温室育ちのサボテン



「温室育ち」と言う言葉があります。辞書によれば、「大事にされて育ったために、世間の苦労を知らず、きたえられていないこと。また、そういう人」とされています。この語源は、花や野菜を「きれいに、早く、大きく育てる」ことを目的とし、そのために自然界の不都合な要因から隔離して育てることから由来していると思われます。したがって、きれいに育っているが軟弱であるというニュアンスで使われることが多いようです。
 一方、サボテンを温室で育てることは日本では常識と考えられています。サボテンは本来、砂漠地帯という厳しい自然環境に育っているので上記の温室のイメージとは異なるように思われます。花や野菜を温室で育てるように「きれいに、早く、大きく育てる」ことが目的であれば理にかなっているかもしれません。しかし、サボテンを自生地に近い姿で育てることが目的であれば注意が必要です。サボテンがあのような独特の姿をしているのは、強い太陽光線と極度の乾燥に順応するために葉を刺に変え、幹は水分の貯蔵に適したように形を丸くし、さらに伸縮自在なひだ(稜)を備えた結果なのです。
 私自身、サボテンは温室ではなく露天で育てたほうが本来の姿に近くなるのではないかと考えたことがあります。しかし、話はそれほど単純ではありません。当たり前のことですが、日本の気候は砂漠とは大きく異なるからです。一例としてカリフォルニア州デスバレーの環境を見てみます。


 

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7

8

9

10

11

12

平均最高気温

18.1

22.7

27.1

31.3

37.5

43.3

46.7

45.6

41.1

32.9

24.1

18.8

平均最低気温

4.0

7.9

12.1

16.4

21.9

27.6

31.4

29.7

25.4

16.6

9.1

4.6

最高気温記録

30.6

32.8

38.3

42.8

48.9

51.7

56.7

52.2

48.9

43.3

36.1

30

平均降水量

5.3

8.4

3.8

3.0

1.5

0.5

2.8

1.5

2.5

2.8

4.8

4.8

単位:気温(摂氏)、降水量(ミリ)、(ナショナルパークガイドより引用)


 測定設備のあるFurnace Creekのデータです。気温と降水量に関して、生物が暮らすには相当過酷な環境といえます。大竜冠やエビサボテンが分布している周辺の山間部はこれより気温が低くなりますが本質的に大差はないはずです。なお、最高気温:56.7℃(1913年7月10日)、最低気温:マイナス9.4℃(1913年1月8日)、年間最小降水記録:降水なし(1929年、1953年)、年間最大降水記録:11.7cm(1941年)という記録もあります。最低気温は意外に低いことがわかります。2011年5月にデスバレーを訪れたとき、Titus Canyon で撮影をしました。この年は例外的に涼しい春でしたが、早朝の撮影時に車の温度計は華氏36度(摂氏2度)を示していました。しかも強風が谷間を吹きぬけていたのでかなり寒く感じられ、5月のデスバレーで使うことはまずないだろうと思いながらも念のため持参したフリースとジャケットを着込んでの撮影となりました。それでも大竜冠は元気に新刺を出していました(写真)。朝は涼しくても太陽が高くなり、風がやめば日中は30℃を越えます。温度差が大きいのも砂漠の特徴です。
 また、彼らの生育環境を観察していて意外に思うことの一つに土壌環境があります。土壌と書きましたが、実際には土がほとんどないと思われる岩の上に生えているケースを頻繁に見かけます。健康状態は良好であり、土の多い地面よりもそういう環境を好んでいるようにも見えます。さらに、風通しの良い場所を好むように思われます。大竜冠やエビサボテンは風が吹き抜けるような峡谷や岩山に生え、白虹山などは山頂の吹きさらしのような場所に生えています。朝は0℃近くでも日中は30℃を越え、太陽光線は強く、風も強い。そんなメリハリのきいた環境に生息しています。



Cottontop Cactus: Titus Canyon, Death Valley



Echinocereus triglochidiatus, Joshua Tree National Park



Echinocereus engelmannii, The Racetrack
この場所は強風でプラヤ(枯れた湖)の底を石が自然に動くとされている場所。
風通しは相当によい。



 日本の気候は砂漠の環境とは大きく異なるので、サボテンを本来の姿に育てようと思うと、屋外で育てるのはやはり適切ではないということになります。自生地のような太陽光線、温度(温度差も含む)、降水量、湿度、通風を実現するにはどうすればよいでしょうか。

(1)降水量、湿度、通風:単に降水量だけに着目すれば比較的容易に実現できるように思われます。潅水で加減すればよいからです。しかし、湿度に関しては容易ではなさそうです。ちなみにデスバレーでは乾燥期にはほとんど0%と言われています。特に春から夏、日本の湿度は高いので自生地に近い湿度を実現するには一工夫必要です。エアコンや扇風機を使用して好結果をあげている栽培家の話を聞くと、なるほど説得力があります。

(2)温度:先に述べたように、デスバレーの例では夏は50℃を超え、冬は0℃以下になります。春先には朝は0℃近くでも日中は30℃を越えたりします。最高気温がある程度高くなると最低気温が0℃くらいでも成長するようです。昼夜の温度差は重要で、さらに最高気温がある程度以上必要ということのようです。日本でこの温度を実現するには温室を使用するしかありません。

(3)太陽光線:本来、砂漠のような強光線を得るには遮光すべきではありませんが、温室で育てる場合は遮光をすることが多いようです。そうしないと日焼けを起こすからです。空気の滞留によりサボテンの表面温度が上昇しやすいからであり、温室特有の問題といえます。遮光しても空気が滞留すると日焼けを起こします(低温やけどとおなじ理屈)。温室の使用と風通しが良いことは相反する要因なのでジレンマですが、太陽光線を強くすることと通風はなんとかして両立させる必要があります。

(4)温室のジレンマ:雨を避け、湿度を下げ、温度を確保するには温室は必須と思われますが、上述したように通風と太陽光線に関するジレンマがあります。このジレンマをどうするかが重要と思われます。

(5)土:培養土に気を使う栽培家は多いですが、土のほとんどない岩場に生えているのを見るとどれほど重要なのだろうと思います。日当たりの良い場所で、水と微量要素があればサボテンは育つのでは、とも推測します。



Sclerocactus polyancistrus:
Aquerberry Point, Death valley



Ferocactus cylindraceus:
Joshua Tree National Park

ちょっと話がそれますが、野生動物を被写体にする写真家の言葉を思い出します。「動物園のライオンの目は死んでいる」という言葉です。動物園のライオンは餌を与えられ、健康に育っているように見えます。しかし自分で獲物を追うことをしなくなった目は野生の輝きを失っているという意味です。あるいは、ライオンに限りませんが檻に入れられた動物は自由を奪われて失意の状態にあるのかもしれません。

 話を戻して、植物の場合は温室は快適なので失望(?)はしないとは思います。そして温室の方がきれいにできるのも事実です。気がかりな点は園芸種の創出を目指して交配などを行い、自然のものとはかけ離れた方向へ行ってしまうことです。そういう試みがあってもよいとは思いますが、自然に存在する基本種の保護・維持は重要なので忘れないようにしたいものです。

(2013.03.25)

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