Wrecking Crews/Great and Talented Musicins and Staff
大村雅朗さんの音楽を実現するのに不可欠だった、もう片方の「主役」。素晴らしいMUSICIANS、ENGINEERさん等のスタッフ達(未完成/作業中です)
MUSICIANS
DRUMS
小田原 豊 元REBECCAのメンバー。
島村 英二 1974年頃、吉川忠英とともに「ホームメイド」を結成。同時期にスタジオワークに入る。
林 立夫 中学時代より細野晴臣、小原礼、後藤次利、鈴木茂などと交流を深め、ドライアイスセンセーション、スカイ、フォー・ジョー・ハーフなどに参加する。72年より細野、鈴木、松任谷正隆とキャラメル・ママで活動、のちにティン・パン・アレーと名を改め、数々のミュージシャンとのレコーディング、セッションに参加。80年代半ばにスタジオ・ワークから引退され、別のビジネスをされていましたが、'96年ユーミンの「“Yumi Arai The Concert with old Friends”at中野サンプラザを期にスティックさばき再開。その後プロデューサー&ドラマーとして意欲的に活動している。
渡嘉敷 祐一 1976年 ジャズ奏者 杉本喜代志グループ参加、同年スタジオワーク開始。1977年 ザ・プレイヤーズ参加 8年在籍。その他 松木恒秀バンド・吉田美奈子バンド・松岡直也グループ等に参加。
村上 秀一 PONTAさん。もしこの方を知らない方は、再度勉強し直して下さい(笑)。
E.BASS
岡沢 茂 ご兄弟の岡沢 章さんも"同業者"さんです。ちなみに章さん、あの吉田美奈子さんのアルバムで、バーラードをデュエットした事があるの知ってました?
荻原 基文
後藤 次利 1952年2月、東京生まれ。1975年、“サディスティック・ミカバンド”に参加。1976年、高中正義氏、高橋幸宏氏と“サディスティックス”を結成。1979年、沢田研二「TOKIO」でレコード大賞編曲賞を受賞。このINTERVIEWもどうぞ
高水 健司 五輪真弓さんのバックバンド「エントランス」経てスタジオ・ワークへ。この「エントランス」は「赤い鳥」の流れを汲むバンドであり、村上秀一さんや故大村憲司(98年ご逝去)さん等も在籍していた。
美久月 千晴 '57年9月神奈川県生まれ。Bread&Butter → 井上陽水ツアー&Studio Work → D.L.B&Studio Work
吉田 建
E.GUITAR
北島 健二
今 剛
佐橋 佳幸 61年9月生まれ。83年にバンド「UGUISS」でデビュー。
白井 良明
松原 正樹 私的には、毎年さだまさしさんのステージで拝見してます(^^)。TAHARAで出したCDも持ってます。
YAMAHA合歓出身。当時既に優れた才能を発揮されていたようで、その後米軍キャンプを回ったよう(ちなみにこの時のマネージャーは、あの松武秀樹さんだったそうです)。その後、ハイ・ファイ・セットのバックバンド「ガルボジン」やフージョンバンド「パラシュート」(今剛さんも在籍)等を経てスタジオ・ワーク。
※ちなみに「さだまさし」と言うと未だに固定概念の偏見を持っておられる方がいますが、彼のステージのメンバーは、石川鷹彦、倉田信雄、岡沢茂、松原正樹(以上敬称略)他で、ほぼ毎年、こんな豪華なパーマネント的メンバーでツアーしてるんですよ。これだけで、さだ氏のステージへの姿勢とか業界の人望とかが伺えると思います。私もさださんの奥深さに目覚めてしまった一人です。なんせ借金の30億円!ちゃんと返済した(間近?)の方ですし(笑)。ちなみに彼のレコーディングのエンジニアは、ここのところあの偉大なる鈴木智雄氏です。
Miyazaki Yoshio
A.GUITAR
笛吹 利明
吉川 忠英 1947年3月東京生まれ。1971年、伝説のフォーク・グループ“THE NEW FRONTIERS”のメンバーとして渡米。西海岸を中心にコンサート活動を行い、和楽器を取り入れたフォークロック・グループとして注目を浴び、米国キャピトルレコード社よりアルバム『EAST』を発売(グループ名も“EAST”と改名)。 帰国後ソロ活動に入り、アルバムデビュー。
KEYBOARD
佐藤 準
富樫 春生 3才よりクラシックピアノのレッスンを受ける。17才の時、ヤマハライトミュージックコンテストで審査員特別賞受賞。大学卒業後1年サラリーマンをした後、音楽の道に進む。
西本 明 1957年10月生まれ。千葉県出身。1980年、キーボードプレイヤーとしてデビュー。浜田省吾、甲斐バンド、佐野元春などのツアーに参加する。その後、スタジオセッションを手掛けるようになる。
山田 秀俊 1973年ごろ、「吉川忠英とHome Made」の一員としてライブ活動を開始。その後、五輪真弓・南こうせつ・原田真二・吉田拓郎等のツアーサポートを経て、次第にスタジオワークの方がメインとなり現在にいたる。
MANIPULATOR/PROGRAMMER/SOUND ARCHITECTER
石川 鉄男 64年1月生まれ。80年代後半から、日本のヒットチャートをリードしてきた数々の重要な作品に参加し、多くの有名アレンジャーやスタジオミュージシャンとのスタジオワークの経験を持つ。ちなみに随分前の雑誌のインタビューでは、好きなプロデューサーとしてアリフ・マーディンを挙げられていました。私も結構好きな人です。
浦田 恵司
迫田 到
藤井 丈司
松武 秀樹 1970年の大阪万博アメリカ館で、シンセサイザーとコンピュータを組み合わせて演奏されていた「スイッチド・オン・バッハ」を聴き、新しいフィールドに大いなる興味と関心を抱く。 20歳(1972年)より冨田勲氏の制作会社で、当時日本には数台しかなかった"モーグ・シンセサイザー"による音楽制作のスタッフを経験。 独立後もシンセサイザー・コンピューターミュージックの可能性を追求し、徐々に ニューミュージック系のアーティスト・アレンジャーに認められる。 デビュー作は南佳孝の「摩天楼のヒロイン('73.9)」。

※冨田勲氏の「新日本紀行のテーマ」は私(サイト管理人)の生涯のBest10に入る楽曲です。氏の著作「音の雲―ずっと音の響きにこだわってきた(日本放送出版協会)」はファンならずとも必読の価値有りです。
STRINGS
加藤紘楽/加藤高志/加藤JOEグループ 全て同一。80年代より活躍。6-4-2-2(第一ヴァイオリン-第二ヴァイオリン-ヴィオラ-チェロ)等の編成が多いのかな?でももちろん、ヴォイシングは曲によりますね(^^;
多(おおの)
忠昭グループ
70年代より活躍。同上。
WINDS
衛藤 幸雄 FLUTE
JAKE・H・CONCEPTION SAX
矢口康博
PERCUSSION
斎藤 ノブ  1950年11月東京生まれ。1967年、上京。浜口庫之助「リズムミュージックカレッジ」へ入り、リズムレッスンを受ける。1970年、下田逸郎と出会い、2人で「シモンサイ」を結成。パーカッショニストとして、初めて活動。『霧が深いよ』で、フォノグラムよりデビュー。1972年、スタジオミュージシャンとして、浅川マキのレコーディングに参加する一方、ティンパンアレー、サディスティックスにも参加。その後、ユーミンのアルバム等のスタジオワーク中心となる。
ペッカー/橋田 政人
CHORUS/HARMONY
伊集 加代子 シンガーズスリーの時代から、今更説明不要の偉大なる方ですね。スタジオミュージシャンとして日本のポピュラー音楽界には不可欠の方です。
ちなみにシンガーズ・スリーの第一期(1967年)のメンバーは、伊集加代子・尾形道子・団洋子で、その後も伊集・尾形さんは「スリー」の中の2名として固定的に活動。
梅垣 達志 私的には、カーペンターズ/カレン・カーペンターが歌った日本人作家(SUNTORY POP CM#2。ちなみに作詞は奈良橋陽子さん))という、トリビア的印象が強いです。またあのスリー・ディグリーズにも提供有り。白鳥英美子さんの超名曲「This Song for You」(パッヘルベルのカノンがモチーフ)の作者としてもいい仕事をされています。
木戸 泰弘 福岡県生まれ。 ビクターよりシングル<Mr. Music>LP<KID>でデビュー後、スタジオコーラス、コーラスアレンジ、CMヴォーカル等をはじめ数多くのアーティストのレコーディングに参加。ちなみに大村さんは77年の木戸さんのソロ・アルバムに3曲参加しています。
小出 博志 元「BUZZ」メンバー。スカイラインのCMで有名な「愛と風のように」が大ヒットした。なお小出氏には、「愛を染めて、リサ」という素晴らし〜い名曲(注:佐伯博志名義)がある。しかしCD化されていない(と思う)。これが埋もれていることがとても残念で悲しい・・・
東郷 昌和 元「BUZZ」メンバー。同上。
広谷 順子 学生の時にインターカレッジオリジナルソングコンテストで作曲賞、グランプリ賞 受賞 スカウトされる。 シンガーソングライターとして、デビュー。
山川 恵津子
OTHERS
朝川 朋之 HARP。
八木 伸明 HARMONICA。
山川 恵子 HARP。
RECORDING ENGINEERS
内沼 映二 この方も日本の音楽界の重鎮。ちなみに私は筒美京平氏作品で意識し始めました。詳しくはこのインタビュー(04/3)を。
梅津(うめつ )達男 1968年日本ビクター入社。1983年フリーランスエンジニアに。90年代、辛島美登里さんのアルバムでも一緒に・・
鈴木 智雄 私的には、百恵さんの時代より、松田聖子さんとか、好きなレコードを見るとこのお名前だったりした事が多々ありました。偶然じゃないような気がしました(笑)。実は今年の私の愛聴盤でもある、チキン・ガーリック・ステーキのアルバム「REPERTORIES」にもこのお名前を発見し、やはりどこかで呼ばれているような気がしてます(笑)。
吉田 保 私はティンパン系作品で認知しました。確かスリー・ディグリーズの「ミッドナイト・トレイン」も氏の作品では・・・。当時、一地方のリスナーながら、完成までとても緊張して、ラジオで初めて聴いた時は、その出来上がりに手が震える位とてもドキドキしたのを今での良く覚えています(何故か私はスタッフの一人のようなような入れ込み様でした(笑))。なんでだったんだろう〜。
PRODUCERS & OTHERS
大輪(おおわ) 茂男 大村さんの初期の作品、石川ひとみさん他で関わっている(はず・・・(^^;)
川瀬 泰雄 大村さんとは、70年代、知る人ぞしる「あの」能瀬慶子さん辺りから接点有り。私的には、山口百恵さんなどの歌の実質的なDirectionをされていた方という印象も強いです。百恵さんの楽曲では「謝肉祭」で接点があります。
また大村さん没後の、聖子さんのアルバム「永遠の少女」の制作に関わられています。ちなみに、聖子さんはこれ一枚でした・・・(理由はHPをご覧下さい)。このアルバムでは、ENGINEERが鈴木智雄さんで、奇しくも百恵制作メンバーが一緒になっています。70年代とと80年代(〜)の歌姫の不思議な繋がり・・・
木崎 賢治
(笠原じゅん)
元渡辺プロのプロデューサー/ディレクター。沢田研二さん。吉川晃司さん。大沢誉志幸さん、なんと槇原敬之さんまで沢山。リンクは氏が代表を務める会社のサイト。
若松 宗雄 言わずと知れた、聖子さんを発掘、育て上げた名プロデューサーさんの事務所のHP。ちなみに私は、同じ手法でデビューした松本典子さんのFanでした。
ARRANGER & SOUND PRODUCER
(大村さんの同業者さん達)
萩田 光雄
萩田 光男(一時)
大村さんと同じく尊敬してます。この方も天才。萩田さんのサウンドには独特の「気品」を感じます。またシンセの音を、古くからある楽器の音の質感と対峙できる質感で奏でられる素晴らしい方だと思います。1946年生まれ。クラシックの勉強をされていた兄と姉の影響で幼い頃よりPIANOに親しむ。慶應大学クラシカルギター・クラブ出身。ヤマハ音楽振興会録音スタジオ勤務の傍ら、林雅彦氏に師事、作・編曲家を目指す。 高木麻早さんの「ひとりぼっちの部屋」の編曲でデビュー。「シクラメンのかほり」と「メランコリー」で2度レコード大賞の編曲賞受賞。ちなみにこの方のソロ名義のアルバムがあるのをご存じでしたか?(70年代半ば/インスト物)。
船山 基紀 大村さんと同じく尊敬してます。この方も天才。大村さんが「エッジ系」だとすれば、船山さんは、反対の「スムース系」or心に響く「ビート系」サウンドでしょうか?淀みのない、洗練されたサウンド。加えて、その特長は印象的で魅力的ななイントロの数々・・・。1951年1月東京生まれ。早稲田大学時代にビッグバンドでサックスをプレイしていた。萩田氏、(大村氏)と同じくヤマハ音楽振興会勤務。74年より作・編曲家として本格的に活動開始。デビューは中島みゆきさんの「あざみ嬢のララバイ」。氏の名声を決定的にしたのが沢田研二さんの「勝手にしやがれ」(77年レコード大賞)。フェアライトのいち早い導入は有名。ちなみにそのサウンドは、柏原芳恵さんの「ト・レ・モ・ロ」で聴ける。