| 堺市浜寺石津町中5-3-31 |
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| 北畠顕家供養塔 |
| 概 略 |
堺市石津町、旧紀州街道の石津川太陽橋南詰に、北畠顕家の五輪の供養塔が建てられており、塔には「源顕家公 南部師行公 殉忠遺蹟供養塔」の文字が刻まれている。資料:「観光と旅 大阪府」(人文社) |
| 大 錦 号 の 独 り 言 |
「太平記」には顕家様の戦死の地が摂津阿倍野と書かれているので、北畠公園の方が一般には知られているのかもしれません。 私のイメージとしては、青い空、白い砂浜を背景に壮絶な最期を迎える・・・ってな感じなんですが、延元3年5月22日は、西暦で1338年6月10日ですので、まさに梅雨の時期。青い空…ではない可能性が高いかも。→石津合戦の様子 供養塔と一緒に、源行家の墓があり、本掲示板でも「源行家とはなんぞや?」ってな話題が上ったこともあります。いくつかの説があるようですが、私は『石津の民話』の“十一の溝”のお話が本当だったらいいな〜と思っています。 石津には今まで3回ぐらいお参りに行っているのですが、いつもお花が供えてあり、周囲はきれいに清掃されています。顕家様を愛するものとしては、地元の方々に大切にされていることが、とにかく嬉しいです。 令和元年(2019)に、“御朱印ツアー”の一環として再訪した時の様子は、こちらで→ |
平成13年(2001)5.19
令和2年(2020)1.25一部修正