Sweet Emotion



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「ここは……?」

喉の乾きで目が覚めた。

まず、目に飛び込んで来たのは見慣れない天井。

やわらかな日差しが部屋を満たしている。往来を行き来する人々の喧騒が微かに耳に届く。

身体(からだ)が妙に重いのは熱でもあるせいなのか。ならば、自分は薬の行商に来た地で体調

を壊して寝付いてしまったのだろうか――ツナガラナイ記憶。

カチャ。

ドアが開き、花瓶を抱えた青年が一人部屋へと入って来る。

青年は彼女に目を留めると、優しい笑みを浮かべた。

「眼が覚めました?二日も意識が戻らないので心配しちゃいましたよ」

言いながら青年は花瓶をベッドサイドの小机に据える。その一連の動作を見つめる彼女の視線に

気付いて、更に一言。

「ここの宿のおばさんが用意してくれたんです。綺麗ですよね」

にこりと笑顔を向け青年は彼女の額に掌を当てた。

さらりとした手の感覚。ひんやりとした体温が心地よく、自分の額から離された青年の手の動きを

見つめる。なんてキレイな指なのだろうと混乱した意識の中、思う。

「熱、だいぶ下がりましたね。気分はどうですか?傷は塞ぎましたけれど、出血が多かったので暫

く安静にしていてください。痕が残らないといいですけど……。やっぱり、女の人の体に傷が残っ

ちゃ、可哀想ですもんね」

彼女の混乱に気付かないまま青年は話を続ける。

「今回のことは、一応宿の人には、貴女が妖怪に襲われているところを悟浄と僕がたまたま通り

がかって助けたことにしてあるので、話合わせてくださいね。あと、やっぱり妖怪だと判ってしまう

と色々と不都合もあるので、眠っている間に耳に僕のスペアなんですけど、妖力制御装置付けさ

せてもらいました。そのせいで、通常より体調の戻り遅いかもしれませんけど、我慢してください

ね?」

青年はにっこりと音が付きそうな笑みを向ける。

「そうそう、着替えとか身の回りのことは宿のおばさんがやってくれたので、安心してくれていいで

すよ。僕たち、すごい勢いで部屋から追い出されちゃいましたからね」

あはは、と声を上げて青年が笑う。

そんな言葉を聞きながら、彼女はこの青年に警戒心を抱けない自分に戸惑っていた。では、自分

は知っているのか、この青年を?記憶を探る。思いあたらない――混乱。

自分は、何か大切なことを忘れているのではないだろうか?

「八百鼡さん?」

反応の無い彼女の様子に、青年が心配気に呼びかける。

その呼びかけに、初めて彼女の表情が揺れた。



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