Sweet Emotion



[V]

「たくっ、今日はついてねぇ」

悟浄は、宿への道を急いでいた。

路に他に人影は無い。そもそも、悟浄だってこんな時間に宿に戻るつもりはなかったのだ、当初

の予定では。

酒場での賭けポーカーではひとり勝ちのボロ儲けだったし、その酒場で一番の美女にも声を掛け

られた。これから一夜のアバンチュールを楽しむ予定だったのに……。

「はぁ」

思い返して何度目かのため息をつく。

途中まではいい雰囲気で事は進んでいたのだ、途中までは。突然、相手の女が豹変して誰彼構

わず絡み出し、大暴れした後、いきなり電源が切れたようにその場で寝始めてしまった。

いかにせ、知らない顔をして席を立つには先のポーカーで目立ち過ぎていたため、結局、その女

を家まで送り届け、ベッドに放り込んでくるはめに陥ってしまった。

飲み直すにはいささか勢いもそがれてしまったため、選択肢は“宿に戻る”しか残っていなかった

というのが、事の真相である。

「嫌いだ……酒癖の悪い女なんて」

いつになく弱気な発言を呟いたその時、異様な気を感じてその方向に顔を向ける。

とてつもなく大きな妖気が一瞬にして膨れ上がる。続く叫び声。微かに聞こえたそれは、とてもよ

く知った友の声に聞こえた。

「八戒……?」

確かあの方向は……。

考えるより先に、悟浄はその方向に向かって駆け出していた。


「なっ」

広場に駆け込んだ悟浄は思わず息を飲む。その目にしたのは、血まみれで女の体を掻き抱いた

まま微動だにしない八戒の姿。

そして、その場を支配する圧倒的な妖力(ちから)。一瞬にして肌が総毛立つ感覚。

「紅孩児っ」

悟浄はとっさに身構えたものの、紅孩児の放つその凄まじいまでの存在感(プレッシャー)だけで

その場に動きを封じられた。

そんな悟浄に冷ややかな一瞥をくれ、紅孩児は背を翻す。急速にその場の緊縛が解けていく。

「おい、紅っ!」

独角は立ち去る紅孩児の背を追いかけかねて、その場を振り返った。その苦渋に満ちた視線がま

だ身構えたままの悟浄を捕らえる。

「頼めた義理ではないが、八百鼡(そいつ)を頼む」

そう言い残すと、独角?は足早に紅孩児の後を追って姿を消した。

「何なんだよ、いったい。全っ然話がみえねぇぞ」

悟浄は毒づきながら、八戒へと目を向ける。そこに依然として八百鼡を抱き締めたまま蹲る八戒

の姿を認め、その尋常ならざる様子に眉をひそめた。

悟浄はおもむろに八戒に近づくと、その左頬を張った。

八戒は血で汚れた左手でその頬を押さえながら、ゆるりと視線を上げる。

「悟浄……どうしてここに?」

そして、また自分の手に視線を落とす。狂気の色を宿したその視線。

「血が、止まらないんです。このままじゃぁ、花喃が死んでしまう……」

呟く八戒の胸倉を掴むと、悟浄は勢いよく自分の方へ引き寄せた。それは、まるでその精神まで

も現実に引き戻すかの勢いで。

「おいっ、しっかりしろ」

八戒の瞳を覗きこみながら、一言一言を叩き込む。

「八戒、今のお前になら、出来るだろ。お前がやらなきゃ、ホントに死んじまうぞ」

八戒の瞳に徐々に理性の光が戻り始める。

「あっ」

「今なら、まだ間に合う」

八戒の視線が悟浄のそれと重なる。

「悟浄、もう大丈夫ですから」

いつもの八戒の口調に、漸く悟浄はその胸倉を掴んでいた手を離した。

「大分、体温を奪われている。とにかく出血を止めないと」

八戒は注意深く八百鼡の体を地面に横たえると、その傷口に気を送り始めた。



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