般若寺
奈良市般若寺町221番地
般若寺 般若寺



 奈良北山の名刹、般若寺は飛鳥時代に高句麗僧 慧灌法師によって開創され、その後、天平8年(746)に至り、聖武天皇が平城京の繁栄と平和を願うために当寺に大般若経を奉納して卒塔婆を建立し、鬼門鎮護の定額寺に定められた。また平安時代は寛平7年(895)の頃、観賢僧正が学僧千余人を集めて学問道場の基を築き、のち長らく学問寺として広く知れ渡った。ところが、源平の争乱に際しては、治承4年(1180)平重衡の南都焼討にあい、伽藍は全て灰燼に帰し、礎石のみが草むらに散在していた。
 鎌倉時代に入り、十三重大石塔が再建され、続いて良恵上人が本願となって十方勧進し、金堂・講堂・僧坊をはじめとする諸堂の復興造営をはかった。さらに文永4年(1267)には叡尊上人発願の文殊菩薩丈六大像が本尊に迎えられ、かつての偉容が復興した。
資料:「コスモス寺 般若寺」(般若寺)







 顕家様が激戦の末、敗戦してしまった般若坂の戦があった所・・・ということで、行ってきました。
 この戦は顕家様の二度目の長征における戦の一つで、顕家様が初めて敗戦した戦ですね。
 般若坂〜東大寺〜法華寺付近一帯が戦場となり、かなり激しい戦闘が繰り広げられたらしく、敵の首を取っても、その場に捨てて戦闘を続ける“分捕切棄の法”が採用されたそうです。
 境内に咲くコスモスがとても綺麗ですので、観光者として見る分には心がなごみます。しかし、延元2年(1337)8月に霊山を出発してから半年、各地を転戦した後の顕家様の敗北を思うと・・・(T_T)
 ちなみに、般若寺はコスモス寺として有名ですので、訪ねるなら、コスモスの見頃の9月中旬〜10月中旬がお勧めです。

平成13年(2001)4.18