北畠顕家の妻の歌
そしてDの歌が、顕家様の奥様の歌の中で一番有名ですかね〜。
阿倍野を通りすぎた時に、「ここが顕家様が亡くなられた場所です」と言われて、奥様が草の上に倒れ伏せた時の歌です。
| なき人の かたみの野べの 草枕 夢も昔の 袖のしら露 |
「阿倍野に仮寝して、これが亡き人の形見の草であるかと思うと、夢も昔の顕家卿のことを思い出されて、涙で袖を濡らすのであります。」
| 「草枕」=(結んだ草を枕にして)旅寝すること。 |
この歌は、色々説明するよりも、“考えるのではなく、感じる歌”って気がします。
“夢も昔の”の内容を色々と妄想してしまうところではありますが・・・(^^ゞ
そして、この辺りで出家している刑部丞友成のもとを訪ねられて、友成が住吉・天王寺辺りまで送って差し上げ、所々案内もしたようです。そして天王寺の亀井の水のほとりの松の木を削って、書きつけた歌がEの歌です。
| 後の世の 契のために のこしけり 結ぶ亀ゐの 水茎のあと |
「極楽浄土へ往生するために、仏に約束するため亀井の木のほとりに一筆書き残しておきました。」
“水茎の跡”は“筆の跡”。すなわち“文字”の意味だそうです。
この歌は、顕家様の奥様が詠んだ歌なのか、刑部丞友成が詠んだのかがイマイチよく分からないのですが、『吉野拾遺』の「源中納言北の方發心の事」の段では、顕家様の奥様の話しかないので、多分奥様が詠まれたんだと思うんですが・・・
で、奥様が詠まれたと思って、最初は 「“後の世”=“来世” もしくは “あの世” と解釈して、“来世での出会い”もしくは“あの世での出会い” を約束する歌」と解釈していたのですが、『吉野拾遺詳解』に書かれている意味は全然違いました(ToT)/~~~
そして、『吉野拾遺詳解』の現代語訳を読んでも、この歌の意味するところがさっぱり分かりません(ToT)/~~~
ただ、この亀井の水は “戒名を書いて、回向してもらった経木(きょうぎ)を、亀井の水に浮かべて供養する。” という信仰があるようなので、それと関係しているのかもしれません。
四天王寺のHPより→
以上、『吉野拾遺』に書かれている顕家様の奥様の歌についてまとめますと、
@玉の緒の たえもはてなでくり返し おなじ浮き世に むすぼゝるらむ
Aそむきても 猶わすられぬ面影は うき世の外の ものにやあるらむ
Bいづくにか 心とゞめむ みよしのの よしのゝ山を いでてゆく身は
C別るれど あひもおもはぬみよしのゝ みねにさやけき 有明の月
Dなき人の かたみの野べの草枕 夢も昔の 袖のしら露
E後の世の 契のためにのこしけり 結ぶ亀ゐの水茎のあと
BとEの歌は違うかもしれませんが、その他の歌からは、顕家様に対する奥様の深い愛情が伝わります。
そういうわけで、顕家様の正妻について諸説あろうが、愛妾として何人もの女性の名前が挙がろうが、管理人は日野資朝の女(むすめ)をイチオシとさせていただきます!