
平成30年に「顕家様生誕700年追っかけツアー第4弾」の霊山神社から始まった「南朝関係 十五神社巡拝ツアー」!
今回は、顕家様ファンの聖地のひとつ、阿部野神社です!
阿部野神社に向かう前、約25年ぶりに『北畠顕家供養塔』へ行ってきました!
顕家様の戦死の地と伝えられる石津川沿いにある供養塔です。
新大阪駅から地下鉄御堂筋線でなんば駅まで。そこから南海本線のなんば駅に向かい、なんば駅→石津川駅で下車し、そこからは歩いて供養塔に向かいました。
昔は地図を片手にうろうろ歩いてましたが、今はスマホのナビで動けるので、本当に便利になりました。たとえ道を間違えても、いくらでも、間違った位置から目的地への道順が分かりますからね〜。
顕家様の供養塔に向かう途中、石津太(いわつた)神社の横を通りましたので、お参りをしました。
石津太神社を後にして、西法寺の前を通り、太陽橋を渡ったら懐かしい顕家様の供養塔です〜!
阿部野神社や北畠公園へは行っても、こちらにはなかなか来ることができなかったので、感無量です!
現在と約25年前の供養塔の全体写真を並べてみました
<比較写真>
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| 平成31年(2019)の供養塔 |
平成7年(1995)頃の供養塔 |
約25年前と比較すると、説明板が設置されていたり、手すりがつけてあったり、木が切ってあったりと少し変わっていますね。
また、写真の右側に写っている石碑(源顕家公・南部師行公殉忠遺蹟供養碑文)横に、銀色のポストのようなものが見えますが、このポストの中に“源顕家公(北畠顕家さん)保存会”が作られた「北畠顕家生誕701年記念」の資料が入れてあります。
資料の内容としては、源顕家公・南部師行公殉忠遺蹟供養碑文の全文と注釈、供養塔や行家塚等の位置図、北畠顕家没後600年祭の時に作られた歌の歌詞と楽譜や没後600年祭時の新聞記事など、興味深いものが満載です!
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写真をクリックすると拡大します。 |
| 「北畠顕家戦死の地」の幟まであります! |
説明板 |
ここでお参りしたり、写真を撮ったりしていたら、同じく供養塔の前で写真を撮られた方々がいらっしゃったので、「保存会の方ですか?」と声をかけてみました。保存会の方ではなく、地元の史跡巡りをされている方々でした。
小さいながらも史跡めぐりの一つとして、顕家様の供養塔が含まれているんですね。嬉しいです!
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| 源顕家公・南部師行公殉忠遺蹟供養塔 |
供養塔アップ |
供養塔左面にある「判明戦病死者烈名」 |
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| 行家塚 |
行家塚背面 |
行家塚については、
@顕家の「あ」を行家の「ゆ」と間違って、源行家(平安時代末期の武将)の墓と伝えられたという説
A北朝側の目を恐れて、このような形で顕家様を弔ったという説
などがあるそうですが、管理人としては『石津の民話』の記載が本当だったら良いな〜と思っています(^^ゞ
『石津の民話』については、検索エンジンで“石津の民話 十一の溝”と入力されれば、挙がってきます。
約25年前に来た時もそうでしたが、供養塔にはいつもお花がきれいに活けてあり、この場所が地元の方々に大切にされているのがよくわかります。顕家様ファンとしては、嬉しい限りですね。
写真をバシバシ撮った後、今度は阪堺電軌阪堺線の石津駅へ行き、阿部野神社へ向かいました。
(阿部野神社へ)
令和2年(2020)1.15
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