北畠神社
鎮座地:
祭神:
配祀:
例祭:
境内末社:
三重県津市美杉町上多気1148→
(主神)北畠顕能
北畠親房、北畠顕家
10月13日
多芸神社、留魂社
北畠神社 北畠顕家像
北畠神社その他のスナップ



 北畠氏は、村上天皇の皇子 具平親王を祖とする村上源氏の一つの系統である。
 南北朝時代、南朝側の北畠顕能(?〜1383)は伊勢国司に任じられ、伊勢国一志郡多気に霧山城を築き、北朝側に対抗した。
 それ以後、顕泰、満雅、教具、政郷、材親、晴具、具教、具房と代々伊勢国司を継いで戦国時代に至った。天正4年11月、織田信長に具教が殺されることによって、200年以上にわたる北畠氏の幕を閉じた。
 その後66年を経た寛永20年、北畠一族の末裔 鈴木孫兵衛家次が小祠を設けて北畠八幡宮と称した。
 明治14年、村社 北畠神社と改称したが、大正年間の末期より、昇格運動が地元有志の間に起こり、社殿造営などを行った後、昭和3年11月10日、村社から別格官弊社に列せられた。第二次大戦後の神道指令にともない社格が廃止され、今日に及んでいる。
 北畠神社境内にある北畠氏館跡庭園は、七代 晴具の時代に、細川高国のアドバイスによって造園されたと伝えられる総面積約850坪の庭園で、国の名勝及び史跡に指定されている。。
 「米字池」の汀線は複雑に屈折し、護岸の石は大きく堅牢である。越前一乗朝倉庭園、近江朽木谷秀隣院庭園などとともに、武将好みの野性味を残す名園として有名である。
資料:北畠神社略記(北畠神社)、「美杉のみち」(美杉村観光協会、美杉村役場商工観光課)







 こちらも、顕家様ファンなら必ず行きたいと思うはず!
 主神は顕家様の弟 北畠顕能ですが、北畠氏ゆかりの地とですので、やはり行かずにはおられません。
 本殿は小さな社ですが、顕能の句碑や、顕家様の銅像、そして名勝及び史跡に指定されている庭園があるので、見ごたえ充分です!
 また、こちらの社務所では、北畠氏関連の書籍も販売されています(書店ではあまり見かけないようなものも!)。初めて来た時にはやたら本を買ってしまい、とにかく重い荷物を抱えて帰るハメになりました(笑)。
 庭園を散策していると、熱心に説明をして下さるご年配の方がいらして、庭園の清掃をされている地元の方だとばかり思っていたら、実は宮司さんだったという・・・
失礼いたしました<(_ _)>