道具の話


 私が写真を始めたころに比べるとカメラはずいぶん進歩し、撮影スタイルが変わってきています。かつてのカメラは操作がすべてマニュアルでしたから、ピントあわせはもちろんのこと、絞りやシャッター速度などは全て手動で設定していました。最近のカメラはオートフォーカス、露出も自動、撮影者は構図を決めてシャッターを押すだけ、といっても過言ではありません。フィルムの巻上げはカメラがやってくれるし、露出の失敗を防ぐために露出を何段階かばらして複数コマ撮影してくれるという、個人的には大きなお世話とも思える機能が満載です。デジカメなら撮ったその場で結果が確認できるので、気にいらなければすぐに撮り直しができます。便利なのでうまく使えば生産性があがることは事実ですが、油断すると撮影に対する姿勢がいい加減になり、雑になっていると感じることがあります。
最近では機会が少なくなりましたが、私は大型カメラも使います。蛇腹式で、4x5インチのシートフィルムを1枚ずつ装てんして使います。操作はすべてマニュアルです。図体は大きいし、重いので機動性に欠けますがフィルムが大きいので画質はシャープです。使うのは大変ですが、これを使っているとなんとなく写真の原点に戻った気がしてほっとするのも事実です。

コンピュータ、半導体の世界でも同様の事を感じます。私はもともとソフトウェアエンジニアですが最近の開発環境の進歩により、便利になった反面、設計者はある意味では退化しているのではないかと思うことがあります。かつてツールはプリミティブでしたし、メモリも少なく高価でしたから、わかりやすくコンパクトなプログラムを書くことを心がけていました。そもそも開発マシンも1人に1台ということはありませんでした。実機環境はさらに少なく、テストのために昼夜3交代制をしくこともありました。自分の順番が回ってくるまでは机上でプログラムを何度も見直してテストに臨んだものでした。最近では、要求仕様はどんどん複雑になっていますがメモリは十分に使えるし、便利なマクロがあったり、プログラムの自動生成をしたりします。マシン環境はよくなり、いくらでもテストができるので机上で考えてないでさっさと実機で試せばよい、という時代です。その結果、慎重に考える前に試行錯誤で問題を解決しようとしてしまいがちです。解決できればそれでよいわけですが、頭を使わなくなったり、泥沼に陥る危険性があると思います。

ところで、私は今でも20年前のゴルフクラブを使っています。別にケチっているからではなく、なんとなく気に入っているからです。古いクラブなのでスチールシャフト、軟鉄鋳造型のクラブです。最近のクラブはカーボンシャフトでヘッドの素材も軽くなり振りやすくなりました。クラブを軽くすると振りやすくなるので当初は成績がよくなることがあります。しかし、楽に振れるのでそのうちにフォームが小さくなって手打ちになり、その結果、飛距離も落ちて不調になってしまうことがある、という話を聞いたことがあります。

無重力の宇宙空間に長期滞在する宇宙飛行士は足腰が弱るといいます。それを避けるため筋力トレーニングをするそうです。少々古い話になりますが、映画「2001年宇宙の旅」で、宇宙船の中で乗員がランニングをしていたシーンを思い出します(この映画が製作されたのが40年前だというのは驚きです)。無重力の中でどうやって走っていたか?映画では宇宙ステーションを回転させてその遠心力で重力を作り出していたようです。宇宙飛行士は回転する宇宙ステーションの外壁の内側を走っていました。

話があちこち飛んでしまいましたが、要は楽をすると人間は退化してしまう危険性があるということです(自戒をこめています)。エンジニアの皆さん、ツールに頼らないでたまにはマスコットバットを振る意味で、ソフト屋はアセンブラでプログラムを書き、論理回路屋はRTLで設計しましょう。ホームページビルダーは使わずにHTMLでべた打ちしましょう。写真家を目指す人は、一度は大型カメラを扱ってみるべきです。カメラの本質が理解できますし、被写体にじっくり向き合う姿勢が身につくと思います。こんなことを書くと、技術の進歩に背を向けていると思われそうですがそうではありません。新しいツールは総合的に考えると生産性はあがるし、便利なことのほうがはるかに多いと思います。重要なことは、問題を認識しつつ使いこなすことだと思います。本質的なところを理解した上で道具を使いこなし、「弘法筆を選ばず」といえるようになりたいと思います。

(2007年9月記)

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