僕が計算化学にはまった理由



<1>コンピュータとの出会い
 コンピュータとの出会いは、1980年4月。大型機(言語はFORTRAN)を経験してから、パソコンに移行。これに伴って、言語もBASIC,FORTRAN→PASCAL→C,C++→JAVAといった 具合に変遷。本業は化学屋であってプログラマではないので、趣味で専ら小物プログラムの作成を行ってきました。


<2>計算物質科学との出会い
 社会人になった途端、関西の地方都市に赴任させられました。さらば、東京。さらば、XX。
 赴任先では、雑用としてコンピュータのお守りをしていたときに、上司の気まぐれ?により、計算で「上司のアイデア」を検証するはめに陥った。このときは、出る結果が全て「上司のアイデア」を否定する結果ばかり。「あー困った」と途方に暮れていたときに、計算化学講習会(4日間、18万円、開催地:東京)のDM(ダイレクトメール)が飛び込 んできました。そこで、「この講習会に参加しないと、計算が進まない」と言って、この仕事はペンディング(つまり、実質上棚上げ)にしようと目論んで、上司に進言してみました。


 そのとき上司は「シブーイ」顔をし、5秒くらい黙っていました。当方は、神妙な顔をし つつも、内心「シメシメ」と思っていました。上司からでてきたセリフは「よっしゃ。行って こい!」僕は、「そりゃ、ないよー」と叫びたい気持ちを押し殺して、「ありがとうございま す」と言うのが精一杯。まあ、折角の東京での講習会ですから、楽しませて頂こうと、気持ち を切り替えて参加してみました。

 この講習会の内容は質・量ともに充実していました。分子力学(MM)は大澤先生(現在、 豊橋技術科学大学)に、半経験的分子軌道法は平野先生(現在、お茶の水女子大)に、非経験 的分子軌道法は北浦先生(現在、大阪市立大学)が担当して下さるという豪華さでした。 この講習会で、僕は計算化学のファンになりました。 その後、積極的に計算化学を推進するようになりましたが、上司の理解レベルを逸脱したのが面白くなかったみたいで、相当いじめられましたが、自分のポリシーを貫きました。

 関西の地方都市で暗黒の4年間を過ごして、東京に帰ってきたら、なんと本業が計算物理・計算化学になりました。正に順風満帆と思ったのもつかの間、バブル崩壊により本業回帰の指示がでました。そこで、勤務先では「有機・高分子合成」をメインにした技術者として積極的な展開を図り、 自宅では「計算物質科学」を研究する科学者の顔を持つようになりました。後者の活動に付いては、「計算物質科学フォーラム」として活動を行っています。


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