意思表示は愛を込めて
意外だと思われるかもしれないが、僕と兄の間で行われる夜の営み(まあいつでも夜とは限らないけどね)の頻度は、ほぼ一週間に一度だ。 元来性的なことに関して淡白な恋人だから、此方から声を掛けなければ二週間位平気でご無沙汰・・・・なんて恐ろしいことも十分にありうる。過去兄の方からその手の誘いをしてきた事もあるにはあったが、それは例外中の例外。大抵は僕が前回からの経過日数と恋人からうっすらと醸し出される雰囲気を量りつつ、慎重にさり気なく且つ強引に誘うというのがパターンだ。
しかしそれにしても一週間にたった一度。 たったの・・・・・たったの一度だけ。
・・・・・・・足りない。
僕の希望は勿論毎日、でなければせめて2日に1度は抱き合いたいところ。しかし2日とあけず誘いをかけようものなら、まるでケダモノや痴漢を見るような蔑みの目を僕に向け、軽いキスどころか肩に手を置くことさえ許してくれなくなるのだ。そんな冷たい恋人に『じゃあ3日?』『それなら4日?』『ええ〜5日?』とお誘いのタイミングを色々試した結果、このほぼ一週間というインターバルが定着したという訳だった。
けれどここに来て僕はふと危機感を覚えた。この判で押したような味も素っ気も無い定期的に習慣化しつつある愛の営みって・・・・いわゆるマンネリ化を助長することにはならないか、と。更にそのマンネリ化が倦怠期へと移行・・・なんて事になったら目もあてられない。それにいくら淡白とはいえ、兄だって生身の成人男子。時には一週間とあけずにひっそりとソンナ気分になる事だってあるかもしれないではないか。でもそんな事を自分から言ってくるような人ではないから、きっと『新しい構築式でも考えてれば忘れちまうし』とか、『とりあえず眠っちまえばそのうちおさまるし』とか勿体ないことをしているとも考えられる。
そこで僕はこの『夫婦の危機』を回避すべく、兄にあるひとつの提案をすることにした。
「・・・・・って、なに『夫婦』って。またえらくデカイ嫁だなオイ」 「僕が『奥さん』?まあ、いいけどね。じゃあ・・・・アナタァ〜ンちょっと聞いてくださらなぁ〜い?」 「うわ、アル!妙なシナつくんじゃねえ!うっかり襲っちまいたくなるじゃねえか」 「・・・・・・・・・・・・・・」 我が兄ながら、変なところにストライクゾーンがある人だ。僕はひとまずそれにはスルーを決め込み話を続けた。 「とにかく、口に出して言い難いなら、何か意思表示のサインを事前に決めておいたらどうかと思うんだよ」 「ベッドの脇に『可』とか『不可』とかカードでもぶら下げとくか?」 「そんな成績表の段階表記みたいなのじゃなくて、もうちょっとこう・・・色っぽいのがいいな・・・」 うなだれて言う僕に、兄は腕を組んでう〜んと唸った。 「要するに、お前がひと目見て俺がソノ気だな〜って分かるアイテムならいいって事だろ?」 「色っぽいヤツだよ?分かってる?色っぽいのだからね!」 「任せろ。スッゲー分かりやすくていいのがある。今度俺が上手いことソノ気になったらそれでお前に知らせてやるよ」 「珍しい・・・・なんでそんなに積極的なの?やっぱり今までの間隔長かった?」 「そうじゃねえ。少しでも間隔短くすれば、あのキョーレツな糸を引くようなネチッこさも少しは解消するのかと思ってな」
そんなに僕のセックスは藁入り納豆の如くネチっこいですか・・・・・・・?
恋人の心無い一言に傷つきながらも、週一回の頻度を少しでも短縮する事が出来ればこんなに望ましいことはないと、僕は内心小躍りしていた。ああ、兄からの意思表示は何時あるんだろう。前回からまだ2日しかたっていないけど、明日あたりかな。それとも明後日?いやいや意表をついて今夜なんてコトも・・・・?それに、恋人がどんな色っぽい方法で意思表示をしてくれるのかというお楽しみまでついてくるのだ。否が応でも期待感が高まろうというものだ。
さて、それから丸二日が経過した日の夜のことだった。
いつものようにシャワーを浴び先に引きあげた兄がいるだろう寝室のドアを開けると、明かりが点いていると思っていた室内は既に暗く、サイドテーブルにあるライトの淡いオレンジ色の光りだけがベッドの周囲を照らしていた。 そしていつもであれば色気のない崩した姿勢で本を読んでいる兄はこちらに背を向け、ベッドの上に座ったままじっとしている。
とうとうやってきた、待ちに待ったこの時が・・・・・・・!
もう今更なんのサインも必要とはしなかったけれど、あの恥ずかしがり屋の恋人が僕に愛を伝える為にどんな方法を選んだのか・・・・・それを思うと、どうしようもなく胸が高鳴った。
そっとドアを閉じ、ゆっくりとベッドへ近付く。恋人の座る直ぐ後ろに手をついて身を屈めた僕はその耳の裏側に唇を寄せると、聞くまでもない意思の存否をもう一度確認した。 「兄さん・・・・・いいの・・・?」
教えて。あなたがどんな風に僕に愛を伝えてくれるのか・・・・・・・。
僕の囁きに、それまでじっとしていた恋人が僅かに身じろぎをし、此方を振り向こうとする。ベッドがキシリと音をたてた。
「・・・・・・・・・・・・・」
時間が止まった。
それは・・・・・YESと言ってるの?それともNOと言ってるの?僕には分からないよ兄さん。
次のアクションを起せないでいる僕に、うっすらと頬を染めた恋人は、おずおずと僕のパジャマのボタンに手を伸ばしてそれを外しにかかる。あ、YESなんだ・・・・・・・・・・・・って。
「・・・・・・ええええええ!?OKなの?ホントに!?それが!?何で!?どこら辺が!?」
不覚にも取り乱した僕は、それまでの雰囲気を台無しにする声を上げてしまった。 「このニブちん野郎!!こんなに分かりやすいサインもねえだろうが!俺に恥かかせるんじゃねえ!!!」 「だってだって、なんでこれでソノ気になれるの?兄さんそれつけた自分の姿、ちゃんと鏡で見てないでしょう?」 「見たぜ?我ながら中々そそられる姿だった・・・・////////」
そこで何故更に頬を赤らめるか兄よ・・・・・嗚呼、天才とナントカは紙一重。
「だってお前、俺が眼鏡かけてたらどきどきするって言ってたじゃん」 確かにね、言いましたよ。 「だから恥ずかしいけど・・・・コレしかねえかな・・・・って」 そうだね恥ずかしいね全く違う意味で。
それまでの期待が大きかっただけに、僕が受けた痛手は想像を絶する程深かった。 ・・・・・ダメだ。僕はもう自分を抑えることは出来そうになかった。
「黒い丸いフレームのふざけた眼鏡はこの際大目に見るとして、問題はそのフレームの下からぶら下がる赤っ鼻!しかもご丁寧にも鼻毛付き!加えてアームストロング氏バリの口髭!更にハの字に下がったもじゃもじゃ眉毛!これの一体何処がOKの意思表示だっていうの!?『これでもソノ気になれるモンならなってみやがれ』っていう僕に対する挑戦としか思えないよ!!」
「なんだと!?じゃあ言わせてもらうがな、お前こそいつも胸糞悪くなるような甘ッちょろいセリフばっか吐きやがって!俺だっていい加減うんざりなんだよ!俺をソノ気にさせたかったら裸エプロンとか全身網タイツとかで誘ってみやがれってんだ!!」 「そんな変態プレイは真っ平ゴメンだよ!!」 「ええい!男心の分からんヤツめ!いい加減俺の好みってモンを理解したらどうなんだ、ええ!?」 「こっちのセリフだね!!!」
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