ひげほんす君










悪い事は不思議と重なるものだ。



 只でさえ人員の入れ替えが行われる慌ただしいこの時期、アルフォンスの所属する部署へ4月1日付けで編入されるハズだった人間が人事部の手違いで来月以降からの勤務となり、部署の副官であるアルフォンスは自分の任務の他にその人間に任せるつもりでいた業務までこなさなければならなくなった。

 即ち、その人間がやってくるまでの間、アルフォンスの仕事量は通常の約3割増しという事だ。

 しかし、話はそこで終わらない。

 アルフォンスのすぐ下の階級である『超使える奴』が急性虫垂炎で入院してしまい、そいつの仕事まで肩代わりしなければならなくなったのだ。無慈悲にも、これでアルフォンスの仕事量は一気に倍に膨れ上がった。
 だがさらにとどめがあった。それは10日前の早朝の事だった。部署の上官、つまりアルフォンスの所属する部署を統括する人間が交通事故で入院したという連絡を受けたのだ。


 ・・・・この時点で、アルフォンスの連続泊まり込み勤務が決定したという訳だ。





 俺に手伝えることがあるならやってやりたい。でも軍施設内に一歩足を踏み入れれば、兄も弟もない。もちろんどんなに愛している恋人だろうが、私情を持ち込むことは決して許されないのだ。


 アルフォンスは執務室に缶詰にされているらしく、勤務中の俺が軍施設内のあちこちを動き回る間でさえその姿を目にする事は出来なかった。


 常日頃『兄さん不足だ』とか『兄さんを補給しないと死んじゃう』などとアホな事をぬかす男の頭を拳固で殴り倒してきたこの俺も、流石に10日もの間その姿を一度も目に入れられない状況というのは厳しいものがあった。







 アルフォンスの奴、どうしてっかな。ちゃんと飯食ってるかな。せめて一日5時間ぐらいは睡眠とれてればいいけどな。

 ベッドに横になって眠りにつく間際、俺の頭に浮かぶのはそんな事ばかりだった。そして丁度その時、真夜中だというのにけたたましく鳴り響いたベルに受話器を取れば、久しぶりに耳にする、でも隠しきれない疲労を滲ませた弟の掠れた声が俺を呼んだ。



 『兄さん・・・・兄さん・・・・!ああもう死にそうだ』

 「アル、ちゃんと寝てるか?飯食ってるか?電話なんかいいから少しでもカラダ休めねえともたねェぞ」

 『明日・・・・じゃないね、もう。あと数時間したら、一旦家に戻るから・・・・兄さん今日は非番でしょ。朝早くて悪いんだけど、4時頃に起きててくれると嬉しいな』
 
 「分かった。ちゃんとその時間には起きるように目ざまし掛けとくな。何か食うもんでも簡単に作っとくか?」 

 『あ、それはいいよ。多分ゆっくり食事している時間はないかも知れないんだ。だから気にしないで』

 アルフォンスの修羅場はまだ続行中のようだった。俺は受話器を片手に横目で時計の針を確認する。時刻は午前1時50分。アルフォンスが一時帰宅するまであと2時間とちょっとだ。

 「ん、わかった。とりあえず起きられたら鍵くらいは開けてやるよ。それまでせいぜい気張っとけ、弟よ」

 何か冷たいなあ〜つまらないなあ〜などと笑ったあと、弟は電話を切った。


 さあ、と俺は腕まくりをした。へとへとになった弟が戻ってくるのは2時間後だ。あの口調だと、またすぐに戻らなくてはならないだろうから、持ち運べて都合に合わせて食べられるようにサンドイッチでも作っておくことにしよう。
それに、軍にはシャワーしかないから、バスタブに湯を張って少しでも身体を解せるようにしておこう。それから着替えくらいは俺にも分かるから、適当に見繕ったヤツを用意しといてやる。

 真夜中だというのに、俺は目をきらきらさせ大張りきりであれやこれやと思いつくまま、疲労困憊だろう弟を受け入れるべく態勢を整えた。



 サンドイッチは少しのハムとトマトとチーズ。奴の好みは意外に庶民的だ。
ありったけの野菜を入れたスープは、もう温め直すだけ。バスタブにはちょっと熱めの湯をたっぷりと張ってあるし、風呂上がりに着るだろう服も一式完璧に準備済だ。

 今の俺って、まるで新婚の奥さんみたいじゃね?

 ・・・・・・なんてうっかり考えちゃってはひとり頭に血を上らせた。


 「ば・・・っ!馬鹿か俺は〜〜〜〜ッ!!!!!だれが可愛くってちっさくって初々しい新婚ほやほやの人妻か〜〜〜〜ッ!!!!!」



 「ただいま奥さん」


 ひとりで喚き散らしていた俺のすぐ背後から、低い男の声がして反射的に飛び上がった。


 「ああああああある・・・ッ!!!!」

 「何一人で百面相してるの、にいさん。聞こえてたよ?新婚ほやほやの人妻だなんて素敵な自覚持ってくれちゃって嬉しいなぁ。こんなサービスがあるなんて、思ってもみなかったよ」

 「そんな疲れきったかすれ声でふざけてるヒマがあったら、少しでも身体やす・・・・・」

 疲れのせいでいつもより低い声にどきっとしつつ、俺は知らぬ素振りで後ろの弟を振り向いたのだったが・・・。



 「やす・・・・・・めて・・・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・?にいさん、どうかした?」




 あ、すんげ〜珍しい。ひげほんす君発見。


 弟は身だしなみに気を使う奴だ。
だから長年一緒に暮らしているにもかかわらず、俺は不精髭をはやしたアルフォンスというのをこれまで一度も見た事がなかった。


 アルフォンスの髭は濃い目の金色だ。たまにしか生えてくれない俺の粉をふいたような格好の悪いヒゲ(ウブ毛じゃないの!ちゃんと髭なんだからな!!!!)と違い、イイ具合に男臭さが漂う羨ましい生えっぷりだ。


 髪も適当に手櫛を通しただけのようで乱れているし、いつもは襟元まで隙なくきっちりと着こんでいる軍服も今日は着崩しているから、なんというかもう。

 オトコの色気満載って感じですか?うん?


 しかし何コレ。兄ちゃんえらいドキドキすんですけど。

 お前疲れてる癖になんでこんなにエロオーラがんがん垂れ流してんだよ。マジでやめてくれ。



 「兄さん、なに赤くなってるの?」

 動きを止めてしまった俺の顔を息のかかるほどの至近距離からのぞき込み、これまたゾクリとするような声を掛けてくるものだから、俺はたじたじだ。



 「うわ!腰に手ェ回すんじゃねえよ!風呂入ってこい風呂!」

 「一緒に入ろ?奥さん」

 「誰が奥さんじゃ!!風呂で身体ほぐしたら飯でも食って仮眠とれよ!」


 「じゃあこうしよう」と、フッと吐息交じりの笑いが俺の瞼を掠めて、筋張ったでかい手に顎を捕えられた。



 「一緒にお風呂でカラダをほぐして、あがったら兄さんを御馳走になって、兄さんを抱き枕にして寝る」

 「ななななななな!!アホぬかすんじゃねえ!すぐに戻んだろ!?ふざけんな!」

 「あ、言わなかったっけ?」


 「兄さんが非番の今日に合わせて僕も休みをもぎ取ったんだ。お陰で二日くらい寝てないんだけどね」


 「ナニィ〜〜〜〜!?だってお前ゆっくり食事する時間がないってさっき・・・」

 「うんだから、兄さん補給でいっぱいいっぱいなんだよ」

 「・・・・・・・・・・・!!!!」

 「逃げないで」





 不意打ちのように真剣な表情を作った弟の唇が降りてくる。


 逃げるなら今しかねえぞ。



 どうする俺・・・・・・!?



 
  
 

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ゆかいさんトコのひげほんす君があまりにも素敵過ぎて、
止めようと思ったのに触発されて一気に作ってしまった。
じゃあ次の課題は兄さんで鼻眼鏡かw












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