青木周弼 旧宅
萩市南古萩町2
青木周弼 旧宅 平成2年に土蔵の床下から発見された一分銀



 青木周弼は、幕末当時、日本屈指の蘭学者であった。彼のもとには全国から学生が集まったため、この家を安政6年(1859)に新築した。以前住んでいた背中合わせの土地には弟の研蔵が住み、学生たちが寄宿していた。
 なお、高杉晋作が10歳の時に天然痘にかかったが、その治療にあたったのが、この青木周弼と研蔵である。
 この建物は、道に面した門、中間部屋、主屋と土蔵からなる。
 この建物は明治以降、郷土史家 安藤紀一氏の所有になり、昭和53年度に安藤家より萩市が購入した。
 文化財としての指定は、昭和42年(1967)1月10日に指定された国指定史跡「萩城城下町」の一部としてであり、「青木周弼旧宅」としてではない。
 平成2年(1990)に、土蔵の床下から約1200枚の一分銀が発見された。この銀貨の包みには周弼の弟である研蔵の署名「青研」があったので、現在、青木家の子孫の方の所有となっている。
樹齢約400年(だったと思います。違っていたらすみません。)
臥龍梅
約1200枚の一分銀が見つかった土蔵