貰ったような、そんな感覚だ。
 何故か偶然にもあいつもまた同じような事を俺に言った。

『僕は生きたままで、エドにもう一度産んでもらったんだ』――――と。

 そう言っては俺を大切に大切に慈しんでくれるアルフォンスだから、ただでさえ惚れてしまっている俺が益々どうしようもないまでに奴を求めるようになるのは当然だ。
 でもアルフォンスは俺を大切にするばかりで、ちゃんと触れようとしてこない。俺はもう、アルフォンスとならどんなふうに触れ合っても何をされても大丈夫なのに、アルフォンスの方が慎重になりすぎているようだった。
 俺に少しでも余裕があればこっちから誘ってやる事だってアリなんだろうが、如何せん。俺は自分で言うのも恥ずかしいくらいな経験不足で、誰かと想いを通わせあった経験がないのは勿論、キスすらアルフォンスが初めての相手だったから、拒まずに何とか受け入れる事なら出来たかも知れないが此方からアクションを起こすなんてのは到底無理だった。

 帰宅直後の俺を毎日、まるで馬鹿の一つ覚えのように風呂場へと連れて行くアルフォンスが、実は入浴中結構ヤバい状態になってるのに気付いてしまったのは一度や二度ではない。でもアルフォンスはそんな窮状をおくびにも出さず、ここでもまたひたすら俺を甘やかす。
 さっさと手を出しちまえばいいのに、小難しい顔で俺から目を逸らして自分の身体を洗い終えると、またふわふわと幸せそうな笑顔で俺に話しかけてきたりする。

 ―――――我慢なんかしてんじゃねぇよ、馬鹿。

 口に出来ない文句を胸の内で呟くだけの、自分の方こそが意気地なしだった。そんな情けない俺だけど、これでも何度かアルフォンスにソレを持ちかけようと挑戦する直前までは行ったのだ。でも、その直前でいつも固まってしまう。
 アルフォンスのやたら清潔そうなスッキリした項とか、笑うと可愛い垂れ目になるのに真顔でいると切れ長で精悍な表情も見せる凛々しい横顔だとか、怠惰とは無縁の引き締まった体つきとか・・・・・・・そんなものたちが目に入ると、自分が今抱えているドロドロとした熱がとんでもなくはしたなく恥ずかしい事のように思えてしまい、どうにも動けなくなる。
 あの日の病室でたった一度だけ俺の身体に欲情した顔を見せたアルフォンスだけど、所詮俺は女のような柔らかさも受け入れてやる器官さえ持たない身体のれっきとした男な訳で。もしかしたらアルフォンスの中にある俺に対する好意というのは、肉体的な繋がりを含めるような類のものではなかったんじゃないか・・・・そんなふうにも考えられて、一度考えると次第にそうとしか思えなくなってしまい、俺はそこから先に進むどころか逆にアルフォンスとの距離が下手に近付き過ぎないようビクビクする羽目に陥った。

 もしかして。
 心臓をひやりと撫ぜるような仮定に、ゾッとした。

 アルフォンスが俺に、俺がアルフォンスに、それぞれが求める繋がりの種類がそもそも違ったのではないか・・・・・?

 アルフォンスは誰の中にも自然にある筈の感情を、自分の中にみつけられずに過ごしてきた。しかし何の手違いか、俺と接したのをきっかけにその感情を表出させる事が出来るようになった。
 今のアルフォンスはいわば、生まれたての赤ん坊と同じだ。
 生れて初めて触れる心地良いと思える対象を無条件に愛し、それを本能的に求める。例えるなら・・・・・・・まるで殻を破って孵化したばかりのひよこのように、ただ偶々その時自分の前にいた俺という存在を求めている。それこそ、盲目的に。
 そんな状態ならなおの事、その身に生じる全ての欲求と感情をごちゃまぜに結び付けてしまうのも仕方ないのではないか。アルフォンスが時々苦しそうな顔をするのは、俺に向ける想いと俺から向けられる想いとの相違に気付いたのに、俺を傷つけたくないが為一人思い悩んでいるからではないのか。

 一度頭の端っこで生まれた疑念は日を追うごとに俺の心の中で占めるスペースを拡大して、やがて確信へと変わっていった。

 俺の態度がどこか不自然だからなのか、あるいは俺との関係を見直し始めたアルフォンスが意図的に俺との距離を取ろうとしているからなのか、やがて二人の間に居心地の悪い空気の層が現れ出した。それは手をこまねいている間にもどんどん厚みを増していき、もうこれ以上は取り返しがつかないという局面にまで達した。
 憎らしくなるくらい平然と笑顔を取り繕うアルフォンスを、どうにもしてやれない自分。そんな俺を見たアルフォンスが更に優しく恐々と接してくる。

 ―――――もう、駄目だ。俺たちはこのまま二人でいたら、きっと互いに悪い方向へしか道を見出せない。
 これ以上の関係性の悪化を回避する為に、決断は急を要した。
 俺はアルフォンスに何の相談もしないまま、職場近くに手頃なワンルームマンションを見つけるとさっさと契約を済ませた。アルフォンスにその報告が出来たのは、部屋を移ると決めた日の僅か6日前だった。




 最後に部屋を出る時わざと何食わぬ顔を取り繕ってしまう自分は棚に上げ、俺を見送ったアルフォンスの笑顔に傷ついてるなんて・・・・・俺は本当に意気地無しで自分勝手でどうしようもないヤツだ。
 15階建てのマンションの最上階からエレベーターを使わずわざわざ階段で降りたのは、ここから離れる事を先延ばしにしたかったから。

 14階、13階・・・・・12・・・・一歩一歩階段を降りながら、もしかしたらアルフォンスが追いかけてくるんじゃないかなんて女々しい期待を全力で打ち消した。
 
 ―――悲しむ必要なんてない。これでアルフォンスとの絆が切れてしまう訳ではないのだから。ただ、他の誰よりも近くに寄り添い合いながら、ひとつの道を二人一緒に歩くのをやめるだけだ。
 
 そう自分を納得させながら10階まで降りたところで、ずっと下の階から誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえた。二段、時には三段抜かしで全力疾走のままどんどん上へ昇ってくる音に、そんなに急いでいるのなら何故エレベーターを使わないのかと首を傾げる。その足音の主は、8階と7階の途中で俯いたままの俺とすれ違った――――と、思う間もなくぶつかりながら全身を抑え込まれた。
 俺の五感が一番強烈にとらえたのは、自分を抑えつけているものから立ちのぼる熱気と同時に広がる匂いだった。それは、俺を幸せにする匂いだ。アルフォンスの・・・・匂いだ。
 どうやらアルフォンスは、エレベーターで1階まで降りた後、俺が階段を使っている事に思い至り、慌てて駆けあがってきたらしい。

 なぜアルフォンスが、何の為に俺を追いかけてきたのか。
 そう思う間もなく、階段でいきなり体当たりのように抱きしめられてバランスを崩した俺の身体は一度抱きあげられ、踊り場まで運ばれた。そこで改めて俺の身体にギュウと抱きつくのを許してしまえば、後はもう俺の弱点を鷲掴みにする仔犬モードにスイッチが入ったアルフォンスの独擅場だった。

「行くなエド!お願いだから、行かないで・・・・・!僕を一人にしないで!捨てちゃ嫌だよ!エドの気に入らないところは全部直すから、今すぐに全部直すから、だから戻って!何でもする・・・・何だってするから、お願い!!」

「アル!?ちょ・・・・落ち着け・・・・っ」

 打ちっぱなしのコンクリートの床や壁や天井にぶつかってどこまでの響き渡っているだろう俺たちの声は、近隣住民にとって騒音公害も甚だしい。慌ててアルフォンスを黙らせようとするも、奴は既に感情のブレーキペダルそのものを捩じ折って遥か彼方に放り投げていた。
 すっかり我を失って俺に取り縋るアルフォンスをどうにかして宥めようと揉み合う内、突然アルフォンスの動きが止まった。その直前に『プチッ』という鼻緒が切れたような音を聞いたのは、気のせいだろうか・・・・・・。
 獣のような息遣いに顔を上げれば、切羽詰まった表情のアルフォンスが食い入るように・・・・・・というか、まるで捕って喰うといわんばかりの様相で俺を見下ろしていた。

「アル・・・・?お・・・・お、まえ・・・・目が血走ってるぞ・・・・・どうし・・・た・・・?」

 反射的に生唾を飲み込む俺の目前で、アルフォンスはみるみる豹変した。雨に濡れ、衰弱し、今すぐにでも動物病院に連れて行ってブドウ糖の点滴を受けなければ死んでしまうような瀕死の仔犬から、豹変した。

 ――――生存競争の過酷なサバンナにあって最強を誇る、それも、餓えに飢えた目をした肉食獣に。

「うあ・・・っちょ・・・・!アル、馬鹿!降ろせ!」

「嫌だ。だって降ろしたら逃げるでしょ、エド。もうエドが何と言うおうと絶対に逃がさないって今決めたから、降ろしてあげない」

 セリフは駄々っ子そのものなのに、それを言う声がいつもより低くてやたら男臭く、有無を言わせぬ強引さはいつも俺の顔色を窺って自分を抑えていた優しいだけのアルフォンスとは全く違う。俺があたふたしている間にも、アルフォンスは俺を抱きあげたまま階段を二段抜かしでガンガン昇り、あっという間に住み慣れた部屋に辿りついてしまった。
 ドアを閉めると同時に、またしてもアルフォンスが我武者羅にしがみついて来るから、俺は何もさせてもらえない。仕方ないのでアルフォンスが落ち着くまで好きにさせてやることにする。
 俺の首筋に顔をうずめているアルフォンスが、フーフーと動物みたいな荒い呼吸を繰り返すのを聞きながら、唯一動かせた左手で湯気が出ていそうな頭を撫でてやれば、途端にせり上がる愛おしい気持ちに胸がギュウとなる。
 どうしよう。こんなにもコイツが好きだなんて――――。離れて暮らすなんて、考えただけでも死んでしまいそうなのに。
 こんな二進も三進もいかない現状と自分の心に、どうやって折り合いをつけろというのか。
 途方に暮れていると、アルフォンスが嗚咽のような声を絞り出した。

「・・・・・エド・・・・・・ゴメンね・・・・・もう少ししたら、落ちつくから・・・・・多分。だから、僕を刺激しないで・・・・大丈夫だから、僕は絶対に君を怖がらせたりなんてしない・・・・!だから、このままで居て」

「・・・・・アル・・・・?」

 ふと、下腹部に何かがあたる感触に気付いた俺は、ようやくアルフォンスが何に耐えているのかを知った。

「ごめんね・・・・大丈夫だよ。何もしない・・・・しないから・・・」
 
 自分の状態を悟られたと知っても、アルフォンスは俺を離さなかった。ただじっと俺の肩に顔をうずめて、浅く呼吸を繰り返している。苦しそうに。



 俺は、肝心な事を見過ごしてきたのではないだろうか。
 コイツが時々風呂場でヤバい状態になっていた事とか、特に夜、俺との物理的な距離をとろうとしていた事、強引にスキンシップを求めておきながらも本当に俺が嫌がる行為なんて一度だってしなかった事、さっきのように飢えた獣みたいに一瞬豹変しても、いつでもすぐに優しいだけのアルフォンスに戻る事・・・・思い当たる節は数えきれない。

 いつの間にか、アルフォンスと自分の気持ちが同質のものでないと勝手に結論付けてしまっていたけれど、そうではなく、これこそが二人の間に横たわる歪みの原因ではなかっただろうか。

 あまりに簡単過ぎる答えに、逆に確証が持てない程だ。でも、多分これは間違っていない。
 アルフォンスは、まだ俺が他者との性的な接触に怯えているのだと思い込んでいて、自分の中にある欲求を、恐ろしく強靭な理性によって抑えつけていた。それなのに俺は、アルフォンスの恐々と距離をおこうとする自分への接し方をまったく違う意味にとって、見当違いな行動をしてアルフォンスを傷つけた。
 俺は同じ部屋で寝起きしておきながら、自分のことばかりで余裕を失くし、アルフォンスにちゃんと目を向けていなかった。アルフォンスはいつでも俺を大事にしようと、そればかり考えていたのに。

 いつまでもウジウジと細かい事に拘ったり怯えている場合ではない。またもしこれが勘違いだったとしても、アルフォンスが俺を大事に想い、同じように求めてくれているというのなら、何も恐れる事なんてない。俺が下手に恥ずかしがったりするから、奴がそれを怯えているのだと曲解して上手くいかないのだ。
 俺は、今までしつこく居座っていた羞恥心という邪魔なものをきっぱり捨て去る事にした。
 『もしこれでアルフォンスに軽蔑されたら・・・・』なんていう後ろ向きな考えを無理矢理打ち消し、いまだ俺の身体を締め付けて放さない身体を渾身の力で突き飛ばした。

 「・・・・・・エド・・・・・っ!?・・ごめ・・・・・」

 玄関の上り口に尻もちを付く様な格好になったアルフォンスが、愕然とした顔で俺を見た。その顔は瞬く間に悲しみに歪む。

「そんなに、僕が嫌だった・・・・?ごめんね、もう・・・・しないから、だから一緒に居・・・」

「馬鹿野郎・・・・・・ッ!」

 無理矢理笑顔を作ろうとするアルフォンスが憎らしくなるほど愛おし過ぎて、みなまで言わさず馬乗りになるとぶつかるように乱暴なキスをした。ぶつかった唇が歯に当たり、どちらのものか分からない血の味がする、色気なんてまったくない喧嘩みたいなキスだった。
 最初は茫然としてされるがままだったアルフォンスが、やがて遠慮がちに応えてくれるのに勇気を得た俺は、いきなりアルフォンスの昂ぶりに手を這わせた。我ながら手順を誤ったと思う。アルフォンスはまるでコントのように大袈裟に全身で飛び上がり、可哀想になるくらいうろたえた。
 
「どどどどどどうしたのエドッ!?」

 尻で後ろにずり下がるのに、俺も負けじと追いかけて逃がさない。今ここで逃がしたら元も子もない。アルフォンスを全部喰らい尽くして自分のものにしておかなければ――――俺らしからぬ獣じみた衝動に身を任せ、ひたすらアルフォンスを求めた。

「逃げんな!俺とセックスすんのが嫌じゃないなら、大人しくしてろ!」

「ええええええええええエド!?ななななな何言っ・・・・?お、落ちついて!落ちつこう、エド!早まっちゃ駄目だ!」

「うるせぇ黙れ!こんな時に落ち着いてなんかいられるか!お前が俺相手に勃つって言うなら、こっちだって遠慮なんかしねぇんだ!」

 我ながらなんてあけすけなもの言いだと呆れるも、もう俺は止まれない。止まらないと・・・・・決めた。
 俺が躊躇する所為でアルフォンスが俺に触れるのを怖がって、触れられずに苦しむというのなら、俺が羞恥心なんてつまらない枷を外してしまえばいいのだ。アルフォンスを苦しめたり、下手して失うなんて破目になる事を思えば、怖いものなんて何もない。

「お前、俺をどうしたいんだよ?一緒の部屋に住んで、毎日一緒に風呂入って、飯食って、テレビ観て笑って・・・・・・それで終わりか?それで満足なのかよ?俺はそんなのじゃ全然足りねぇんだよ!もっと俺に触れよ・・・・触って、俺を滅茶苦茶にしろよ!」

「うわ~ッ!まままま待って!そんな僕を煽らないで!そんな事言って、どうなるか分かってるのエド!今でさえギリギリなんだよ、もうこれ以上我慢できないんだよ。頼むから・・・・そんな無理しないでいい。僕は君に酷い事したくない・・・・」

 とうとう俺に押し倒されたアルフォンスは、仰向けのまま顔の前で交差した腕で表情を隠した。
 なんて頑なさだろう。まるで数年前の自分を見ているようだ。どうやったら、俺がアルフォンスを本当に欲しがっているのかを分からせてやる事ができるのか。俺がセックスを拒絶しているままの昔の俺とは違うんだと、どう教えればいいのだろう。

「病室で・・・・・・の時、俺、怖がってたか?そりゃ初めてだからビクってたかも知んねぇけど、俺は嬉しかったんだぞ。そんなのも、見てて分かんねぇのかお前?」

「だって、あの時のエドは僕の意識が戻った事が嬉しくてきっと普通じゃなかったよ。そのどさくさに、僕が巧妙に誘導したというか・・・・・後になって冷静になって考えると反省するべきだったとか・・・・また三年前みたいに勢いでエドに酷い事しちゃいそうとか思うと、恐ろしいんだ」

 押し倒したうえ馬乗りになり、この俺が相当露骨に誘っているにもかかわらず、この期に及んでまだ尻込みする男を見下ろせば、もうため息しか出ない。
 この頑固さは全て、俺を傷つけたくない、失いたくないという気持ちがあればこそなのだ。もう呆れるのを通り越して可愛いとしか思えない。

「お前の言う『酷い事』ってのは、もう今の俺には『嬉しい事』なんだって、どうしてお前分からないかな。お前が俺をそういう風に変えたんだぞ?人並に性欲だってある、普通の人間だ。なぁ、怖がるなよ。俺はお前としたい。大事なのはそこだろ。お前はどうしたいんだよ?もしお前が俺にそれを求めてないなら、そんなお前と一緒に居るのは俺が辛いから、出てく。そうじゃなくてお前も本当に俺が欲しいと思ってくれてるなら、覚悟決めろ。今すぐに、だ」

「無理しないで」

「無理なんか言うか!」

「エドだったら、僕の為に無理してでも『したい』って言うよ」

「・・・・・・・・・・確かに。もし本当に死ぬほどしたくなくても、お前がしたいっつーなら言うだろうな、俺は。でもな・・・」

「でしょう・・・・・・・・・・・・だから・・・・だから・・・・・僕はエドと毎日一緒にお風呂に入っても、毎晩一緒にひとつのベッドで身を寄せ合って眠っても、一生手を出さないよ!」

 結局ここに戻ってくるアルフォンスの臆病さは、三年前の決別の時、思い余って俺をどうにかしようと暴走しかけた事が相当トラウマになっているから。しかしとはいえ、俺も気の長い方ではないからそろそろ限界だった。

「出せよ馬鹿!」

「出さないよ!エドは知らないんだ。僕がエドに対して持ってる欲の怖さを。それでエドに嫌われたら、僕はどうやって生きていけばいいの!?」

 どこまでも分かろうとしないアルフォンスに、とうとう俺はキレた。

「じゃあ力ずくでもやってやる!」

 後先の事とか羞恥心とか、常識的な理念は全て俺の頭から消えていた。
 脱いだダウンジャケットを後ろに放り投げた手で、そのままタートルネックのセーターをたくしあげて首を抜く。上半身をあらわにした俺から目を逸らすアルフォンスの右手を取り、引こうとするのを許さず大きな掌を自分の胸に触れさせた。

「エド!頼むからやめてくれ・・・・・!」

 懇願を無視して、俺はアルフォンスの手を使って自分の肌を愛撫した。

「エド、エド・・・・・・!」

 意識の戻らないアルフォンスと二人きりで過ごしたいくつもの夜。どうしてもアルフォンスの肌を欲してしまう自分を慰める為にした秘め事。一生明かすつもりなんてなかった。でも、俺が心底アルフォンスを欲しているのだと分からせる為に、今再びアルフォンスの前でそれをした。


「アル、ちゃんと見てろ。これが本当の俺だ。全部知ってくれ。お前が眠り続けてた間、俺が何をしてたのか・・・・見せてやる」

 









 

 

     次で必ず終わりますからー!(;Д;)グスグス 終わる終わる詐欺ー

      



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