You'd Be So Nice To Come Home To

「帰ってくれてうれしいわ」という邦題と、ヘレン・メリルの歌が有名な事から、どうしても夫あるいは恋人の帰りを家でずっと待つ女性の姿を想像してしまうが、実はちょっとニュアンスが違う。
この歌が流行したのは1940年代の第二次世界大戦の真っ只中で、遠い異国に戦争に行った兵士が自分の家族、あるいは恋人を想い聴いたり歌ったりした曲だ。だから本来は「待っている人の元へ帰れたらどんなに幸せだろう」といった曲なのだ。
ということで、まぁ「夫あるいは恋人の帰りを家でずっと待つ女性の姿」というのはある意味間違ってはいない。

しかしヘレン・メリルの歌からはそんな事が想像出来ない。それは何故だろう。この曲が入っている有名な「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」がレコーディングされたのは1954年で実は第二次世界大戦が終わって10年以上経った頃なのだ。おそらく彼女は「帰ってくれてうれしいわ」という意味でこの歌を歌ったのだろう。その相手は戦争から帰ってきた夫や恋人かもしれないし。遠くの出張先から帰ってきた人かもしれない。

日本ではよく「亭主元気で留守が良い」なんてことを言うけど。本当にそうだったら結構寂しいのではないだろうか。「かみさんには頭が上がらなくて」みたいなことが美徳とされているような気がする。あるいは、自分は立場が弱いという事を言い訳にしているような気もする。
家に帰れば待っている人がいる。そういったことは責任にもつながる。

ちょっと話の方向が変わってきたなぁ・・・・・・。
ようするに「家に帰んないとかみさんがうるさくて」では無くて、「オレの帰りを待ってるかみさんのために俺は帰る」って言えた方がかっこいいな。