カメラの変態 Metamorphosis of Cameras
カメラの変態といっても悪趣味なカメラおやじのことではありません。ここではMetamorphosis すなわち動物などが正常な生育過程において形態を変えることです。たとえば芋虫が蝶や蛾に姿を変えることです。カメラは今後その形態(外観だけでなく中身も)を大きく変えていくという主旨で使いました。
先日、仕事で HDR (High Dynamic Range) に関連する文献を調査する機会がありました。 ここではHDR の解説が目的ではないのですが、今後のカメラが進歩する方向を暗示しているように感じたのでその話をしたいと思います。話の都合上少しだけHDR
について述べます。
ハイダイナミックレンジ合成とは、コントラストの大きいシーンすなわち極端に明るい部分と極端に暗い部分が同居しているシーンで、そのままではダイナミックレンジが広すぎて記録したり表示したりできない場合に、コントラストを落として画像生成する処理です。言い換えれば明るすぎる部分を暗くし、暗すぎる部分を明るくして記録・表示する処理です。通常、HDRの処理は、同じシーンの露出の異なる複数枚の写真を撮影しておき、コンピュータ上で合成するのが基本です。従って撮影後の画像処理で対応するのが基本ですが、2〜3年前から内部で自動合成するカメラが登場しています。ただし、露出を変えて複数枚撮影するのでどうしてもタイムラグが発生してしまい、動きの速い被写体には使えないという問題があります。
HDR Image 1
HDR Image 2
さてここからが本題です。
カメラ内部で処理することが可能になった背景にはカメラのデジタル化があります。カメラが機械式だったころには考えられなかったことです。カメラが電子化され、カメラ内に高性能なマイクロプロセッサと十分な容量のメモリを搭載することにより、従来はカメラ本体とは別のパソコンなどで行っていた処理がカメラ内でできるようになりました。この傾向はHDR に限りません。たとえば、パース補正、アートフィルターなどがそうです。これらの処理は従来、カメラとは別の装置、たとえばパソコンで実行するのが一般的でした。まずカメラで画像を撮影しておいてからその画像をパソコンに移行し、パソコン上で必要な処理をするという流れです。最近ではそのような画像処理の一部がカメラに取り込まれるようになっています。カメラのデジタル化により、カメラとパソコンの守備範囲がオーバーラップするようになったともいえます。
話はソフト処理にとどまりません。先に述べたHDR の技術の中には、今までのHDR処理の問題点を解決するため、イメージセンサーを複数のグループに分け、露出の異なるイメージを同時に複数枚撮影する技術がありました。複数枚同時に撮影することにより、ショット間のタイムラグを解消できることになります。興味深いことは、本来ソフト処理だったHDRの問題を、イメージセンサーのハード構成を変えることにより改善したことです。電子機器の世界では処理を高速化するためにソフト処理をハード処理に置き換えたり、それとは逆にハードの簡略化あるいはコストダウンの目的でハード処理をソフト処理に置き換えたりすることはよくあります。ソフトとハードの明確な線引きがあるわけではないのでとりたてて注目することはないかもしれませんが、カメラが電子機器として進歩していることを実感します。
イメージセンサーは本来フィルムの置き換えだったのですが、電子回路であるがゆえに単なるフィルムの置き換えではなく、様々な機能を組み込める可能性があります。今後は、解像度の向上のみならず、カメラ本体で行う画像処理機能を補完すべくイメージセンサーが進歩することが考えられます。たとえば、コンポジット処理やノイズ低減処理をカメラ内で処理する可能性が考えられます。ノイズ低減処理は現在でもカメラ内で行っていますがまだ課題はあります。ソフト処理を絡めれば機能の拡張性は際限なく広がります。
その昔カメラはただの箱(?)でしたが今では電子機器に変態を遂げつつあります。変態と言っても外観の変化よりはむしろ内面の変化の方が大きいと言えます。そして変態後もその進歩を止めることはなく、メーカーがリリースする製品はパソコンや携帯電話度同様に短期間で世代交代しています。私自身はもともと技術者なのでカメラが電子化してもそれほど抵抗はありませんが、電子化により便利になった機能の恩恵を受けつつもあまり進歩しすぎるのは考えものだという意識がどこかにあります。その理由は様々ですが、道具に頼りすぎると人間の思考が停止すること、技術的な要因についての理解不足からくる誤解や不都合、写真の本質から離脱した応用、などです。とはいえ、これは使い方の問題ですから今後も変態を見守りたいと思います。
(2013年11月3日、文化の日。写真は文化か、と思いつつ。)
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