ねつ造・改ざん・合成・レタッチ


 先ごろ科学の世界で、ねつ造・改ざん問題がニュースになりました。「ねつ造」「改ざん」は悪意の存在が前提でありネガティブな意味合いの強い言葉です。言葉の定義に焦点があたり本来議論すべき問題から離れて迷走している感があります。これらの言葉の使用が妥当かどうかを含めてここではこの問題には深入りしないことにします。しかし問題の発端は写真の取り扱いに起因しており、個人的にも以前から気になっていたことをあらためて考える機会になりました。
 ねつ造・改ざんはその言葉の定義と解釈が難しい面がありますが悪意を前提にしている言葉であり許されない行為です。一方「合成」は許容できるケースとそうでないケースの両方があります。必ずしも悪意が存在するとは限りません。むしろ写真の世界では必要な処理とみなされることが少なくありません。日本自然科学写真協会では「科学的に意味を有する場合」に限って合成を認めています。この場合、合成であることを明示するか合成したことが写真からわかることが前提です。以下例を挙げます。

比較合成
 星の日周運動等天体の動きを記録する撮影に適用します。フィルムカメラでは合成なしのバルブ撮影をすることが一般的でしたが、デジタルカメラではノイズ低減のため比較合成をすることが有利とされています。比較明合成は連続撮影した複数の画像の画素ごとの明度を比較し明度の高い方の画素に置き換えて1枚の画像にする処理です。これにより星の日周運動を軌跡として記録することができます。
 これに対し追尾撮影による複数の同じ絵柄の画像を平均化して1枚の画像にする処理が加算平均合成です。加算平均によりランダムノイズが軽減され天体写真用の強い画像処理に耐える低ノイズの画像を得ることができます。

マイクロフォトコラージュ
 昆虫などの近接撮影に適用します。被写体に対して焦点位置を変化させながら撮影した数十枚程度の画像を合焦点画素のみをコンピュータで検出して合成する技法です。一枚撮りでは不可能な頭の先から足の先まで焦点の合った画像を得ることができます。

 比較合成、マイクロフォトコラージュはいずれも科学的に意味のある処理であると解釈できます。

 別の解説で述べたハイダイナミックレンジ合成(HDR合成)はダイナミックレンジが広すぎてそのままでは記録できないシーンを記録・表示できるという技術的なメリットはありますが出来上がった画像が通常の写真とは異なる特徴的な外観となるため、科学的意義よりむしろイラストやスーパーリアリズムの手段としてとらえる方が妥当と思われます。




写真1. 30秒25枚比較明合成。総露出15分。フイルムでは1枚撮りで長時間露光
することが多かったがデジタルカメラでは比較明合成することが多い。



写真2. 露出の異なる複数枚の画像から合成したHDR画像。少々非現実的な
イメージになるのでオーソドックスな風景写真には不向きである。


 レタッチに関しては良し悪しの線引きが難しい面があり意見が分かれるところです。特に風景写真におけるレタッチは微妙な側面があります。ノイズ除去、色調補正、コントラスト補正などは一般的には問題ないと考えられます。一方、邪魔な電線を除去したり、不要な人物やゴミを消したりすることは要注意です。写真コンテストでは禁止されていることがほとんどです。カレンダーや専門書の解説に用いる写真、広告・パンフレットなどの広報媒体の写真などはおそらくこの類のレタッチは行っていると思われます。多くの場合は問題ないと思いますが100%問題ないと言い切れるかと言うと微妙です。きれいに見せるためならよしと解釈すべきかもしれませんが事実を知って裏切られたと感じる人もいるかもしれません。プロの写真家が自分の写真集で建造物の写真の中で邪魔なものをレタッチで削除したと断っているケースがありました。断わっているので良心的ではありますが正直なところ釈然としません。仮にそれが歴史的に意味のある建造物をきれいに見せるためであったとしても判断の難しいケースと言えます。冒頭で述べた事件で問題になった「科学的な現象をわかりやすくするためにコピペした」ケースと似ているように感じます。考え方や目的によっても判断基準は変わるのでここまではオーケーでここからはだめという明確な線引きは今後もできないのではないでしょうか。

 写真の語源は「真実を写したもの」という意味からきています。しかし、デジタル化により合成・レタッチが容易になり「真実ではない写真」を簡単に作れるようになりました。厄介なことに何をどうしたら真実ではなくなるのかという基準は明確ではありません。デジタル化により写真は転換期に来ているといえますが重要なことはデジタル化が問題なのではなく使い方の問題だということです。便利になった機能を利用して間違った方向へ応用することが問題なのです。デジタル化によるメリットの方が圧倒的に多いのですから問題点にばかり目を向けて否定的になることは本筋ではありません。技術の進歩は往々にして副作用をもたらしますが問題点を認識しつつ前進しなければなりません。問題点を認識しつつ使いこなすことが重要であると思います。

2014年5月4日


トップページへ戻る