| 鎮座地: 祭神: 例祭: |
福島県伊達市霊山町大石古屋舘1番地 北畠親房、北畠顕家、北畠顕信、北畠守親 4月29日(春季例大祭) 10月10日(秋季例大祭) (春季例祭は、以前は4月22日に行われてました。) |
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| 霊山神社 | 北畠顕家銅像(霊山神社) |
| 霊山神社その他のスナップ | |
| 概 略 |
南北朝時代、建武の中興で陸奥の国司となった北畠顕家は、多賀城の国府に入っていたが、北朝軍の勢力が強くなり建武四年/延元ニ年(1337)正月、攻防に有利な山城の霊山に、義良親王を奉じて移り、国府を開いた。 しかし、後醍醐天皇より足利尊氏討伐の勅命を受け、同年8月諸将を従え霊山を進発したが、暦応元年/延元三年(1338)5月22日、和泉石津合戦において敗死した。 顕家の死後、鎮守府将軍・陸奥介に任じられた弟の顕信が下向した。顕信の子の守親は顕信のあと陸奥国司となり、親子で連携しつつ奥州で連戦した。 明治12年、神社創建を政府に請願、官許を得て直ちに造営に着手した。明治14年5月11日、本殿以下、各社殿竣成し、霊山神社の創建となった。明治18年、特旨をもって別格官弊社に列せられた。第二次大戦後の神道指令にともない社格が廃止され、今日に及んでいる。 資料:霊山町観光のご案内(霊山町役場・霊山町観光協会)、「伊勢北畠一族」(新人物往来社)、霊山神社由緒書 |
| 大 錦 号 の 独 り 言 |
霊山城跡とともに、顕家様ファンなら必ず行きたいと思う霊山神社。 社殿は杉や楓などの木立に囲まれていて、顕家様の時代に心を馳せるのに最適です。 一人で写真を撮りまくっていると、宮司さんが来られて、社殿の前などで写真を撮って下さいました。お陰様で、風景写真ばかりにならずにすみました。ありがとうございました。 こちらには、北畠顕家卿肖像や霊山から出土した青磁皿などが社宝として保存されているそうですが、一般公開はされていないそうです。 いつか、肖像画を生で見たいぞー! 私が霊山神社へ行った頃は、春季例祭は4月22日だったのですが、最近は4月29日に行われています。春季例祭に行かれる際は、観光協会もしくは霊山神社に御確認の上、お出かけください。 |