極めて非日常的なある日の出来事

[2]

「こういう時に限って、いらっしゃるんですよねぇ。紅孩児さんたち」
 退屈を持て余していた悟空は、嬉々として紅孩児と交戦中。
 先程の怒りの爆発を不発に終わらせた三蔵も――相当虫の居所が悪かったらしく――、珍しく李厘の挑発にのって臨戦体勢に入っていた。
 一行の半分が既に乱闘中ということなる。
「参りましたねぇ。僕、棒術の心得も無いですし、鎖鎌も扱ったこと無いんですけどねぇ」
「俺だって見よう見真似で気扱える程、器用じゃないってぇの。ま、何とかなるだろ」
「おい、沙悟浄。怖気づいたのか」
 残る半分が極めて緊張感の無い会話を交わしていると、独角が挑発するように声を掛けてきた。
「呼んでますよ?」
 八戒が促すと、悟浄はひらひらと手を振りながら残る八百鼡の方へと足を向ける。
「今、沙悟浄は、お、ま、え。オッサンの相手は任せたわ」
「ちょっと、悟浄?」
止める間もなく去る悟浄の背を見送って、八戒は溜め息をひとつ落とすと、残された選択肢の方へと足を向けた。

(さてさて、どうしたもんかねぇ)
 幾度目かの八百鼡の繰り出す突きを軽くかわしながら、悟浄は対応に苦慮していた。
 力の差は歴然としている。これが野郎だったらコテンパンにして、はい、終わりとするところだが、相手が若い女性――しかも、かなり必死とあっては、あまり手荒なマネはしたくないしなぁ、などと思ってしまう。
(筋は悪くないけどな)
 槍を繰り出すタイミングもスピードもなかなかのモノだとは、思う。だが――。
(攻撃が直線的過ぎ、っと)
 攻撃を紙一重でかわしながら、突き出された槍を片手で掴む。そうしておいて、槍ひとつ分の距離で八百鼡の顔をしみじみと見つめた。
「へぇ。あんた結構、美人だねぇ」
 あまりに場違いな台詞に、八百鼡の動きが一瞬止まる。その隙を突いて、悟浄は握った槍を捻り上げた。
「きゃああ」
 勢いで、八百鼡の体が地面へと投げ出される。
 八百鼡は即座に上体を起こすと、くやしさに唇をかみ締めたまま、目の前の人物を睨みつけた。
「そういうのも、そそられはするけどな」
 悟浄は自分に向けられるキツイ眼差しを軽く受け流す。
「でも、そんなおっかない表情(かお)してたんじゃ、いい女が台無しだぜ?」
 言いながら、ひょいと腰を屈めると、更に一言。
「ところで、あんたって紅孩児のコレ?」
 八百鼡の目の前で小指を立ててみせた。

「どこ見てんだよ。悟浄!」
(ったく、あの人はっ)
 独角の攻撃を受け流しながら、八戒は毒づく。
別に悟浄の行動を見張っていたわけではない。が、たまたま目の端に入ったのが、どう見ても悟浄が八百鼡に迫っている――あるいは、口説いている――といった状況のもので、しかも、今現在の事情を知らない人間が見た場合、それはそのまま自分の行動と見られるという事実に八戒の怒りが頂点に達した。
(今日は行動を自重するように、あれほど言ったのにっ)
 怒りのままに、独角の振り下ろした刃を力まかせに振り払う。
「やっと、やる気になったか」
 独角は嬉しそうに構えをとった。
「ちょっと、待っててください」
 しかし、そんな彼を無視して八戒は向きを変える。
「な、逃げる気か?」
「逃げる?とんでもない。貴方の相手は後でちゃんとして差し上げますよ」
 それまでと打って変わった気迫と冷ややかな視線に、独角は次の行動に移るきっかけを永遠に失ってしまった。

「三蔵」
 独角の動きを封じ、まず八戒が足を向けたのは李厘と交戦中の三蔵の元へだった。
 突然の乱入者に、今にも三蔵に跳びかかろうとしていた李厘の動きも止まる。
「お取り込み中悪いんですけど、ハリセン、貸して貰えます?」
 八戒の怒りの矛先が悟浄に向かっていることを見て取って、三蔵もそちらに視線を向ける。
「何をやってるんだ、あの馬鹿は……」
「ロクでもないことだと思いますよ」
 三蔵は眉間に皺を寄せると、どこからとも無くハリセンを取り出し、それを八戒に手渡した。
「早くどうにかしろ」
「ええ、そのつもりです」
 そんな二人のやり取りをきょとんとしたまま見ていた李厘だったが、やがて、どうやらその話に八百鼡がかかわっているらしいことに気付き、八百鼡の姿を探した。そして――。
「あっ、あいつ、八百鼡ちゃんに何する気だっ!」
 八百鼡を助けるために駆け出そうとしたところを、三蔵に首根っこを掴まれ、足が宙に浮く。
「何するんだよ」
「お前が行くと話がややこしくなる」
「放せよ!このタレ目ハゲっ」
「誰がハゲだっ」
 じたばたと足を振りまわす厄介ごとのタネを片手に、三蔵は軽い頭痛を覚えていた。

「なっ」
 突然の不躾な問いかけに、八百鼡の顔が朱に染まる。
そんな様子を見て、あ、違うんだ。おたくの大将も固いねぇ、などと目の前の男は一人で納得をしていたりする。
自分が知っているハズの“猪八戒”という人物と、今、自分の顔を覗き込んでいる男との印象がどうにも一致せずに、八百鼡は軽いパニックに陥っていた。
「あの、八戒殿?いつもと様子が違くありませんか?」
 おずおずと疑問を口にしてみる。
「あ?ああ、いつものアレね。あれは作ってンの。演技よ、演技。ところで――」
 ずいっと、一段と近くに顔を寄せる。
「今度、真夜中のランデブーとシャレこまない?他の奴ら抜きにしてサ。天国までイカせてやるよ」
 と、次の瞬間――。
 スパコ――ン
 これ以上はないのではないかという――しかし、いささか場違いな――大きな音が、その場に響き渡った。
「いってぇな。何しやがる、クソ坊ず……」
 悟浄は殴られた後頭部に手をやりつつ、勢い込んで振り向いた。が、そこに見出したのは三蔵の姿ではなく……。
「その姿でいる間は、僕の品性貶めるような言動は慎んで下さいって言いましたよね。悟浄?」
 ハリセンを片手に、悟浄の顔で八戒がにっこりと笑みを浮かべていた。しかし、その目が笑っていないのがかなり怖い。
 しかも、背後に漂う青白いオーラを一瞬垣間見たような気がして、悟浄は目を瞬(しばた)かせた。
「でもよ、美しい女性を前に口説かなかったら相手に失礼っていうか、狩人としての本能がだな……」
「そういうことは、無事に元に戻ってからやってください」
 言い訳をなおも言い募ろうとする悟浄を、あっさり八戒は切り捨てる。
「へぇ」
 が、悟浄もそうそう言われるままにはなっていなかった。何とかいつものペースを取り戻すと、ちらりと八百鼡に視線を送る。
「ヤっちゃってもいいわけ?」
 ぶちっ
 何かが切れる音を確かに聞いた、と悟浄は思った。
「それ以上、その口でくだらない事言ったら、後で酷いですよ?」
「はい。もう言いません」
 目の前の笑顔が、凄絶なという形容が付く笑みに豹変する。自分を取り巻く気温が一気に低下するのを感じ、悟浄は怯えながら両手を降参の形に上げた。

「八百鼡さん」
 それまで目の前で繰り広げられていたやり取りを呆然とした態で見ていた八百鼡は、突然呼びかけられて、ビクっと肩を震わす。
 恐る恐る声の主に視線を向ければ、心配そうに自分を覗き込む優しい瞳と目が合った。
「大丈夫ですか?ケガ、しませんでした?」
 紅い髪、紅い瞳――その特徴から、目の前の人物は“沙悟浄”、その人であるはずなのに……。先程までとは打って変わった彼を取り囲む穏やかな雰囲気も、気遣うようなその視線も、全然別の人物を連想させる。
「八戒殿?」
 思わず出た八百鼡の問いかけに、青年は苦笑を浮かべる。
「はい」
 八戒は返事をしながら、未だ地面に座り込んだままになっていた八百鼡が立ちあがるのに手を貸した。
「混乱させちゃいましたね。どこかのおバカさんが、年甲斐もなくおバカなことをやらかしてくれたものですから、今日は、ちょっとややっこしいことになってしまっていて……」
 語られる言葉の端々にチクリチクリと毒を持った棘が含まれる。いたたまれずに、視線を明後日の方へと向けた男が一人。
「あ、血が。手当てしないと」
「ちょっと擦っただけですから、そんなに気になさらないで下さい」
 八戒が八百鼡の肘のケガに目敏く気付いて言えば、八百鼡はそう応える。
そんな二人の会話を横目に、悟浄はボソリと呟いた。
「……むっつりスケベ」
「今、何か言いましたか?悟浄」
「言ってませーん」
 悟浄はぶんぶんと頭(かぶり)を振った。
 と、その時、八戒と八百鼡の間に小さい影が飛び込んで来た。
 その影は八百鼡を自分の背に庇う様に立つと、自分より遥かに背の高い男を睨みつける。
「やいやい、エロ河童に飯炊き男。八百鼡ちゃんに変なことしたら、オイラが許さないぞっ」
(……はははは。誤解なんですけどねぇ)
言っている意味が判っているのか、いないのか。勢いで捲し立てる李厘に八戒は苦笑を浮かべざるを得なかった。

「さて、と」
 八戒は事態に収拾をつけるべく、紅孩児の方を見やった。
「紅孩児。見てのとおり、こちらは現在取り込み中なので、今日のところはお引取り願えませんか」
 途中から事態の成り行きを呆然と見ていた紅孩児は、突然、自分に話がふられたために反応が遅れた。
「今日の八戒には逆らわない方がいいと思うな」
 横で悟空が怯えたような目を向ける。
「八戒?あれは、沙悟浄ではないのか?」
「今日は八戒なんだよ。八戒、怒ると怖いんだぜ。飯、作ってくれないしさ」
 三蔵一行の意外な力関係を目の当たりにして、薄ら寒いモノを覚える紅孩児だった。
「紅孩児?聞いてます?」
「ああ、判った。今日のところはひいてやる」
 再度の呼びかけに、これ以上ペースを乱されるのはご免だ、とばかりに紅孩児は早々に撤退を決意した。

 その後は、特にトラブルもなく、一日を終えることが出来た三蔵一行。
 翌朝には薬の効力も切れ、八戒と悟浄の入れ替わりも後遺症が残ることなく無事に解決となった。
 ただし、その後、数日の間、八戒の言動に怯える悟浄の姿が見られた、とか。

<END>
copyright:AkiraUshio

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読み物って、筆者がいかに読者に想像力を与え得るかが勝負よね。(小難しく綺麗な漢字を並べれば容易く実現できるかってーとそういうもんでも無く。)
―イマジンが抽象でなく具象であること。
面白いか否かってそういう部分が運命の分れ目だと思うし、入れ替わりモノには殊更に必要とされるものじゃない?
八百鼡に迫る八戒な悟浄も、静かにキレる悟浄な八戒もイイ!
でもイイぢゃん、て思うのも、与えられた想像力が十分で、映し出される情景が確かなイメージとなって脳裏に浮かぶから。そう誘導してくれてるからなんだよ。
…ふ、不本意! うまく言えないっ。あたしとしたことが(^^;
だから。きゃらはこれカナリ好きぃ てことなのー(>_<)o
from きゃらいあ


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