雨と子犬

 

風が吹いて、棕櫚の葉から水滴がぼろぼろぼろっと落ちる。

朝まで雨が降っていたのだろう。空は白い。少しくすんだ白だ。
 人はだいたい何故空を白いと思わないのだろう。空っていうのは晴れたら青で曇れば灰、夕方はピンクやオレンジや赤で夜は紺と決まっている。だって、白い紙のように白い空なんて想像しにくいものだ。
 とにかく、夕べの天気予報で一日中雨と言っていたけれど、今は降っていない。

 電柱に集まった電線。新築の家のガラス窓が見える。それから、それから僕の部屋のアルミサッシの窓枠、開きっ放しのカーテンと羽毛布団からはみ出した僕の足が見える。

背中に強い疲労を感じてぐいと伸ばす。羽毛布団が砂丘のように、形を変える。
 子犬がフローリングを歩く音。隣の部屋で僕の恋人が子犬に無理を言っている。ほらそこのリモコン持って来て。お口にくわえて私のところに持ってきてちょうだい。

 また風が吹いた。さっきよりも多くの水滴が、棕櫚の葉から落ちる。子犬が吠える。屋根を叩く音がして、少し雨が降った。僕はCDプレイヤーのスイッチを入れて、夕べ寝る前に聞いていた音楽をまた、聞きはじめる。
 憂鬱といえば憂鬱なジャズだ。
けれども何も好んで憂鬱な一日を始めようってわけではなく。昨日と今日が同じ種類の時間の流れに属していることを確認するというか、同じ流れに属させるというか。とにかくこのワルツが僕は大好きだ。ピアノが十三分だか十四分間保ち続けるリズムが好きだし、ソプラノサックスの音色が好きだし、アルバムジャケットが好きだし、僕はこの曲が大好きだ。
 それから僕は、想像する。セックスをするけど約束をしたがらない女の子と、約束をしないとセックスをしたがらない男の子の話だ。それはとても簡単なこと。

少しだけドアが開いて、カシャカシャカシャと爪を鳴らして子犬が部屋に入ってくる。お邪魔します。
 そう言ったのはもちろん僕の恋人で、子犬ではない。
 子犬は僕のベッドに飛び乗ろうとして、失敗した。二度目に少し力をためて僕のベッドに飛び乗る。子犬は挨拶程度に僕の鼻先を少しなめ、僕の足元に落ち着いた。
 彼が僕のベッドに落ち着くと僕は、身動きが、とれない。彼はいつでも寝ているけど、それを邪魔されると低く唸るからだ。

 どうする。僕は子犬に問いかける。さっきの話の続き。白い毛に覆われたピンク色の耳を一瞬だけ動かすが、彼は沈黙を守る。

 どうしようか。彼が自分の沈黙を守るなら、僕だって自分の会話を守る。
 よくドラマなんかで男にふられた主人公の女がペットに話し掛けたりするシーン。まさにそんな感じだ。おまえだけだよ。とか言って、そのおまえさんは別に他人の話なんかに興味はなくて、どちらかといえばだるい話なんか聞きたくないんだ。
 僕はいつだって子犬に話し掛ける。僕たちは友達なんだ、と僕は思っている。友情って言うのは、恋愛と違って相手に求めずにいられるものだから好きだ。

 只、時折、無意識に求めてしまうことがあって、もちろん友情なんかは自分自身は、相手が求めることに応えられるようにしていなければならないけど、それは本当は簡単なことのはずで。例えば相手の嫌がることをしない。
 これが友情の前提であって、良くないのは、相手も自分の嫌がることをしないでくれるだろうなんて期待してしまう気持ち。わたしはあなたの気持ちを察しているつもりなのに、あなたはどうしてわたしの気持ちを考えないわけ?
 そんなことはないよ、君のことを考えないで行動してるつもりなんかは全然なくて、なんて言い訳を始めたらお終い。
 だから友情って言うのは恋愛よりも多くの犠牲が必要で、なんて考えていたら。

 テレビがついた。ひとりでについた。僕はほんの一瞬だけ驚いて、子犬もテレビに目をやったけど、夕べ寝る前にテレビのタイマーをセットしていた彼女の姿を思い出した。明日はゆっくりだから、このくらいでいいかな。なんて、テレビに話し掛けながら、僕に背を向けて一生懸命にリモコンを押している。

 僕はコルトレーンを聞いているんだからすぐにテレビを消そうとした、けれど、まず、リモコンが見つからない。次に布団から出てテレビまで辿りつく体力がいまは、ない。次に布団から出ようとすれば、眠りを邪魔された子犬が、低く、唸る。次に妻を殺した男のニュースに興味を、持った。

 昼間のニュースのアナウンサーは感情を混ぜずに淡々と喋る。八十九歳の男が痴呆症の妻の介護に疲れ、タオルで首を締めて殺害しました。
 アナウンサーは事実だけを淡々と喋る。
 君は大学を出て、カメラの前でニュースの原稿を読み上げる。もちろんそれは僕たち視聴者にへの問題提起になりうる。僕たちはその問題について、また、問題の原因についてあれこれ勝手に考えることができる。
 八十九歳の男の事。僕が生きた何倍もの時間を一緒に過ごしただろう奥さんを、自らの手で殺さなければならなかった。
 僕なんかには想像もつかない理由があるんだろう、と思う。だって、きっと、二人は一九〇〇年代の半ばには既に一緒になっていた。介護に疲れただけじゃない。その時間の中には、何千も何万も思い出があって、それは僕が、思い出なんて言葉で簡単に片付けるべきことではなく、でもどうして、彼女は生きているのに。彼は思う。どうやってそれを一人で消化していこう。
 とにかく、僕たちは彼の気持ちをあれこれ考える。君は事実を読み上げる。
 僕は、君が自分の感情を持っているのか心配になってしまうんだ。でも僕が心配なんかしなくても彼は自分の感情を持っていて、自分で読み上げたニュースに胸を痛めたりなんかしてるんだろう。僕の余計なお節介。
 只たちが悪いのは、夜のニュースのキャスターだ。
 まず彼らは、犯罪者の心理を分かったような振りをして、最終的には原因を社会に擦りつけてしまう。介護体制とか、教育とか、政治とか、流行とか。
 それってとても怖いことだと思う。
 自分の意見を言うだけ言って、お終い。後は無責任に放り出してしまう。彼の意見は彼が考えた以上の力を持って一人歩きを始める。僕はそんなのが、偽善的に見えてしまう。
 でも、僕に彼らと違うところがあるのかなって、僕は考える。彼を否定できるくらい立派な人間なんだろうか。口だけの人間じゃないのかな。
 否定するだけなら誰にだって、できる。でも、否定するだけの責任感を僕は持ち合わせているのだろうか。

 雨が屋根を叩く、音が次第に連続し、いつかその音に埋め尽くされる、僕の耳は。
 僕はテレビを消し、コルトレーンを止め、子犬を抱き上げる。迷惑そうに逃げ出そうとした子犬も、僕がすぐに彼を離さないのが分かると、諦めて、僕の腕の中で、眠る。彼が一番落ち着ける体勢を探し、眠る。責任感。

 責任感、人が考えることの中に、言い訳以外のことってあるだろうか。
 僕は彼が―僕の腕の中で眠るこの子犬が、好きだ。これは言い訳じゃない。でも何故好きか。

彼が小さな、この爪でフローリングの上をカシャカシャカシャと音を立てて歩く、その音。僕に身動きをとらせずに寝てしまうときのこの、わがまま具合。絶対に僕のことを好きと言わないくせに、僕が外から帰ってきて玄関のドアを開けると飛び付いてくるところなんかは、とても可愛い。
 これは、僕が彼を好きな理由の幾つかなんだけど。これは、だから、言い訳だ。
 そう考えると、僕は言い訳以外のことを考えて、いない。