
そして階段を上りきると、そこにはたくさんの石塔が!!
「うぉ〜!名和一族のお墓だ〜!」と盛り上がったのですが、同時に不思議な感覚が起こりました。
初めてきた場所なのですが、以前、来たことがあるような気がするのです。似たようなお墓と錯覚しているだけなのかもしれませんが、でも、そんなところに行った記憶はありません。
「もしかしたら、私の前世は名和一族だったのか!?」などとテンションが上がったりもしたのですが、以前、東大阪市の枚岡梅林(今は梅の木がウイルスに侵されて伐採されたそうです)に行った時も、生駒山地から眼下に広がる平野を見下ろした時、「この景色を以前見たことがある様な気がする」と思い、「顕家様と一緒に見たのかも
」と盛り上がってたので、あまりあてにならない感覚でしょう(笑)
名和公一族郎党の墓を「鳥取大山観光ガイド」など、ネットで検索すると、200〜300基もあるそうです。しかも、足利氏方に荒らされるのを恐れて土中に埋めたため所在不明になっていたところ、昭和5年の山林開発の際に発見されて、今の形になったとのこと。
壮大な歴史の重みを感じますね。
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| 名和公一族郎党の墓 |
石塔群を正面から撮影 |
石塔群に向かって、お参りをした後、階段を下りて、先ほど通りすぎた“伝説の硯岩”をじっくりと拝見。
この硯岩には不思議なことがあったそうで・・・
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硯岩の謂れ
(クリックすると拡大します) |
伝説の硯岩 |
行方不明になっていた硯岩が夢のお告げで発見されるなんて、江戸時代以前の昔話ならともかく、昭和30年頃の話ってのがすごいですね〜。発見された経緯を詳しく知りたいものです(笑)
さて、長綱寺を後にして次の目的地の“的石”に向かおうとしたのですが、長綱寺入口の道路脇に観光名所を示す標識があり、的石と反対方向に“名和公屋敷跡”と表示されていました。“鳥取大山観光ガイド 「太平記」の舞台・潮風のみちコース(名和エリア)”にも書かれているので、どうしようかな〜と一瞬迷いましたが、やはり次にいつ来れるかわかりませんので、行くことに(笑)
地図を見た感じよりはずっと近くあったので、「本当に、ここ?」と心配になりましたが、「名和公館跡及び碑」の看板を見て安心しました。
詳しくは大山町のHPで→
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| 名和公館跡の入り口 |
館跡の一角ある名和神君碑 |
