a と the の話
写真とは関係ない話ですが a とthe の話です。不定冠詞 “a” と定冠詞 “the” に関して解説するとそれだけで1冊の本になるくらい奥が深いといわれています。もちろんここでは英語の教科書にあるような話をするつもりはありません。ある話題に関連してあらためて
the は奥が深いと感じたのでその話をしたいと思います。ある話題というのは7月に開催されるゴルフの全英オープンです。ゴルフファンの方はよくご存じと思いますが全英オープンの英語の名称は
“The Open” です。正式には “British Open Golf tournament” ですが “The Open” が定着しています。なんで
open に the を付けるだけで全英オープンになるのか!と思った方はいないでしょうか。世の中にひとつしか存在ないもの、たとえば太陽は The
Sun, 地球の月は The Moon です。たくさんあっても文脈からひとつに特定される場合には the をつけます。たとえば ”a prime
minister” といえば誰とは特定しない一般論かあるいは歴代の首相のひとりを意味しますが ”the prime minister” といえば文脈にもよりますが通常は現職の首相を指します。今の日本なら安倍首相を指します。 定冠詞
the の一般用法を考えると “The Open” を全英オープンと解釈するには相当無理を感じます。ちなみに米国の全米オープンは”United
States Open Championship” となり United States が明記されます。 ”The Open” は思うに英国人の自尊心の表れではないかと推測します。「Open
といえばゴルフの全英オープンに決まっているじゃないか!」というニュアンスです。第一回開催時には唯一のオープン選手権だったとのことです。
The は多分に話し手の意思が反映されます。話し手が「ひとつに特定できる」と思えば The … なのです。
写真1: moon は地球の衛星に限定しないが The Moon は通常は地球の月を意味する。
写真2: earth は大地を意味するが The Earth は通常は地球を意味する。
(写真と本文は直接関係ありません)
その他、面白そうなものを拾ってみます。
The Bridge :英国ではロンドン橋を意味するそうです。かつてロンドン市内でテムズ川に架かる唯一の橋だったから。
The Championships, Wimbledon:テニスのウィンブルドン選手権。ひとこと Tennis と入れてくれ!と思ってしまいますが英国だからしょうがないか。
The North Face : アイガー北壁、“Eiger North Face” を意味することが多い。米国のアウトドア用品の老舗メーカーの名称にも使われています。
The Dawn of Man :SF映画「2001年」の冒頭シーンを思い出します。「人類の夜明け」は一回だけ。
The University of Tokyo:東京大学の自称は Tokyo University ではなく The University of
Tokyo です。東京には大学はたくさんあるだろう!と思いますが東大ならしょうがないか。
The First Book of C:昔売られていたC言語の入門書。「これこそC言語の入門書の決定版!」という作者の意気込みでしょう。A First
Book なら「たくさんある入門書のひとつ」くらいのイメージです。日本語版は「はじめてのC」。性教育の本だと思った人がいるかもしれません。和訳した人が真面目につけたタイトルかどうかは不明です。
“a” の話は何かないかなと考えてひとつ思い出しました。私と同年代の方は記憶されていると思いますが1969年にアポロ11号が月面着陸した時アームストロング船長が第一歩を踏み出した時の言葉です。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが人類にとっては偉大な飛躍である
(That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind.)」。この言葉は別の意味でのちに話題になりました。man
の前にあるべき不定冠詞の “a” が聞き取れないので彼の言葉は世紀の言い間違いではないかという話です。”a” がないと「ひとりの男」ではなく「人類」を意味するので文章全体として意味が通らなくなってしまうからです。当時私は中学生でしたがNHKの同時通訳の西山千氏はきちんと(船長の意図通りに?)同時通訳していた記憶があります。今でもインターネットで検索すると関連記事がたくさん見つかります。通信回線の不良で音声が不明瞭になったからだとか、アームストロング船長の言い間違いだとか、意図的に
a を付けなかったとか(深読みすればその解釈も可能)などです。アームストロング船長本人はその時の記憶は定かではないようですが “a” を付けるべきだったとのちに述べたそうです。NASAは電波障害のために不明瞭になったという説明をしているようです。この音声は
YouTube にアップされているのであらためて10回くらい聞いてみましたが電波障害などではなく抜けているように聞こえます。たった一つの冠詞の有無でこれくらい話題になったケースはめずらしいと思います。
(2014年6月28日)
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