天体写真は金持ちの道楽?
ちょっと物議をかもしそうなタイトルですが似たようなコメントを何度か見かけたことがあります。問題なので疑問符を付けました。なぜこのようなコメントが生まれるのでしょうか。背景として考えられるのは天体写真の特殊性です。写真には様々なジャンルがありますが天体写真は機材に対する投資額が他のジャンルに比べると大きくなる傾向があります。そして費用をかけるほどいい写真が撮れる傾向が強いと考えられます。天体の多くは非常に遠くにあり、それゆえに見かけが小さく、暗く、そして厄介なことに動いています。写真に記録するためにはまず望遠鏡または望遠レンズでぐっと引き寄せて大きく見せる必要があります。写真に撮るには暗すぎるのでレンズはできるだけ明るいものを使い開放に近い絞りで撮影する必要があります(注:望遠鏡は絞りがないので固定)。レンズを開放にしても十分な光量は得らないことが多いのでイメージセンサの感度を上げる必要があります。イメージセンサの感度を上げてもまだ通常のシャッタースピードでは写らないことが多いので長時間露光をします。写真品質の観点では絞りは適度に絞り、感度はできるだけ低く設定し、シャッタースピードは速い方がよいのですが実際には「必要なだけ絞りを開け、必要なだけ感度を上げ、必要なだけシャッタースピードを長くする」ということになります。その結果例えば「絞りは開放(望遠鏡の場合は絞りがないので固定値)、感度はISO
3200、シャッターはバルブで数分間」などが普通です。開放近くではレンズの収差が現れやすくなります。イメージセンサの感度を上げて長時間露光するとノイズが出やすくなります。レンズにとってもイメージセンサにとっても性能の限界が試される厳しい使用条件といえます。満足な結果を得るためにはある程度高価なカメラと高価なレンズまたは望遠鏡が必要です。さらに、地球の自転によって生じる天体の相対的な動きを止めて写すために望遠鏡とカメラを載せて天体を正確に追尾するための赤道儀が必要です。赤道儀は一般的には大きくて重い機種ほど安定性があり精度の高い追尾能力を提供します。安い機材では必要な条件を満足するのは困難です。技術的に追求していくと行き着くところは大規模な天文台ということになります。アマチュア天文家の多くはテクニックを駆使して限られた機材、安い機材でも優れた写真を撮影するべくいろいろ工夫を凝らしています。しかし安い機材では物理的に限界があるので、機材にはできるだけ費用をかけるほうが有利というのが現実です。
被写体と表現方法にもよりますが本格的な天体写真を撮るためには、カメラ百万、望遠鏡百万、それらを載せる赤道儀に百万、合計で三百万円くらいが必要といわれています。一般の人で趣味に300万円出せる人はそう多くはないでしょう。一方では被写体を限定し撮影方法を工夫してこれよりずっと少ない投資で素晴らしい写真を撮っている方々も一部に存在します。「金持ちの道楽」という表現には、私を含む貧乏人のひがみ(?)が少なからずあると思いますが、本格的に天体写真に取り組んでいる方の多くは資金力が豊かでかなりの投資をされているケースが多いようです。
別の見方をすると、同じ機材を使用して同じ対象を撮影した場合、天体写真は同じように撮れる傾向があります。風景写真のように構図の比重は高くなく、星雲のように広がりを持った被写体は一概に言えませんが通常は日の丸構図であり、天候はピーカンが理想的です。いい雲が出ているとか、いい雰囲気の霧がかかっているとか、空がいい色に焼けているとかいうことは関係ありません。同じ機材で同じように撮れば今日も明日も100年後も同じような写真が撮れるはずです。
写真:M57,こと座のリング状星雲。
天体に興味がない人でも何かの本で一度は見たことがあるはず。
典型的な天体写真なので日の丸構図。
今日も明日も百年後に撮ってもほとんど変わらないだろう。
ED103S, 795mm, EOS Kiss X5 customized, ISO 6400, 30 sec. x4
視直径 1' 光度 9.3等はかなり小さい。4倍トリミング。
「同じように撮れば」と述べましたが実はこれは簡単なことではありません。優秀な機材は高価ですがそれを使いこなすにはかなりの知識と経験が必要です。機材を使いこなすための技術力と被写体である天体に関する知識はかなりのレベルが要求されます。撮影後の画像処理がまた大変で相当な知識と処理環境(コンピュータとソフトウェア)と時間を要します。美術・芸術のセンスよりはテクノロジーとサイエンスの領域と言ってよいと思います。撮影機材も重要ですが撮影後の画像処理環境とそれらを駆使できる知識と技術力が写真の質を決めるといえます。そのための資金と時間は半端ではないのでその余裕ない人や門外漢には「金持ちの道楽」と揶揄したくなるのだと思います。
少し話がそれますが、天体写真ではなく一般論として最近はデジタルカメラが進歩したので誰でもよい写真が撮れるようになりました。スマートフォンのカメラでさえ相当な品質です。普通の被写体を普通に撮影しても差別化は難しくなりました。普通とは違った写真表現、他人とは異なる被写体の撮り方を考えている人の話をよく聞くようになりました。私自身もどうやったら人とは異なった写真が撮れるのかという意識が最近強くなりました。その観点で考えると星空の撮影には興味はありますがいわゆる天体写真への投資はほどほどにと考えています。
2016年6月5日
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