Yesterdays

まるで時間が止まったかのような街の、閑散とした通りの一角に私の店はある。名前は「レイクサイド・カフェ」とはいっても別に湖が近くにあるというわけではなく、ただたんにいつかは湖のほとりに店を出したいという夢があってつけた名前だ。
 平日こそ人は入らないが週末ともなるとキャパ20人程度の店はだいたい満席になる。昼間は喫茶店、夜はバーといった感じのよくありがちな店なのだが、本格的な音楽を聴ける店はこの辺りの街ではここだけとあって、100kmほど離れた街から毎週通ってくる常連客もいる。


今日は連休明けという事もあってか、まだ午後8時を少し回ったばかりだというのに店には私1人しかいない。だからといって店を閉めるわけにもいかないので、古いレコードやCDを整理することにした。
 この作業は今月に入ってもう3回目になる。だからほとんどがA〜Zまできれいに整理されているのだが、それでも1枚1枚ジャケットを眺めてはラックに戻すという作業は、庭に出てコーヒーを飲みながらする読書よりも、仲間と酒を飲みながらするJAZZ談義よりも、世界地図を広げて世界一周の旅を想像する事よりも楽しい。
 ここの常連客でもある作家のR氏は、私がこの作業をするのを見るたびに「そんなじじいの盆栽いじりみたいな事やってんじゃねえよ!スポーツをしろスポーツを」というが私は「オレがやってる事をじじいのそれと一緒にするな!オレのはそんなのよりもアグレッシブでエキサイティングなんだよ」と反論する。
 約3000枚ほどあるレコードの中でも特に気に入っている何枚かのレコードだけはいつもターンテーブルの横においてある。主なものをあげるとCannonball Adderleyの「Know What I Mean?」、John Coltraneの「My Favorite Things」,Sonny Rollinsの「Saxophone Colossus」、まぁ、そんな感じだ。その中でも「Saxophone Colossus」は私が生まれて初めて買ったJAZZのレコードで、その青いジャケットを見ると1度は聴かないと眠れなくなったしまう。2、3ヶ月ほど前に行ったレコード店で私はそのジャケットを見てしまい、その時はそのまま家に帰って晩御飯を食べて風呂に入って寝ようとしたのだが、どうしてもあの青いジャケットが気になってしまい、深夜にもかかわらず、わざわざ店まで行って朝まで繰り返し聴いてしまった。
 その時私は我慢する事は身体に良くないから我慢するのは止そうと決めたのだ。
 Prestige(レーベルの名前)のレコードにゆっくりと針を落とす。と同時に入り口のドアが開いた。「あのぉ、まだやってますか?」
頬を赤くした青年の吐く白い息を見て外の寒さを想像してみる。
「ええどうぞ、カウンターでもいいですか?」
「ええかまいません、あぁよかった」
とてもバランスの取れた体つきだ。服装にしてもその辺の会社員には見えない。だからといって「お仕事は何をやってるんですか?」なんてたずねるわけにもいかない。そんな質問をする人間を私は本能的に遠ざける。
「外は寒いでしょう?」
脱いだコートの内側のタグにイタリアのブランドのマークが書いてある。
「いやぁ、寒いなんてもんじゃないですよ。このお店の明かりが見えた時、神様は私のことを見捨ててなかったんだなって本気で思いましたから」
「そうですかぁ、じゃぁこれも運命かもしれませんね」
といって私は笑いかけたが彼は脱いだコートを手にもったまま、まったくの無表情で空中のある一点を見ていた。
「どうかしましたか?」思わず私はそうたずねた。
「えっ、あぁいやぁ、この曲何ていう曲なんですか?」
「あぁこれですか、ソニー・ロリンズのセント・トーマスですよ、これがジャケットです」そう言って私は青と黒のジャケットを彼に差し出した。
「聴いた事あるんですよねぇ、でもどこで聴いたのか思い出せなくて」
ジャケットを受け取った彼はそれをほとんど見る事もなく、カウンターの上のキャンドルの炎を見つめながら遠い記憶を探っているようだった。
「あのぉ、すみませんけどご注文は?」
「あっ、ごめんなさいすっかりわすれてた、えーっと、そうですねぇ、じゃぁオールドクロウのロックをください、ダブルで」
「かしこまりました」
マックス・ローチのドラムに合わせてグラスに氷を落とす。
「たしかヨーロッパだったと思うんだけどなぁ、いやアフリカかなぁ、それとも・・・・・モンマルトルのムーランルージュ! いややっぱり違うなぁ」
「へーぇ、お客さんいろんな国に行ってるんですねぇ」
「ええ、まぁ、ほとんどが仕事ですよ」
つぎおえたオールドクロウのグラスを彼の目の前に差し出した時、彼は突然立ち上がって私に握手を求めてきた。
「思い出しましたよ、マスター!!マルセイユです!」
「えっ、マルセイユってフランスのですか?」
「そうです、いやぁ、さっきマスターが私の目の前にグラスを差し出したでしょう、同じだったんですよ、あの時と」
フランスでもJAZZは盛んだと聞いた事があるが、しかし何故またマルセイユなのか気になった。
「マルセイユにも仕事で行ったんですか?雑誌なんかで見た事はありますが美しい街ですよね。」
「そうですね街は美しいですよ」
急に彼の目が真剣になったのでやっぱりまずい質問をしたかなと不安になった。
「サッカーをやってたんです」
彼は突然そう言った。
「えっ?それはプロでやってたって事ですか?」
「ええ、まぁそうです」
「なるほど、いやね、お客さんがお店に入ってきたときに思ったんですよ、バランスの取れた体つきだなぁって」
「いやぁ、そう言われると照れます」
本当に彼は照れていた。実際に顔を赤くして。
「昨年のオフに引退したんです、周りの人達には強く反対されて私もかなり悩みました」
「とくに体力に限界を感じたとかいうんじゃなかったんですね」
「まぁそうです、実際ヨーロッパ各国のクラブチームからのオファーもありましたし、私30歳なんですがこの年でプレーを続けるなんて普通ですからね」
私は彼の話しに深く興味を持った。どうしてもその理由を知りたいという衝動にかられ「良かったら話しを聞かせてもらえませんか?」と私がたずねる前に、彼はみずから告白を始めた。
「マルセイユには99年から2000年にかけての1年間しか住んでなかったんですが・・・・・大変な年でしたよ、私の人生の中で一番かもしれない
私は1996年から98年までの3年間、スペインのバルセロナというチームにいました、92年にオリンピックが開催された都市です、バルセロナはスペインリーグでも中堅クラスのチームでその中でも常に上位進出を狙える力を持ってました、私が入団した最初の年はほとんど出場の機会は与えられませんでした、その年は出場わずかに4試合、しかもそのすべてが途中出場です、そしてチームも低迷し結局20チーム中11位という過去10年間で最も悪い成績でシーズンを終えました、2年目に入ると徐々に私の出場機会も増えてきました、スペインリーグの特徴でもある早いパス回しにも慣れて来て、シーズンの後半からはほぼ毎試合使ってもらえるようになりました、それに連れて結果も残るようになりました、3試合に1点の割合でゴールも決めたし2試合に1つの割合でアシストも決めてたんです、あっ、言い忘れましたが私はMFをやってました、そんな中である日私はある女性と知り合いました彼女はフラメンコダンサーでした
 その日私はチームメイト数人とバルセロナ市内にあるパブに行きました、そこで彼女は踊ってたんです、恥ずかしいのですが一目惚れでした、まるでロートレックの絵のようしなやかで、ロートレックはフラメンコダンサーの絵なんか書いてないかもしれませんがなんと言うか・・・・・・・・」
「躍動する線が美しかった?」
「そう、そうなんです、ロートレックをご存知なんですね、いやぁうれしいなぁ、それで、古い言葉で申し訳ないのですがもうメロメロで、ゾッコンLOVEで、彼女にくびったけで、ズッキンドッキンでした、私は見ての通りシャイな人間なんで彼女に声をかけるなんてとてもじゃないけど考えも出来なかったんです、そうしたら一緒に行っていたチームメイトが私を見て何かを察したらしく、私達のテーブルに、なんとその彼女を連れてきてくれたんです、なんて余計な事をしてくれるんだと思いましたね、でも事実目の前にはその彼女が座ってるんです、私は意を決しました、こうなったら口説き落とすしかないと、でも不思議ですねぇ、スペイン語だと、思った事をストレートに言えてしまうんですよ、愛してるとか、君は美しいとか、君が僕のものになるのならば、僕は死んでもかまわないとか、君の瞳を、タイホするとか、いやこれはギャグですよ、あははは、あははは、いやだなぁ本気にされちゃぁ」
「それからどうなったんですか?」
「それで信じられないでしょうが、私はその日のうちに彼女とセックスをしました」
彼の告白は更に続いた。

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