Sweet Emotion



[Prologue]

辺りが咽ぶような血の匂いに満たされていく。

流れを留めようと添えた指の間から零れ落ちていく生命(いのち)。

抱き締めた腕の中で徐々に失われていく体温。

記憶の混乱。

花喃、僕はまた君を失うのか……。

この手の中に、今、在る感触。

あの時、僕の指は君に触れることさえできなかったのに……。


狂気の波が押し寄せる。



[T]

「ぴーぴー」

最初にその気配に気が付いたのは、八戒の足元で丸くなって眠っていたジープだった。

よたよたと布団の上を進むと、八戒の顔を鼻面で突つく。

「ん……どうしたんですか?ジープ」

主人が起きたのを見て取って、今度はその袖口を引っ張る。

「ちょっと待ってください」

ジープが執拗に自分を窓の方に引っ張るので、八戒は枕元の片眼鏡を嵌めると窓辺に向かった。

窓に近付き外の気配を窺う。特段、自分たちに害を成すような気配は感じられない。

しかし、用心のため、閉じられたカーテンの隙間から外を覗き見る。通りの向かい、建物の陰に隠

れるようにしてこちらを見ている人影に気付いた。

更に注意深く、その人物を探り見る。

「八百鼡……さん?」

八戒がその名を口に乗せたのと、八百鼡が八戒に気付かれたことに気付き踵を返したのは、ほぼ

同時だった。

八戒はとっさに窓を開けると、そこから路上に飛び降りた。路地に姿を消した八百鼡の後を追う。

「なぁんか、ほっとけない感じなんですよね……」

走りながら自分の行動に理由を付ける。

先ほど垣間見た迷子の子供のような途方にくれた表情。それは、自分たちにとって敵だとか、いず

れ相対さなければならない相手だとか、そういう事を抜きにして手を差し伸べたくなる、そんな類の

モノのように思えた。



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[Prologue・T]
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