雑文
命の重み
雑食・肉食の人間でありながら、こんな思いを抱くのは
矛盾であり、傲慢であることを十分に承知している。
ちっぽけなちっぽけなハムスターに涙するものが、一度の食事で、
あるいは日常生活を送る上で、無数の命の上に存在を成り立たせている。
絶滅危惧種を保護するために、帰化種を捕らえたり、殺したり、
自然界では到底生き残れない生物を、かわいそうと気まぐれで抱き上げたり、
人工的に生き延びる命を見たり、
あっけなく散っていく画面の中で繰り広げられるゲームのような場面を見る度に、
人間に与えられたと思い込まれている権限について思う。
命をどうこうするのはきっと、自分だけで、
だからと言って、先日自殺した近所の人をかばうわけでもなく。
人間はややこしいシステムの中で、生きていく中で、
自分の命も人に預けなければいけなかったり、
勝手に自分で都合よく扱えなかったり。
そんな世の中で、命の重みなんていってもまちまちで。
私の場合、自分が子供であり、
その前に人間であるのに、
隣の家のわめきたてる、そのくせ挨拶も出来ない、子供より、
ずっと、動物、別に世の中で勝手に人間への都合で考えられた、
害獣だろうが、全てのもののほうが好きだ。
ただ、生理的にゴキブリを愛せるかときかれると、ノンだが。
でも、私がペットとして彼らを愛してることすら、
ナンセンスで。
それでも、彼らより、本気で「死んでくれ」と思う人間の対象がいたり。
こんなに人間が嫌いになってくると、
人間がゆがんだ食物連鎖の頂点にのさばりつづける限り、
私にも救いなんてないだろうなと思ったり。
種の保護をギャーギャー言うぐらいなら、
純粋な日本人、純粋な人間という種をさっさと作って、
普通でない、肉体的・精神的奇形を淘汰しちゃえば。
とか、ゴジラやジュラシックパークみたいなのに人間も食われる世の中になれば
もっと、世の中は平等になるんじゃないかとか。
そうすりゃ、きっと真っ先に死ぬのはきっと私で。
でも、それなら本望とか。
今はいわゆるペットロスかとか。
いろんな思いが頭の中を駆け回っていて。
それをまとめる気すらなくて。
20011218