心に残った言葉、、、、
名言集ではないかも?



成せばなる 成さねばならぬ 何ごとも 成らぬは人の成さぬなりけり
山形藩・第九代藩主上杉鷹山
 仕事をしていて、一番ガッカリするのはすぐにあきらめる人。
そして、分析ばかりの人。分析と評論は誰にでも出来る。
現場は、分析からの一歩が欲しい。
問題点ばかりあげつらっている人の話を聞く度に、だからどうなんだ!どんな一歩がある!
と言いたくなる。気が弱いから心の中で。笑

世の中のいろんな出来事は解決できないことが多いのかもしれないが、小さくてもいいか
ら一歩が欲しい。



悔いが残る
野茂英雄
 引退時の野茂のコメント。
以前から、野茂の孤高の姿が好きだった。

 悔いが残るという野茂の言葉は、彼らしくてますます好きになった。
50代になり、残りの人生が見えてきた今、若いときにしなかった後悔と無駄に過ごしたのではな
いかという迷いがある。



人の世の中で起こることはすべて必然、必要で、振り返ってみれば すべてベスト
タイミングで起きている。
 

船井幸雄
 この世には原因があり、それが必然の結果であるという。
だから、現在の生活や境遇や処遇に対して、他の者に不満を持つのは間違いと言える。

 自分は必然もあるだろうけど、運が関係した必然もあると思う。
その場合は、「原因→結果」だけでなく生まれた星の下の何かが影響していると感じる。
スポーツなんか見てるとわかりやすい。
チャンピオンになるのは、努力+運である。

 すべての結果や現象を自然な結果と受け入れ、ストレスをためないのが一番である。

 
人の短を道うこと無かれ,己の長を説くこと無かれ 
空海の書いた掛け軸から 
 三筆の一人である空海の風信帳の実物を見てきた。
24歳の時の空海の字もあった。
そんなにうまいのかなぁ。もっともっと達筆の人がいるような気がするけど。
ただ,空海と思ってみるせいか高貴なものが字全体から溢れていた気がする。

 自己アピールの現代に,空海が生きていたらどう考えただろうか?
これからの能力給の時代だと,何となく自分の存在がどれだけ他より必要かを主張しなくてはならないような気になってしまう。 しかし,そんなのは自分は好きになれない。

 五本の指があって手の機能を果たしている。
親指や人差し指だけでなく,小指まで評価できるようなシステムなのだろうか?
何でも「アメリカのシステムや欧米では,・・・・・」と言う人がいるが,そんなに欧米のシステムがすばらしいのだろうか?



 がんばりすぎてもろくなことはない。 
寺島しのぶ 
 30歳の寺島しのぶにしてはこの言葉は早い気がするけど、最近そう思うようになってきたな。
頑張りすぎるときって、独りよがりの自己満足であったりすることがある。
きっとそんなときは、周りの人間が迷惑に思っているんだろうなぁ。
「もうほどほどにしとけば?」なんて言えないだろうし。

 グループの中に正論を吐いて、なかなか自分の意見をまげない人がいたら大変なことになる。
言いたいことはわかるけど、今それを言い始めたら仕事が終わらないだろうとつい言いたくなる。
下手にそれを口にすると、「いい加減なやつだなぁ」とか「やる気がないなら黙っててくれ」と言われそう。

 どうしても譲れない部分はだれにもあるだろう。
そこはがんばるのは当然だが、ほどほどに流す部分も大切だと思う。
また、それができないと協調性がないと思われることもある。
人に与えられた時間も労力も限りがある。

 今の私は、いかにしたら手を抜けるか、早く終わるか、それでいてほどほどに見えるか考えてし
まう怠け者である。


 自信満万に見えるって? そう見せてるだけですよ。 ヘヘッ、そんな人いません。 
久米 宏 
 18年続いたニュースステーションを降板する記者会見の言葉だった。

 最近の報道姿勢が偏っている気がしてあまり好きではなかったが、この記者会見の言葉
で、やはり大人物だったんだなぁと感じた。
大人物という言い方はおかしいかもしれないが、日本のマスメディア史上「久米宏」以上に
影響力を与えたキャスターはいない。報道という点で賛否両論あるのだろうが、彼ほど世論
を形成づけた人はいない。彼のコメントを通して世の中を見て育った大人がかなりいるので
はないだろうか?

 その久米宏のこの言葉は非常に親近感を与えてくれたし、やはり人の子なんだなぁと安心
もした。
大人って、みんな何かしらのキャラをつくって振舞っている。
一皮剥けばみんな同じになるのではないだろうか?
「なーんだ、あなたもそうでしたか?」と。

 自分だけ弱いのではなくみんな同じで、あらためて自分もがんばらねばという気持ちにさ
せられた言葉だった。


 心配事は考えれば考えるほど増える。 
パックマン 
 誰かが未来には夢があると言ったがウソだろうな。
いつまでたっても悩みと不安は消えない。
その時々の心配の種があるものである。

 考えなければならない心配事と考えてもどうにもならない心配事がある。
どうしようもないことは、考えることも悩むこともやめてその時を待つのがベスト
なのかもしれない。

 夜中に、突然目が覚めるときがある。
悲しいことやろくでもないことが頭の中を巡っている。
それからは、おそらく心配事のオンパレードだろうな。
そんな時は、ろくでもないこと(低レベルなこと)を考えて忘れるのが一番。

 人間は考える生き物だが、考えてもどうしようもないことや結論の出ない事を
考えるのは人生の無駄ではないだろうか。
人間は皆キリストでも釈迦でもない。悟れないのである。
また、無理に悟る必要があるだろうか?
刹那的に生きる(その時々の単純な喜び)術も大事なことだと思う。

 わがままを言えるような人生は短い!


 ドイツ車は走ればよいということでデザインは無骨で機械としてはいいが、
人間とのインターフェイスが無い。
実用品には愛情が湧きません。

 イタリア車となるとハレの世界ですね。
アリアを歌い出したくなります。

 車に興味を持つのは中年以上です。
残念なのは今の男の子たちですら、無関心で無感動それに無気力なんですよ。
小林 彰太郎 
 雑誌の記事を読みながら、幸せな気分になった。
自分のバイクはドイツ車なので記事には少し不満だけどわかる気もする。
R1100GSは移動の便利さや走りの信頼や安全性は高いが、自分も実用品の気
持ちがどこかにある。前のバイクに比べると磨かなくなったし。

 
 幸せな気分になったのは、車に対しての愛着で人生を過ごしたコメントだった。
人生から無駄を取り除いたら、残るのは死ぬしかないのではないだろうか?
無駄という言い方は失礼かもしれないが、そんなもんではないだろうか?
何のために生きる?と聞かれて、明確に答えられる哲学者は何人いるだろうか?
バイクなんて、無駄なものである。単純に楽しめればよい。

 そのバイクにわくわくしながら、これからも生きたいと思った。


人は何かを手に入れようとすると,何かを失い始める。
NHKドラマ(死者からの手紙)から 
 久しぶりにNHKのドラマを見た。
シナリオがしっかりしてて,丁寧につくってあった。
ドラマで風吹ジュンが「何かを犠牲にしなさい。何かを手に入れようとするならば」
という場面もあった。 同じ意味なんだろうな。

 
 当たり前のようなんだけど,時として,すべてが手に入るような錯覚をもってないだ
ろうか?
人生はプラスマイナス0で,最後に収支決算がある。 

 
 最後に何が残っているかが,その人の生きた証なのかもしれない。


こなごなに砕かれた 鏡の上にも 新しい景色が 映される。
覚 和歌子 
 「日はまた昇る」とか「朝の来ない夜はない」などという言葉は好きではない。
朝が来ないと感じるだけのダメージを受けている人がいる。
元には戻らない場合もある。
この言葉は,幸せな人が発する気休めにしかで聞こえないときがある。

 「こなごなに砕かれた鏡は元には戻らないけど,何かを映す」という言葉は,
辛い人生に一つの光明を与えてくれるような気がする。
人生は丸い大きな鏡を粉々に砕きながら生きていくのではないだろうか?
あまりにも小さくなって,何も映すことが出来なくなったら休んでよいと思う。


泣いても笑っても同じなら,辛いことを笑いとばしましょう。
真 世 
 新婚さんいらっしゃいで,放送後になくなった女性がテレビで言ってました。
余命半年と言われても前向きに生きていた姿に,感銘を覚えました。

日本社会は義理,因縁,情実,不公正が複雑に入り交じった
嫉妬の大海である。
田中 角栄 
 跳ねっ返りは排除される。分相応に目立たず,万事に控え目がいいらしい。
実力万能のアメリカ社会と日本社会は,気質の点で本質的に異なっている。
最近,日本人の価値判断が嫉妬に基づくと感じているのは自分だけかな?
高橋バッシングがそのいい例だと思うけど,,,。

たとえ世界の終末であろうと,
私は,今日,リンゴの木を植える。
 
 あまり遠い先を考えて,浅知恵を働かすのはイヤだなぁ。
あきらめず,あせらず,取り組みたい。

言葉はただだから,いくらでもつかうのよ。
 テレビのトークから
 確かにそうなんだよなぁ。
心の中で何を思っていても大人は上手に言ったり接したりすべきなんだろうな。
無口で世渡り下手な自分には,もう35年は前に聞きたかった。
まぁ,今さら性分はかえられないか,,,,。

17歳が問題じゃない。
17歳の子供を持つ親の世代,それこそが問題なのだ。

 渡辺 靖彰
 親父をやっているのか心配になってきた。
ダメという言葉が死語になったように,なんでもいいなりではないだろうか?

忠告は一番槍(いちばんやり)より難しい。
 山田 方谷
 「何かをやろう。」と言われたときに,「NO!」とはなかなか言えない。
協力的でないとか,やる気がないという評価がつきまとうからである。
これだけ価値判断が分かれている時代だけに,なおさらそうである。
 後退を意味するアドバイスほど,難しいものはない。

他人にいくらばかにされたって,人間の値打ちは少しも下がらない。
自分で自分を粗末にしたら,3文の値打ちもなくなる。

 むのたけじ
 若い頃は,他人に冷徹なくらいに自分が見えていないときがあった。
経験を積み,失敗を重ねることで,少しずつ何かが見えてくる。
そんな時,今度はふと自分自身に自信がなくなるときがある。
 有能な他人と比べて嘆いたり,他人の評価(評判)ばかり気にする時は,
自分自身を見失っているときだと思う。
人間の値打ちは何なのか? もう一度,考えてみる必要がある。

風景が記憶している。
 神戸のある母
 震災後5年がたった。
我が子を失った母親の言葉である。
その子と同じ高さの視線で,震災後の近所を歩き回ったそうだ。
亡くなった子も同じ風景を見ているので,風景が子どもを記憶していると。
同じ風景を見ることで,その子と共通の思いを共有できるという感覚なのだろう。
 母親の子を思う気持ちが痛いほど伝わってくる言葉だった。 

明日のことは,明日みずから思いわずらうだろう。
労苦は,その日一日だけで充分だ。

聖 書
 禅語にも「莫妄想」という同じ趣旨の言葉がある。
キリギリスのように今さえ楽しければという意味ではなく,その日その日を大切に生きるという意味なのだろう。 
 気の持ちようで,悩みが数倍にも数十倍にも膨れあがる。考えても無駄なことは考えない。また,明日の分まで煩うのも馬鹿馬鹿しいものだ。 

「よし,朝だ!」というのも「あーあ,朝か」というのも,
                    あなたの考え方次第だ

ウェイン・W・タイナー
 毎朝,毎日,また日常の出来事をどう受けとるかでだいぶ生き方が違うだろうな。
起こったことは受けとめるしかない。どう否定しても戻るわけはないのだから。

「やってみせ,いってきかせて,させてみて,ほめてやらねば,人は動かぬ」
山本五十六
 子どもに模範を示して理解をさせ,その上で「させたり,ほめたり」という意味だろう。 主体的とか言って,子どもに何でも自由にさせたり好き勝手をさせていないだろうか?
大人も「ほめる」ための努力をしているだろうか?  

「忍耐がどんな難問にも解決策になる。」
吉田 茂
 自分の思っていた吉田茂と違うイメージだった。 まるで,徳川家康のようだ。
焦って, みっともないマネを繰り返すより,我慢している方が確かにいい

「政治は愛だとか優しいと言った名詞や形容詞ではなく、
「私はやる」という動詞で語るものだ。」
中曽根 康弘
 政治の社会だけでなく,一般社会にもあてはまるのだろうな。
一般に,名詞や形容詞は共感をよぶが,動詞は批判される。自信のある人だと思う。

相手の弱さを責めるのは簡単だよ。
でも本当にタフなヤツが、ひとの弱さを責めたりするかい?

(ドン・アラモス・チッピーロ『裸の鳥はなぜ青い?』 )
 タフな人って,どんな人だろう?
黙っている奴は損ばかり,,,。
きっと,そんな俗なことを気にしないで,孤高でいるのが一番カッコいいのだろう。