韓国 JSA(Joint Security Area:共同警備区域)への旅
2005年10月22日
会社の関係で韓国に行くことになり、なかなか行く機会の無いJSAへ行ってきた。
JSAへはソウル発の見学ツアーがあり、ツアーに参加することで行くことが出来る。
ツアー参加には色々な制約があり、服装,酒気帯びでの参加については非常に厳しかった。
肌の露出の多い服装は不可で、膝上のスカートを履いていた子は長いスカートをはかされていた。
ジーンズについても、今はよくなっていたが、少し前は不可だったそうだ。
自由の橋
[自由の橋]
朝鮮戦争の休戦協定が締結された後、戦争捕虜がこの橋を通って帰って来る時に「自由万歳」と叫んだので「自由の橋」と呼ばれている。
下の池は朝鮮半島の形状をしていた。
[自由の橋終点]
橋の終点は非武装地帯になっており、有刺鉄線が設置されている。
北朝鮮側の出身者,親族の居る人達のたくさんの願いを書かれた紙や布がたくさんつるしてある。
この橋の付近で、先祖への祈り,法要を行うのだそうだ。

有刺鉄線の向こう側(非武装地帯)を警護する韓国軍
[臨津江に架かる京義線鉄橋]
川の手前に掛かる橋が自由の橋。
自由の橋を横切るように京義線が走っている。
鉄橋の架かる大きい川は臨津江(イムジンガン)。
京義線は非武装地帯の中の現在の終点、都羅山(トラサン)駅まで行っている。

京義線を走る列車
JSA(共同警備区域)
国連軍による説明,パスポートチェックを受けた後、ツアーバスから国連軍のバスに乗り込みJSAへ向かう。
その際の注意事項として、手を上げたり何かの合図と見られる行動を取らない,歩く時は2列縦列,決まった箇所以外での撮影禁止などをいわれた。
また、見学中はバス内も含めて、1名の警備兵が常時ついてまわる。
警備兵の裾には鉄の玉が入れてあり、歩くと「カチャカチャ」と音がしていた。これは、少人数での歩行の際に少しでも大勢居るような錯覚を相手に与えるためだそうだ。
[北朝鮮側監視所]
JSA内に建つ北朝鮮側監視所。
ツアー到着と共に窓からこちらを伺う人影が見えた。

北朝鮮側の風景
[板門店]
JSA内に建つ会議場”板門店”の名前の由来となった建物。
休戦会議の際に場所の目印として、この店の名前を使ったのが始まりらしい。
もともとは雑貨屋か何かだったらしい。
現在は北朝鮮軍が使用しているとのこと。
[帰らざる橋付近]
映画”JSA”の舞台となった”帰らざる橋”。
映画のような出来事は発生していないそうだ。
休戦協定締結後、韓国軍の希望者と北朝鮮軍の希望者を双方の国へと送った橋。
橋を渡りきり、相手の国に行ったら二度と帰る事が出来ないため、この名が付いたらしい。
帰らざる橋の付近には、監視線上にあるポプラの木の枝の伐採をめぐり、米国軍人が北朝鮮軍人に殺害された”ポプラ事件”の現場がある。
現在はポプラの木はなく、石碑のみが設置されている。
ツアーの最後にツアー開始時に説明のあった建物脇のお土産店に連れて行かれるのには笑った・・・